羽ばたく亀亭
12月28日――
らうめん屋で腹八分と腹十分と腹十二分ぐらいに食べた五人は、宿を探しつつ再び移動を開始した。
ラムリーザとリゲルは普段通りで、ソニアとレフトールは「食った食った~」とご満悦。しかしユコは明らかに食べ過ぎで苦しそう。
「リゲル、ちょっと車止めて」
さすがに苦しそうなユコを見かねたラムリーザは、リゲルに車を止めるよう促す。そして車を降り、護衛の者たちが乗る車へと向かっていった。何をしたかと言うと、そこにはいろいろな薬も揃っているので、食べ過ぎに効く胃腸薬をもらっただけである。
「ユコ、これを飲んだら楽になるよ」
ラムリーザは、もらった薬と水をユコに手渡す。
「もうお薬も入らないですの」
「そこをなんとか別腹にでも移動させて」
「ケーキなら入りますの」
「じゃあ薬も入るね」
そう言って、ラムリーザはユコに無理矢理薬を飲ませるのであった。
「おい、あれは宿屋じゃないのか?」
車を止めて待っている間、リゲルは周囲を観察していたのだ。そして、宿屋らしき建物を見つけていた。
丁度車から降りていたラムリーザは、そこへと調査に向かう。ソニアも車から降りてきて後を追う。ラムさんの騎士は俺だとばかりに、レフトールも飛び出した。残念ながらユコはお腹いっぱいで動けない。動ける人間が動けばいいのです、食べ過ぎで動けない人間は薬が効くまで休んでろった。
「羽ばたく亀亭?」
ソニアは、宿屋らしき建物の看板を見てそれを読んだ。
「亭って文字がついているから、宿屋っぽいね」
「羽ばたく亀って変。なんで亀が羽ばたくの? 鶴ならともかく」
「読んだまんま、羽の生えた亀だろ?」
「へー、番長はそんな変な亀を見たことがあるんだ」
「お前も変なブタを飼っているから似たような物だろ」
羽ばたく亀について論議を始めたソニアとレフトールをそのままにして、ラムリーザは建物の中に入った。とりあえず話を聞いてみよう。
「酒場かな?」
入ってすぐ、入り口の感じでは、正面にカウンターがあって店主らしき人がグラスを拭いている。
「こんばんは、ここは宿屋ですか?」
「はい、二階がそうなってます。一階では、軽食やお酒を振舞います」
「部屋は開いてますか?」
「えーと、お待ちを。ふむふむふむ、大丈夫ですよ」
「五人泊まれますか? 二部屋か三部屋空いていれば助かるけど。大部屋で一つでも良いですよ」
「大丈夫ですよ。当店では清潔さをモットーとし、お客様の満足を一番に考えております」
「お願いしますっ」
ラムリーザは、ひとまずはこの感じのいい宿屋を選択した。宿の名前は変だけど、中身はすごく立派なようだ。人は外見よりも中身が大事という良い例だろう。
リゲルに車を止めさせ、ユコを抱えて改めて宿に入る。
「あっ、ユッコがラムに抱っこされてる! こらっ、降ろされろ!」
「ユコは食べ過ぎで苦しいんだから、仕方ないだろう?」
「あたしも同じだけ食べた! 苦しいーっ!」
「しょうがない奴だなぁ」
ラムリーザは、ユコをレフトールに預けると、ソニアを抱きかかえ――なかった。苦しそうにしているのは演技だこの食いしん坊は。ただユコがラムリーザに抱かれているのが気に入らないだけなのだ。
チェックインするとして、部屋をどうするかだ。男三人、女二人に分けるか? でもそれだとどうせソニアはラムリーザのベッドにやってくる。
「それでは、この六人用の大部屋お願いします」
「毎度ありがとうございます。その部屋は一泊八千パタとなっています」
「そのぐらいかな?」
ラムリーザは宿屋に泊ったことがあまりないので、料金が妥当なのかどうかは分からない。しかしジャンの店は、安い部屋で一泊一万エルドとかなっていたので、ここは安い方なのかなと考えた。
とにかく晩御飯と宿代で、最初に両替したパタはほとんど無くなってしまった。明日の朝、また銀行に行って補充しなければならないだろう。
「ユコ、相部屋になるけどいい? 気になるなら別に部屋を取るけど」
ソニアは最初からラムリーザと泊まる気満々なので、あえて尋ねない。
「一人ですの? それなら皆さんと一緒でも――」
そこでユコはメンバーを見回す。ラムリーザとリゲルは問題ないだろう。レフトールは――う~ん。
「――いいですの」
