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開かずのドア、回らずのノブ

 
 8月7日――

 

 この日の夜も、ソニアはラムリーザに引っ付いて寝ている。自宅に居ようが、キャンプに出かけようが、寝るときはいつも一緒である。

 たとえ部屋を別々に取っていても、寝る時間になればソニアの方からラムリーザの部屋を訪れるものだから、ラムリーザには逃げ場が無い。もっとも逃げる必要を感じることもなく、ソニアが引っ付きたければ引っ付かせてやればよい。ふわふわといろいろとやわらかいソニアの身体は、抱き寄せていて気持ちの良いものである。

 ラムリーザはソニアを抱き寄せたまま、窓の外を眺めていた。窓枠で半分隠れた月が一つ浮かんでおり、少しずつ窓から外れていっている。

 部屋の中は差し込む月明かりで明るいが、じきに暗くなるだろう。事実、窓の外から見える月が小さくなるにつれて、部屋は少しずつ暗くなってきた。

 半分見えていた月が四分の一ぐらいになった時、隣に引っ付いていたソニアの身体がもぞもぞと動く。

 ラムリーザは窓から目を離して振り返った。すると、目を開けていたソニアと目が合った。

「ん? 眠れないのか?」

「う~ん……、トイレに行きたい」

「行ってきたらいいじゃないか、ちっちゃな子供じゃないのだから、報告しなくてもよし」

 ラムリーザは、引っ付いているソニアを引き剥がして、ベッドから押し出そうとした。しかしソニアは、ラムリーザの腕をぎゅっと掴んで離れない。

「やだ、一緒に行こうよ」

「なんで女と連れション――あ、一緒に立ってやるというのは無しね」

「別に並んでやらなくてもいいよー。ただドアの外に居て声をかけてて頂戴」

「なんでまたそんなことを……」

「いいの!」

 ラムリーザはソニアに無理矢理ベッドから立たされ、トイレまで同行を申し付けられるのだった。

 薄暗い廊下を歩くとき、ソニアは妙にラムリーザに強くしがみついてきて、まるでお化け屋敷でも二人で歩いているのか? といった具合になっていた。

 これはあれかな。ラムリーザには心当たりがあった。

 たぶん夕食後に定番の怪談をやろうという話になったけど、その時の話が怖かったのだろう。ラムリーザはそう思っていた。

 

 ………

 ……

 …

 

 夕食後、ジャンの提案で怪談をやろうという話になった。

「キャンプの夜の定番と言えば怪談だろ? これをやらないとキャンプをやったことにならないぜー」

 ジャンは、コテージの広間に全員を集めながら、自分はロウソクを準備していた。

「去年のキャンプでネタが……」

 ユコは困ったような顔をするが、ジャンは「俺は聞いてなかったから同じのでもいいぞ」と励ます。

 リゲルなどは、「仕掛けの用意とかやってないぞ」と言っている。去年のキャンプでは、ロープに繋いだ電球を割るという効果音を怪談に混ぜ込む作戦を取り、女性陣を混乱に陥れたことがあった。

「仕掛けとは何ですか?」

 事情を知らない、去年はめられた一人であるロザリーンが尋ねてくるが、リゲルは「何でもない」と誤魔化すのだった。

「怖い話、するよ、するよ!」

 ミーシャはやたらとはしゃいでいる。リゲル譲りのホラー映画ネタがいくらでもあるということだろう。

「んーとね、んーとね、とある世界にウェブスピナーと呼ばれている邪神がありました」

 こうしてまだ一部どたばたと移動している中、ミーシャの話が始まった。

 

