ネットゲームをやろう その2 ~他の事は目に入らない~

 
 5月18日――

 

 この日の朝、ラムリーザが目覚めたとき、ソニアはベッドに居なかった。

 いつもなら、この春に恋人として付き合うようになって以来、二人は寄り添って寝るようになっていたのだ。

 しかし今日は、ラムリーザは一人で目を覚ますこととなった。

 ソニアは早起きしたのかな? と思ったが、どうやらそうではないようだ。

 ラムリーザは身体を起こして、伸びをしながら周囲を見回す。

 するとソニアは、昨夜寝る前に見た時と同じ所、ソファーの後ろにあるテーブル席に座っていた。彼女は、携帯型の情報端末キュリオを握り締めたまま、テーブルに突っ伏している。キュリオとは、この世界のスマートフォンみたいなもので、昨日買ってあげた物だった。

 何をやっているのだ……? と、ラムリーザはベッドを出て、ソニアの方へ向かっていった。

 キュリオの画面は、昨日やっていたゲームが立ち上がったままだった。これは寝落ちしたな……、とラムリーザは勘付いた。

「ソニア起きろ、朝だぞ」

 ラムリーザは突っ伏しているソニアを揺すって起こそうとする。しかしかなり遅くまで起きていたのか、なかなか起きてこない。

「うーん……、あ……」

 起きたと思ったら、またキュリオの画面を覗き込んでゲームを再開してしまった。

「…………」

 その姿を見て、ラムリーザは何とも言えない不安を感じるのであった。

 

 朝食中も登校中も、ソニアはゲームをプレイし続けていた。

 ソニアはキュリオの画面を見つめたままで、ふらふらと歩いていて危ないので、ラムリーザは肩に手を回して支えてやる。しかしソニアは、肩を抱かれているにも関わらず、特に関心は示さなかった。

「そのゲーム、おもしろいか?」

「うん、ラムもやってみたらいいよ」

 ラムリーザの問いに、画面から目を離さずに彼女は答える。一応話しかけると反応はする様だ。

「…………」

「…………」

 しかしラムリーザが話しかけないと、それ以上会話は無かった。

 

 

 この異様な状況は、教室についてからも続いていた。

 ソニアは、いつもならカバンを置くとすぐにラムリーザに引っ付いてくるのだが、今日は自分の席から動かずに、じっとキュリオの画面を見つめ続けている。

 そのうち、リリスとユコも教室に姿を現した。二人とも手に持ったキュリオの画面を覗き込んだまま、ふらふらとした足取りだ。

「…………」

「…………」

 ラムリーザを見ることもなく、言葉も無く現れて席につくリリスとユコ。

 二人とも目が充血していて赤い。そういえばソニアの目もやばい。どれだけ夜更かししたのだろうか……。

 三人の長い髪も、少しよれよれだ。今朝手入れしてきていないというのが丸分かりである。

 折角の美少女が台無しになってる……と、心配するラムリーザをよそに、ゲームに熱中している三人であった。

 そして授業中。授業中には流石にゲームはプレイしないようだが、三人は机につっぷして眠りこけている。

 それでいて、休み時間になると、再びゲームを再開するのであった。

 授業中までプレイしないのはまだ良いとしても、ちょっと熱中しすぎじゃないのか? と不安に思うラムリーザであった。

 

 昼休み、三人は購買部からパンを買ってきて、それをかじりながら相変わらずゲームを続けていた。

 三人とも血走った目で携帯端末の画面を睨みつけていて、必死な様子が十分に伺える。

 ラムリーザは、何がそこまで必死にさせるのだろうと考え、ふと昨日のことを思い出した。そういえば「一週間育てて勝負しよう」、そんなことを言っていた気がする。

 そのルールでプレイするということは、その間どれだけプレイしたかという時間がほとんど全てとなってしまう。一秒でも惜しんで敵を退治して、経験値を稼いでキャラのレベルアップを繰り返すのだろう。

 ラムリーザは、この状況が一週間も続くのか……大丈夫か? と思うのであった。

 

