めんどくさい娘
6月16日――
「暇だからどちらが先に涙流すか勝負しよっか」
授業の間の休み時間、唐突に前の席に居るリリスは振り向き、何かをたくらむような目でソニアを見ながら提案した。
「涙流す?」
「先に泣いた方が勝ちってルールね」
暇つぶしに、よく分からない勝負をソニアに挑んでくるリリスだった。
あれ、デジャビュ? とラムリーザは思った。前回、先にキレた方が負けとかやってなかったっけ? 今回はさしずめ泣き相撲ってことか?
常に冷静なリリスだから、今回は感情が表に出やすいソニアにも分があるだろう、とラムリーザは思う。まああれだろう、今日も暇つぶしにからかっているんだろう。ソニアはからかい甲斐があるというかなんというか……。
「いいわ、やるね」
ソニアは、今回もあっさりと勝負を受ける。勝算が有るか無いかすら考えていないのだと思うが、何にでも興味を示すのは良いことなのか悪いことなのか……。
「…………」
「…………で、どうやって涙流せばいいのよ」
「悲しくなるようなことでも想像したらいいんじゃないですの?」
審判役みたいな感じになっているユコが、ソニアの問いに答えた。
「悲しくなるようなこと……」
「…………」
「…………」
沈黙……。
この周囲だけが妙に重苦しい雰囲気になる。
その時、ラムリーザは思った。先日見た、例の自分を振った夢を思い出したら、ソニアはすぐに勝てるのではないかなと。
その事をアドバイスしようと思ったが、思い直してやめる。リリスやユコに詳細を聞かれたら、何と突っ込まれるかあまり考えたくなかった。それに、その日の朝の事にも追及されたらまずい。
だからラムリーザは静かに流れていく時間に退屈し、リゲルの方を振り返ろうと思ったときである。
ソニアの表情に、急激な変化が生まれた。
目にぶわっと涙が溜まり、見開いた両目からつうっと零れ落ちる。そして、「ふえぇっ、ふえぇぇん」と机に突っ伏して大泣きしてしまった。
その後も泣き止まずに、ひくっひくっと肩が震えているのだ。
「ええと……、ソニアの勝ちですわね……」
あまりの大泣きに、ユコは戸惑いを隠せない様子で判定を下す。
リリスの方も、ここまで大泣きするか? とでも言いたそうな表情で、若干引き気味だ。
ラムリーザは、何も言い出すことができずに、しばらくその様子を眺めていた。
ただの遊び、ゲーム、どちらが先に涙を流すかというくだらない勝負。だが、この大泣きはゲームの範疇を超えている。
作った涙ではない、これは本気の涙だろう。
ラムリーザは、ソニアがいったい何を思い浮かべたのか、それが気になっていた。やはり振った夢を思い出したとでも言うのだろうか……。
だから、ソニアが落ち着くまでじっと待ち、彼女が机から顔を上げたときに、手を握って聞いてみた。
「ソニア、いったい何を思い浮かべたんだ? そんなに辛くて悲しいことがあるのなら、僕がなんとかしてあげるよ?」
ラムリーザの優しい言葉に、ソニアは困った顔でしばらくしゃくりあげていたが、そのうちボソボソと話し始めた。
曰く、ラムリーザとリリスが付き合っている場面を想像したら、それがものすごくいい感じで「負けた」と感じた瞬間、この世界に絶望してしまった……、と。
「リリス……、ラムを取らないでぇ……、後生だからぁ……」
涙声で弱弱しくリリスに訴えかけるソニア。
リリスは何も言い返すことができず、懇願するソニアを睨みつけるように見据えた後、ぷいと顔をそらして前を向いて、机に右肘を突いて左手で自分の額を突き始めた。
ラムリーザは大きくため息を吐き、むしろリリスに申し訳ないと感じてしまうのであった。
休み時間が終わって次の授業が始まったが、ソニアは魂が抜けたようにボーッとしている。昨日の今日であり、ちょっと感情の変化に身体がついていけていないといった感じか。
ラムリーザは、これは少しソニアの心のケアが必要だなと感じると同時に、めんどくさい奴だと思ってしまうが、すぐにいかんいかんと気を持ち直す。
そこで、昼休みにソニアを連れて、学校の裏山に連れて行った。そこは人のほとんど来ない、隠されたスポットになっている場所である。たまにカップルがやってきて、茂みの中に消えていく程度であり、そこで何をやっているかは触れないで置こう。
そういう場所だということもあり、人目を気にする必要もないので、ラムリーザは遠慮なくソニアをぎゅと抱きしめる。今はたまたま他の人は来ていないのか、聞こえるのは傍を流れる小さな川のせせらぎ音だけだった。
そして、ソニアの耳元で優しく言って聞かせる。
「あのね、もっと自信を持とうよ。おっぱいの大きさは完全にリリスに勝っているし、脚線美などは、僕はソニアの方が好きだな。それに、その青緑色の髪、綺麗だよ」
ラムリーザは、ソニアの方がリリスより勝っているということを強調するような内容の事を語った。それでも語りながら、やっぱりめんどくさいと思ってしまう。
どうしてこうなった?