――二つの一族が、うまく調和されて暮らしている村がありました。しかし、その表面下では、密かに不和の種が潜んでいました。そこで、とある旅の者は、ウェブスピナーに命じられた。二つの一族の指導者を両方とも殺せと。そして証拠の種をまき、相手の一族を殺すように仕向けろ、と。旅人は、闇に塗れて一方の指導者を殺し、その傍らに別の指導者の短刀を置いた。そしてもう一人の指導者も殺し、そちらには最初に殺した者が持っていた指輪を傍らに置いて立ち去ったのだ。そして夜が明けた時、村人はお互いの指導者が殺されていることに気が付き、さらにその傍らに証拠の品が残されていたことにより、お互いに憎みあい、やがて村全体を巻き込んだ争いに発展していった。そして村は、その日のうちに滅亡したのであった。最後に邪神は旅人に言いました。友人同士が戦う姿よりも美しい光景は無い。お前が引き起こした不和を楽しむがよい、と。

 

「おおう、ミーシャにしてはダークな話だな」

 ラムリーザは、邪神によって引き起こされた悲劇に少しゾッとしていた。

 こんなかんじに出だしは好調、一同は怖い話にのめりこんでいった。

 ソフィリータの話した「灯台に住んだ家族が、知らぬ間に住み着いていた蟲に一家惨殺されてしまう話」や、ユコの「お爺さんとお爺さんが、大きなかぶに潰される話」、レフトールの「暴走族壊滅の話(自分の英雄伝っぽい)」、ソニアの「卵焼きが爆発した話」などが公開されていった。ユコはいつ何時も、物語の登場人物はお爺さんとお爺さんだ。

 ソニアも皆に混じって楽しんでいたが、ジャンの話を聞いた時、彼女の雰囲気に変化が訪れたのだった。

「よーし、首無しドロウの話をしてやろう」

 ジャンの話は、何の変哲も無い感じだった。

「それってデュラハンでしょ? 家を指差して、一年後にその家に住んでいた者を殺すという」

 リリスはある方面において博識なことをアピールする。しかしジャンは、落ち着いたものだった。

「それは頭無しデュラハン。俺が話すのは、首無ドロウ」

「一緒でしょう? 何が違うのかしら?」

「頭無しと首無し、その二つを分けて考えてみよう」

 こうしてジャンの話が始まった。

――とある国に、クサミ・ドロウという者が住んでおった。いや、住んでいたのかどうかは分からぬ。家を持たず、うろついていただけかもしれぬ。ドロウは首が無く、頭が胴体にめり込んでいるという不気味な姿をしておった。そして糞尿を垂れ流しながらうろつくキチガイであった。ある日ドロウは、フンブリエル! と叫んだ。するとドロウを中心として、半径3m以内の生物は、全て死滅した。半径30m以内の生物は意識不明になった。そして半径300m以内の生物は、全て強烈な不快感に捕らわれたのだった。

 

「なにそれ怖い」

 真っ先に突っ込んだのはユコだった。

「不条理な話ですね」

 ソフィリータも不快感を表している。

「不気味な姿からして、悪魔みたいなものかな? 糞尿という点も、悪魔っぽい言葉だね」

 ユグドラシルは、まだ分析する余裕がありそうだ。

 しかしソニアは、神妙な顔つきでジャンを凝視している。ラムリーザの手を掴むソニアの手に力がこもった。

 ジャンの不気味な話はさらに続く。

 

――ドロウは町の中心部に移動して、マゴロスキマリノマーキング! と叫んだ。その言葉を聞いた者は、脳が腐り、たぼうさん……たぼうさん……とつぶやきながら、無表情でその場を徘徊する廃人と化してしまうのだった。そして今もドロウは、ぶつぶつとつぶやきながらうろついている。ぷっぶっぶりっ……、ぷっぶっぶりっ……と。

 

「意味わからんくて気持ち悪いぞ」

 ラムリーザはそう突っ込みを入れるが、ジャンは平然としたものだ。後日談みたいなものを付け加えてくる。

「今もコテージの外を、ドロウがうろついているかもしれんぞ」

 などと言ってのけるのだった。

 この時ラムリーザは違和感を感じていた。誰かが話し終えるたびに、凄い勢いで突っ込みを入れていたソニアが、この話を聞いたときだけ黙り込んでいたのを。

 

 ………

 ……

 …

 

 意味不明な話だったけど、普段から意味不明なソニアにとっては、それ以上の意味不明が何よりも怖かったのだろうか。

 ラムリーザは、ソニアの入ったトイレの扉にもたれたまま、ジャンの話を思い返していた。

「呪いの単語か……」

 単語を発するだけで、周囲に甚大な被害をもたらすのは、それはそれで恐ろしい。やはり悪魔か――?

