謎の石版、謎の呪文
- 公開日:2021年3月21日
7月23日――
ヒザラガイとカメノテを主としたキャンプならではの昼食が終わった後、各自それぞれ好きなように過ごし始めた。
ラムリアースは釣り船を出して、沖の方へと釣りに出かけようとして、それにリゲルとユグドラシル、レフトールとマックスウェルが同行していった。
ジャンは釣りに参加せず、リリスユコ組対ロザリーンミーシャ組のビーチバレーを審判している。
そしてラムリーザは、ソニアとソフィリータを伴って島の居住区へと散歩ついでに散策してみることにしたのだった。
コテージの並ぶ北海岸から東へ進み、本館を通り過ぎてさらに十分ほど歩くと島民の居住区に到着する。見た感じは、ちょっとした漁村てな感じだ。
居住区の中央にある集会場のような所で、ラムリーザの両親が島民の代表と話していた。
三人は、その話し合っている場所に近づいていった。すぐに父親ラムニアスは三人に気がついて声をかけてくる。
「おっ、ラムリーザ。今日はソニアとソフィリータ連れか」
「たまには兄妹水入らずってのもどうかなってね」
ラムリーザとソフィリータは実の兄妹だが、ソニアもそれ同然に育てられてきたのだから、今更違和感は無い。ラムリアースを加えて四兄妹で過ごしてきたのだ。
「そうだ、ラムリーザ達に任せてみよう。わしらはこんなものに付き合っているほど暇じゃないのでね」
ラムニアスの取り出したものは、二枚の石版のようなものだった。大きさは、一方が大体20平方cmほどで、もう一方は少し小さめで15平方cmほどと言ったところか。
大きいほうの石版には地図のようなものが記されていて、小さいほうの石版にはなにやら文字が刻み込まれている。地図は、どうやら島の地図のようだ。
「大きい方の石版は、今朝漁に出かけた船の網に引っかかったようなのだ。それで小さいほうの石版は、河口付近に落ちていたのだとさ。昨日の雨で川の水が増水して流れてきたのかもしれない」
ラムニアスは、石版の説明をする。
「石版と言えば、悪魔との契約じゃなかったかしら?」
ソフィリータは不安げに尋ねてきた。そういえばそんな話もあったような気がする。
「文字の方は呪文か何かかもしれないが、地図の方はそんな感じじゃないぞ」
そこでラムリーザは、石版に書かれた地図をじっくりと眺めてみた。そこには豆のような形をした島が描かれている。やはりこのマトゥール島の地図のようだ。東の海岸の先には、例の気味悪い岩のあった場所にも点が記されていたりする。
点と言えば、島の地図には小さなバッテンが四つほど刻まれていたりするのだった。
「バッテンが気になるなぁ、一つは島の北側、今居る辺りだね。もう一つはここから少し南に行った島の中央部辺り。そこが一番近いね」
「そらっ、行ってきなさい」
ラムニアスに後押しされて、ラムリーザは二人を率いて南へ、島の中央を目指していった。
居住区を抜けると、そこは小さな森になっていた。地図上のバッテンはこの森の中を示しているようだ。
「なんだか宝探しみたい」
ソニアはなんだかわくわくしてそうな口調で言った。
「木を一本一本調べて回るのですか?」
一方ソフィリータは冷静だ。
「ラム隊長、指示を!」
ソニアは勝手にラム探検隊を結成していた。そこで、いつの間にか隊長に祭り上げられていたラムリーザは、「では森の中を散策して変わった物が無いか調べて回ること。何かを見つけたら不用意に触れずに、みんなを呼んで対処に当たる事」と指令を出しておいた。
そしてソニアとソフィリータは、それぞれ左右に分かれて森の中を調べ始めた。
一人になったラムリーザは、もう一度石版を確認してみた。地図上にある四つのバッテンのうち、残る二つは西の方と南の方に点在していた。そちらはある程度距離があるので、徒歩で行くのは大変だろう。また車を借りて近くまで行ってみるか、と考えた。
そしてもう一方の石版、そこにはラムリーザも知っている文字が書かれていた。
「トヘオナストカレスハブタ……」
ラムリーザはその文字をつぶやいてみた。しかし、意味が全くわからない。
「あっ、なんかあるよーっ!」
その時、森の奥からソニアの大きな声が響いてきた。ラムリーザは石版の解読は後回しにして、ソニアの声が聞こえた方へと駆け出した。
ソニアは一本の大きな木の根元でしゃがんでいる。ラムリーザは傍に近寄り、すぐにソフィリータもこの場所に到着した。
大きな木は、根元の部分が膨らんで割れていてうろを作り上げていた。そしてその奥に、何かがあるように見えた。
「ん~、むやみに手を突っ込むのは危ないな。そこの木切れを突っ込んでみてくれ」
