反クッパ同盟

 
 12月30日――
 

 翌日、今日は予定通りにクッパ国跡地の調査はお休み。パタヴィアの町で過ごすこととなった。

 朝食が終わるとソニアとユコは、二人で町に出かけてしまっている。町の中にクッパが潜んでいるとかなんとか言っていて、どうやら探し出してやるらしい。

 ラムリーザは、昨夜のコトゲウメとの会話を聞いて、二人で出かけても大丈夫だろうかと考えていた。そこで今朝の朝食時にも彼と話す機会があったのでこの町について少し聞いてみた。

 その結果、反クッパ同盟というめんどくさい連中は居るが、町の中は安全だと。クッパ国と同じ轍は踏まぬということで、治安や犯罪関係の対処には、国民一同真剣になって取り組んでいるのだという。

 その反クッパ同盟とは、クッパに反抗する集団の名称である。普段はクッパ国の跡地や、その他様々な場所で暴れているらしい。野盗、山賊、ゴロツキの類だろう。

 ひょっとしたら、昨日クッパ国跡地で遭遇した二人が反クッパ同盟の者かもしれない。跡地に行くなら気を付けなければならない。

 ラムリーザはソニアたちが出かけてから少したった後に、リゲルとレフトールを率いて宿を出た。宿は一日ごとに契約することとし、一泊分の代金は支払っておいた。

 ほとんど交流の無いパタヴィアでは、ラムリーザが通りを歩いていても誰も気に留めない。

「町で何すんのさ」

 しばらく歩いたところで、あまり観光には興味の無さそうなレフトールがぼやいた。

「僕は別にクッパのがどうとか気にしてないからね。そっちはソニアたちに任せるとして、折角だからこの町を見ていこうよ」

「やっぱり観光かぁ」

 レフトールはキョロキョロと周囲を見回す。

「おっ、ここは面白そうじゃねーか」

 レフトールの指し示した店は、ほとんど裸の女性が看板になっていた。

「なんだ? 猫目石の竜宮城? どう見ても如何わしいぞ、なぁリゲル」

 ラムリーザは、参謀長扱いのリゲルに意見を求めた。

「キャバレーとかクラブの類だな。ジャンの店に近いものだが、この看板からするにキャバクラってところだろう。ま、健全な店とは言えんな」

「よし、ここにしようぜ」

「でも『ぱふりんこ』みたいな場所だったらどうするんだよ」

「うっ」

 レフトールはラムリーザの言葉を聞いてたじろむ。ぱふりんこと言えば、修学旅行の日にユライカナンで、ここと同じような看板に騙されて入った気持ち悪い店であった。たった50エルドだったので安い勉強料で済んだが、はてさてこの店はどうだろうか。

