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乳牛vs吸血鬼、美少女台無しの大決戦
- 公開日:2016年10月11日
10月10日――
文化祭のクラスでの出し物を何に決めるか決定戦となった椅子取りゲームの第二ラウンドが始まった。
ソニアとリリスは、体格の良い男子生徒を狙って、ラムリーザにやったのと同じように挟み込んで、次々と脱落させていった。
誰もが突き飛ばされた後に呆然としてしまい、怒るに怒れないでいる。
リリスは美人だし、ソニアは口喧嘩になるとうるさいのはわかっていたからだ。
数人ずつ脱落していく椅子取りゲームは、しばらくこんな感じで続き、気がつくと残った生徒は、ソニアとリリス、そしてユコとクルスカイの四人となっていた。
クルスカイは、ソニアに実ることの無い恋心を持った気の毒な男子生徒だ。
そういうわけで、ソニアはクルスカイには勝算があったので、あえて残すことにしていたようだ。
そのようなソニアの考えなど知らないラムリーザは、密かにクルスカイを応援していた。
しかし一対三とは分が悪い。よりによってめんどくさい三人が残るとは。クルスカイが脱落した地点で、ラムリーザはめんどくさい演劇をやらなければならなくなってしまうのだ。
ラムリーザはこの状況に、頭を抱えたくなるのをなんとかこらえているのだった。
しかし実は、ソニアとリリスによって、こうなるように操作されていたとは、誰も知らなかった。
ラムリーザの苦悩はよそに、四人に対して椅子は二つに減らされ、セミファイナルマッチが始まった。
リリスはユコの後ろに張り付き、ソニアはクルスカイの後ろに張り付いて、初回のターンと同じように、クルスカイの背中にわざと胸を押し当てている。痴女お疲れ様だ、全く……。
そのためクルスカイは、完全に動揺してしまっていた。クルスカイが夢にまで見ていたソニアの巨大な胸が押し付けられているのだ。股間が危うい――と、あまり突っ込むと見せられないよ案件に発展してしまうのでこの程度にしておく。
というところで、音楽がストップした。
リリスは座席に向かおうとしたユコを突き飛ばし、ソニアは後ろからクルスカイに抱きついた。
輪から弾き出されたユコと、その場に硬直してしまったクルスカイ。
リリスはさっさと椅子に座り、ソニアはクルスカイを開放して、すばやく残っていた椅子に座るのだった。
「ちょっと何なんですの?! 正々堂々と勝負しなさい!」
「猪突猛進だけでは、奇計奇策に対応できないわ」
理不尽に突き飛ばされたユコは怒るが、リリスは涼しい顔で言い返す。
一方クルスカイは、夢見がちな顔をして、股間を手で押さえたまま自由室を出て行った。これからどこに行って何をするのか、それは神のみぞ知る……。
こうして、決勝に進むのはソニアとリリスの二人になったのだ。
「ヒーロー役おめでとう」
リゲルは、ニヤッと笑ってラムリーザをからかってきた。だがラムリーザは、もう言い返す気力は無かった。
こうなったら、変な選択肢ばかり選んで、演劇をぶちこわしてやろう。そんな事を考えるのが精一杯だった。
例えばソニアよりも脇役を持ち上げるような台詞を言ってやるとか、手はいろいろあった。
いよいよファイナルマッチが始まった。
ソニアとリリスの一騎打ちだ。
なんだかんだで、ラムリーズの二枚看板が残ったのはすごいことだ。
クラスメイトの見守る中、最後の音楽が止まり、本当の意味での最後の戦いが始まった――。
ソニアとリリスは同時に椅子に飛びつこうとして、当然のごとく正面衝突をしてよろめく。再び突撃したが、今度はお互いの額をぶつけて弾き飛ばされる結果となった。
頭を抱えてうずくまる二人をよそに、椅子だけが何事も無かったかのようにたたずんでいる。
二人は頭を振って、今度は慎重に椅子へと向かった結果、椅子の前でがっちりと腕を組んで力比べが始まってしまった。
なんだかんだで、本格的な熱い戦いとなっている。
「お、おとなしく主役の座を譲りなさい!」
「い、嫌だ! ラムとあたしのラブロマンスやるんだ!」
「そんなのいつもやってるじゃない!」
「何よ! だったら吸血鬼物語やるの?! ホラーをやるの?!」
