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続・へんこぶた

 
 10月9日――

 

「次はつねき~、つねきです。炭坑方面に用のある方は、降り口は右側~。おかえりなさいませ、ラムリーザ殿~」

 学校が終わって帰宅中、電車でつねき駅の車内アナウンスが今日初めてかかったのだ。それを聞いて、ラムリーザはびっくりする。「おかえりなさいませ、ラムリーザ殿」とは何か? たまたま他に乗客が居なかったからよかったものの、炭坑に向かう鉱夫と一緒だったらと思うと、それは恥ずかしいものがあった。

「ちょっといいかな? 今のアナウンス何?」

 電車が駅に停まっている少しの間に、ラムリーザは車掌へと詰め寄っていく。先程のアナウンスをしていたのは彼だ。

「えっ? えっ? 普通のアナウンスですよ」

 突然押しかけられて、車掌は戸惑う。ラムリーザと深い面識のない者にとっては、ラムリーザはフォレストピアの領主である。その彼に怒ったような顔で詰め寄られては、普通の者ならただ事ではない立場に置かれた、と考えてしまうものである。

「どこが普通かな? あれじゃあまるで僕が電車を私物化しているみたいじゃないか」

「いやあのその、リゲル殿がこのようにアナウンスしろと……」

「リゲルかっ」

 ラムリーザは、車掌を放して電車から降りた。この電車は一旦車両基地へと戻り、しばらく休憩した後に再び戻ってきてポッターズ・ブラフ方面への上り電車となる。ちなみに、帝都方面に向かうのを上り電車、帝都から離れていくのを下り電車と呼んでいた。

 ラムリーザはすぐに携帯電話を取り出して、リゲルに連絡を取る。この携帯電話は、キュリオと名付けられている多機能携帯端末だ。電話はもちろん、メールやゲームもできる。

「リゲルこらっ」

「おっ、そろそろつねき駅に着いた頃だな。どうだ俺のサプライズは」

「そんなサプライズ要らないから。車掌にアナウンスさせる原稿、すぐに変えるんだぞ、いいな?」

「大丈夫だ。車掌にちゃんと車内を確認させるようにして、お前が乗っている時だけ追加で言わせるようにしているだけだから」

「それでも嫌だ。今日は自分ら以外他に人が居なかったから良かったけど、大勢の前でおかえりなさいませはないだろう? ソニアなら喜びそうだけどね」

「なるほど、それもそうだな。よし、お前がそういうならソニアに変えておいてやろう」

「ちょっとま――」

 そこでリゲルの方から強引に通信を切られてしまった。

「あたしがどうしたの?」

 先程の電話で自分の名前が出てきたソニアが尋ねてくる。

「いや、気にしなくてもいい――、と思うよ」

 ラムリーザは、次につねき駅で降りるのが怖くなった。少し遠くなるが、フォレストピア駅で降りて歩いて帰るのが無難では? と。例えばダイエットとか気分転換で、一つ前の駅で降りて歩くというのがあるではないか。

 ラムリーザは近づいてきたソニアの手を取って、そのまま林のようになっている緩やかな山道を北へと進んでいった。

 それにしてもリゲル、ソニアが言うに冷血冷徹冷酷――というの大げさだが、あのリゲルがこんなお茶目なことをするようになるとは。ミーシャが着てからほんとうに変わったものだ。いや、元々そういう性格だったのか、それともこれはミーシャのアイデアをリゲルが採用しただけなのか。

 ラムリーザは色々と思案しながら、屋敷へと帰っていった。

 

 庭園アンブロシアを通過している時、ラムリーザは屋敷の方に違和感を感じた。遠目に見て荒れているとかそういうものはない。ただ、騒然としているような、ちょっとした予感の様なものを感じ取ったというべきか。何かが起きている、何かが。

 一方ソニアは、通常運転だ。ラムリーザと繋いだ手を、時折万歳してみせたり、ぶんぶん振り回したりしていた。そして最近のいつものように、制服のサイハイソックスを足首までずらして団子を作り、ミニスカートから伸びた生足全開で軽やかなステップを踏んでいる。何がそんなに楽しいのか。

 そして、庭園を抜けて屋敷が目の前に迫った時、ラムリーザの懸念は現実の物となっていた。

 屋敷の玄関は開いたままになっていて、すぐに使用人の一人が玄関から箒を持って飛び出していった。何か粗相でもやらかしたか?

