不真面目な生徒達にも困ったものだ

 
 9月29日――
 

 授業中の出来事――。

 そういえば来週から定期試験が始まる。

 ラムリーザは、前回の試験の事を思い出して、隣の席に居るソニアを観察してみた。ソニアは何やら手遊びをしている。練り消しだ。

 まだそんなもので遊んでいるのか……、とラムリーザは少し情けなく思ってしまった。

 見ていられなくて今度はソニアの前に居るリリスに視線を移す。リリスはリリスで机に突っ伏して爆睡中だ。遅くまでゲームをやっていたかギターをやっていたか……、全く進歩が無い。

 だめだこりゃ、この二人はまた赤点まみれか……。

 ラムリーザは軽くため息を吐いて、今度はソニアの後ろに居るロザリーンに視線を移した。ロザリーンは、じっと前を見て教師の話を聞いていて、時折ノートに何かを書き込んでいる。やはりこれが生徒の正しい姿だ。

 ソニアとリリスの二人には、一度ロザリーンの爪の垢を煎じて飲ませる必要がありそうだ。

 一方ユコはどうだろうか。ラムリーザの前に居るので後姿しかわからないので、どのような態度で授業に挑んでいるか、ラムリーザの位置からはわからない。それでも、ときおり何かを書き込む仕草を見せているので、ノートは取っているのだろう。まさか楽譜作成をしていることはさすがにない、と信じたい。

 ラムリーザは、一通り周囲に居る仲間を確認したところで、自分のノートに目を戻した。

 その時である。

 

「リリス!」

 

 教師の怒った声が教室に響き渡った。

 堂々と突っ伏していたので、居眠りがばれたな。

 リリスは、「は?」とつぶやいて顔を上げた。

「続きを読め」

 教師は、冷たい声で教科書の拝読を促す。

 リリスはのそのそと立ち上がった。しかし、ついさっきまで寝ていたので、どこから読めば良いのかわからないのだろう。立ったままぼんやりしている。

 リリスがなかなか読み始めないので、一人、また一人と周りの生徒が不思議そうにリリスの方を見始めた。教師も厳しい視線を向けている。

 これはまずいな、ラムリーザはこの状況を見て思った。あまりリリスに視線が集中すると、リリスは何もできなくなってしまう。教科書を読むなど、無理なことだろう。

 だが次の瞬間、リリスははっきりとした口調で言い放った。

 

「こっち見んな!」

 

 ラムリーザは、ほぉ、と少し感心する。リリスは強くなった。他人の視線を怯える根暗吸血鬼は、もうどこにも居ない。いやいやいや、そんな呑気な事を考えている場合ではない。

 当然教師には逆効果。

「いきり立ってないで早く読め」

 ますます怒らせる結果になってしまった。

 リリスが困っている(ように見える)ので、ユコは小さくちぎった紙を丸めてリリスの方へ投げた。それに気がついたリリスは、ユコの方を振り返った。

 ユコは、小声で「47ページの5行目から」と囁いた。

 これで授業に平穏が戻るだろう。

 リリスははっきりとした声で読み上げ始めた。

 

「47ページの5行目から」

 

 ユコはずっこけて、机に突っ伏してしまった。ソニアもプッと噴出す。だめだこりゃ……。

 教師は激しくいらだった口調で、「授業を受ける気が無いのなら、廊下に立っていろ!」と怒鳴りつけ、退場を促した。

 リリスは、フンと鼻を鳴らすと、優雅な足取りで教室から出て行ってしまった。堂々とするようになったのはいいが、これは逆の方向に堂々としすぎだろう……。

 教師は、次にソニアを指名した。

 ソニアは、「はいっ」と言って元気に立ち上がる。しかし、手には教科書すら持ってない。

 机の上に転がっているのは、筆箱と練り消しだけだ。

「続きを読め。ん? 教科書は?」

「教科書忘れたので読めません!」

 ソニアは、キリッとした顔つきで堂々と宣言した。いや、これも逆方向へ堂々としすぎだ。

 今度はラムリーザがずっこける番だ。完全に呆れ果ててしまった。ソニアに関しては、そこから面倒を見なければならないのか……。

 当然ソニアも廊下行きとなってしまったのである。これは二人は後で職員室にでも呼ばれて怒られるだろう、困ったものだ。

 次はロザリーンが当てられて、ここに来てようやく授業はまともに再開されたのであった。

 

 

