謎が膨らむばかり
12月28日――
翌朝、早くからシロヴィーリ邸を出発した。
イシュトも同行を願ったが、準備ができていないのと、父親から反対されて今回は休みとなった。普通に考えて、謎の多い国に貴族の令嬢をたかが遊びで行かせることは無いだろう。
クッパ国は、ずっと北にある国だ。ユライカナン最東端の都市サロレオームにあるゾーフィタスの大通りをそのまま北上する。やがて北の町ビエダに入り、以前野外ライブをやったシロヴィーリ・パークを通り過ぎた。
ラムリーザは車の中で、昨夜イシュトと話したことを思い返していた。
昨夜遅れた晩御飯後、ラムリーザはイシュトの部屋に誘われた。この時、ソニアの同席を認めてもらい、二人で訪れたのだ。こうしておけばソニアは騒がないし、イシュトも気にしていない。
ラムリーザがソニアと付き合っていることを尊重した上で誘ってくるイシュト。ここがケルムとの大きな違いで、ラムリーザにとっても好意が持てる所だ。
「クッパ国が気になるのですか?」
イシュトの問いに、ラムリーザは「う~ん」と困ったように答える。その視線は、この部屋に一緒に訪れたソニアに向いている。
「クッパという者が気になってね」
そもそもクッパ国へ行ってみようということになった発端が、ソニアとユコの「クッパの」騒動だ。それが無かったら、クッパ国など気にも留めなかっただろう。
「ああ、クッパさんですね。わたくしも、クッパさんに関しては昔話を少し知ってますよ」
「昔話?」
ラムリーザの知っているクッパとは、クッパ国の国王で、クリボーに全責任を押し付けて国を崩壊させたという、リゲルから聞いた犯罪学の教科書に載っている事柄だけだ。
「ええ。クッパさんは、それはもうクッパタの大ファンでして、少しでも小腹がすいたらクッパタを求めた者でした」
イシュトが「クッパさん」と呼ぶから普通に聞こえるが、実際は国王のクッパだ。そのクッパがインスタントリョーメンを求めるとは、妙に庶民的な王だなとラムリーザは思った。
「でも、クッパタは人気商品で、売り切れ続出。クッパさんは、長い間手に入れられませんでした。そこでクッパさんは、自分専用の『クッパの』というものを作って、いつでも手に入れられるようにしたという話です。おしまいですよ」
「え? それだけ?」
「ええ。自分専用のリョーメンを作られるなんて、さすが国王ですね」
ここでの新しい情報としては、「クッパの」はクッパ専用に作られた物であるらしいということ。それがなぜ、フォレストピアの雑貨屋に紛れ込んだのか?
「あたし『クッパの』を買ったらクッパに取られた!」
イシュトから「クッパの」について話が出たので、ここぞとばかりにソニアは騒ぎ出す。
「それはいつものことですよ。クッパさんは、他の人が『クッパの』を取ろうとしたら、取り返すのです」
イシュトは騒ぎ出したソニアに臆することもなく、おっとり通常運転で語っている。
「なんでまた……?」
結局問題は元に戻ってしまった。「クッパの」を買ったら取られる。ラムリーザはそれが何を意味するのか、さっぱりわからない。
「それはもう、クッパのだからですよ。ラムリーザさんも、ラムリーザの物を取られたら取り返すでしょう?」
「僕の何?」
「何でもいいのです。水晶玉でも金塊でも、ラムリーザさんの金塊、ラムリーザの水晶玉を取られたらどうしますか?」
「そういうことね」
それは、「クッパの」はクッパの物だから取り返した。聞いた内容だけの理屈では納得いく。しかし、ソニアが言っていたことはちょっと違う。
まず雑貨屋の勇者店で売っていた「クッパの」を買った。それを持って店から出たところ、
「それ何や」
「クッパの」
「俺のか、返せ」
である。確か、ソニアの話ではそんな話だったはずだ。
あの事件以降、ソニアは「ソニアの」という団子を販売して、それを他人が買ったら「それ何よ!」「ソニアの」「あたしの、返せ!」をやると言い出した。無茶苦茶な話だ。
普通に考えて、店に売っているものを買った時点で、その所有者は買った者になっているはずだ。それを商品名だけで所有者を決めるなんて話は、聞いたことが無い。
そもそもソニアは、その「ソニアの」を販売するのは良いとして、客がそれを買うところをずっと監視しているのだろうか?
