マトゥール島資源発掘の視察

 
 7月24日――
 

「メチシナテイカンヘサガト……」

 この日の朝から、ラムリーザは昨日手に入れた石版に書かれた呪文の解読に、頭を悩ませていた。

 皆が海岸へ出かける中、一人だけコテージの広間に残って、テーブル席に座ったまま石版を並べてじっと見つめている。

「トヘオナストカレスハブタ……、意味があるとしたらブタなんだよな。テイカンは諦観かもしれないけどね。諦観へ性と……、意味わからん」

「おーい、ラムリーザはここかー?」

 その時、コテージの玄関が開いてラムリアースが姿を現した。今日はラキア――ラムリアースの妻――も一緒だ。

「あ、兄さん。メチシナテイカンヘサガト」

「ん、昨日見た石版の呪文か。そういうものはな、特定の場所に行って、その呪文を唱えたら何かが開くものだぞ」

「それじゃあ木のうろの前で唱えたら――って、どっちが木のうろに入っていたっけ」

「両方唱えたら良いさ。ただし、間違った呪文を唱えると――」

「唱えると?」

「尻が爆発する」

「なんやそれ」

 そこでラムリーザは雑談を中断して石版へと目を戻す。地図にはまだ訪れた事のない二つの印が残っている。石版があと二つあるのか、今持っている石版を使う場所なのか。それは行ってみなければわからなかった。

「研究熱心なのはよいとして、ちょっと気晴らしにでかけようや」

 ラムリアースは、ラムリーザの腕を引っ張ってテーブル席から立たせながら言った。

「でもむっちゃ気になってしょうがないんだよ」

「散歩していたら何か閃くかもしれん。今日は資源発掘の現状視察に行くぞ」

「はいよん」

 ラムリーザは、石版をテーブルの片隅に重ねて片付け、ラムリアースとラキアと共にコテージを出た。

 まずは本館の方へ移動し東へ向かって歩き出すと、砂浜で棒倒しゲームをやっていたソニアがゲームを中断して駆けて来る。

「ラムどこに行くの?」

「資源発掘の視察だってさ」

「あたしも行く!」

「これはフォレスター家の視察なのだから、ルミナス家のお嬢さんは砂浜で踊ってたらいいぞ」

 ラムリアースはいじわるなことを言うが、ソニアは「ラムが行くならあたしも行く! 連れて行ってくれないならラムも砂浜に来て一緒に泳いで!」と言って譲らない。

 ラムリーザは、砂浜でどうやって泳ぐのか少し興味を覚えたが、「それじゃあ水着から普段着に着替えてきなさい」と言って、少し待ってやることにした。

 待っている間、石版の呪文について話し合う。

「呪文は必ずしもそのまま書かれているとは限らないからな」

 ラムリアースは、一つの案を示した。そして「ぞくいにつさしうじょんげのつくっはんげし」と謎の呪文を唱えた。

「その呪文は何?」

「反対から読んでみな」

「えっと、ぞくい……しげんはっくつのげんじょうしさつにいくぞ――? なるほど!」

 そこでラムリーザは、石版に書かれていた呪文を書き写した携帯メモを取り出した。

「えーと、トガサヘンカイテナシチメ、タブハスレカトスナオヘト……、やっぱり意味のわからない呪文だよ」

「とまぁ一つの案だ。それが正しいわけではないからな」

 そこまで話をしたところで、着替えたソニアがコテージから飛び出した。

「お待たせー、さあ冒険の旅に出発ーっ」

「人数合わせに連れて行ってやらぁ」

 ラムリアースは、再び本館を目指して東へと足を進めた。

 

「ラキア義姉さん、相変わらず胸がちっちゃいねー」

 ソニアは、ラキアの胸を見てなんだか誇らしげになっている。

「過ぎたるは及ばざるが如し、発掘現場まで近道を通るぞ」

 ラムリアースは、ソニアがその一言を発したとたんに、進行方向を東にある本館を目指す道路から脇道に入っていった。

「近道って、ひょっとして現場まで直線コースで?」

「そうだ、この方が早いぞ」

 ラムリアースは茂みに入り、わざと足場がでこぼこで歩き難い道を選んで進みだした。

「ちょっと足元が不安定だよ」

 ラムリーザは心配そうに聞くが、ラムリアースは「足元に注意して進めば大丈夫」と言って、ラキアの手を取り先に進んでいく。

 問題はソニアだ。巨大な胸が邪魔で足元が見えず、あっちに穴に躓き、こっちの出っ張りに足をとられてフラフラしている。

「ちょっと待って、ラムっ、ああっ」

 ソニアは前に転びそうになり、慌ててラムリーザにしがみつく。

 その様子を見て、ラムリアースはにやりと笑って言った。

「どうだ、参ったか!」

「ふえぇっ!」

 どうやらふえぇちゃんには、ソニアがラキアをからかう、そしてラムリアースに報復されて「ふえぇ」といったパターンもあるようだ。

 ソニアが参ったところで、ラムリアースは茂みから脇道へと入った。この道ならある程度整えられているので足元が見えない爆乳でも安心だ。

 