「くっ……。共闘するのはおもしろかったけど、あなたを最後まで残したのは失敗だったわ!」
「くそぉ……、最大の敵は暗黒魔女だったか! あんたなんかお菓子の家に住んで釜で焼かれたらいいのに!」
「あなたが主役の牧場物語なんて、牛と羊がのんびりしているだけで退屈! あ、乳搾りシーンを入れたら男子が喜ぶかもね、くすっ」
「うるっさいわね! ラムも失敗した! こんなやつのトラウマ治してあげる必要なかったのに!」
力比べでは両者一歩も譲らず、ものすごい形相で睨みつけたままその場から全く動かない。
リゲルとロザリーンの二人は腕を組んだままじっと見つめているが、レルフィーナもわくわくした目つきで眺めているし、クラスのみんなもニヤニヤしていたり、はやし立てたりして盛り上がってる。
ラムリーザは、もう知らね、と思いながら、窓辺にもたれて外を眺めていた。
その時、リリスの表情がすっと和らいだ。
「わかったわ、あなた、座りなさい」
リリスは手を離すと、ソニアを座席に促した。
だが、ソニアが「えっ?」と一瞬あっけに取られた瞬間に、リリスは身を翻すと一直線に椅子へ向かって行った。
「あっ、そうはさせるか!」
ソニアは慌ててリリスの後ろからしがみついて、そのまま二人はもつれ合うように転んでしまった。倒れた勢いでリリスは椅子にぶつかり、椅子は乾いた音を立ててひっくり返ってしまう。
リリスはソニアを振りほどこうとしたが、ソニアはがっちりと腕をロックして逃がさない。引きずったまま椅子の傍までたどり着いたが、残念ながら椅子は倒れている。
ソニアをぶら下げたまま、なんとか椅子を立て直し、これで勝ったとばかりに笑みを浮かべたリリスの表情が、いきなり引きつり歪んだ。
「ちょっと! 何すんのよこの変態乳牛!」
毎度の出来事だ。
ソニアは、リリスにしがみついたまま、リリスの右足のサイハイソックスを太もも半ばから足首までいっきにずり下げてきたのだ。
クラスメイトの笑い声が上がったが、ラムリーザはまたか……、と思っただけで、外を見たまま動く様子を見せなかった。
「笑うなーっ!」
リリスは叫んで、椅子のことはどうでもよくなったのか、ソニアの上に馬乗りになってこぶしを振り上げた。ソニアも負けじと身体をよじって、今度はソニアが馬乗りになったのだ。
今度は壮絶な取っ組み合いが始まってしまい、ごろごろと床を転げまわっているだけで、いつまで経っても勝負が終わる気配を見せない。
自由室内は、お祭り騒ぎになってしまっている。
ラムリーザは、そんなお祭り騒ぎなんて知らないといった感じで外を眺めていたが、突然後ろから肩をつつかれて振り返った。
「おい、なんとかしろ。このままでは埒があかん」
そこにはリゲルが居て、ラムリーザに騒動の責任を押し付けようとしてきた。
「な、なんで……」
「お前の取り巻きだろ? ハーレムの主が責任を持って収拾をつけろ」
「リゲルもハーレムの主になる祈祷を行なうことにするよ」
「そんなことは今はどうでもいいから、ほらっ」
ラムリーザは、リゲルに引っ張られて窓際から引き剥がされ、背中を押されて部屋の中央に押し出されてしまった。
ラムリーザは「仕方ないなぁ……」と呟きながら、取っ組み合いをしている二人の傍に行き、丁度上になっているリリスの肩に手を置いて言った。
「二人とも、見苦しいからこのぐらいにしておこうね。二人が主役、二人の演劇でいいじゃないか、常勝対不敗とかそんな感じで。だからこの勝負、引き分け」
だが、ソニアとリリスの二人は、今回は素直に言うことを聞いてくれない。
「やだ、ラムとする。こんなのとダブルヒロインなんて嫌!」
「そうね、私もラムリーザとドラマを創りたいわ」
ラムリーザは「しょうがないなぁ……」、と手を離すと、椅子の傍に立って二人を椅子へと促して言う。
「それじゃあ負けた方には、慰めてあげるという意味で、抱擁してキスしてあげるよ」
その言葉を聞いて、ソニアとリリスの動きが止まる。二人は取っ組み合いを止めて、制服についた埃を払い落とし、リリスはずらされた靴下を直しながらのそのそと立ち上がった。
そして今度は、お互いに譲り始めるのだ。
「ほら、ソニア座りなさいよ」
今度はフェイントではない。リリスは本気で譲っている。