そう考えると、ますます妙な話だった。
そして「クッパの」にしても、あの事件以降一応フォレストピアの住民名簿に目を通しておいた。しかし、クッパという者は住んでいなかった。
となると、別の誰かがクッパの名を語って奪ったのか? ユコの時も、同一犯か? それとも、「クッパの狩り」という行為が流行っていて、住民がそんなことをやっているのか?
そもそもなぜ「クッパの」をターゲットにした?
一部の住民が、「クッパのアンチ」と化して、「クッパの」に悪い印象を植え付けようとしているのか?
しかし勇者店では、「クッパの」という商品は扱っていないと言う。
それならば、犯人がわざわざ「クッパの」を作って商品棚に紛れ込ませ、ソニアやユコが商品を取るのを待ち構えていたのか? 他にも犠牲者は居るのか?
考えれば考えるほど、わけがわからなくなってくる。
「どうかなさいましたか?」
ラムリーザが黙ったままなので、イシュトは様子をうかがってくる。
「ん? あいや、イシュトさんのこの街で、『クッパの』騒動は起きている? 例えばクッパに取られたりとか」
「まあ、ラムリーザさんたら。クッパさんが取っていたのはずっとむかしの話ですよ。もうクッパさんはお亡くなりですよ」
「そうなん?」
クッパ王が亡くなっていると聞くのは初めてだ。しかし、よくわからない小国のことを細かく記されているわけではない。例えばタボウサン王国の国王が亡くなったことを知る者が居るだろうか? いや、そんな国があるとは限らないし、無いとも言えない。世界は広いのだ。知らない国が多々あるのも不思議ではない。
「ま、せっかく学校も休みだし、旅行だと思って行ってみるのさ」
「やだ!『クッパの』の謎を解いて取り返すんだ!」
ソニアは、フォレストピアで取られた「クッパの」が、クッパ国に行けば取り返せると思っているらしい。
「うん、それでいいよ」
しかしラムリーザは、ソニアの言いたいようにさせてやった。インスタントリョーメンの一つや二つ、新しく買ってあげても問題ない。ただソニアは、取られたことが許せないだけだ。
「そうそう、ラムリーザさん」
クッパのについて話が一段落したところで、イシュトは次の話題を繰り出した。
「なんだい?」
「わたくし、夏休みにラムリーズの演奏を見て、面白そうだなと思ったので、こちらでバンドを組んでみましたよ」
「へー、それは面白そうだね」
こんなおっとりゆったりなイシュトがバンド、ラムリーザはいまいちステージ上の姿を想像できなかった。
「イシュトも影響されやすいタイプなんだ」
ソニアはそう言うが、自己紹介お疲れ様である。そもそもラムリーザがドラムを叩き始めたのも、ソニアがゲームかアニメか知らないが、どこからかバンドの影響を受けてきて、お互いにギターを始めたところからが出発点である。その内うまくギターを弾けないラムリーザと、ベースとドラムの関係を知ってなのか、ソニアはラムリーザにドラムを押し付けるのであった。
もっとも最近は、ソニアはリードギターのリリスとベースギターでギターバトルをするようになることが多くなったので、バンドのリズム隊はラムリーザのドラムとリゲルのリズムギターが軸になることが増えてきている。怪我の功名か、自由自在に動き回るベースが、ある種の独特な雰囲気を生み出している。
「上手くなったら、フォレストピアで公演してみたいです」
「それはもちろん。こういった事はジャンが主導権を握ると思うけど、イシュトさんが望んだら僕も全力でバックアップするよ」
「うふふ、ありがとうございます」
その時ラムリーザは、チン、トン、シャンといった音が脳裏に浮かんだ。なんだかよくわからないが、非常にゆっくりとした動きでギターを奏でるイシュト、それに合わせるこれまたゆったりとした歌を想像していた。
「それで、イシュトさんのパートは何かな?」
「え、それはですね――うふふっ、秘密です」
イシュトは、いたずらっぽい笑顔を見せただけで、答えてくれなかった。
「なんだよもったいぶって秘密だなんて」
「ふふ、フォレストピア公演の夢がかなった時に、きっと教えてさしあげますわ」
そりゃあそうだろう。公演を行えば、嫌でも演奏している姿は分かる。それはいったいいつになるのだろうか?
