クッパ国跡地にて ~魔法みたいなこと~
12月29日――
目の前に広がっているのは、ほとんど崩れかけた石レンガ。
元々国境の壁として機能していたのか、北から南へと伸びているが今は壁として機能していない。
まずは車を北に走らせて、石レンガの途切れたところを探していた。
パタヴィア南部にある西門をくぐってから一時間弱、ラムリーザたちはクッパ国の跡地へと辿りついていた。
石壁の残骸にぶつかり、右折して北へと向かうこと数分後、元々門であったであろう場所が見えてきた。
門の残骸をくぐると、これまた元々町だったと思える光景が広がっていた。当然のごとく、人の気配は全く無い。
「皆さんご覧下さい、これがクリボー一人に全責任を押し付けて、その混乱からどうにも治安が回復しなくなって滅びた国です」
運転していたラムリーザは、車を降りてから町の残骸を手で指示して、まるでガイドさんのように紹介した。
ラムリーザの台詞に呼応するように、北から一陣の風が吹いた。冷たい風だったが、服屋のフクフクで買ったコートを着こんでいたので、それ程寒いとは感じない。
「へー、なんだか冒険しているみたいですの」
二番目に車を降りたユコは、大きく伸びをしながらつぶやいた。確かに雰囲気は、テーブルトークゲームで遊んだファンタジー世界にありそうなものだ。
「ステータスオープン!」
三番目に降りたソニアが突然叫んだ。
「は?」
ラムリーザは、恋人に怪訝な視線を向ける。また何か奇行を始めるのかと警戒しながら。
「冒険者だったら、自分のステータスを確認できるはずだから」
それではまるでゲームではないか、とラムリーザは突っ込まなかった。
「それで、知力はなんぼだった?」
助手席から降りたリゲルが尋ねてきた。なぜ一番に知性を聞くのか理由を考えるのは野暮なことだ。
「むっ、64だった!」
ソニアは高そうな数値を答えた。学校での前回のテストで、自分の取った一番高かった54点から10点ほど水増しして。
「ということは、上限は1000ぐらいか」
「なっ、なんでよっ!」
「そもそもステータスの最大値が255だとして、知力最大が聡明な賢者だとしよう」
リゲルの講義を、ソニアは口をへの字に曲げて聞いている。
「初期値が20ぐらいの魔導師って、今まで何を学んできたのかってならないか?」
「レベル1だったらそのぐらいじゃない?」
「レベル50の戦士の知力が40だとしよう」
「戦士は脳筋だから、レベルが高くなっても知力は伸びないからな」
ラムリーザも気がつけば、リゲルのRPG論に加わっていた。
「そこで不思議なことが生じる。剣や斧を振り回していただけでそこまで知性がつくのに、冒険が始まるまで勉強していたはずの魔導師が、その半分しか知力が無いのだ」
「あまりゲームの設定に現実を持ち込んでもしょうがないですの」
一同は車を降り、周囲を散策し始めた。はぐれたら困るので、みんな固まって一緒に動いていた。
しかし見れば見るほど、典型的な廃墟だ。それほど建物は壊れていないが、風が吹くたびに窓の扉がバタバタ音がするぐらいで、人が住んでいる感じは全くしない。
クッパ国が崩壊したのはどのくらい昔だったろうか?