ラムリーザは、ソニアに木切れを突っ込ませた。
「何か出てくるかなー」
「ヘビとか出てきたらどうしますか?」
ソフィリータは不安げだ。
「だからこうして、中に何も居ないか木切れでかき混ぜてみるんだよ。どう? 何か居そう?」
「ん~、ただの空洞みたい。でも何か硬いものが入っているみたい。さっきから棒で突いているけど動かないよ」
「どれ、引っ張り出してみようか」
ラムリーザは、ソニアに木切れを引っ込ませると、うろの中に手を突っ込もうとした。
「待ってください」
ソフィリータはもう一本の木切れを持ってきて、ラムリーザの行動を制した。
「やっぱり手を突っ込むのは危ないと思うので、二本の木切れを使ってほじくり出してみてはどうですか?」
「それもそうだね」
ラムリーザはソフィリータから木切れを受け取ると、ソニアの持っている木切れも取り上げて、二本ともうろの中に突っ込んだ。
奥でゴソゴソやっていると、確かに何か硬いものが落ちている。二本の木切れで上手く挟み込んで、引っ張ってみた。それほど重くはない。
「あっ、出てきた」
ソニアは、うろの出口付近まで出てきたそれを、素早く拾い上げた。同じ材質でできた石版で、文字が書いてあった小さいほうの石版と同じ大きさだ。
「何か書いてあるよ、メチシナテイカンヘサガトだって」
「なんだろ、呪文かな?」
「ラムが持っている石版にも書いてあるの?」
「うん、トヘオナストカレスハブタ」
「なんだか復活の呪文みたいね、持ち帰ってゲームのパスワードに打ち込んでみようよ」
「そんなものじゃないと思うけどなぁ……」
わざわざゲームのパスワードを、こんな辺境の島に、しかも石版に記して隠すとは思えない。ただし、ゲーム内の出来事として、石版に秘密の言葉を記して隠しているというシチュエーションは存在する。
「これはカシの木だな、何か意味があるのかな?」
石版の隠されていたうろのある木は、大きなカシの木だった。
「伝説の勇者が使った鎧が埋められているはずなのにね」
ソニアは不思議なことを言うので、ラムリーザは「何のゲームの設定だ?」と聞いておいた。ソニアは「訶摩訶摩」と答えた。確かそんなゲームもあったような気がする。
これで石版は三枚になった。
ラムリーザは、このことを報告するために再び居住区へ向かい、そこでいろいろと話を聞いて回るのだった。そして日も傾き始めたので、コテージに戻ることにしたのであった。
「あっ、ふえぇちゃんが戻ってきた」
海岸でラムリーザ達を待っていたリリスは、謎の単語で出迎えてくれた。
「ふえぇちゃんどこ行ってたのー?」
ミーシャもリリスに続いて謎の単語を発してくる。
「ふえぇちゃんって何のことだい?」
ラムリーザが問いかけても、リリスは「ふえぇちゃんはふえぇちゃん」とだけ答えた。どこかで聞いたような気がするが、何のことだかさっぱりでもあった。
「今日は珍しい魚が釣れたぞ、ウツボって言うのだがどうだ?」
ラムリアースは、今日釣ってきた中で一番の大物を掲げ挙げる。まるでヘビみたいな体つきで、魚に見えにくい。
「なんか怖いなぁ」とミーシャはつぶやく。
「気持ち悪いですの」とユコ。
「そんな魚、料理した事ありません」とロザリーン。
「ふえぇちゃんに食べさせよう」とリリス。
釣ってきたウツボは、リゲルが包丁を使って上手い事皮と肉と骨とに分解していく。肉片ができたところで、ラムリアースに促されてリゲルはそれをソニアの目の前に突き出す。
その瞬間ラムリーザは、またか、と思ったが、特に何も言わなかった。予想通り、毎度のパターンが繰り出された。
「さあ、ソニア食ってみろ」
「やっ、やだっ」
「食えっ!」
「ふえぇっ!」
それを聞いてリリスとミーシャがくすくす笑いながら、「ふえぇちゃん発動」と言っている。これがふええちゃんがふえぇちゃんである由来なわけで、しょうもない事この上無い。
もうラムリーザは諦めていた。ただ、ふえぇと言える間はまだ余裕がある、そう考える事にしたのだった。
「あとこんなのも取れた。オパビニアという生物らしい」
10cmほどの大きさで、頭部から突き出た五つの目のようなものと、頭の先端から伸びているまるでゾウの鼻のような物が特徴的だ。その先端には、ギザギザの歯のようなものが付いていた。
あまりにも奇妙な生き物で、とりあえず茹でてみたものの誰も口にすることは無かった。ふえぇコンボはもちろん発動したけどね。
「謎の石版?」
馴染みの魚やら、よくわからない魚やら、魚とはいえない何かやら入り混じった夕食後、ラムリーザはラムリアースに昼間の出来事について話してみた。