ラムリーザの好きなソニアは、楽しそうに笑っているソニアである。だが、ここの所悲しんでばかりいる。本当に、どうしてこうなった?
去年までソニアは、このような反応は無かった。ラムリーザが、ソニアの友人だったメルティアやヒュンナと話をしていても、ラムリーザがどうなるかという事を気にしている様子は無かった。
反応が変わったのは、恋人宣言してからだと思えた。
だがその関係は、双方の親公認、しかも現在同棲中というアドバンテージがあるのだ。それにもかかわらず、ソニアのリリスに対する危機感は拭えないのか?
それとも……。
「僕が信用できないのかなぁ?」
ぼそっと呟くと、沈んでいたソニアの表情が消え、代わりに焦った表情になる。
「ううん、違う、ラムは悪くない。あたしが勝手に思い込んでいるだけ、だから、ごめん!」
「勝手にっていうけど、ほっとけないんだよ。でもソニアが勝手に落ち込むたびに、いちいち気遣いするの、いい加減めんどくさいんだけどな」
「ほんとうにごめん! 変な夢と、変なゲームと続いて、あたし変になっていただけ!」
「本当に?」
「ほんとにほんと、もうこんな風にならないようにするから、だから、あ……」
ソニアの焦っていた表情が、何かを思い出したかのように、真顔に戻る。
「どうした?」
「また足を揉んでる。ラムはすぐ揉む」
言われてみてラムリーザは、無意識の内にソニアの太ももに手が伸びているのに気がついた。細かく言えば、靴下で覆われている太ももの下半分と、むき出しになっている上半分を交互に揉んでいた。
「だってこれ凄いぞ。ソニアもやってごらんよ」
ラムリーザは、ソニアの手を取って太ももへと持って行った。しかしソニアは、不満そうに言うだけだ。
「こんな靴下嫌い」
「でもそこを触った後にここを揉んだらすごいんだってば」
そう言いながらラムリーザは、ソニアの手を太ももの上半分と下半分を行き来させるのだ。
「面白くない」
「いや、面白いぞ」
その時ラムリーザは、ソニアの手を行き来させたことでさらに感触の楽しみ方を見つけたような気がした。
そこで試しに実践してみる。それは、手の甲で太ももを上から下まで行き来させることだった。靴下のちょっと固い感触が手の甲に伝わり、そのまま上に持って行くと柔らかいむき出しの部分に当たり――
「うわー……」
その心地よさに、思わず感嘆の言葉が漏れる。
ソニアはそんなラムリーザを、きょとんとした顔で見つめていた。
「ラム~、こんな所に連れ込んだのも、やっぱり……」
「うむ、察したか。ほら、おいで」
ラムリーザは、ソニアを誘うように再び手を伸ばした。だが、ソニアはピョンと後ろに跳ねて、ラムリーザの誘いを拒絶した。
「ダメ! もうこんなのダメ! ラムとはもっと別のことがしたい」
「ならば、そうできるようしてくれたら、こっちも余計な気を回さなくて済むようになるから助かるよ」
「うん、だから今日はもういい!」
そう言って、ソニアはラムリーザの腕から離れる。そして、笑顔を浮かべてラムリーザに言った。
「ねえ、この裏山、散歩しようよ」
「りょーかい。でもあまり遠くに行かないぞ、休み時間内に戻れなくなってしまうからな」
裏山に流れる川に沿って歩き始めたソニアを追って、ラムリーザもついて行くのであった。
とりあえずこれでいいか、とラムリーザは思った。