それほど昔ではない、五十年から百年の間ぐらいだったはずだ。
「ねぇ、ゲームみたいにスキルがあったら、私たちにはどんなスキルが似合うでしょう?」
ユコは先ほどのRPG論を引きずっていた。
「リゲルは参謀長スキル10とか?」
「最大値はなんぼに設定するのだ?」
「10だとして、リゲルは参謀長スキル10」
「そんな能力があったら、辺境じゃなくて皇帝に仕えるだろうが。だいたい参謀長ってスキルじゃなくて役職だろうが」
ゲームの話をしながら、ゲームのような場所を見て回っている。
目立つ建物は、やはり中央部にある大きな城の跡地だろう。特に深く考えず、そこに向かっていた。
城の門は壊れていて、自由に出入りできるようになっていた。
門をくぐったリゲルは、急に振り返ってソニアを外に押し戻す。
「なによー」
「呪われし者よ、出ていけ――って場面だろ」
「あたし呪われてない!」
「呪いのおっぱい」
「うるさい番長!」
これだけソニアが騒いでも誰も出てこないということは、ここには誰も住んでいないのだろう。シーンと静まり返った城跡に、ソニアの甲高い声だけが響き渡っていた。
城の中はすっからかんで、物は全て運び出された後のようだった。
「クッパ! 生きているんだろ! 出てこーい!」
ソニアは、入り口から中に入らず、城の中に向かって大声で叫んだ。
「生きているのか? ずっと昔の王様だろ?」
「あたしからリョーメン取った! あたしの『クッパの』返せーっ!」
広々とした空間に、返せーっ返せーっと残響音が鳴り響く。
「でも取られたのはフォレストピアでだろ?」
「その後にここに逃げ帰ったの。ほらユコも一緒に!」
そしてソニアは、ユコと一緒に「クッパの返せーっ!」と叫んだ。
「わしを呼ぶのは誰じゃ――?」
そう言いながら、誰かが物陰から出てくる――
――ことはなかった。
城跡の中は、相変わらずシーンと静まり返ったまま。二人の叫び声は残響音を伴い、やがて小さくかき消えていく。
「出てこい出てこいクッパー! 出てくりゃ地獄へ直行便!」
しまいには妙な歌を歌い始めるが、何も変わることはない。
この状況から見て、城にはもう誰も住んでいないと見るべきだろう。一同はゆっくりと城の中へと入っていった。
しかし――
「誰だ?! 騒いでいるのは!」
その声は、背後から聞こえた。一同はびっくりして振り返る。すると、城の入り口を二人組が塞いでいた。
ソニアとユコは、急いでラムリーザの後ろに隠れる。逆にレフトールは、ラムリーザの前に進み出た。一方リゲルは、その場を動かず冷静に二人組を観察していた。
「なんだてめーら、やんのかコラァ!」
ここは番長の面目躍如か? 突如現れた謎の二人組にも、臆することなく威勢よく言い放った。
「こらこら、まだ敵だと決まったわけではないだろ?」
これがゲームだったら野盗が襲い掛かってきたケースもありうるが、ここは現実世界だ。跡地も誰かが管理していないと危険なので、ただの警備員の可能性もある。クッパ国跡地も、見方を変えれば歴史的建造物なのだ。
いきり立つレフトールを押さえて、ラムリーザは二人組をじっくりと観察する。
二人とも、それほど背は高くない。先ほど疑惑の雑貨屋で会ったミキマルと、それほど変わらない。ラムリーザやレフトールがヘビー級プロレスラーなら、この二人はジュニアヘビー級といったところか。
ただし、身なりが妙に派手で印象に残る。
一人は青い服に青いズボン、髪の色まで青で全身青尽くし。もう一人は赤い服に赤いズボン、まるで戦隊ものだ。他に緑や黄色や桃色が出てくるのだろうか? ただ赤い方は髪型が独特で、両脇をそり落として真ん中の毛だけが立っている。いわゆるモヒカンというものだ。しかも片目の回りに赤い星形のペインティング、危なそうな奴だ。
こんな格好をしている二人が警備員とは思えない。おそらく厄介な者だろう。
それよりも問題なのは、入り口を固められてしまったので、この二人から逃げ出そうとするなら城の奥へと行くしかないことだ。
「お前ら初めて見るな、ヨソ者だろう」
「いかにも我々はヨソ者だ」
ラムリーザは、妙に堂々と答えてやった。一地方を任されている領主ともあろうものが、こんな辺境の、変な二人組にビクついていたのでは情けない。そしてソニアとユコを守りながらでも、人数ではこちらが勝っている。それに、こんなこともあろうかと、今回の旅行ではこれを持ってきた。
ラムリーザは、腰にぶら下げているブランダーバスを手に取った。そして、落ち着いて弾を込めながら、二人組に語り掛けた。
「君たちはいったい何者だい?」
できることならば、争いごとは避けたい。どっちにせよ、相手を知ることだ。
