海賊大作戦?! ~ようこそ、マトゥール島へ~

 
 7月18日――
 

「ん、なんか風が……」

 朝になって目覚めたとき、ラムリーザはすぐ隣で寝ているソニアは同じだが、なんだか違和感を覚えて立ち上がる。

「そっか、船の上で寝たんだった」

 ラムリーザは、ソニアを起こして空を見上げる。白みがかった青空、今日もいい天気だ。

 舳先を見ると、リゲルはもう起きていて南の方角を見ていた。前方遠くに大きな島が見える、あれがマトゥール島だ。

 船はゆっくりと南に進み続けていた。

 朝食は、昨日捕まえたサメを蒲焼にしたものだった。濃い味の調味料でタレを作っているため、サメの肉の臭みはほとんど無い状態だ。デザートはクラッカーの上に乗ったサメの卵。プチプチした感触が面白い。

 その時――

 

 ぶおおぉーーっ!

 

 前方から法螺貝のような音が聞こえた。何かの合図か?

 ラムリーザたちは、サメの卵の乗ったクラッカーを持ったまま甲板に出た。なにやら前方の海から、船が二隻こちらに向かってやってくる。

 船はこちらの船とほぼ同じ大きさで、やけに黒く塗装してある。マストには船体と同じく黒い色の旗が風になびいており、そこには骨を二本バツ印にした物の上に髑髏が描かれていた。

「お、来たな。今年は俺は見ているだけにするから、ラムリーザ一人でがんばってみろ」

「ああいいよ」

 ラムリアースは、乗ってきた小型の船を切り離すと、ラキアと一緒に家族の乗る二号船へと戻っていった。

 その間にも、向こうからやってきた船は二手に分かれると、一隻はラムリアースの向かった二号船の方へ、もう一隻はラムリーザたちの乗る船の方へと近づいた。

「あれは一体何ですの?」

 ユコの問いに、ユグドラシルは「海賊にも見えるけど、まさかこんな南の島で襲ってくるかな?」と言っている。

 ミーシャは緊張感があるのか無いのか、カメラを片手に撮影を続けている。危険だと考える前にネタを仕入れる。動画投稿者とは以下省略――

「あれは何だ?」

 リゲルはラムリーザに問い詰める。

「海賊だ!」

 ラムリーザは真顔で応えた。

「えっ? ちょ、そ、ま、な、えっ?」

 慌てているのはジャンだ。異世界語を口走りながら、甲板の上を右往左往している。

 レフトールなどは、「さすがラムさん、海賊が来ても落ち着いているな」とラムリーザへのよいしょを忘れない。

「それどころじゃないでしょう?」

 ロザリーンはどちらかといえば、この場合まともな反応。

 ユグドラシルはソフィリータの安否を確かめようとしたが、彼女が舳先に備えてある大砲を用意しているのを見て驚く。改めてソフィリータの勇敢さを思い知るのだった。

 一方リリスは居ない、さっさと船室へと逃げ込んだようだ。

 そしてソニアは、大胆不敵にも船橋へと上がり、大声を張り上げた。

「敵前方に確認ーっ!」

「砲門開けーっ」

 副官元帥のソニアが発する掛け声にラムリーザが続く。ソフィリータは、てきぱきと大砲の準備を進めていた。

「げっ、マジで大砲ぶっぱなすのかよ?!」

 ジャンもラムリーザとの付き合いは長いが、南の島に来るのは初めて。先ほどから驚きっぱなしである。

「やれっ、やれっ」

 レフトールは状況を楽しんでいる。海賊と白兵戦になっても戦い抜ける自信があっての余裕か?

 

 ズドーン!

 

 派手な音を立てて、海賊船らしき船が先に発砲した。だが砲弾は船に当たらず、近くの海へ落ちた。

「怯むな! 反撃せよ!」

 ラムリーザの号令で、ソフィリータは慣れた手つきで大砲を操作してぶっぱなした。

 

 バコン!

