怪しげな雑貨屋、ムェット店
12月29日――
「ん、なんか人の気配が……」
朝目覚めたとき、ラムリーザはすぐ隣で寝ているソニアは同じだが、なんだか違和感を覚えて体を起こした。
「そっか、パタヴィアの宿屋だった」
ラムリーザは、ソニアを起こして部屋を見渡す。何の変哲もない、六人部屋だ。ベッドは六つあるが、そのうちの二つは空白だった。四人部屋でもよかったかなと考える。
窓辺を見ると、リゲルはもう起きていて窓の外を見ていた。空は晴れてはいるが、所々に雲も多い。
「ほら、おはよう」
ラムリーザは、寝ぼけ眼のソニアに挨拶する。
「あ、ラムおはよう。う~ん、チョコレート、食べたい」
「――だそうだ、リゲル」
窓辺のリゲルは、外を見ながら帳面に何かを記録している。
「ん? チョコレートか? そんなに欲しいのか?」
リゲルは帳面と外を交互に見ているだけで、こちらには顔もむけずに答えた。
「欲しい!」
ソニアは、急にシャキッとした目つきになってベッドから出て立ち上がった。
「前向きに検討しといてやろう」
「やったーっ!」
くれるとは言っていない、検討すると言っただけなのに、ものすごく喜ぶソニアであった。
まだ寝ているユコとレフトールを起こして、宿屋の一階へと向かう。追加料金で、朝食セットを出してくれるそうだ。
「お嬢さんはまだサービスの一杯もらってなかったね」
マスターは、ユコが昨晩部屋から降りてこなかったのを覚えていた。お腹いっぱいで、胃腸薬が効くとすぐに眠ってしまったからだ。
「みなさん何をもらったんですの?」
男性陣はハチミツ酒と答え、ソニアは豆乳と答えた。これではユコにとって参考になりにくい。
「それじゃあ、間を取ってミルクセーキをお願いしますわ」
「あいよっ」
マスターは手を叩こうとしてうっかり空振りしてしまい、照れ隠しにビールを一口飲んでから、もう一度景気よく手を打ち鳴らした。
ミルクを使ったノンアルコールのカクテルだから、確かに間は取ってある。
「さて、今日はどこから手を付けよう」
丸テーブルの一つを陣取って輪になって集まり、朝食と同時に今日の作戦会議である。
「クッパの!」
「クッパにリョーメン取られましたの!」
真っ先に意見するのは、クッパに取られた二人組。ソニアとユコは、一刻も早くクッパを捕まえて取り戻したいようだ。
「こいつらの言うことが本当なら、クッパ国の王だったクッパがまだ生きているということになる。そしてせこいことをやっていると」
確かに王様が民衆からリョーメン――この国ではらうめんを奪うのはせこすぎる。高級料理ではない、ただの大衆食である。しかも民衆が作ったものではなくて、店で買ったものを横取りする。そんなものを奪う国王って……。
それでも二人は確かに「クッパ」と名乗った者に取られたと言う。誰でも名乗れるが、フォレストピアに存在しないはずの人物なので、こうしてわざわざクッパ国跡地を目指しているのである。
「それを踏まえて、何から始めるか」
「クッパ国に行って、クッパから取り返す」とソニア。
「町の人に聞いてみたらどうですの?」とユコ。
「その前に、小遣いの補充」とレフトール。
単純なソニア、割と理性的なユコ、ちゃっかりしているレフトールであった。
「リゲルは?」
「俺はクッパのとか知らん。ただ、クッパ国の跡地を見てみるのは、歴史学的に興味あるな」
一通り意見が出たところで、ラムリーザは行動をまとめた。
銀行が開くまで、周囲の人に聞き込み調査。銀行が開いたら両替でこの国の通貨パタを増やして、そのままクッパ国の跡地を目指してみる。そんな流れで進めていこうということになった。
一旦部屋に戻って準備して引き払い、いつまで居るかわからないので宿は日々毎回契約しようと考えた。
