北上の車旅
12月28日――
ユライカナン東北部国境付近にて。
周囲に広がる荒野と、一本だけ北に延びている道路。そこにポツンと一軒だけ、ユライカナン最後の補給所が設置されていた。
時間はもうすぐ正午。休憩、食事、燃料補給をまとめて済ませて、これからの長旅に備えようということとなった。
車から降りてリゲルは燃料補給に向かった。
「満タンにしておこう。途中にも補給所はあるはずだから、その都度入れておくのが輸送のコツだ」
リゲルは、ラムリーザたちを輸送品にしてしまった。
「ここはまだ帝国の金が使えるけど、その先はどうなるんですの?」
ユコがもっともな質問をしてくる。国によって通貨が違うのが厄介なところだ。帝国とユライカナンのように、どちらの国の通貨が使えるといった国ばかりではない。
「そのために、宝石や純金を持ってきているさ」
今日のラムリーザの硬貨入れの中は、あまり硬貨は入っていないが、代わりに価値のある宝石や貴金属を入れていた。
リゲルが車に燃料補給している間、ラムリーザたちは近くで雑談中。そこにパシャリと音がする。なぜかユコは、補給所に住んでいる者の子供らしき人に写真を撮られてしまった。
「なんですの?」
「お姉ちゃん奇麗だからこの写真を500カナンで買ってよ」
その子は、ユコに撮った写真を差し出した。
「ええっ?! 勝手に撮られたのを私が買わないといけないんですの?!」
「これを買ってくれないと、親父にぶたれるんだよー」
「なにそれー! そもそもカナン持ってないのに!」
カナンとは、ユライカナンの通貨だ。ただし、帝国の通貨エルドとは、1カナン=1エルドで両立できている。
「うまく撮れてるじゃねーか、買ってやれよ。ってか俺が買う、300エルドならな」
「それでいいよ」
「いいんかい」
こうしてレフトールは、ユコの写った写真を手に入れたのであった。子供の方も小遣いが手に入って嬉しそうに駆けて行った。
「ちょっとその写真どうするんですの?」
「内緒だ。俺が買ったものだから、俺の好きなように使う」
「何それ怖い」
「嫌だったら500カナンで買い取るんだな」
レフトールは、さりげなく転売を仕掛けた。
「そんなことよりおなかすいた。早く食べに行こうよ」
ソニアが指さすのは、補給所の隣にある小さなレストランのような建物だ。写真を撮られたことはどうでもよいみたいで、ソニアはラムリーザを引っ張る。
「何が食べたい?」
「チョコレート」
「それはリゲルに頼め」
「リゲル頂戴」
「やらん。今は無い。あったとしても、お前にはやらん」
「なんでよ!」
「ミーシャにやる。ロザリーンにやる。お前にはもったいない」
ソニアは、ラムリーザの腕をつかんだままリゲルを睨みつける。しかしリゲルは、そんなソニアなど怖くないといった風だ。
「とりあえず店に入ろう」
燃料補給を終えたリゲルも加えて、五人は建物へと入っていった。
ここはユライカナンの北の果て、ほとんど人はいない。昼食時だと言うのに、店主と客が数人だけ。それほど広くない店内だが、五人が座るスペースは十分にあった。
「初めて見る顔だな」
頭頂部がちょっと寂しい中年男性の店主は、訝しむ目つきでこちらを見た。田舎の小さな店などは、コミュニティが固定されていてヨソモノを警戒する傾向がある。
「帝国、フォレストピアからの旅行者ですよ」
警戒を解くために、ラムリーザは丁寧に答えておいた。ユライカナンの人物は、馴染むと気さくの良い人物である傾向があるのを知っていた。
「おー、去年辺りから交流を始めた帝国からの旅行者ね。この辺りはあまり影響ないけど、もっと南にあるサロレオーム辺りに行けば、いろいろ珍しい物あるぞ」
「ここでは何ができますか?」
「あんまり凝ったものはできんぞ。精々リョーメン定食か、カレー定食ぐらいだな」
リョーメンかカレーだけのようだ。
ラムリーザは、一同を見回して注文を確認する。
「ココちゃんカレー」
「そんなの無い」
「じゃあリョーメン」
ソニアとの間では、ちょっとした妙なやり取りがあったが、ここでは五人ともリョーメンにしておいたのである。
「わかっているな。ユライカナンではリョーメンだ」
「冷たいのできる?」
「できるぞ。つけ麺だ、冷たいスープにしてやろう」