 ソニアは玄関から入らずに、扉を掴んで中の様子を伺っている。そこに近づいたラムリーザは、視界の隅にソニアの父親、執事のヴィクが屋敷の裏へと走って消えていくのを捕らえた。とにかく慌しい、何かが起きてる。

「へんこ」

 玄関から入ってすぐのホールには、ラムリーザの母親のソフィアが真ん中辺りに立っていて、そのちょっと前、玄関よりにソニアの母親、メイドのナンシーが立っていた。ナンシーは、ラムリーザとソニアが学校から帰ってきたのに気がついて、二人の居る玄関の傍まで近づいてきた。

「妙な生き物が、屋敷の周りをうろついているから気をつけるように」

「は? 妙な生き物ですか?」

 ラムリーザは思わず聞き返す。騒ぎの原因は、その妙な生き物とやらのようだ。屋敷は山に面した位置に建っているので、山から何か変わった動物が迷い込んだりしたのだろう。

「ヴィクが指揮を執って、生き物の捕獲に乗り出しています。私はここでソフィア様をお守りします。謎の生き物を捕まえるまで、あなた達も外に出ないように」

「わかりました」

「へんこ」

 ラムリーザは、素直に指示に従う。

「謎の生き物ってなんかこわい」

 辺りの緊張感漂う雰囲気に、ソニアは不安そうにラムリーザの腕にしがみつく。ラムリーザは、「だいじょうぶだよ」と微笑んで頭をなでてあげた。

 玄関ホールの窓から外を覗いてみる。そこでラムリーザは、ソニアの作った檻が目に入った。しかしその檻の扉は、大きく開いている。確かそこには、ソニアが夏休みに捕まえてきたへんこぶたが入っていたはずだ。

「ちょっと待てよ、謎の生き物ってひょっとして――」

 ラムリーザは心を落ち着けて耳を澄ます。外から聞こえてくるのは、執事の「右だ」だの「奥だ」だの言う指示の声、そして駆け回る使用人の足音、そして――

「へんこ」

 確かに聞こえた。この独特な鳴き声は、間違いない。

 丁度その時、最初に執事のヴィクが駆けていった側とは反対側から、「へんこ、えんこ」とはっきりと聞こえるぐらいの鳴き声が近づいてきた。そして建物の角から両手で抱えられるぐらいの大きさで、薄桃色でモコモコした生き物が現れた。

「あっ、へんこぶた!」

 ソニアも気がついたようで、玄関から飛び出していこうとする。しかしすぐに、「危ないから!」と言われてメイドのナンシーに捕まってしまった。

 続いて執事のヴィクと使用人が、へんこぶたを追って現れる。実に妙な光景だ。へんこぶたは生垣に沿って曲がると、玄関の方へ向かってき始めた。玄関の扉は最初から開きっぱなしだ。

「あ、玄関の扉が開いたまま――」

 メイドのナンシーはそこで初めて扉の状態に気がついたようで、慌てて閉めに向かう。よっぽど慌てていたのだろう、使用人達が飛び出していってからずっと玄関の扉は開け放たれたままだ。

 なんかホラー映画で見たことあるような展開だな。ラムリーザには、謎の生物がへんこぶただと気づいてからは、そんなことを考える余裕が生まれてきた。確かリゲルに見せてもらったホラー映画の中で、被害者が小屋の中に逃げ込んだが、よっぽど慌てていたのか入り口のドアを閉めずに外が見えっぱなしになっているシーンがあったような気がした。閉めろよと突っ込みたくなる反面、化け物がいつその扉の前に現れるかと考えるだけで目を背けたくなったりしたのも事実だ。