出発間際にラムリーザは、宿のマスターに「クッパ国跡地」はどこにあるか聞いた。その答えは、ここから車でパタヴィア南部町を西に向かえば三十分ほどで西門に到達する。門から出てさらに西へ一時間ほど進めば、そこがクッパ国の跡地だそうだ。
昨日入国した門は南門で、南部の町はそこから東西に車で三十分程の大きさだった。ここはパタヴィアでも南の果てで、中心都市はもう少し北にあるのだそうだ。
泊まった宿屋は南部町の中で南寄りの中央辺りで、ここを中心に東西南北四方向に主要道路が伸びていた。
今日はまずはラムリーザの運転で銀行に向かうところから始まった。ソニアは助手席に乗りたがったが、リゲルに「お前では荷が重い」と言われて後ろに押し込まれてしまった。おかげでレフトールが両手に花と喜んでいる。
ラムリーザは銀行でさらに両替を済ませ、三人に一万パタずつ追加で渡す。最初に言った「無駄遣いはするな」は既に破られていた。旅行でおいしい高級料理を食べることが無駄遣いなのかどうかわからないが、らうめんに数千パタを投じるのは高すぎると言えるだろう。
西へと向かう道を進んでいく。ここは中心都市から離れているので、それほど人が多いわけではない。
「少し寒いな」
昨日は初めてやってきたということで興奮していたし、宿屋の中は温かかったので気がつかなかった。しかしこうして外に出てみると、フォレストピアと違って結構肌寒い。それなりに防寒対策をしてきたつもりだったが、他の国となるとその規模も違っていた。
「服屋によって上着を追加したらよいだろう」
リゲルの提案で、通りに面した服屋を探しながら進んでいった。
そこで丁度いい具合に服屋を見つける。フクフクという何のひねりもない名前の店だった。
「この町ってさ、ニクニクっていう肉屋とか、ハナハナっていう花屋があると思うよ」
ソニアがそう言うのも仕方ないぐらいの、安直な名前。しかし、覚えやすいというのもあるだろう。服ならフクフク、わかりやすい。
そこで一着買って上に着こもうと思ったところ、見慣れない服を発見できた。コートというもので、外側は厚い革でできていて、内側には毛皮がついていてモコモコだ。
「これ、すっごく暖かそうですの」
ユコは早速展示品を手に取って着ようとしている。
南国で暖かいフォレストピアは冬でもそんなに寒くならないので、こういった服は不要で全然置いていない。ずっと北に向かった先にあった国ならではの服だろう。
「それにしようぜ。値段は――一万もだって?!」
ユコに倣ったレフトールは、その値段を見て驚く。
「こっちのコートはもっとしっかりしていて、四万もするみたいだ。俺はこれにしよう」
リゲルは、自分で両替した金を使って、さっさとよさそうなコートを選んでしまった。
一方ソニアとユコとレフトールは、ラムリーザにたかる気満々のようだ。小遣いの範疇を越えた買い物になっている。お菓子や雑誌を買うのとは、訳が違いすぎる。
「リゲルと同じのにすると、十万パタ越えるんだけど」
別に予算は十分にあるラムリーザはその額に驚きはしないが、どうもこの国に入ってから金遣いが荒くなっているのが気になっていた。
「私はこの一万のでいいですのよ」
ユコは謙虚だった。いや、一万も奢らせるのが謙虚なのかどうかは不明だ。
「これって、防寒対策という公費だよな」
レフトールもなんだかんだと上手い理屈を並べてくる。
「ラムはあたしにしかお金使わないの!」
文句を言うソニア。どこへ行っても同じだなとラムリーザは思っていた。
結局、ラムリーザは一万のコートをリゲル以外に買ってあげ、再び近くの銀行で両替するハメとなったのであった。どうもこの国は物価が高いのか、それともたまたま高級品ばかり選んでいるのか。