結局のところ、一人で泊まるよりはみんなで一緒の方が、このメンバーだと安全だと考えたようだ。
「番長が襲ってくるから、番長だけ別の部屋にしようよ」
一つの不安要素を、ソニアが指摘した。
「襲わねーよ! 俺はな、敵の女は力づくでも犯すが、仲間の女には手を出さないって決めてるんだよ」
「いや、敵の女に襲い掛かるのも犯罪だからね」
「いや、冗談だってば」
「ほんまか?」
「少なくともそいつらは襲わねーってば」
「ん、信じよう」
こうして、みんなの同意の元、五人は一つの大部屋に泊まることになった。
寝る時間にはまだ早く、かといって出歩こうと思っても異国の地では不安だ。ここはクッパ国ではないが、跡地に近いということで影響を受けているかもしれない。となると、犯罪に関してはいい加減なところがあるかもしれないのだ。
そこで今日は、この宿屋のマスターにこの国について聞けることだけ聞いてみようかな、といった話となった。
まず食べ過ぎのユコは部屋で休み、ソニアもそれに付き合う。ラムリーザはリゲルと一緒に一階の酒場みたいになっている所へと向かった。レフトールは最初は部屋に残ろうとしたが、リゲルに「ラムリーザの護衛だろ?」と突っ込まれて同行することとなったのだ。
酒場らしき一階は、晩飯時を過ぎているためかあまり人が居ない。宿屋に泊まるような人が数人だけ居る程度だった。
ラムリーザたちは、相変わらずグラスを拭いているマスターの立っている前辺りのカウンター席に並んで座った。
「こんばんは」
「やあこんばんは、先ほどの旅人だね。お国はどちらでしょか?」
「エルドラード帝国です」
「そりゃまた遠くからお疲れさんです。どうかね、一杯。宿泊客には一杯まではサービスしとるよ」
マスターに酒を勧められたが、ラムリーザはどうしたものかと考える。一応帝国では、十八歳未満は酒を飲んではいけない決まりとなっていた。
「どうしたもんかね?」
「飲もうぜよー、南の島で思いっきり飲んだじゃんよ」
なんだか普段から隠れて飲んでいそうなレフトールは、飲酒について適当っぽかった。
「酒って精神を堕落させる毒水だ」
逆にリゲルは否定派だった。確かこの台詞は、修学旅行やキャンプの夜に聞いた気がする。
「てめぇ飲んでいいんちょとほほいのほいやってたくせに」
既にアルコールが入っているようなレフトールの台詞を訳すると、キャンプの夜にリゲルも飲んで、いいんちょ――委員長、すなわちロザリーンとほほいのほい――、すなわち「のだま拳」をプレイしただろうということだ。
「じゃ、ハチミツ酒を一杯だけね」
どうせ親や学校の先生に見つかって怒られる心配はない。ラムリーザは、マスターの勧めを払いのけるのも気が引けたので、ここは好意に甘えて一杯だけ頂くことにした。
元々ハチミツ酒は、帝国ではあまり生産されていない。もっと寒い国で作られている物なのだ。しかし、このパタヴィアは帝国よりずっと北にある国なので、普通に店で出している。
ラムリーザは、キャンプの時に飲んだハチミツ酒が美味かったので、ここでも注文してみたのであった。
「おやっさん、ここにはどんな酒があるん?」
なぜかレフトールは、酒に興味津々だ。これは普段からこっそり飲んでいることだろう。
「甘いのが欲しければハクツルな。きついのがほしければマンテンだ」
どれも聞いたことのない酒だった。いや、未成年が酒に詳しくても困るのだが。だからラムリーザは、釘をさしておく。
「この一杯だけだからね。ああマスター、僕たち十八歳未満だから」
「おっとそれはいかんな。その一杯だけな」
どうやらパタヴィアでも、十八歳未満は酒を飲んではいけないようだ。
それでもラムリーザは、ハチミツ酒が美味いと思っているので、もっと飲みたい気分だった。しかし今回は遊びに来ているわけではないので、ここは我慢だ。
「ところで帝国の学生さんがここに来るなんて珍しいね」
「はい。ちょっとクッパ国について調べたいことがありましてね」
「クッパ国か――」
ラムリーザは、その国名を聞いたときに、マスターの表情が一瞬険しくなったのを見逃さなかった。
「クッパ国について、あまり良いイメージ持っていないみたいだぞ」
リゲルは、マスターに聞こえないようラムリーザに耳打ちする。
