パタヴィアらうめん
12月28日――
空が茜色に染まる頃、まだ北への旅は続いていた。
日が沈む前にもう一度補給所で休憩し、運転手はソニアからリゲルへと代わっていた。
長旅用の車というのは伊達でなく、ずっと乗ったままだけどそれ程疲れていない。
「ほんとうにクッパ国ってあるの?」
あまりにも遠いので、ソニアは不安そうに尋ねた。
「地図の上ではあるはずだよ。今では跡地になっているけど」
「それはどうかな?」
ラムリーザはソニアを安心させようとするが、リゲルは何か企んでいるような口調で言った。
「この先にもしも世界の果てがあったらとうする?」
「世界の果てって?」
「この世界がもしも閉じた仮想空間の世界なら、まだ作られていない範囲まで行ってしまうと――」
「行ってしまうと――?」
「…………」
しかし、リゲルはそれ以上答えることは無かった。
その後、車の中でしばらくの間沈黙が続いた。
「そろそろ夜だなー」
沈黙を破ったのは、レフトールの何気ない一言だった。
「ちょっと待ってよ! 世界の果てって何よ!」
「知らんよ、ワールド境界とかになっているんじゃないのか?」
「ファーランドですのね。リリスが何かそんなこと言っていた気がしますの」
「何それ? ファーランド? そんな所があるの?」
「そうだ。どんな設定にしても、公式設定とは矛盾しない場所だ。気候も土地の広さも決まっていないのだ」
「何それ怖い!」
とまぁ、朝からずっとこんな調子だ。
今朝、遅めの朝食後にユライカナンにあるイシュトの住むシロヴィーリ邸を出発し、昼前に北の国境に到着。昼食後五時間ほど、少しの休憩を挟みつつずっと車で北上中である。
「え~と、地図で見ると――補給所がこことここで、越えた川がこれで――、そろそろあと一時間もしたら、クッパ国の手前にある街に到着するはずだね」
「クッパ国じゃないの?」
なんだか先ほどから、ソニアは不安気味になっている。
「クッパ国はもう滅びて跡地だからね。その近くに新しい街ができたんだよ、たぶん」
ラムリーザは「たぶん」としか言えない。国交も無いので、旅人からの情報でしか知り得ない場所だ。それにこの地図も、ごんにゃ店主の書いたざっくりしたものなのだ。
「街の名前は何ですの?」
「地図には書かれてないのだよねぇ……。ごんにゃ店主もたぶん知らないんだよ」
「その地図は正確なのか?」
「とりあえずここまでの道のりは合っているよ」
少なくとも補給所が点在すると言うことは、この通路が使われているということ。そして、まれにだが対向車が現れるのは、この先に人が住む場所があるということに繋がっている。
そして一時間弱程過ぎて日も暮れたころ、街の明かりが遠くに見え始めた。
「やっとついたー」
先ほどまで不安がっていたソニアは、ようやくいつもの雰囲気に戻っていた。
街の入り口前に、検問がある。ここで入国管理をやっているのだろう。しっかりとしているところだ。
人数は五人、エルドラード帝国からの旅行者。滞在期間は二週間ぐらいよ、二週間よ、に~しゅ~う~か~ん~。
入国管理を済ませたところで、まずは銀行へと向かう。帝国とユライカナンではそれぞれどちらの通貨も使えるが、国交のないこの国では独自の通貨になっているはずだ。
ラムリーザとリゲルの二人で向かい、残りのメンバーは車の中で待機。ぞろぞろと銀行に入っても、邪魔なだけだ。
「えっと、外国の通貨だけど、両替できるかな?」
「どこでしょう?」
「エルドラード帝国です」
「ほー、遠いところからわざわざご苦労様」
ラムリーザは金貨を五枚出して、とりあえずはこれを両替しておくことにした。金貨が一万エルドに対して、この国では一万二千パタになるようだ。この差額は為替レートによるもので、情勢によって細かく変動する。現在は、1エルドが1.2パタで換算されているようだ。エルド安とかエルド高とかいろいろあるようだが、今のラムリーザにはそこまで理解できない。
「ふむ……、1エルド1.2パタのここでありったけパタにしておいたら、逆に1.2エルド1パタになった時に取り戻したら稼げるな」
リゲルは何か小遣い稼ぎを思いついたようだ。何の思惑があってのことかわからないが、彼はこういうことをすぐに思いつく。
「また変なことやって経済に迷惑かけるなよ」
一応ラムリーザは、釘をさしておく。リゲルは以前、仮想通貨で無限連鎖講をやらかして混乱が発生し、ラムリーザがそれを治めるために一動きするハメになったことがあった。