「い、嫌よ。あんたが座ったらいいじゃないの!」
リリスは念願のラムリーザのキスを得るため、ソニアはそれを阻止するために、お互い勝つわけにはいかなくなってしまった。
こうして椅子取りゲームの最後は、滞ったまま動かなくなってしまった。ソニアとリリスの二人が勝とうとしないのだから、永遠に終わらない。
その様子を見かねたレルフィーナは、ラムリーザの傍に来て言った。
「この二人はあなたの取り巻きね? 何とかして頂戴」
さっきまで面白そうに見ていたくせに、急に何を言い出すのだ。というか、ソニアはともかく、リリスも公認の取り巻きになっていたのか。
ラムリーザはリゲルに助けを求めたが、リゲルは何も言わずに中央に置かれた一つの椅子を指差しただけだ。
中央の椅子――。
これに座ったものが勝ち――。
ソニアとリリスは諸事情で座ることができない。
レルフィーナは、さらにラムリーザに何とかするよう促してくる。
ラムリーザはめんどくさくなって、リゲルの指し示した椅子に、自分が座ることにした。
「僕の勝ち、これでいいかな?」
レルフィーナもうなずいて、「うん、それでいいや。ラムリーザさんが勝ちました! おめでとう!」、と勝利宣言を声高らかにするのだった。
クラスメイトはザワザワしているだけで、特に反論は上がらない。
しかし騒動が終わったわけではなかった。
ソニアとリリスはラムリーザの傍に駆け寄ってきて、口々に訴える。
「あたし、負けたよね!」
「いや、負けたのは私よ」
「そうだね」
ラムリーザがうなずいて答えると、二人はさらに詰め寄ってくる。
「負けたから慰めのキスして!」
「ラムリーザ……」
「これ、やめなさい」
顔を近寄せてくる二人を押し返しながら、ラムリーザはため息をつくだけだった。
椅子取りゲームも、妙な形で決着が付いた時、リゲルは一人呟いた。
「しっかし……、リリスも変わったな」
傍に居て、それを聞きつけたユコは一息ついて答えた。
「変わったのかな……。いえ、リリスはあれが素だったんだと思いますの」
「よっぽどトラウマだったんですね」
ロザリーンの一言に、ユコはちょっと寂しそうな顔をして話を続けた。
「結局、リリスを解き放ったのはラムリーザ様であり、ソニアなのよね。私はリリスの外面は磨くことができたけど、心は開くことはできなかった……」
「そんなことないですよ」
ロザリーンはユコの手を握って言った。
「あなたが居なければ、リリスは根暗……こほん、のままだったでしょ? そんなリリスがあのソニアと対等に渡り合えたかな?」
そう、ユコがリリスを育てたから、ソニアと争うことができたのだ。ユコも十分に貢献していた。
「それでは、ラムリーザさんは、文化祭の出し物は何にすることにしていますか?」
ラムリーザは、レルフィーナからそう聞かれて、内心舌打ちをした。
「しまった……、これがあったんだ。えーと、ん~……、休憩室?」
「何それ、それって案が無いクラスがやることよ? あなたは最初から参加していたよね? ひょっとして案が無いのに参加したの?」
「そうだよ」
横から口を出すソニアを押しのけて、ラムリーザは適当に答えてみた。
「あいやいや、えーと、定番のメイド喫茶?」
それを聞いてユコは、「いいですとも!」と芝居がかったように賛同したが、何人かの女子生徒は難色を示している。女子みんながメイドをやりたいわけではない。
ラムリーザはその様子を見て、案を変更することにした。
「それじゃあカラオケ喫茶にでもする?」
「カラオケ喫茶?」
レルフィーナは、目を大きく見開いて、まるで不思議なものを見るようにラムリーザを見つめている。
「ほら、このクラスに軽音楽部のメンバー揃っているし、部室を飾って喫茶店風にしてくれたら、後は僕らで適当に演奏するから、それで客に歌ってもら――」
「採用!!」
レルフィーナは、大声で宣言した。
「このクラスは、カラオケ喫茶をやります! 演奏する人、料理する人、接客する人を早速決めていきます。みんなこれでいいよね?!」
クラスメイトは特に反論は無いようだ。
そういうわけで、回りくどいやりかたはしたものの、文化祭てのクラスの出し物の方針は決まったのであった。