 果たしてへんこぶたは、まるでホラー映画のモンスターが飛び込んでくるように、開いたままの玄関からのたのたと屋敷内へと侵入してきた。

「ソフィア様っ、危ないからお下がりください!」

 ナンシーは、ソニアの腕をつかんだまま、ソフィアの正面に背を向けて立ち、へんこぶたがソフィアに危害を加えるのを防ごうとしていた。

 続いて執事のヴィクが玄関から飛び込んでくる。そして玄関ホールをうろうろしているへんこぶたに「やっ」と気合の声を上げて飛び掛った。

「へんこっ、へんこ~」

 捕まったへんこぶたは、悲しそうな鳴き声をあげる。

 しかしヴィクは捕まえた瞬間、少し驚いたように手を離す。へんこぶたのやわらかさに、意表を突かれたのだろう。へんこぶたの身体は、見た目モコモコしている通りで、まるでぬいぐるみのように柔らかくフワフワしているのだ。

「へんこへんこ」

 再び自由になったへんこぶたは、ソニア達三人の方へのたのた動き出した。

「いかんっ」

 再び捕まえるヴィク。今度は一度掴んだ手を離さずに、へんこぶたを抱えあげた。

「へんこっ、へんこ~っ」

 へんこぶたはじたばたともがくが、それほど力のある生き物ではない。ヴィクに抱えられたままでもそもそ動くのが精一杯だ。

「それ、へんこぶただよ」

 騒然とした雰囲気の中、普通に落ち着いているソニアが説明する。へんこぶたの実状を知れば、みんな「な~んだ」とすぐに興味を失って日常に戻っていくだろう。

「これが噂でしか聞いた事のない、幻のへんこぶた?!」

 幻の動物と言えば、ユライカナンではツチノコだの人面犬などが噂に上がっているが、それはまあいい。

 ヴィクは初めて見るへんこぶたをまじまじと眺めようと、へんこぶたの顔に自分の顔を近づけて――

「くさっ!」

 ――おもわず投げ飛ばしてしまった。

 へんこぶたは「え~ん」と鳴きながら空を飛び、空中でソニアにキャッチされた。

「鼻がくさいから気をつけてね」

 ソニアは、へんこぶたの鼻から顔を背けるようなそぶりを見せながら抱えている。

「ソニアちょっと危ないっ」

 ナンシーは声をかけるが、怖くて近寄れない。

「平気だよー、こいつ全然怖くない」

 ソニアは、へんこぶたを抱えたまま左右に揺する。ゆすられるたびに、へんこぶたは「え~ん、え~ん」と鳴く。この通り、全然攻撃的ではない。むしろものすごく臆病で弱い生き物なのだ、へんこぶたは。

「しかしへんこぶたとは――」

「お父さん!」

 ソニアは、へんこぶたをもっとじっくりと見ようと近づいてきたヴィクを制する。

「はっ、はあ?」

「ブタノール買ってきて!」

「ブタノール?」

 要するに、ブタガエンを作りたいのだ、あの迷惑でしかない液体を。毒性が無いのだけが取り柄、それ以外益する物は無い。毒にも薬にもならない液体とは、まさにそれのことだ。

 ヴィクは使用人の一人に命じて、町へブタノールを買いに向かわせた。

 それからソニアは、庭にある流し台らへんこぶたを連れて行って、鼻を洗うのであった。

「ぶたが洗われた、コマンド?」

「ん~、逃げ出す」

「ラムはぶたを洗ったら逃げるんだ」

 ラムリーザはへんこぶたを洗っているソニアを見ながら、ちらりと檻の方へと目をやる。先程と同じく、檻の扉は大きく開かれたままだ。

「よし、これでしばらくは臭くない」

 ソニアは、へんこぶたの鼻に顔を近づけて匂いをかいでいる。鼻水ダラダラなのか、へんこぶたの鼻付近は放置しておくと臭くなってしまう。まるでつばをつけてこすった後のような臭いがつくのだ。ソニアが説明するのは、「昔人に鼻を噛まれたことがあって、その時につばがついたから臭くなる」とのことだが、ぶたの鼻を噛むという行為が現実的とは言えないのでソニアの作り話だろうとラムリーザは判断していた。