 部活の時間――。

 ユコとロザリーンは、二人でピアノに並んで何やら作曲活動のようなものをしている。その一方で、ラムリーザとリゲルは、ドラムとギターを合わせて適当に奏でている。

「ちょっとディスコ・ビート叩いてみろ。今日は俺が歌ってやる」

「珍しいね」

 リゲルはそう要求して、ラムリーザにディスコ・ビートを叩かせると、自分はそれに合わせてギターを奏でながら、低く渋い声で歌い始めた。

「昔ルジアの国に一人の男が居た――」

 しかし、リゲルは途中で演奏と歌を止めてしまったのだ。

「あれ、どうした? 破戒僧グリゴリーだよね、それ」

「やっぱりやめた。これはな、ミーシャの為のダンスソングなんだ。一人で歌っても何にもならん」

「そっか……、それじゃあ他のをやるか」

 このような感じに、普段と違ってものすごく普通の光景だ。いかにソニアとリリスが特異な存在であるのかを物語っている。

 そう、今日はソニアとリリスは来ていない。

 あの授業が終わった後、ラムリーザの予想通り二人は放課後に職員室に来るよう言われてしまったのだ。あからさまに授業をサボっていたから、それも仕方ないことだろう。

 そういうわけで、今は『ラムリーズ・インテリジェンスバージョン』の活動となっている。落ちついた、まさにインテリジェンスといった雰囲気である。

 

 整然とした雰囲気は、しばらく経った後で終わりを告げることになった。

 ソニアとリリスは、部室に現れるやいなや、口々に不満を叫び始めた。

「怒られた! 何か知らんけど、すごい怒られた!」

「そうね、何もしていないのに怒られたわ」

 いや、ソニアは授業を真面目に聞かずに、練り消しで遊んでいたり、教科書忘れてきていたね?

 リリスも、確かに何もしていなかったけど、何もせずに寝ていただけだよね?

 ラムリーザは、声に出さずに心の中で突っ込む。

「黒魔女が寝ているから目を付けられた!」

「一応私はあなたより成績良いんですが、何か?」

 目くそ鼻くそ、赤点未満の勝負に勝ったからって、何の自慢になるのだ?

 リゲルはそんな二人の様子を見て、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「ふっ、これはまた赤点まみれだな。ひょっとしたら落第もありうる、くっくっくっ」

 こんな状況で、来週から試験だ。

 この週末は、勉強会でも開くか? とラムリーザは考えた。

「リゲル、頼みがある……」

「何だ?」

「この週末、勉強会をやる。みんな集まって勉強しよう。リゲルも来てくれ」

 しかしリゲルは首を振って言った。

「断る。俺はロザリーンと図書館に行くことにしている。お前ら……、いやお前とやる分は別にいいんだが、あいつらと勉強したら、足を引っ張られるのが目に見えているから遠慮しておく」

「ですよねぇ」

 ラムリーザは、リゲルの言い分ももっともだと思い、言い返すことも食い下がることもできなかった。仕方が無い、自分とユコの力で、なんとか平均点……、いや、赤点回避を目指すことにしようと考えた。

 そういうわけで、ラムズハーレム……じゃなくて、三人の娘に号令をかける。

「ソニア、リリス、ユコ、美しき我が精鋭たちよ!」

「はいっ!」

 敬礼してみせるのはユコだけ。独特な世界観を持っているユコは、こういう芝居じみた言動に対する乗りがいい。

「この週末、僕の下宿している屋敷でプチ合宿を行なう」

「えっ、週末にみんなで集まってお泊りして遊ぶの?」

「ラムリーザ、ひょっとして三人相手に……、するのかしら?」

「ラムリーザ様のお屋敷にお泊り、ああん、夢が広がりまくりんぐですわ!」

 ラムリーザの提案に、三人は口々に見当違いな事を言うばかりだ。ラムリーザは、こめかみをピクピクさせながら、怒りをこらえて話を続ける。

「何を馬鹿な事を、勉強するんだ! 各自、二泊分の着替えと勉強道具を持参して集合! いいね?!」

 再度敬礼してみせるユコ。それと、あからさまに不満そうな顔をするソニアとリリス。それに、ラムリーザが勉強会を開いたところで、どのくらい効果があるのかわからない。

 そういうわけで、この週末は勉強会を行なうことになった。果たしてソニアとリリスの二人は、赤点地獄を回避できるだろうか?
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き