 どっちみち、今の時間に店は開いていないようだ。看板をよく見ると、夜にならないと営業は始まらないみたいである。

 そんなわけで、再びしばらく歩いて回っていた。

「あ、ここは情報集めに良い場所かもしれないね」

 ラムリーザが指さしたのは、町ならどこにでも普通にある図書館であった。ここならクッパ国についての資料が残っているはずだ。

「俺はそんなところ興味ねーぞ。一人で遊んでくるから、金くれよ」

 どうやらレフトールは、図書館での資料漁りは興味が無いようだ。ラムリーザに小遣いをせびってくる。

「お前それさりげなくカツアゲしているってのに気がつかないのか?」

 リゲルに突っ込まれて、レフトールは「うーむ」と唸った。

「それよりも、まだ小遣い十分に残っているだろ?」

 初日の夜に豪勢ならうめんを食って小遣いはほとんど無くなったが、昨日の朝銀行でまたこの国の通貨を増やして配ったはずだ。

「ばれちまっちゃあ仕方ない。お呼びでない? こりゃまた失礼いたしましたーっ」

「待てよおい、お前はラムリーザの騎士を目指しているのではなかったか? 守るべき主君を放置して敵前逃亡か?」

 逃げようとするレフトールに、リゲルは待ったをかける。しかしレフトールは飄々と答えた。

「図書館で戦争――喧嘩が発生するのなら俺に任せろや。そんな物騒な国には見えんがの」

「昨日野盗みたいなのに襲われたのを忘れたようだな」

「あんな廃墟に浮浪者の一人や二人、不思議じゃねーよ」

 リゲルとレフトールのやり取りは続いている。このままでは終わりそうもないので、ラムリーザはさっさとレフトールを自由にしてやると決めた。

「図書館内で争いが起きそうになったらキュリオで呼び出すけど、この町を好きなように楽しんでおいて」

 こう言って、レフトールを自由にしてやる。レフトールも携帯端末を持っているので、面倒な事が起きそうなら呼べばいいだろう。レイジィたち護衛の者は潜んでいるが、極力日常生活には影響を与えないようになっているので、いざという時以外は自分たちの力で乗り切るべきなのだ。もっとも、図書館内で危険な目に会うことはないだろう。

 ラムリーザの言葉を聞いたレフトールは、逃げるように図書館の前から立ち去って行くのであった。

 レフトールが通りに消えるのを見てから、ラムリーザはリゲルとともに図書館へと入っていった。

 

 一方ソニアとユコである。

 煽り屋のリリスが居ないだけで、ソニアは普通に大人しい。ユコはそれほど煽らないし、ユコから見たら幼稚なリリスが幼稚なソニアに代わっただけ。ソニアから見ると、ユコは付き合いにくい――とは考えていない。ソニアは相手がユコでも、自分の個性は何も変わらずマイペースだ。やはりソニアという爆弾は、リリスという起爆剤が無いと無害そのものであった。

 二人の共通の趣味と言えば、主だったところではゲームと音楽ぐらい。そんなわけで、特に何も考えることなく、パタヴィア南部町で通りの一角にあったゲームショップに入っていくのであった。看板にはでかでかと『ナイスなゲームがズラリ』と書かれていた。これが店の名前らしい。

「あらー、見慣れないタイトルのゲームばかりですのねー」

 この世界には言語の違いは無いが、文化まで同じとは言えない。ゲームだけでなく、ハードも見たことも無いものだった。国と国との交易がほとんど無い以上、ゲーム関係も共通なものではない。

 そのおかげで、二人は珍しいものを見て回れるのであった。

「ここのゲーム機を買わないと、プレイできないんだ」

「国交があれば、ゲーム機の輸入とか、ゲームの移植とかあるんですけどね」

 二人は一緒に、店内をうろうろと見て回った。

「何々、スーマ・リクエスト? あんまり面白く無さそう」

 ソニアが最初に手に取ったのは、アクションゲームだろうか? 悪魔のような敵キャラに立ち向かっている主人公っぽいパッケージイラストだった。

「さぶっちーとかぶおの大冒険、これもアクションゲームですのね」

 ユコが手に取ったのは、メインキャラらしき二人で冒険していくタイプなのだろう。二人が並んでいる画面が映っているところから、二人同時プレイで進めるのか、それとも一人で二人を同時操作して進めるのか。

 適当に選んでも分からないので、二人は雑誌コーナーに行ってお勧めゲームを調べてみることにした。

「えーと、人気投票や売り上げナンバーワンは、パタちゃんクエストですの?」

「何々、クリボー王の野望を打ち砕くために、パタとトゲの二人が立ち上がった?」

「クリボーってどこかで聞いた名前ですの」

「確かクッパ国を滅亡させた原因となった人じゃなかったっけ? この人が悪いから滅亡したってリゲルが言ってなかったっけ?」

「その辺りの史実を組み込んでの、シナリオ設定なんですのね」

「パタはパタヴィアで、トゲはコトゲウメ?」

「う~ん、関係あるような無いような、よく分かんないですの」

 二人は雑誌を置くと、その有名ゲームを探して回った。と言っても探す必要も無く、カウンター横で大きく宣伝されていた。

「ふ~ん。パッケージを見た限りだと、普通のRPGみたいですね」

「悪い奴を主人公が倒す、王道ってのね」

 二人はその後もうろうろと店内を見て回ったが、ゲームを買ってもハードを買わなければプレイできない。そのハードはラムリーザから貰った小遣いでは買えそうにない。それに買えたとしても荷物になる。