ただの浮浪者か、それとも跡地に住む元クッパ国の国民か。廃墟に住んでいる時点で、結局は浮浪者だと決めつけてはいけない。それでも、もしもクッパ国住民の生き残りなら、いろいろと情報を聞き出せるかもしれないのだ。
「人に聞くなら、自分から名乗るのが筋じゃないかね?」
赤い方がそう言ってくる。ラムリーザは、ユコがゲームマスターをするテーブルトークゲームで、敵役が同じことを言っていたなと思い出し、思わずくすりと笑いそうになるのをこらえる。
「これは然り、魔導師――じゃなくて、フォレストピアの領主――になる予定の――ラムリーザだ」
「知らん」
思わずズッコケそうになる。やはり、こんな辺境の国に、帝国とは言え新開地まで知られてはいないようだ。
ゲームを思い出したので、思わずゲーム内の設定で自己紹介しそうになったのは、スルーしてくれて助かったというものだ。でもゲームだと、この二人は野盗ということになる。そんなゲーム的展開が繰り広げられるわけが――
「旅人は宿賃を払ってもらわんとなぁ」
――ありそうだ。
ゲームマスターユコの演じる野盗と同じことを言っている。
「ええっ? 本当に追い剥ぎって居るんだ」
妙に感心してしまうラムリーザ。広い世界のどこかには、ゲームと同じ環境も広がっているというのだろうか。
「ふっふっふっ、身ぐるみ剥いでやるぞ」
「ひいぃ」
当のゲームマスターは、ソニアと一緒にラムリーザにしがみついてくる。演じるのと遭遇するのとでは、天と地ぐらいの隔たりがある。
「おっ、やんのか?」
レフトールは身構える。ゲームの世界ではファイターのソニアが担当する役割を、現実ではレフトールが演じている。
なんだかそんな雰囲気に飲まれて、ラムリーザはゲームの世界みたいに魔法をぶっ放せるのではないか? という気がしてしまうから困ったものだ。
ラムリーザは、まるで魔法の詠唱でもするかのように、ブランダーバスを天井に向けてその方向を見上げた。
二人組とラムリーザたちとの間の天井に、ボロボロのシャンデリアが残っていた。ここが城のホールだったことを残している感じだ。あれの支柱を撃ちぬいて落とせば、二人組に対してかなりの威嚇攻撃になるだろう。うまく決まれば、逃走してくれるかもしれない。
「何をやっているんだお前は?」
二人組は、ラムリーザの行動を警戒しているようだ。これから戦いが始まると言うのに、天井を見上げて片手を掲げている姿、やはり魔法の詠唱に見えないこともない。
青い方が一歩前に踏み出した時、ラムリーザは引き金を引いた。その瞬間――
ドウン!
静かな廃墟の城内に、轟音が響き渡った。
「うわっ」
ラムリーザを除く全員がその音に驚き、その場で尻もちをついている。いや、リゲルだけはこらえていた。
城の中に、ドウンドウンと発射音の残響音が鳴り響き、徐々に小さくなってゆく。
シャンデリアは、落ちてこなかった。
その代わりに、パラパラと石の破片が落ちてきた。
「なんかヤベーことが起きてるぞ、逃げろっ」
轟音に驚いた二人組は、城の外へと逃げて行ってしまった。
そして数十秒後、城内のホールは、まるで時間が止まったかのように静まり返った。
「ふえぇ~、びっくりしたぁ……」
しばらくしてから、ようやくソニアは口を開いた。
「近くに雷が落ちたのかと思いましたよ」
ブランダーバスの発射を知らないユコは、その轟音を雷の音だと思ったようだ。
いや、ラムリーザも驚いていた。これまでは、屋敷の庭園の一角に作られた練習場でしか撃ったことはない。そこは開けた場所だったので、射撃音もそれほど気にならなかった。しかし今回撃ったのは閉じた空間。反響音や残響音が入り乱れて、凄まじい音となっていた。
「らっ、ラムさん。その道具は、大きな音で相手を驚かせるものなのか?」
レフトールは、ぼんやりと立っているラムリーザに問いかける。実際に、二人組の追い剥ぎは、轟音に驚いて逃げていった。
「作戦は大成功だね」
今更シャンデリアの軸に弾が当たらなかったとは言い出せないラムリーザであった。
「しかし何だか危ない場所だな。一旦出直して、もうちょっと準備を整えた方が良いと思うぞ」
リゲルの言うことも、もっともだ。野盗や追い剥ぎが出るなら、現地の案内人や警備員を雇った方が良いかもしれない。廃墟と言えども広いので、少なくとも案内人は必要だろう。
やはり闇雲に調査するよりは、クッパ国についてよく知っている人に話を聞いて回るのが先だろう。
それにソニアとユコも、追い剥ぎの出現に恐れてか、『クッパの』に対する執着は少し薄れたようだ。
そこで一同は、一旦パタヴィアの町へと戻ることにしたのであった。
城跡から出ていく五人の後姿を、寂れた城内の奥の通路先から、じっと見つめている二つの目があった。
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