コトゲウメ
12月29日――
クッパ国跡地の探索は、一旦仕切りなおすことにした。
廃墟ということもあり、思ったよりも探索の目印となる物がない。それに、野盗のような者まで出現するとなると危ないので、少なくとも現地の案内人を誰かに依頼する方が安全と考えたからだ。
再び一時間弱かけてパタヴィアの町に戻った時、既に日は西に傾きかけていた。
西門から近い宿を探そうとしたが、この辺りは町の外れということもあり、それほど質の良い宿は見当たらなかった。やはり南部の町中心街で見つけた「羽ばたく亀亭」が、高級な宿だったのだなと改めて実感し、再び三十分ほどかけてそこに戻る。
「昼食はお弁当にしましたけど、冒険するのなら携帯食とか必要ですの」
「それはゲームの話だろう?」
「いま私たちがやっていることも、似たようなものですの」
ユコの指摘も間違っていない。確かにゲームみたいな冒険をやっているが、それは今は現実なのだ。アドベンチャー慣れをしていないが、少しずつ学んでいこう。
「しかし雑貨屋が変なのだからなぁ」
ラムリーザが思ったのは、ムェット店のことだ。まぁ羽ばたく亀亭のマスターに、まともな雑貨屋の所在地を聞けばよいだろう。
夜になる前に、再び昨日泊まった宿へと戻った。
「ただいま」
今朝ぶりなので、こういった挨拶をしておく。マスターも顔を覚えていてくれたのか、「おかえり」と返してくれた。
そろそろ夕食の時間ということもあり、昨夜入った時と比べて客の数も多い。部屋の隅のテーブルで酒をチビチビやっている者、団体でわいわいと食事をとっている者、テーブルに突っ伏して寝ている者など様々だ。
ラムリーザたちは、一つ空いていたテーブルを選んで、そこに陣取った。
「どっかに食べに行こうぜ」
レフトールは宿屋の食堂より、もっと別の場所を所望する。
「どうせ贅沢するんだろうが」
しかしリゲルの一喝で、今日の晩御飯は宿屋で頂くことにする。
フォレストピアに住んでいるときならラムリーザがいくらでも――と言えば語弊があるが――お金を出してくれるので問題ない。しかしこういった異国の地では、持ってきた金だけが全てだ。あまり無駄遣いすると、所持金が底をついて身動きが取れなくなる。それでいても、既に十万エルド程両替しているのだ。ここは自重してもらいたいものである。
宿の夕食は、パンと肉入りのスープ、そして野菜サラダといったごく普通のありふれたものだった。むろん一泊につき一杯奢るという制度は今日も有効である。そこで五人とも、こっそりとハチミツ酒を頂くのであった。
「ハチミツ酒美味いから、養蜂して俺たちで作ろうぜ」
「ほう、養蜂のやり方が分かるのか?」
「蜂の巣を見つけてきて、虫かごの中に入れておいて――だろ?」
「知らん」
意外と勉強のできるレフトールと、普通に勉強のできるリゲルも、専門外の技術については全く知らないようだ。
「あの二人組、一体何者だったのでしょう?」
「普通に野盗か山賊の類だろうね」
「山賊は全種類の武器を持つことができて半分器用。でも鎧はあまり着られない」
残った三人は、昼間の出来事について話し合っている。ソニアの言うことだけは、相変わらず何のことかわからない。まぁ恐らくゲームの設定だろう。
「それにしても、ラムリーザ様のそれ、何ですの? 学校にも持ってきていましたけど」
ユコは、ラムリーザの腰にぶら下がっているものを指さしている。
「ブランダーバス。火薬で鉄の弾を飛ばすんだよ」
「ふ~ん、すごい音でしたのね」
「ほんと、今日のはいつものよりかなりうるさかったよ」
「仕組みは確か、火薬を爆発させて、その勢いで弾を飛ばす――だったかな? 技師のカリポスに詳しく聞かなければわからないけど、多分爆発音だよ」
ユコは、今日初めて弾を撃った場面に出くわした。ラムリーザとソニアは練習でいつも聞いているが、今日は閉じた空間で撃ったので音がよけい響いたのだ。
「その護身具か。結構な音が出るから確かに護身具になっている」
リゲルも全知全能なわけではないので、一般に出回っていないブランダーバスを知っているわけがない。