それに、リゲルの思いついた策には罠もある。
「今パタを集めても、この先1エルド1.5パタとかになれば大損だ」
「だからそんな危ないこと考えるなっての」
ラムリーザは、銀行から総計六万パタを受け取った。車に戻って、みんなに一万パタずつ配って回る。
「はい、これが当面の生活費。足りなくなったらまた両替するから言ってね。でも無駄遣いはするなよ」
「待てよ、俺の分は返す」
リゲルは、ラムリーザに金貨を一枚手渡した。
「後で清算するからいいよ」
「それなら全部お前が管理しろよ。で、使った分は後で頭割りして支払おう」
「めんどくさいからいいよ」
「じゃ、これは受け取っておけ」
この辺り、リゲルは頑固できっちりとしていた。
「レフトールは?」
「俺はもらうもんは全てもらっておく主義でさ、小遣いあんがとさん」
ソニアとユコは、最初からラムリーザにたかる気満々なので、あえて何も言わない。それにソニアの生活費はラムリーザが管理しているようなもの、いつも通りだ。
みんなに配っても一万パタ残るが、これは全員で使う宿代や飯代などの共益費というか公費みたいなものとして使用することにした。個人が自由に使えるのは一万パタだ。当面の小遣いとしては十分だろう。
「さて、これからどうしよう?」
最低限の準備ができたところで、ラムリーザは一同に次の行動をどうするか尋ねてみた。
「もう夜だけど、ちょっと街を見ていく?」
これは好奇心旺盛なソニアである。
「宿のチェックインだけは済ませておいた方が」
これは何事にも慎重なリゲルだ。
「それじゃあ街を見ながら宿を探しましょう」
これは二人の意見をうまくまとめたユコだ。
「夜の街の方が魅力的だからな」
これはレフトール、なんだか危ない香りがするのは気のせいか?
「とりあえず別行動は無しで、車で移動。街を見ながら宿に向かおう」
ラムリーザの一存で、次の予定が決まる。このまま車で移動、向かう先は宿屋だ。そこに車を置いて、徒歩で少し街を回ってみようという流れとなった。
車の窓から見る街並みは、ポッターズ・ブラフ以上エルム街未満だ。要するに、極端な田舎でもなく、繁華街でも無い感じ。現在のフォレストピアと人ごみの雰囲気は似ているか?
発展度を例えば大都会を十、ど田舎を一とすれば、四ぐらいの感じだろうか。ポッターズブラフが二ぐらいで、帝都が十、エルム街が六ぐらいだ。今のフォレストピアは、三ぐらいの発展度ですかね? ユライカナンの最東端が四ぐらいで、こことフォレストピアと同じぐらいだ。
雰囲気も似ている。国や街は変われど、人の営みは変わらないといったところだろうか?
そしてここはクッパ国ではなく、パタヴィアという小さな国だった。クッパ国跡地に一番近いのが、この国の南端である。
「パタヴィアか、クッパ国と何か関係があるのかな?」
「それは追々調べていこう」
「パタヴィアとクッパで、合わせてクッパタみたいですね」
ユコの指摘で、一同は黙り込む。偶然か? やはり何か関係があるのか?
「その前に、ご飯にしようよー」
クッパタと聞いてリョーメンを連想したのか、ソニアは晩御飯をせがんできた。日も暮れたころだし、そろそろ晩飯時だろう。
「あっ、クッパタって書いてますの」
ユコが指した方を見ると、店の看板にでかでかと「らうめんクッパタ」と書いてあった。らうめんとは分からないが、クッパタという名前にはそれなりに馴染みがある。
「クッパのじゃないよね?!」
ソニアは不安そうにそう言った。クッパタとよく似ているクッパのを買って酷い目にあっただけ、警戒しているのもとうぜんか。
「クッパタだ、間違いないよ」
ラムリーザが見てもクッパタとしか書いていないので、そこで晩御飯を済ませることにした。
「でも入ってみたらクッパので、取られるかもしれないよ」
「店の中で食べるのに、どこで取られるんだよ」
「店主が器を出してきた時点で現れて、それ何や、クッパの、俺のか返せとなって、その場で食べられる」
「そうなったらその場で店主を吊るし上げようね」
車を店の脇にある駐車場に止めて、揃って店内に入ってみた。するとそこは、一見見慣れた場所に見えたものである。他の客が食べている物も、今では馴染みの物だ。
「なにこれ、リョーメンじゃないのよ」
ソニアはそれを見てそう言った。確かに見た感じでは、器に汁が入っていて、細く伸びたものを食べている。