「クッパ国ってあれだろ、クリボーに全責任押し付けて滅亡したってやつだろ」
しかし空気を読まずにレフトールは知っていることをひけらかす。
「ふむ、少しは勉強しているみたいだね」
マスターの表情はまだあまりすぐれないが、少しばかり感心したように言った。
「クッパってんのはな、アホちゃいまんねんパーでんねん」
レフトールの口調は、酒が入ってなのか少し妙になっていた。普段から時々妙な台詞を口走ることが多いが、アホだのパーだのあまり上品とは言えない。
「ま、犯罪歴史学の基礎の一つだな」
「そんなことになっているのか……」
リゲルの言葉に、ますますマスターの顔が険しくなる。
その時、別の客がやってきたので、マスターはそちらの対応へと向かっていった。三人だけになったので、顔を近づけて小声で話す。
「やっぱりクッパ国でなにか起きているみたいだね」
「クッパ国は滅亡したと聞いたが、あのマスターの顔を見るといろいろと思うことがあるのだろう」
「クッパってアホなだけやろ? そんなん他の国の奴に言われたらムカつくってばさ」
「ああそれか」
ラムリーザはレフトールの一言で、マスターの表情が険しくなった理由をなんとなく悟った。
帝国に置き換えたら、今はまだ発生していないが酷い暴君が生まれたら、それは国にとって後に汚点として残るだけだろう。
クッパ国のクッパ王がやったことといえば、善良な市民から見たらたまったものではなかった。だが、ここはクッパ国ではなくパタヴィアという小さな国だ。クッパ国と関係ないはずだが、実は関係あるのだろうか?
ラムリーザは、ここでまた「クッパタ」という呼称、ユコが何気なくつぶやいたものだったが、その組み合わせに何かあるのでは? と考えたのである。
「もしも、このパタヴィアがクッパ国と関係があったとする。例えば帝国とユライカナンのようにだ」
リゲルは、仮定を示して語りだした。
「そのクッパ国は、暴君の暴走で滅亡したのだ。いろいろと思うところがあるのだろう」
「なるほど。例えばユライカナンが無茶なことをやって滅亡したら、確かに気まずいよね」
「それともう一つの仮定。もしもこの国が、クッパ国の混乱から逃げ出した民によって築かれた国だとしたら?」
「それだと、クッパ王の暴走にうんざりしていたとも取れるね」
リゲルの提示した二つの仮定、ラムリーザはそのどちらにも納得できるものがあった。
一杯のハチミツ酒も無くなり、三人はちょっと良い気分で部屋へと戻る。レフトールは飲み足りないみたいなことを言うが、そもそも飲んではいけないと言って連れ帰った。
「あ、おかえりー」
部屋に戻ると、ソニアは一人で起きて待っていた。ユコは腹の具合が落ち着くと、すぐに寝てしまったようだ。車の運転も数時間やってもらったし、お疲れモードに突入していたのだろう。
ソニアは三人からちょっとアルコール臭がするのを感じ取ると、すぐにその事を問い詰めた。別に隠す必要も無いので、ラムリーザは「宿泊客は一杯だけサービスなのだとさ」と教えると、ソニアは「ずるい」などと言いながら部屋を飛び出していくのだった。そしてすぐに、一杯の豆乳をもらって戻ってくるのだった。
「見慣れない物飲むんやのぉ」
レフトールは不思議がる。ラムリーザ以外にはあまり知られていない、ソニアの好きな飲み物であった。
「んじゃ、そろそろ寝るか」
ラムリーザが布団に入り込むと、ソニアはすぐに飛び込んでくる。
「またか」とリゲル。キャンプとかで既に経験済みだ。
「なにそれおっぱいちゃん、それずるいだろう」とレフトール。
結局のところ、ソニアだけ起きて待っていたのは、ラムリーザを待っていただけなのである。ソニアが先に寝たからといって、ラムリーザが同じ布団に入ってくる可能性はどうなのかわからない。
いつものことなのでもう気にしなくなったラムリーザは、先ほどのリゲルの仮定をもう一度頭の中で整理してみる。
この宿のマスターの態度から見て、パタヴィアとクッパ国との間には、何かの関係がある。それが遺恨、禍根の類なのかどうかはわからない。ただの隣国で気まずいだけなのか、難民が集まってできた国なのか。
どうやら、「クッパの」問題についての謎を解く前に、いろいろと知る必要があるようだった。