 そう思ったとき、トイレの中からソニアの声が聞こえた。

「ラム居る?」

 不安そうな声なので、ラムリーザは元気付けるために「ああ居るよ」と少し力強く答えてあげるのであった。

 それから何度か、「居る?」「居るよ」のやり取りが繰り返される。

 その内ラムリーザは、少し悪戯心が生まれてきた。

「ラム居る?」

「居ないよ」

 居ないことにしてしまった。

「何でよ! 居てよ!」

 どうやらソニアは、声が聞こえているだけではダメなようだった。

 しばらくして中から水が流れる音が聞こえた時、ラムリーザはさらなる悪戯を思いついた。そこでソニアに、選択肢を提示してみる。

「なぁ、開かずのドアと回らずのノブ、どっちがいい?」

「……開かずのドアは怖いから、回らずのノブがいい」

 少し間を開けて、ソニアの返事が帰ってきた。そこでラムリーザは、トイレのドアについているノブをぎゅっと握り締めた。これでラムリーザ以上の力を出さないと、内側からもドアノブは動かない。

 ソニアは用を済ませてトイレから出ようとした。しかし――

「あれっ? ノブが回らない」

 ドアノブは、まるでコンクリートで固めたかのようにびくとも動かなかった。

「これが、回らずのノブ」

 ラムリーザは声のトーンを落として、怖がらせるように説明した。

「やっ、やだっ、出られないっ……、回らずのノブはやだ! 開かずのドアにして!」

 ソニアも多少混乱しているようだ。先ほどの選択肢で提示されたもう一つの方を選んできたが、そっちの方があからさまに危ない。

 そこでラムリーザはノブから手を離し、今度は全体重をかけてドアを外から押し付けた。足を伸ばして反対側の壁に固定する。これで、ラムリーザを押しのけない限り、トイレのドアは開かない。

 ソニアは中からドアを開けようとする。しかし今度はノブは回るものの、どれだけ押してもドアは、まるで向こう側を塗り固められているかのようにびくとも動かない。

「ふえぇっ、ドアが開かないっ!」

「これが開かずのドア」

「やだっ! やっぱり回らずのノブにして!」

 やはりソニアは混乱しているようだ。

 またしてもラムリーザにノブを固定され、内側からノブは全然動かなくなってしまった。

「ふえぇ、出られないよぉ……」

 なんだかソニアの声が泣きそうなので、ラムリーザは悪戯はここまでにしておくかと考え、ドアを開けてあげるのだった。

「どうだった? 怖かっただろう」

「ラムの馬鹿! ふえーんっ!」

 ソニアはラムリーザに抱きついて、自分の額をラムリーザの胸にがんがんとぶつけてくる。

「泣くなって。そうだ、一人用のベッドと、二人用の床、どっちで寝たい?」

 ソニアは不満そうに口をへの字にしたままラムリーザの顔をしばらく見つめてから、何かに気がついたかのような表情を浮かべた。

「それってラムはどっちみち床なんだね」

「よく気がついたな。さてと、馬鹿なことやってないで寝るぞ。僕はソニアのおっぱいを揉みながら寝るから、ソニアはそれを我慢しながら寝る。それでいこう」

「やっ、やだっ! そんなことよりも、繋がったまま寝てみようよ」

「なんやそれ」

「ラムの竿をあたしの中に入れて寝るの」

「馬鹿なことはやめるんだっ、――ってかそんなに固いまま維持できるかっての。あーもー、なんかムラムラしてきた。一発ぶちかましてから寝るぞ」

「やーん、酷くしないでー」

「知らんなー」

 こうして、今夜も二人の時間が過ぎていくのであった。

 キャンプ日程も残りわずか。やり残しのないように、楽しんで行こうではないか。
 
 
 
 
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