「帰る前にまたここに寄って、ラムに買ってもらお」

 ソニアはいつものようにラムリーザにたかる。

「そうしましょう。リリスにもお土産で買って帰ろうかしら」

 ユコもラムリーザ頼りで計画を立てている。

 遠く遥か、パタヴィアの国まで旅行に行って、お土産はゲーム機とゲーム。ソニアらしいといえばソニアらしいし、ユコらしいと言えばユコらしい。

 というわけで、この場は下見をやっただけに留めておいて、二人はゲームショップ『ナイスなゲームがズラリ』を出ていった。

 次はこの国の楽器屋に行って、文化の違いからくる珍しい楽器でも探そうと考えた。その時――

「おおっ、昨日クッパ城で見かけた女がいる」

 ソニアとユコが目を向けると、そこには見覚えのある二人組が居た。そいつが口にした通り、昨日クッパ城の跡地で遭遇した二人組で、青いのと赤いのだ。

 二人は回れ右をして、反対方向へと進もうとした。

「おおっと慌てるなって。別に取って食おうってわけじゃねーからよ」

「んだんだ、マンハーが客引きしている店で遊べるしなー」

 しかし、まわりこまれてしまった。

「なによあんたたちーっ!」

 怯えているユコに比べて、ソニアはもう少しだけ勇敢だ。

「初めまして、ハナマだ。ハナマ・アオカバ、仲良くしようぜー」

 まずは青い方が名乗った。ヘラヘラした奴だ。

「オレワ・モートン、お姉ちゃんたちの名前は何かな?!」

 次は赤い方、声が大きい。

「知らない、帰る!」

「待てよー、遊ぼうぜー」

「やだ! 遊ぶならラムと遊ぶ!」

「じゃあラムって奴も混ぜて遊ぼうぜ」

 何をして遊びたいのかはわからないが、やたらと遊ぼうぜを連呼してくる。ソニアたちは徐々に壁際に追い込まれていった。

「こいつらの仲間なら、あのでっかい音を出す奴には注意した方がいいけど、後は気にしなくてもいいよな。へっへっへっ、ラムは来ないぜ」

「そうだ、俺の家に来いよ。歌を聞かせてやるぜ」

「やだ! 行きたくない!」

「ウダウダ言ってねーで、大人しくついてこいや! 反クッパ同盟ナメるなよ!」

 ソニアがとことん嫌がるので、赤い方、モートンと名乗った方は怒鳴りつけた。その迫力に押されて、ソニアは「ふえぇ」とつぶやいて黙り込む。

 それに、反クッパ同盟と言えば、昨夜コトゲウメに気を付けるよう言われていた連中だ。やはりクッパ城跡地に現れたのは、反クッパ同盟だった。二人はそれ程身体は大きくないが、ソニアとユコにとっては十分怖い相手なのだ。

 他の通行人はと言えば、顔をしかめてこそこそと逃げ出すだけだ。よっぽど反クッパ同盟の悪名は高いらしい。正義マンの一人でも現れてくれればよいのに、そんな様子は伺えない。