 

 思ったよりも軽々しい音がして、黒い砲弾は放物線を描いて敵の船へと飛んでいった。そしてぶつかったところで、火花を散らせて破裂し、白い煙が立ち込めた。

 唐突に始まる海賊船との砲撃戦。ソニアは船橋で指揮をとっているつもりになっているし、ラムリーザもまるで楽しむかのように「海賊船の接近を許すなーっ」などとソフィリータに指令を出すのであった。

「右舷から来たぞーっ」

 ソニアの言う方角を見ると、もう一隻の海賊船が回り込んできたところだった。しかしラムリーザたちの乗る船には何もせず、そのまま通り過ぎていった。

「いや待てよ?」

 リゲルは、この時状況の不自然さに気がついた。

 戦っているのは自分たちの乗る船と、相手側の一隻だけ。先程回り込むかと思われたもう一隻は、ラムリーザの家族の乗る二号船に隣接したが、特に荒れている様子は無い。そもそも戦艦が同行しているのに、その戦艦は傍観しているだけで手を出してくる様子は全く無かった。

 リゲルの感じた違和感は、次の敵の攻撃でさらに大きなものとなった。

 敵の放った砲弾は、甲板の真ん中で指揮を取るラムリーザめがけて飛んできた。このままでは被弾してしまう――!

 

 次の瞬間、ラムリーザは飛んできた砲弾を「殴りつけて」跳ね返した。

 

 砲弾は、そのまま海へと落ちていった。

「うっひょー、ラムさんかっこえーっ」

 物事をあまり深く考えないレフトールは、ひたすらラムリーザを持ち上げることに専念している。

「いや、ありえないだろ?」

 リゲルは、ラムリーザが砲弾を跳ね返したことに対して一人突っ込みを入れた。握力103kgだか何だか知らないが、素手で大砲の弾を跳ね返す奴がどこの国に居るものか?!

 だがこちらから発射している砲弾は次々に敵船に命中し、白い煙がもうもうと立ち込め続けている。

 この時リゲルは見た。敵の放った砲弾が、こちらの船の壁に当たって跳ね返るのを。

 だがラムリーザたちは、普通に戦闘を続行している。

「もうちょっと右の方を狙うんだ、舵輪がある辺り」

「今度はあたしが撃つ!」

 ソニアは船橋から飛び降りてくると、ソフィリータを押しのけて舳先にある大砲に取り付いた。そして楽しそうに大砲を撃ち始めるのだった。まるでゲームをやっているかのように。

 その時、ついに敵の砲弾の犠牲者が出た?

 飛んできた砲弾は、今度は一直線にユコめがけて突き進んできた。

「キャーッ!」

 ユコは悲鳴をあげてうずくまる。しかし砲弾は奇麗な弾道を描いてユコに命中!

 

 バシッ!

 