「あたしもそれがいい」
こうして、熱いのがダメなラムリーザは冷たいのを選び、ソニアはそれに同行する。その他のメンバーは普通のリョーメンで昼食を終えた。
昼食後――
ここから先は長旅なので、運転手を交代しながら進むことにした。
リゲルは休憩となり、二番手はユコが名乗り出た。座席はリゲルとユコが入れ替わっただけ。――かと思いきや、ソニアはリゲルの横を嫌がって、後部座席の中央にラムリーザを押し込むと、そのまま窓際に陣取ってしまった。
「お前ら車の運転できるのな」
レフトールは、少し感心したように言う。
「あたし去年の夏休み運転免許取った」
それを聞いたソニアは得意がる。
「俺はバイクの方が好きだから、そっちの免許取ったぞ」
なんだか免許自慢が始まった。
「普通はお前らみたいなのって、無免許で飛ばしているんだろ?」
リゲルがもっともらしいことを言う。その方が番長レフトールらしいのか。
「仲間の中にはあほなんも居るからそんなことやってるの居るぞ。でもさー、技術普通に磨いたら、学科試験とか余裕じゃん」
「あー、そうなるねー」
リゲルと違ってラムリーザは、レフトールの才能を知っているので納得する。おそらく一度講義を受けただけで内容を覚えて、学科試験をパスしたのだろう。
「でも番長がバイク乗ってるの、見たことないよ?」
「昔は盗んだバイクで走り出していたんだが――」
「何よそれ、悪い番長!」
良い番長が居たら、それはなんだかよく分からない。そもそも良い時点で不良ではなくて良だから番長にはならない。
「ラムさんに怒られた」
「こいつは俺たちとつるむ前、カツアゲやるは盗みやるわの悪党だったからな」
そういえば、ラムリーザから奪い取った金を返すために、学校で他の生徒から金を巻き上げたことがあったっけ? その時は後にラムリーザが、取られた生徒に謝罪して返していたっけ。
「バイクも持ち主にちゃんと返したぞ」
「この悪党はラムリーザの力を頼って穏便に済ませようとしたがな」
「言うなって、若気の至りだよ」
レフトールは、若いのは過去の話で今は老人らしい。
「悪党ならリリスだね」
「居ない人の悪口はやめようね」
ソニアが話を脱線させるので、ラムリーザはすかさず軌道修正する。居たら言ってもいいのかといえば、それはどうだかよくわからない。ただ、居れば「次にリリスは『蛮族の娘』と言う」などと予測できるのであった。
「そうだ、番長は今日バイクで来たらよかったのに」
「なんでや?」
「バイクの上に土台を作って、車の横に付けて椅子を増やすの」
「サイドカーか?」
「ううん、バイクが運んでくれてありがとう部分」
「なんやそれ」
またソニアの、リリスやユコにしか分からない単語が飛び出した。しかし今のユコは運転に真剣で、ソニアの戯言に付き合うつもりはなさそうだ。これが慣れてくると雑談しながら運転できるのだろうが、まだ数えるほどしか運転経験がないので仕方がない。
ユコの運転でも、問題なく車は北上している。
平坦であり、しかも対向車もほとんどない道。眠たくなることさえなければ、誰でも運転できるような道だろう。
「なんかずーっと後ろから二台のワゴンがついてきてるぞ?」
助手席のレフトールは、バックミラーを見て同じ車がずっと後ろからついてきているのに気がついた。ぴったりついているわけでもなく、離れすぎているわけでもなく、つかず離れずといった具合か。
「ずっとついてきてますの」
ユコも運転しながら気にしていたようだ。
「あー、あれ、気にしないで」
「脅して追っ払っちまおうぜ」
「いや、敵じゃないし、平時は干渉してこないから、そのままでいいよ」
「ユコも怖がっているだろ」
レフトールは窓から腕を出して、後ろの車から見えるように中指だけを立てて見せた。
「あほだなお前は。あれは護衛の者たちだろうがどうせ」
「なにぃ? 護衛だと? ラムさんは俺が守る」
どんな時でも、ラムリーザの騎士を自称するレフトールであった。
「レフトールさん、私はどうですの?」
そういえば、ゲームセンターではレフトールはユコのボディガードを勤めている。
「レフトールの前はユコが守るだな」
「ん、それでいいですの」