 しばらく島の中央へ向かって歩くと、周囲は茂みから林へと変わった。この林は、昨日ラムリーザたちが石版を見つけた林と繋がっている。そして林を通り過ぎると、岩場と草原とが半分半分に入り混じった台地へと到着した。

 岩場では、所々島民がつるはしを振り下ろして岩石の採掘をしていた。

「あの人岩を集めているけど、あの岩に何か意味があるの?」

 ソニアは、採掘作業員を眺めながらラムリアースに尋ねた。

「あの岩は全てリン鉱石だからな。それを集めて本土に輸送しているんだ。リン鉱石はいろいろな国に需要があって、結構膨大な輸出利益を得ているんだぜ。多くは帝国に収めているが、残りはフォレスター家の資産となっている」

「リンって美味しいの?」

「ほー、気になるなら食ってみろ」

 ラムリアースは、足元に転がっていたリン鉱石の破片を拾い上げてソニアに押し付けた。

「なによこれ、ただの岩じゃないの」

「美味しいから食ってみろよ。まぁ原料は鳥の糞とかだがな」

「やっ、やだっ」

「肥料を食えっ!」

「ふえぇっ!」

 ラムリーザは、自分を盾にしてラムリアースから隠れるソニアを見ながら、まさかリン鉱石採掘場でこのやり取りが展開されるとは考えられなかったと思っていた。

「結構岩場は広がっているね」

 後ろからソニアに抱きつかれながら、ラムリーザは広がる台地を眺めていた。

「埋蔵量と採掘量から、あと八十年から百年は持つらしい」

「その先は?」

「今も船団を派遣して、この島周辺に同じような島がないか調査中だ。まぁ俺らが生きている間はこの島だけで十分だと思うけどな」

 採掘が盛んに行われているところは、広範囲にわたって岩が露出している。緑の間に点在する岩は見ものだが、採掘現場はみていても面白いものではなかった。

「フォレスター家の莫大な資産は、こういった所に裏付けがあったのですね」

 ラキアの一言にラムリアースは「そういうこと」と答え、さらに続けた。

「この島がもたらしてくれるものに比べたら、俺が城勤めでもらっている給金なんざスズメの涙みたいなものだ」

「あらま」

 ラキアは短く答えて笑い出した。

 そこでラムリーザは、気になったことを尋ねてみた。

「へーえ、そこまでは知らなかったな。ここで得た資金はどうなってるのかな?」

「まず父が総取り、そこから帝国に半分納めて、残り半分を家族分配しているらしい。お前の取り分は、フォレストピア開拓に多く使われているって話だぜ」

「ずっと予算に余裕がありすぎるなぁと思っていたけど、そういうことだったんだね」

「ねぇ、あたしの取り分は?」

 そこにソニアが割って入ってきたが、ラムリアースはあっさりと答えた。

「お前のはラムリーザからおこぼれが出ているだろ」

「えー?」

 ソニアはラムリーザの方を振り返る。ラムリーザは、硬貨入れの袋から500エルド銀貨を一枚取り出してソニアに渡した。

「わーい――って、これだけお金もらえるのになんでラム兄は働くの? このお金で一生遊んで暮らせるのじゃないの?」

「違うな。俺はこの資金力で権力をどんどん手に入れていくのさ。まぁソニアはラムリーザの保護の下でネトゲ廃人になるのもよかろう」

「あたし廃人なんかにならない!」

「まぁなりそうになったら、その時点で桃栗の里行き決定だからね」

 ラムリーザは、またしてもミーシャの下宿先をソニアの矯正隔離施設にしてしまう。

 確かにソニアはあまりネットゲームはやらない。最近はユライカナンから入ってきた新しいゲーム機に夢中だ。金塊集めや爆弾ゲームなど、シンプルだがやりこめば面白い。むしろ金塊集めゲームはソニアには難しくて、ラムリーザの方がはまっている状況でもあった。

「とまぁそれは表面的なことであって、本質を言えばこんな資源に頼った贅沢三昧をしていて、もしもこの資源が尽きたらどうなるか? だな。だから俺は、この資源を利用して自分の立場を強化していくのだ、父がそうしているようにな。だからラムリーザ、お前もフォレストピアをとことんでかくしろ。最終的には隣のポッターズ・ブラフ地方も吸収して――、まあいいか、次へいくぞ」

 ラムリアースは何かを言いかけたがやめて、今度は島の西へと足を進め始めた。

「権力を握ってもレジスタンスとか作られて転覆させられたらどうするのよー」

 ソニアは、ラムリアースに反論してみた。ここのところやられてばかりだから言い負かせてやりたいのだが、明らかに役者が違うところがある。リリスに勝てない者がラムリアースに勝てるわけが無い。

「善政を布いていたら、普通はそんなのできないぞ? ラムリーザがフォレストピアで暴君になれば話は別だがな」

「でもね、税収を0%にしても税金が高すぎるって文句言う人が出てきたりするよ」

「ソニアの町は大変だねぇ」

 ラムリアースは、あまり深く取り合わずに先へと進んでいった。

 