どっちみちフォレストピアに帰れば不要となる物だ。この先、冬にパタヴィアに来た時だけ使う物ということで、まぁ安すぎもせず高くもなくと無難なところで済ませた――といっても一万はそれなりの品だが……。
防寒対策が整ったところで、さらに西へと移動した。
南部地区西の果て、そろそろ国境の門だという場所で、町はずれの雑貨屋を発見した。そこで休憩して、昼食となる弁当などを用意しようという話になった。
「雑貨屋だから、ザカザカかな?」
「え~と、ムェット店ですの? ムェットてなんでしょう?」
「なんだろね。あ、近くに弁当屋もある。よし、ここで休憩ね。買い物は小遣いから出すこと」
ラムリーザはリゲル以外に小遣いを与えている意味が分からなくなったので、ここでは自分でお金を出すよう促した。むろんその金は、ラムリーザが自分の金を両替して配ったものだが、細かいところはどうでもよい。
「おっ、客が来たなっ」
多少ぶっきらぼうな店主が迎えてくれた。店主の名前はミキマル・テツマロというものだった。いかにも異国だと言えるような独特な名前だ。ずんぐりむっくりした小柄な体型と、黒髪のおかっぱ頭がまるでヘルメットの様にも見える、見た目も独特な――若者だった。
店の中は、見た感じでは勇者店と変わらないように見える雑貨屋。いろいろな小物を置いてある。日用品を買うもよし、ちょっとした土産物を買うもよしってところか。
「今流行りのパズルだぞ」
店主のミキマルは、何の脈絡もなく突然商品を勧めてくる。その相手がユコというところが、売りやすそうな相手を選んで声をかけてきているってところだろうか。
「パズルなんていらないですの」
「パズル買え~えぇ~っ!」
ユコが断ると、なんだかこれまた独特な口調で、まるで押し売りみたいなことをやってくる。言葉の語尾を伸ばして、さらにもう一度伸ばして品物を押し付けてくる。当然のごとく、ユコは逃げ出した。
「これはめったに手に入らないレコードだぞ」
今度はソニアに商品を勧めた。音楽を聞くために使う、どこにでもあるレコードだ。
「誰の歌が入っているの?」
「それは買ってみないとわからないねー」
ミキマルの言う通り、いわゆるレコードジャケットというものは、無地の厚紙を貼り合わせただけなのか何も書いていない。怪しいレコードだ。ミーシャとかだと、動画のネタとして買ったかもしれない。
「そんなもの要らない」
むろんソニアは、そんな怪しいレコードに興味を示さない。
「何か買わんか~あぁ~っ!」
また独特のしゃべり方でレコードを押し付けてくる。やはり押し売りにしか見えない。これまた当然のごとく、ソニアは逃げ出した。めんどくさい店だ。
ミキマルは押し売りをやりやすそうな相手から選んでいるのか、今度は見た目が一番優しそうなラムリーザの所へやってきた。
「船旅いかがっスか~?」
今度は船旅を勧めてきた。旅行代理店もやっているのだろうか? これではまるで雑貨屋を通り越してなんでも屋だ。
「ここに旅行で来たばかりだから、船旅はまた今度でいいよ」
「ええっ? お客さんここのもんじゃないね?」
「うん、帝国からの旅人ですよ」
「なんやもー、それなら土産物だ。この酒はどうだ? 俺のお気に入り『たつま黒波』を売ってやろう」
「いや、未成年だからお酒はやめとくよ」
「じゃあこの『たんちき』はどうだ?」
「たんちき?」
「これを装着すると物事を逆に感じることができるぞ。痛いことは痛くない、不味い物は美味い物など」
「なんだかすごいね、試してみようか。つけてみて」
ミキマルは、それはもう、とばかりにそれを装着する。ラムリーザは、すかさずミキマルの顔面を掴んだ。そのまま力を込める。
「痛っ、痛いぞ!」
「なんだよ、痛いんじゃないか」
「まったく酷い奴だ」