運転に真剣なユコは、レフトールの言い間違えに気がつかない様子であった。
「しっかし気になるなー」
それでもレフトールは、やはりついてくる車を気にしていた。
「あの時と一緒だよ、南の島で金塊探した時と」
「あれかぁ――って、もしやあいつも居るん?」
「誰のことを指しているのかよくわからないけど、多分君が考えている人ならいつも居るよ」
「ぐぬぬ……」
レフトールは、ラムリーザの専属護衛であるレイジィのことをよく知っていた。子分たちをたった一人に壊滅させられたことは忘れられない出来事だ。それゆえに、レフトール自身が彼のような存在を目指したいと考えているのに繋がっている。
周囲の景色は、いつの間にか荒野からすすき野原に変わっていた。ほとんど枯れたすすきが、太陽の光を浴びてまるで黄金色の絨毯みたいに一面に広がっている。火を付けたらよく燃えそうだ。
ユコの運転する車は、その中を通っている一本の道を進んでいる。すれ違った車は、ここまで十台は超えていない。この先に国があるとしても、ユライカナンとはそれほど国交がないわけだ。
正午から移動を続けていて、そろそろ太陽が西の空の中間あたり、十五時を過ぎたころだろうか。ユコも運転が疲れてきたということで、ここらで交代することとなった。
丁度良いタイミングで、すすき野原の中に補給所兼休憩所が建っている。そこに止まって、間食――は売っているのかな?
同じようにリゲルがまめに燃料補給しようとすると、ソニアがやってみたいと言い出した。
「爆発するからやめとけ」
「なんで燃料入れるだけで爆発するのよー」
「お前は知らんのか? 車は燃料の爆発で動力を得ているのだぞ。つまり、お前の下で爆発が連発しているのだ」
「なにそれ怖い!」
「ふっふっふっ、精々尻を吹き飛ばされんようにな」
それを聞いたソニアは、給油所から逃げ出してしまった。
小さな店で、ちょっとした間食とトイレ休憩を済ませて、すぐに出発となる。周囲には何もない、ほんとうにただの補給所であった。
「あたしが運転する!」
三番手に名乗り出たのはソニアだった。
「危なっかしいのぉ」
レフトールはニヤニヤしながらからかってくる。
「ユコより上手いから任せておいて」
ソニアはそう言うが、ほとんど一直線の平坦な道。運転のテクニックを披露できる道は無さそうだ。
「運転するのはかまわんが――」
「何よ氷柱」
運転席の扉に手をかけるソニアを、リゲルはじっと睨みつけた。
「かすり傷一つつけずに返せよ」
「きれい好きリゲルなんて変!」
「ハンドルを握るな、腐る」
「リゲルの性格の方が腐ってる!」
「タイヤも一ミリもすり減らすなよ」
「そんなの無理!」
「じゃあ運転席に乗るな」
「やだ」
ソニアは、リゲルを無視してさっさと運転席に乗り込んでしまった。
ラムリーザは、ソニアが運転すると言うのでここは自分が助手席だろうなと考えて、隣に乗り込んだ。
こうして、再び北上を再開させるのであった。ユコの時より大胆な運転をするソニア、と言っても多少スピードが出ているぐらいしかやることはない。
「ねぇ、ここで急ブレーキかけたら横転するかな?」
ソニアはとんでもないことをラムリーザに聞いてくる。
「そんなことをしたら、明日から桃栗の里入りだからね」
ソニアのいたずらには、全て屋敷から追い出して寮入りさせるのがお決まりになっていた。
「また学校の寮を、あほの収容所にしようとする」
そこにミーシャが住んでいるのを知っているリゲルに、反論されるまでが一連のパターンと化していた。
「それと蛇行運転したらそこで運転おしまいだからね」
「ちゃんと真っすぐ走る」
「ジャンプとか危険運転しても交代だからね」
「飛んでみたいなぁ。両方のドアを開けて走ったら、羽根代わりになって飛べるかな?」
「危ないから開けるな。あと人を撥ねても交代だからね」
「怪我させないように優しく撥ねるから大丈夫」
「撥ねるなよ。ほら対向車が来たぞ、端に寄って」
まるで教習所だ。去年教習所で練習していた時も、ソニアはこんな感じだったのだろうか?
そろそろ朝ユライカナンを出てから、八時間は運転している。クッパ国の跡地にはまだ辿りつかない。
車は、左手側に太陽を見ながらすすき野原を抜けて、今度は林道へと突入した。