 次に訪れた場所は、西の海岸付近だった。

 西の海岸は、先日島一周したときには雨に見舞われて駆け足で通り過ぎただけでゆっくりと見てこなかったが、海岸から少し沖に向かったところに大きな施設があるのだけは確認していた。

「あれは石油プラットフォームだな。この島の周囲には原油も埋まっているので、それを採掘しているところだ」

「南の方にあった原油精製プラントと関係があるのかな?」

 ラムリーザの問いにラムリアースは「ここで採掘した原油を、そこへ運んで様々な資源に分解しているのだ」と答えた。

「原油っておいしいの?」

 ラムリーザは、ソニアのその一言を聞いて、馬鹿だなぁと思いながらその先の展開まで一瞬で読み取るのだった。再びふえぇちゃん発動は割愛。

 ラムリーザは、ラムリアースがソニアに差し出した容器に入っている黒褐色の液体を見ながら、これが無色透明の燃料になるのか、などと考えていた。

「でもあたしだったら、この豊富な資源を元に国を作るなぁ」

 ソニアはふえぇと言っても立ち直りは早い。原油を押し付けられることがなくなると、すぐに元気を取り戻す。

「ほーお、ソニアは鳥の糞とプランクトンや海草などの死骸を売りつける国を作るのな」

「なにそれ違う、リンと油を売るの!」

「油ならいつも売っているだろ?」

「ラム兄の馬鹿!」

「ふっはっはっ」

 ラムリアースは、自分の嫁をちっぱい呼ばわりするソニアを一通りからかった後、ふいに真面目な顔をしてソニアに問いかけた。

「たとえばこの島をソニア国としよう」

 マトゥール島がソニアの国になった。

「確かに資源が豊富にあるから、すぐに大金持ちの国になるだろう」

「そうなるでしょ? なのにそうしないラム兄は、もったいないの!」

「だが資源は無限ではない。もし資源が底を突いたらどうするつもりだ?」

「えっ? えっ?」

「声を殺して泣くな、リン鉱石と原油が無くなったら、どうやって国を成り立たせるのか聞いておきたい。そうだな、良い案が出てきたら参考にさせてもらおう」

「えっと、えっと、スタジアム建てる」

「ほう、変わった手段を取るのだな。スポーツで国を発展させる、初めて聞く手段だ」

「たなからぼたもちでお金を増やすの」

「果たしてソニアの国に、有能なスポーツ選手が集まってくれるかな?」

「ふふっ」

「どうしたラムリーザ?」

「いや、なんでもない」

 ラムリーザは、ソニアとラムリアースのやり取りを聞いていて、思わず吹き出してしまった。

 たなからぼたもちスタジアムと言えば、街作りの話をしている時にいつもソニアが言う適当な一言だ。それをラムリアースは適当とは気がつかずに、普通にやりとりをしているのが可笑しかった。

「スタジアムがだめなら、銀行作りまくってお金をいろいろな国から集める」

「ほう、建設的な意見だな。出所を公表できない金ができたら、ソニア銀行を仲介してまともな金に換えさせてもらうとしよう」

「何それ! あたしの銀行を変なことに使わないで! ラム兄には一日利子50%でお金を貸す! さっきラムに貰った500エルド貸してあげるから、明日750エルドにして返して!」

「明後日返してやる。いくら返せばいい?」

「えっ? えっ? えと、1000エルドぐらい?」

「ダメだな、きちんと計算できないと返さないからな」

 そう言ってラムリアースは、ソニアが持っていた500エルド銀貨をひょいと奪ってしまった。

「あっ、取った! 返してよ! それあたしのお金!」

「三年後に返してやる。ちゃんと計算できたらな」

 一日50%の利子、三年だと大体千日ぐらい。500エルドはいくらまで増えるだろうか?

 ラムリーザは、十日で2万エルドを突破するな……、などと考えていた。

 ちなみにその利子でソニア銀行が取り立てる場合、500エルドは50日後で既に3千億エルドを突破するということになるのだ。

「ラム兄はいじわるだから、一秒で80%の利子つける!」

「ほー、ソニアは酷い高利貸しだな」

 ラムリアースは、ソニアの無茶苦茶な要求を、適当に受け流している。

「あたし氷なんか貸さない! もー、それ返してよーっ!」

 何かずれているソニアであった。

 ラムリアースは、ソニアから取り上げたコインを指で弾くと、左の手の甲で受け止めてすぐに右手で蓋をした。

「表か裏か、当てられたら返してやろう」

「裏!」

 ラムリアースは右手の蓋を開いて覗き込んで笑った。

「残念、表だった」

「ふえぇ……」

 二人は何をやっているのやら分からない。ラムリーザとラキアの二人は片隅に追いやられて、ラムリアースとソニアだけが原油採掘施設が大きく見える砂浜で走り回っているのだった。

 

 後は、島の銀山を見て、川沿いに北の海岸へと戻っていき、資源発掘の視察は終わった。

 コテージに到着した後、ラムリアースは本館へと戻る前にソニアに500エルド硬貨を指で弾いて返してから去っていったのである。

 残念ながら秒利80%の利子は、支払ってくれなかったようだ。
 
 
 
 




 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 一介の物書き