 そんなわけで、ソニアとユコは、ハナマとモートンに挟まれる形で通りをどこかに向かって進みだした。

「お? なんしょん? 男でもひっかけた?」

 そこにフラッと通りかかったのがレフトールである。ソニアとユコがそれぞれナンパして男を捕まえたとでも勘違いしているようだ。

「あっ、番長!」

「レフトールさんっ」

 ユコは素早くモートンの手を逃れてレフトールの後ろに逃げ込んだ。

「んんん? なんか見覚えあるぞ? お前ら昨日会った?」

「こいつら反クッパ同盟! 昨日城の跡地に居た!」

 ソニアも騒ぎながらハナマの手を振りほどいてレフトールの後ろに逃げ込んだ。

「なんだお前は――違うな、あの妖術を使った奴じゃない」

「ええかっこしてんじゃねーぞ!」

 昨日は二対三で警戒していたハナマとモートンも、相手がレフトール一人だと調子に乗っている。

 二人同時に飛び掛かってきたが、レフトールはモートンの突進をひょいっとかわすと、まずはハナマにカウンターで一発脇腹に回し蹴りを入れてやった。

「ハナマーっ、貴様ーっ、やりやがったな!」

「なんというか、べたな小物だな」

 レフトールは、少し苦笑した。こんなチンピラ程度では、正義の番長(自称)の敵ではない。突進をかわされたモートンが戻ってくるところに、今度は相手の正面、土手っ腹に横蹴りを叩きこんでやった。

 膝をついて崩れる二人に、次は鼻っ面目掛けてつま先を叩きこむ、トゥキックだ。

「ぐわあっ」

 ありがちな悲鳴を上げて転がる二人。

「おらぁ! まだやるか?!」

 レフトールは威嚇したのち、二人をツンツンと軽くけりながら「コ、マ、オ、ク、リ、モ、デ、キ、マ、ス、ヨ」とふざけたようにつぶやいている。

 遊ばれている中、二人は鼻血を出しながらなんとか立ち上がった。

「倍速早送りモード!」

 今度は素早くパンチの雨あられ、これは速く打っているだけで、ほとんど効き目はない。レフトールは二人を手玉に取って遊んでいた。勝負は、最初の一撃で付いていた。さらにトゥキックで戦意を奪っていたのだ。

「おっ、覚えていやがれーっ」

「おう、よっしゃ! 明日も来いよ、絶対来いよ。来なんだらこっちから行くぞ、顔は覚えとるからなーっ!」

 こうして、ソニアとユコの周囲に、ようやく平穏が訪れた。

「やっぱり番長も強いのね、ラムより弱いけど」

「それを言っちゃあおしまいよ」

「さすがレフトールさんですの」

「ゲーセン以外では超過勤務手当でるのかな?」

「出ません!」

 ソニアはレフトールに助けてもらうのは初めてだが、ユコはゲームセンターで変なのが言い寄ってきたときに何度も追っ払ってもらっている。

 このままレフトールは、二人のボディーガードを勤めながら過ごすのであった。ラムリーザとリゲルに付き合って図書館で調べ物をするよりは、両手に花でニヤニヤしている方が楽しいというものだ。二人に対するレフトールの株は、どんどん上昇していくのであった。

 しかし夕方過ぎ、残念ながらその株が暴落する。そろそろ宿に戻ろうとした時――

「おおっ、猫目石の竜宮城が開園したぞ!」

 レフトールは、昼間閉まっていた店が開いているのを見逃さなかった。店の前で、軽そうな男性が客引きをしている。

「さあ、入った入った、さあさあさあ、いらっしゃいませいっ!!」

その呼びかけを聞いて、レフトールは迷うことなくその店に遊びに行こうとする。

「なんでそんな如何わしい店に行くんですの!」

「ユコがやらしてくれないから」

「ばっ、馬鹿っ!」

 当然のごとくユコは怒って、早足でその場を離れていった。

「番長のスケベ」

 ソニアもプイと顔を背けて、ユコの後を追う。

「なんやねん」

 それでもレフトールは、如何わしい店に興味津々であった。

「うちのシステムだったら、若いおにいさんでも、安心して遊べるよ。さあ、入った入った」

「おっしゃ、乗ったぜっ」

「お一人様、たったの一万パタだよ、さあ入った入った!」

「一万パタもするのか、ちっ」

 レフトールは、ラムリーザから受け取った小遣いを数えなおす。初日に贅沢ならうめんを食ったが、その後はまだ何も使っていない。一万といくらかのパタが残っていた。

 

 さて、猫目石の竜宮城でレフトールが楽しんだかどうかは、また別の話である。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き