 放課後。

 リリスとユコは、さっさと帰り支度をして帰ろうとしていた。

 ラムリーザが「部活は?」と聞いても、「今日は行かない」とそっけなく言って二人とも帰ってしまった。

 隣の席に居るソニアを見ると、彼女は帰ろうとはしなかったが、そのままゲームを続けている。

「ソニア、どうするんだ?」

 とりあえずラムリーザは声をかけてみることにした。

「え? もう帰るの? あ、こんな時間?」

 だがソニアは、心ここにあらずと言った感じで画面を見たまま答えるだけであった。

 この時、ラムリーザはこれは明らかにまずい兆候だなと思ったのである。

 しかし、この調子だと部活に行っても仕方ないと思い、今日はソニアを連れてこのまま帰宅することにしたのだ。

 むろん、帰宅中もソニアは歩きながらゲームを続けていた。

 結局今日は、学校ではほとんど会話のない一日となってしまったのである。

 

 

 下宿先の屋敷に戻ってきてからも、ソニアはゲームに熱中したままであった。

 ラムリーザが入浴後に夜風に当たっている時も、部屋でくつろいでいる時も、ソニアはひたすらゲームをプレイし続けていた。どうやらソニアは、入浴すら放棄したようである。

 ラムリーザは、黙々とキュリオの画面を凝視しているソニアが可愛くないので見ていても面白くない。しかたなくドラムでも叩いて時間を潰すか、ということでドコドコやっていたところ……。

「うるさいなぁ!」

 ソニアは不満そうな声を上げた。

 ちょっと待て、とラムリーザは思った。これまではラムリーザがドラムを叩き出すと、進んでベースギターを手に取って参加してきたものだ。そもそもこの軽音楽は本来ソニアが……、つまりソニアは軽音楽も放棄したというのだろうか……。

 仕方が無いので、ラムリーザはゲーム機を立ち上げて、四月にソニアが買ってきたギャルゲー「ドキドキパラダイス」を始めてみた。それでソニアの反応を伺ってみるのだ。あれほど見られるのを嫌がっていたのだから、プレイすると文句を言って来そうなものである。

 ひとまずゲームの概要を知るために、ソニアがプレイしていたセーブデータを立ち上げてみることにした。

 主人公の名前がラムリーザだ……。ソニアはいったいこのゲームで何をしたかったのか……、というのはすぐに思い出した。確かゲームのイベントをそのまま演じることで、ラムリーザの関心を引こうとしていたんだっけな。

 ラムリーザは、チラチラとソニアの様子をうかがいながらゲームを進めていった。テレビ画面からは、女の子の可愛らしい台詞が流れている。

 だが、ソニアは何も関心を示さない。本来ならば、ラムリーザがこのゲームをプレイしてみようとしたら、「あたしが居るんだからそんなゲームやらなくていい」と、自分が買ってきたくせに邪魔してきたものだ。

 しばらくゲームを進めてみて、これはいい、と思える台詞が出てきたので、ソニアに投げかけてみた。

「ソニアはかわいいなあ!!!」

 だが、何も反応も返って来なかった……。

 

 寝る時間になってもまだソニアはプレイを続けている。昨夜と全く同じ状況であった。

 ラムリーザがベッドに入っても、まだまだやり続けていた。帰宅してから七時間近く、ぶっ通しでキュリオの画面とにらめっこだ。昨日から考えると、深夜の時間も合わせたら十五時間はプレイしているかもしれない。

 これは昨日と同じだし無駄かな、と思いながらもラムリーザは「おーい、そろそろ寝るぞ」と言ってみた。しかし、「うん、もうちょっと」と同じ返事が帰ってくるだけで、その場から動こうとはしないのである。

 これはちょっとヤバイかもしれないな……と思うものも、どうすることもできずに、ラムリーザは明かりを消して眠りにつくのであった……。

 おそらくリリスとユコも同じ状況だと思われる。確実にネットゲーム廃人への道を歩んでいるようであるのだった。

 暗い部屋の中に、携帯端末からの光で浮かび上がるソニアの病的な顔だけが、まるで幽霊のように浮かび上がっているだけなのであった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き