コテージの表にあるベンチでは、夜風と海風が混じったものが気持ちよく吹いていたりする。
「ここの島民から最初の石版を受け取って、石版の指示みたいなものに従って調べてみたら、こんな石版が出てきたんだよ」
ラムリアースは受け取った石版を光に照らして眺め、「メチシナテイカンヘサガト」とつぶやいた。
「最初の石版には地図が描かれているんだ。四つのバッテン、その石版はそのバッテンの一つが示してある場所で見つけたんだ」
ラムリーザは、地図の描かれた石盤もラムリアースに手渡す。
「これはひょっとしたら海賊の宝かもしれないな」
ラムリアースは、石版に描かれた地図を見てそう答えた。
「海賊? 島民からも聞いたけど、これは海賊ごっこの続きなのかなぁ?」
「いや違うぞ、50年から100年前ほどにはこの海にも海賊が荒らしまわっていたらしい。本物の海賊がな」
「本物の海賊?」
そこにソニアが割り込んでくる。ラムリーザの隣に座ろうとしたがスペースが無く、仕方なく膝の上に座ろうとしたが、ラムリーザに押し出されて床にペタリと座り込んでしまった。
「ソニアは蛮族だったよな、確かそう言ってなかったっけ?」
「それはテーブルトークゲームでの設定!」
「それじゃあお前は山賊だ」
「ふんっ、全ての武器が使えて多少の特殊能力あり。魔女も特殊能力あるけど山賊の方が有能」
ソニアの言った事は、どういった理論なのかはわからない。魔女とか言うけど、この場にリリスは居ないので口論にはならない。
「それで海賊の話に戻るけど、話では俺らの爺さんの爺さん辺りがここらの海で海賊退治を達成したらしいのだ」
ラムリアースは、先祖のことについて語りだした。
まだエルドラード帝国が帝国になる前、南方の豪族だったラムリーザ達の先祖は、海を荒らす海賊と戦っていたと言う。その戦いの途中で見つけたこのマトゥール島を、フォレスター家の領土に加えたらしい。
「今はもう海賊が居ないと言うことは、退治しつくしたってことだよね?」
「そういうことだ。この海も平和になったってものだ」
「ラムの先祖はラム兄の先祖と違って凄い人だったんだね」
ソニアは最近やられてばかりのラムリアースに対して反撃を試みる。
「ソニアのご先祖様は、コインの形をしている――とまぁそんなことはどうでもいい。メチシナテイカンヘサガトか……」
ラムリアースは、ソニアの攻撃をあっさりと受け流してしまった。
「こっちにはトヘオナストカレスハブタと書かれているんだよ」
二つの石版を交互に眺めながら、ラムリアースは「メチシナテイカンヘサガト、トヘオナストカレスハブタ……」と交互につぶやいていた。
「何かの呪文みたいだけど、意味があるのかな?」
「最後にブタと書かれているから、ソニアの事を暗示――、いやソニアはウシだったかすまん」
「なんだとっ!」
ウシ呼ばわりされたソニアは荒ぶるが、ラムリアースはすぐに話を元に戻す。
「ひょっとしたら昔暴れまわっていた海賊は、このマトゥール島を拠点にしていたのかもしれんな。もう何十年も昔の話になるけど」
「じゃあ島民の中には海賊の子孫が残っている?」
「それは無いだろうな。今この島の住民は、本土からフォレスター家が雇った開発員だけだ。この島の土着民は聞いたことが無いな」
「ラムは海賊退治子孫だけど、ラム兄は海賊の子孫じゃないの?」
「おそらくこの石版は、海賊の宝を隠した場所を記しているのかもしれないな。せっかくだからこの休みを利用して探してみたらいい」
ラムリアースは、ソニアの茶々入れを完全にスルーしている。
「この呪文の意味を調べないとな、どこで唱えたらよいものやら」
「それも調べてみるんだ、夏休みの宿題な。それとソニア、先祖先祖うるさいから驚愕の真実を教えてやろう」
「なっ、何が驚愕の真実?」
「俺の先祖が海賊を始末したとき、その親分を改心させて従えさせたと聞く」
「ふ~ん」
「その海賊の親玉は、代々執事としてフォレスター家に仕えたとか――」
そう言うと、ラムリアースはベンチから立ち上がり、泊まっている本館の方へと帰り始めた。
「ちょっと何よそれ! あたしは海賊の子孫だと言うの?」
「蛮族の子孫だろー」
ラムリアースは、コテージから離れながらそう言い残して去ってしまった。
「むーっ!」
なんだか悔しがっているソニアの傍で、ラムリーザは石版を見つめながら「メチシナテイカンヘサガト、トヘオナストカレスハブタ……」と呪文を唱えてみるのだった。
昨日と違い晴れ渡った夜空に、流れ星が一筋横切っていった。
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