「ああ、カツアゲしようとしたら叫びだす奴も居てな。そんな厄介な奴からは逃げる。確かに轟音は護身具だな」
「お前やっぱりまだカツアゲしてるのな。そんな悪い奴は要らんから出ていけ」
「むっ、昔の話ですぜリゲルの旦那~」
リゲルとレフトールは、轟音で相手を驚かせる道具だと思ってしまっていた。今さらシャンデリアを撃ち落とそうとしたとは言い出せないラムリーザであった。
「ただいま~」
そこに、新しい客がやってきた。挨拶からして、ラムリーザたち同様、いつもここに泊まっている客らしい。
「あーあ、本を書いていたらこんな時間になっちゃった。マスター、半熟オムライスよろしく。あと適当に見繕ってくれたらいいよ」
その時新しい客は、ラムリーザたちに気がついたようだ。
「おやっ? 見慣れない一団が居る。皆さん旅人ですか?」
その客は、注文した夕食が出来上がるまで、ラムリーザたちの相手をすることで時間をつぶすことにしたようだ。
「フォレストピアからの旅人ですよ」
ラムリーザは、その若者の男性客は特に悪人の様ではないと判断したので、気さくに対応してみた。酔っ払いが絡んできているわけでもないし、この国の住民と接する良い機会が向こうから飛び込んできたわけだ。
「え~と、どこでしょう?」
しかし、この客もやはりフォレストピアのことを知らない。動き始めてまだ一年も経過していない新開地では仕方がないか。逆にラムリーザたちも、パタヴィアについてほとんど何も知らないのであるから。
「エルドラード帝国の者だ」
代わりにリゲルが答えた。フォレストピアも帝国の一部だから、間違いではない。
「ええっ? 帝国からの観光客かぁ、珍しいなぁ」
その客は、きょろきょろと周囲を見渡した。テーブルはラムリーザたちが占拠したものが最後で、既にすべて埋まっていた。
「そこ席が一つ空いてるよ」
ラムリーザは、このテーブルが六人掛けなので、一つ空いていることを伝えた。
「悪いね、相席宜しく。僕はコトゲウメと言います」
その客はコトゲウメと名乗り、ラムリーザたちも一人ずつ自己紹介をした。
「それにしても帝国からはるばると、やっぱり観光ですか?」
「違う! クッパのを取り戻しに来た!」
ソニアの言うことも間違いではない。この旅行はクッパの事件が発端となっている。
「クッパのって――えっとぉ……ソニアさん?」
コトゲウメは少し口ごもった。やはりクッパのなどという物は存在しないのだろうか。
「ソニアさん、クッパのを買っちゃったんですかー。というか、よく残ってたなー」
違った。何かを知っている風であった。
「クッパのが残っているとはどういうことですか?」
ソニアに代わってラムリーザが尋ねる。コトゲウメの言い方では、すでに無くなってしまったはずの物って感じに取れる。
「クッパ国が滅びて七十年、その時の元国王がお亡くなりになって二十年、クッパのなんて久しぶりに聞きましたよ」
「やはり過去の話なのですね」
放棄して七十年、確かにあの跡地の荒廃ぶりは、そのぐらいの時が流れた結果とも取れる。それよりも重要な情報を得られたのに気がつく。
「クッパ王が亡くなって二十年ですか?」
「そうだよ。ちなみにクッパ国は国王の名前であるクッパから取られているけど、王の正式名称は違うんだ」
「ただきちさんとか?」
「カバサン・ユビ・クッピンゲリア。国王の正式名称はこうなんだ。それが愛称でクッパと呼ばれていたのだけど、もう二十年以上も昔の話だよ」
「カバサン? 河馬さんですの?」
ユコの言うのは、帝国よりもずっと南にすむ大型の動物のことだ。奇病により全身の筋肉が盛り上がった悪人ではなく、哺乳綱偶蹄目カバ科カバ属に分類される偶蹄類である。
「おっと、それを言ったら牢屋だよ。まぁもうクッパ王は生きてないし、クッパのを買ったとしても被害は無いだろうね」
そこに丁度仕上がった夕食がテーブルに運ばれた。ソニアはクッパのを取られたことは追及せずに、興味はもうテーブルの上に並んだ食べ物の方に移っているようだった。
「クッピンゲリアって、ヨンゲリアみたいだね」
ラムリーザは、そちら方面にも詳しいリゲルに言ってみた。