 やけに乾いた音が響き渡る。

 ユコに命中した砲弾は跳ね返り、ポヨンポヨンと音を立てて跳ねながらリゲルの足元へと転がった。

「何だこれは?」

 リゲルは砲弾を拾い上げようとして、思わず後ろに倒れそうになった。想像していた以上に軽い、何てことは無い、ただの黒くて大きなゴム鞠だった。

 そういえばソフィリータが軽々と扱っていたな? などとリゲルは考えた。そしてあの海賊船は何だ? とも考えるのだった。

 しかし状況は刻一刻と変化する。

 海賊船らしきものはとうとう接近に成功し、ラムリーザたちの乗る船の真横に来てしまった。なにやら大きな板を倒してきて橋をかける。そして次々に乗り込んできた。

「近接戦闘だ、全員攻撃に備えろーっ!」

「何なんだよこれは!」

 ラムリーザの号令にリゲルは突っ込む。リゲルはロザリーンの手を引いて素早く後方に下がり、相手の様子を伺った。

「おっ、やるかっ?」

 乗り乗りなのはレフトール。強そうな相手と一対一の間合いを取って立ち向かっている。

 ミーシャなどは、襲い掛かってくる相手から逃げ回りながら、それでもカメラを離さない。動画投稿者の鏡だ……。

 ユグドラシルなどはソフィリータに守られている形で本末転倒だし、ユコはずっとうずくまって丸まったまま震えている。

 ジャンはさっさと船室に逃げ込んでしまい、ソニアは一人、まだ大砲を撃ち続けている。

 その一方で、マックスウェルは、船橋でぼんやりと騒動を見物していた。

 

 ラムリーザは、敵の親分らしき人と対峙している。なんだか知らないけど、砲撃戦はいつの間にか船上での乱闘へと姿を変えていた。

 親分は、海賊にしては人相が穏やかだ。しかしそのままラムリーザに突進する。

 ラムリーザは素早く身をかわすと、相手の顔面を鷲掴みにした。そしてそのまま持ち上げる。レフトールに見せた、魔のアイアンクローツリーだ。相手はなんとかラムリーザの手から逃れると、少し下がって間合いを取った。

「握力だけはやたらと鍛えたようですね」

 海賊の親分にしては、妙に物腰が低いしゃべり方。

「なんだかここを鍛えるのにはまっちゃってね。でもそれだけじゃないぞー」

「そうか、それでは今度はどうかな?」

 親分らしき人は、再びラムリーザに掴みかかろうとした。その時――

「あうっ!」

 親分の顔面に、ソニアの放った大砲の弾がぶつかる。バシンと乾いた音を立てて砲弾は跳ね上がり、そのままぽよんぽよんと跳ねながら船の隅へと転がっていった。やはり大きなゴム鞠だ。

「こらっ、ソニアちゃん! 空気読みなさい!」

「参ったか! メナードおじさん!」

 このやり取りを見て、リゲルは一連の騒動がとんだ茶番劇であることを確信した。乗り込んできた乱入者は、一見暴れているかのように見えるが、誰一人としてこちらに危害は加えていない。

 逃げ回るものを追い掛け回してはいるが、決して捕まえようとしていない。うずくまっているユコに対しては、数人で取り囲んではいるものの、全く手を出そうとしない。挙句の果てには、ミーシャの持ったカメラに、持っている剣を掲げてポーズまで取っている者が居る。