 それよりも今考えることは――

「ソニア、今朝学校に行く前にへんこぶたの様子を見ていたよね」

「うん、でももうブタガエン無くなってた」

「それはいい。それよりも、その時に檻の鍵はちゃんとかけた?」

「えーと、かけたかなぁ?」

「さっき見たら開いていたよ、今もずっと」

「おかしいなぁ……」

 なぜこのような騒動が発生したかの原因を探るほうが大事だ。もしもソニアが、ちゃんと戸締りをしていたのならば、へんこぶたは逃げ出したりしていなかったはずだ。

「それがへんこぶたですか。噂にしか聞いていなかったけど、実在したのですね」

 騒ぎが収まったので、ソフィアがナンシーを伴って玄関から外に出てきて、洗ったへんこぶたを乾かしているソニアと、その傍に居るラムリーザの所へとやってきた。そしてどうやら、ソフィアはソニアがへんこぶたを飼っていることに気づいていなかったようだ。

 へんこぶたの檻は、道から少し離れた隅にある。特に用事がなければ、向かう事が無いような場所だ。それにへんこぶたは、刺激を与えるとへんこへんこと鳴いてうるさいが、放置していると時折弱々しくえ~んと鳴くだけでそれほど騒がしくない。へんこと鳴くからへんこぶた、え~んとなくからえんこぶた。二種類の名前を持っている。

 ソニアは庭にある腰の高さぐらいの大きさをした石の上にへんこぶたを置いて、後ろ足を一本握ったまま逃げないように捕まえていた。石の上で乾かそうという寸法だ。

 そこに先程買い出しに行かせた使用人が戻ってきた。その手にはボトル入りの溶液、ブタノールが抱えられていた。

 ソニアはブタノールの瓶を受け取ると、バケツの中へと液体を移し変える。そしてその中にへんこぶたを押し込んでしまった。さらに出てこられないように、バケツの上に板を置いて大きな石を乗せる。バケツの中からは、へんこへんこ~と悲しそうな鳴き声が響いている。

「ソニア、あなた何をしているのですか、そんなかわいそうなこと」

 事情を知らないナンシーは、ソニアを咎めてきた。確かに傍から見れば、単なる動物虐待だ。

「お母さん知らないの? こうやってブタガエンを作るのよ」

「ブタガエン……」

 一応化学の授業では一度は耳にする項目だ。ブタノールにへんこぶたを一晩漬けておくと、へんこぶたのエキスがブタノールに染み出してきてブタガエンが出来上がると。

 しかしそういった化学反応が起こるといった事例に挙げられているだけで、ブタガエンが商業利用されることはない。利用価値も思いつかない。精々ソニアみたいに、他人に振りかけて嫌がらせができる程度だ、主に被害者はリリス。

 利用されない化学反応の一例として、例えば塩が欲しいからと言って、塩酸と水酸化ナトリウムを化学反応させて作り出すだろうか? 普通は天然の岩塩を砕いたり、海水を蒸発させて作るはずだ。

 なにはともあれ、こうしてへんこぶた騒動は無事に収束したのである。ラムリーザは、再発防止に向けてソニアを注意することにした。

「あー、ソニア」

「なぁに?」

「今度また鍵をかけ忘れてへんこぶたが逃げ出したら、もう飼うのは中止させるからね」

「うーん、気をつけてみる」

 ソニアはそういいながら、へんこぶたとブタノールが入ったバケツを折の中に入れて、鍵をかけたのだった。

 少なくとも今夜一晩は、へんこぶたはブタノール漬け、気の毒なものだ。

 へんからぶう――
 
 
 
 
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