「ダメ!」
そこに反対したのはソニアだった。
「だめですか?」
イシュトはそれを聞いて、少しだけ表情を曇らせる。
「先にレコードを出すのが先!」
「あらあら、まあまあ……」
先という単語でサンドイッチされた妙な文法だが、ソニアが言ったのもラムリーズの時と同じだ。ラムリーズも、まずはレコードを出して知ってもらってから、ユライカナンコンサートをすることで成功したようなものだ。
「あたしの歌をA面に入れて、イシュトの歌をB面で出したらいいよ」
ソニアは、他のグループのレコードにしゃしゃり出たい様だ。しかもA面で。
「ソニアさんは、わたくしのグループに移籍するのですか?」
「違う、共演版。ラムの歌はC面に入れるの」
「シングルで共演するって意味不明だろ。しかもC面って――リリスが言っていたレコードを縦回転? やったとしても三秒ぐらいしか入らないじゃないか、しかも延々とループ」
「ながさわさーんとでも言っていたらいいのよ」
「なんやそれ」
ソニアを見ると、適当に言っていることが丸わかりだ。イシュトの部屋のどこからか見つけてきたのか、おもちゃで遊んでいる最中だった。
何だろう? 輪投げ? 細長い容器の中は水で満たされているのか、一つだけあるボタンをソニアが押すと、色とりどりの小さな輪が飛び出してくる。底から水が噴き出して、その水流で浮かび上がるのだろう。
少し高い場所に、棒が二本ほど立っている。浮かび上がった輪は水中を漂い、その中のいくつかはその棒にはまる。この辺りがまるで輪投げだ。
ソニアはラムリーザとイシュトの会話に口を挟みながらも、ひたすらその輪投げゲームに熱中していた。
「こほん。まぁイシュトさんはユライカナンの民には知名度あるだろうし、フォレストピアにはユライカナンからやってきて出店している人も多いから、ある程度は売れる見込みあるかな?」
「まあまあ……、そんな楽観的な。でも、皆さんに聞いていただけるとうれしいですよ」
「イシュトが自分でたくさん買ったら、売り上げだけは伸びるよ」
ウォーターゲーム(?)に興じながら、ソニアはまた口を挟んできた。それだとジャンのやり方――いや、やってないけど。
「あらあら、そんなズルはいけませんよ」
「それじゃあ握手券をレコードと一緒に売って、それを持ってきたらイシュトと握手できるって特権を売りつけたらいいんだ」
ソニアは意見をどんどん出してくるが、その目はゲームに釘付けだ。
「それバンド関係ないよね? お菓子のおまけに握手券入れても成り立つよね?」
「イシュト握手券を売れ」
「あらあらまあまあ……」
遊びながら適当にしゃべっているソニア。その話は、レコードを売る話ではなくなり、ただの握手券販売へと移行しているのであった。
「レコードはいい。クッパのについてだ」
「わたくしは、見たことがありません」
「ああ、そうだったなぁ」
イシュトの話を聞いたが、結局「クッパの」について謎が膨らむばかりだった。
「そろそろユライカナン北の国境だぞ」
リゲルの声で、ラムリーザは我に返る。
周囲には建物はほとんど無くなっており、一本だけ伸びている道をひたすら進んでいた。
隣のソニアは、ウォーターゲームの輪投げに熱中している。あまりにも気に入ったようで、イシュトから借りた物だ。たいしたことない安いおもちゃなので、プレゼントとして頂いたような物かもしれない。クッパ国からの帰り道でもまた寄ることになると思われるので、その時に返せばよいだろう。
「ここから先は、初めての地だな」
ここからさらに北へ向かった先に、クッパ国の跡地があるのだという。