ぶつぶつとつぶやきながら、ミキマルはラムリーザから離れていった。そしてリゲルとレフトールをちらりと見たが、商品の押し売りまがいをやろうとしなかった。やはり相手を選んでやってたことのようだ。
一通りこのムェット店を見て回ったが、ここは本当に雑貨と言える物しか置いておらず、むしろなんだかよくわからない物の方が多かった。パズルとかはおもちゃだし、レコードは音楽であり統一性が無い。
「遊びで来るような店だな」
リゲルの判断で、この雑貨屋に今は用はないとして、店から出て近くの弁当屋へと向かった。
「弁当は小遣いから出すように」
ラムリーザがそう決めると、ソニアたちは五百パタ前後という、安くはないが現実的な値段の弁当を選ぶのであった。
「そういえばお客さんたち、さっはムェット店に入っていったよね?」
弁当屋のおばちゃんは、何か忠告するようにラムリーザに言った。
「はい、店主は変わった人ですね」
「あそこは不良品ばかりだから気を付けた方がいいよ」
「え、そうなんですか?」
「特に船旅とか、絶対に誘いに乗っちゃダメよ」
弁当屋は、ひそひそとラムリーザに噂話を始めた。
ミキマルが勧めてきた船旅というものは、どうやら罠らしい。客に船旅を契約させて、実際に船で海に送り出す。その契約書に密かに生命保険とやらを紛れ込ませ、その保険金の受け取りはミキマル自身にしておく。その後、船は沖で沈没して乗客は全滅する。すると、乗せた客の数だけ保険金を手に入れられるといった商売だ。
「なんだか無茶苦茶だな。リゲル、これって成り立つのか?」
ラムリーザは、参謀長のリゲルに尋ねてみた。ちょくちょく小遣い稼ぎを思いつくリゲルなら、それなりの判断を示してくれるだろう。
「生命保険とやらがあまり聞かないものだが、人が死んだときにその金が返ってくるといったシステムでよいのだな?」
「そうです。今のこの国を治めている長老が考え出した福祉の一環で、月々少しずつ保険金を積み立てていくと、その方が亡くなった時にまとまった金を受け取れるのです」
弁当が出来上がるまで、なぜかこの国の仕組みの一つを聞いていることになっていた。
「それ、死んでしまうのに意味があるのかな?」
「本人のためではないのですよ。残されたもののためです。子供とか配偶者とか」
「なるほどな」
すぐにリゲルはその仕組みが意味するところを知ったようだ。そしてミキマルが持ちかけてきた意味も理解した。
「どういうことだい?」
ラムリーザはまだよくわからなかったので、リゲルに聞いてみた。
「例えばお前が死んだとき保険で、俺が百万エルドぐらいもらえるとしよう。さっきの話では、俺は月に千エルドぐらい払えばよいみたいだ。数回払った後、お前を殺せばどうなると思う?」
「えーと、死んだら保険金もらえるから、リゲルは百万エルド受け取れる、かな?」
「その通りだ。使い方によっては小遣い稼ぎができる」
「でもさ、僕を殺したらリゲルは捕まるよ」
「そう、そこがこの作戦の問題点だ。ところがあのミキマルとやらは、船旅で事故死させている。すると、ミキマルが殺したわけではないので捕まらないって話だ」
「なんだか福祉制度を利用した――詐欺?」
「ほら、弁当五つできたよ。それと大丈夫、この国の人間はあのミキマルが先祖代々どんなことやってきたか知っているので、誰も相手にしていないよ。引っかかるのは旅人か、まだ何も知らない若い者ぐらいだね」
「船旅は?」
「みんな怪しんで相手にしていないさね」
「はぁ、そうなんですか」
ラムリーザはいきなり変な店に入ってしまったものだと思い、軽くため息をつく。
ま、弁当屋のおばちゃんの言っているとおり、相手にしなければ大丈夫だろう。ミキマルとやらのことは、今夜も宿で聞いてみるとして、同じような感じの話が聞けたらより警戒すればよいだろう。