ひとまず六人掛けのボックス席を選んで、そこに陣取る。身体の大きさを考慮して、リゲルとレフトールが並び、その向かいにラムリーザとソニアとユコが並ぶ。ソニアはしっかりと間に入り、ラムリーザとユコの間にそびえたつ壁となった。
すぐに、店員が注文を聞きに来る。
「らうめんって何ですか? クッパタと言えばインスタントリョーメンですが」
ラムリーザは、早速質問してみる。これも調査の一環だ。
「ややっ、お客さん、ユライカナンからの旅人ですかな?」
「いえ、エルドラード帝国ですが」
「ここから見たら同じような物さ。ユライカナンではリョーメンとかゴーメンとか呼ばれているが、ここではらうめん。そして、らうめんこそ元祖だね」
「へぇ、いろいろ歴史があるんだね。じゃあつけるぶんを頼もうかな?」
「つけるぶん?」
「ああ、ごんにゃでの呼び方か。なんだろう、リョーメン――いや、らうめんと汁が別々になっていて冷たいの」
ごんにゃでは、それをつけるぶんと呼んでいたが、他の店ではよくわからないので説明する必要があった。
「ああ、つけめんね、あいよっ。他の人は何かな?」
「あたしラムと一緒」
「ラムってなんだ?」
「ああごめんよ、つけめんもう一つ」
「あいよっ」
ソニアはどこでも身内と話すようなことしか言わない傾向があるので困る。ごんにゃとか馴染みの店になると普通に通用するのだが、このように初めての場所だと店員が混乱する。
「あ、くりらうめんですって」
ユコがメニューの中から見つけたものは、例のあまりおいしくないクリジュゲのようなものと思われる、栗入りらうめんだ。
「それにするのか?」
「いやですの。でもこっちのはまぐりらうめんは面白そう」
「お前贅沢だな」
かにらうめんを注文しながら、リゲルは突っ込んできた。かにらうめんは四千パタもし、はまぐりらうめんも三千パタとかなり高価だ。ひょっとして、最初に飛び込んだこの店、結構上品な店なのかもしれない。
「自分の小遣いから出しておいてね」
リゲルは良いとして、ユコはたかる気満々のようだったので、ラムリーザは釘をさしておく。帝国での支払いならともかく、今は両替しただけしかお金の持ち合わせがない。そもそもその小遣い自体が、元はと言えばラムリーザのポケットマネーなわけで。
「俺このふかひれらうめんにしてみよ」
レフトールも妙なのを注文してくる。そしてそれも、三千五百パタと高価なものだった。
「お前らなぁ……」
ちなみにラムリーザとソニアの注文したつけめんは、千パタである。ラムリーザは、こうなったら追加注文して対抗しなければならないと、勝手に思い込んだ。
「えーと、豚肉を煮込んだものあるかな?」
「チャーザーですね」
「ん、それを千パタ分追加で」
「トッピングあいよっ」
ラムリーザの追加に、ソニアも対抗するためか追加する。
「あたし全部一品ずつトッピング!」
「お、おう……」
「全乗せらうめん、八千パタのつけめんでいいかな?」
「それでいい!」
「あっ、ずるい。私もそれに変更ですの」
「俺もそっちにしよ」
「お前ら……」
ラムリーザは、絶句するしかなかった。湧いて降った人の金だと思って、好き放題する人たちだ。この三人は、小遣いをあっという間に一万パタから二千パタまで減らしている。
こうして、千パタ分のチャーザートッピングのつけめんのラムリーザが二千パタ。かにらうめんのリゲルが四千パタ。全乗せのつけめん、及びらうめんの残り三人が八千パタと、凄まじく贅沢な晩御飯になったのであった。
まぁ折角の旅行だし、普段は味わえない贅沢を提供するのもよい。ラムリーザは、自分にそう言い聞かせるのであった。
あとはこのらうめん。一説によれば、元々クッパ国で作られていたもので、クッパ国の崩壊とともにらうめん職人が国外に流出し、それがユライカナンではリョーメンだのゴーメンだのに進化したと考えられているのである。
余談として崩壊への道末期を述べると、所謂食い逃げ多発問題であった。ただし、食い逃げの犯人は、例に漏れず犯罪は全部クリボーの責任となり、窃盗だけでなくこんなところまでクッパ王のクリボー責めの混乱が影響していたらしいのだ。
その国の異常さに逃げ出したらうめん職人も居たかもしれない、という話である。
さらに余談。
全乗せらうめんのボリュームは凄まじく、大柄なレフトールと食いしん坊のソニアは問題ないとしても、ユコは大変苦戦して動けなくなるぐらい食べたのだそうな。
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