 戦闘らしい戦闘が起きているのは、先ほどのラムリーザと、レフトールと対峙している者のみだ。

リゲルは、乱入者共を掻き分けてラムリーザの元へと向かう。掻き分けると素直に道を開ける辺り、明らかに海賊ではない。

「おいラムリーザ、なんだこの茶番劇は? こいつら誰だ?」

「あっ、ばれた? 賢そうな顔しているが、よくわかったね」

 海賊の親分(?)は、とたんに笑顔になり戦闘態勢を解除した

 そこにズドンと軽い音が響く。ソニアの発射したゴム鞠砲弾は、リゲルの背中のど真ん中に命中した。

「なっ、なんだ?!」

「この氷柱! 空気読めっ!」

「何が空気だこの砲弾おっぱい女が、だいたい何でこんな騒ぎになるんだよ」

「まぁさすがリゲルと言うか、この戦闘が歓迎パーティだとよく見抜いたね」

 ラムリーザも戦闘をやめて、リゲルを褒める。

「いや、見抜くも何も、最初から不自然だろ?」

 そこでリゲルは、砲弾の件や、戦艦が全く動かない件などを挙げていくのだった。

「鋭い洞察力だ。さしずめ坊ちゃんの参謀あたりかな?」

「うん、そんなところだよ。彼はリゲル、僕の知恵袋――かな?」

「初めまして、リゲル君。私はピーター・メナード、マトゥール島の副管理人で、この島の管理グループの一員です」

「副管理人が海賊ごっこをするとは、おもしろい島だ。で、肝心の管理人は?」

「管理人ブライアンは、今頃ご主人様と面会中のはずです」

「ご主人様? ああ、ラムリーザの父親か。もう一隻の方に乗っていたのだな」

 ラムリーザの周囲だけ戦闘が終わり、雑談タイムとなっていた。周囲ではまだ追いかけっこをしている者もいて、なんだかよく分からない状況だ。

「あいたやぁ!」

 そこに乗り込んできた一人が、ラムリーザの方へと転がってくる。その向こう正面には、凛々しく構えるレフトールの姿。ガチでやっつけてしまったようだ。

「参った、降参だ。――って、メナードさん何のんびりと、もう終わりですかい?」

「うむ、今回はここまでだ。十分暴れただろう」

「ガチ強い奴が乗ってるなんて聞いてないっすよー」

「よくやった、デイヴィッド」

「え? なんなん? なんかそこだけ和んでない?」

 レフトールもようやくラムリーザ周辺が雑談タイムに移行していることに気がついたようだ。

 そこでラムリーザは、この騒乱の種明かしをレフトールに聞かせるのだった。

「なんだよー、俺そいつガチでやっちゃったよ」

「いやぁ、君は強いなぁ……」

 デイヴィッドと呼ばれた島民は、レフトールに蹴られた足をさすりながらつぶやいた。例のローキック、フォレスター・キラーが炸裂したようだ。

 副管理人と名乗ったメナードは、腰にぶら下げていたラッパを吹き鳴らした。とたんに騒々しかった船上は静けさを取り戻し、一人、また一人とラムリーザたちの傍へと集まった。

 

「しかしまた、なんでこんなことことを?」

 一通り話を聞いて、ユグドラシルはメナードに尋ねた。

「海賊ごっこは数年に一度、ラム坊ちゃんとのお遊びです。小さい頃は船に乗せて島の周りをみて回るだけだったのですが、大きくなるに連れてやんちゃぶりを発揮し、船と船の戦いを思いついてからはこうして海賊ごっこに興じることになったわけです」

 メナードの説明を聞いて憤慨したのはユコだ。

「何ですの! それなら始めからそう言ってくれたらよかったのに! 私すごく怖かったんだから!」

 大砲で撃たれたり、海賊に取り囲まれたり、散々なユコの言い分もわかる。

 しかしラムリーザは、イタズラっぽい笑みを浮かべてこう言った。

「いやぁ、黙っていたら大騒ぎになって面白いかなってね」

「ドッキリ企画なんだ!」

 ソニアもそこに助け舟をよこす。それでもユコは、プンプンしていた。

「ジャン、あなた逃げ回ってばかりだったわね」

 一方リリスは、ジャンをからかった。

「なっ、なんだよ、リリスはどこにも居なかったじゃないか」

「私は無用な戦いを避けるために、いち早く船室の奥に避難したわ」

「俺はリリスを探してあちこち駆け回っていたのだよ」

 ジャンの言い訳は、苦しかった。

「とんだ、茶番劇だ」

 リゲルは、鼻を鳴らして言い捨てた。

 それを気にせずに、メナードは島の方へ手を広げて言った。

「ようこそ、マトゥール島へ。あつっ――」

 バシーンと乾いた音を立てて、ゴム鞠砲弾がメナードの後頭部に直撃。ソニアはまだ一人、大砲に取り付いて狙いを定めている。

「こらっ、もう終わったのだからうつなっててってとわっ」

 また砲弾が飛んできて、それを避けてかわすメナード。

「撤退!」

 島民たち、おそらく今回の乗組員のほとんどは管理グループの一員だろうが、自分たちの船へと逃げ戻っていった。逃げていく島民をソニアはしつこく撃ち続けるのだった。

 手荒いのか面白いのかよくわからないが、賑やかな歓迎を受けて、いよいよ島でのキャンプ生活が始まったのである。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き