「ゲリアとはな、不気味とか気味が悪いとか、そういう意味がある。例えばヨンゲリアは、四つの不気味がキーポイントとなっている」
「じゃあクッパ王のクッピンゲリアだったら?」
「不気味なクッパ、妙なクッパ。まぁ滅亡までの過程を見てみると、妙な国王だったのは間違いなかろう。一人の人間に全責任を負わせて、それで国が成り立つかってのだな」
そこまで話し合ったところで、しばらくの間口数は少なくなり、黙々と夕食を堪能することとなった。まぁメニューは普通の旅館で出てくる夕食といったところだ。
食事が終わると次にラムリーザは、新たに加わった若者の男性客に興味を向けてみた。
「コトゲウメさんは、宿に泊まっているってことは旅人ですか? 何をしているのかな?」
「僕はクッパ国の滅亡について、もっと具体的な書物をまとめようとしているんだ。今の定説があまりにもぶっ飛びすぎているので、本当かどうか気になってしまってね。あなたたちは信じられますか? 先ほどリゲルさんが言ったように、一人の人間に全責任を負わせて、それで国が成り立つと思いますか?」
「だから滅びた」
リゲルは、上品に口元を紙ナプキンでぬぐいながら、短く答えた。
「僕はある仮定を立てたのです。クッパ国は――いやクッパ王はもっと別の、その、何と言うか、歴史に残っては非常に不名誉な状況になっていたのかと。そこでクリボーという者に全責任を押し付けて、国を滅亡させて逃げたのかと」
「クリボー一人に全責任を押し付けた時点で、犯罪歴史学の教科書に載るぐらい不名誉なことだと思うけどなぁ」
ラムリーザから見ると、そのぐらいまでしか思い至らない。
「もしもクッパ王が、悪魔のような存在と何らかの契約を結んだとかあったら?」
「まさかそんなことが?」
それではまるで、リゲルの好きなジャンルの映画の話になってしまう。大きな悪を隠すには小さな悪を広めよと言うが、国自体を滅亡させたという悪に比べたら、ある程度の悪は霞んでしまうと思われるが?
「あなた方は、今日の日中クッパ国の跡地に向かわれたそうですが、何をしに行ったのですか?」
「クッパを捕まえに行った」
答えたのは食事を一番に終えていたソニアだ。
「クッパは二十年前に亡くなりましたが?」
「嘘! あたしクッパにクッパの取られた!」
「不思議ですねぇ、クッパ王はもうクッパのを取り上げる必要も意味も無くなったはずですが……」
コトゲウメは、不思議そうに首を傾げた。
「実は生きていたとか、そんな可能性はありませんか?」
「それはまた新しくて面白い説だね。でも僕は否定しないよ。どんな突拍子もない説も、あっさりと否定せずに、全ての事象に可能性を考えるんだ」
ラムリーザの質問にも、コトゲウメは好意的だ。
「ま、城に何かあると思うのだよね」
「機会があったら、僕も同行させてもらってもよいですか?」
「それは問題ないよ。ただ明日はこの町でゆっくりしていこうかなって思っているんだ。明後日は――」
「明後日は新年ですよ」
コトゲウメに言われて、ラムリーザは思い出した。そういえば年末に旅行に出発したので、そろそろ新年である。異国の地で新年を迎えるというのも初の経験だし、面白いのかなと思ってしまう。
「新年はこの町で迎えるのも悪くないね。パタヴィアにも新年のお祭りとかあるのかな?」
「そりゃあもちろんありますよ。運勢とか占ってもらったらよいでしょう」
「ここにもあるのね」
ラムリーザは、去年の運勢がグループ全体で最悪だったのを思い出していた。そう思えば、場所を変えて占ってみるのも悪くないと考えられる。
「あともう一つ気を付けておいてください」
今まで少し笑みを浮かべた顔で接していたコトゲウメは、ちょっと真剣な表情になって言った。
「伺いましょう」
「反クッパ同盟というものに気を付けてください」
そう述べると、コトゲウメは時計に目をやり、「今夜はこれで失礼します」と言って席を立って客部屋の方へと向かっていった。
ラムリーザたちもマスターと交渉して、丁度昨夜と同じ部屋が空いていたので、その部屋を借りることにした。