スワキリョーメン
9月28日――
この日は、久しぶりにフォレストピアの駅前の大倉庫に、ラムリーザたちは集まっていた。
少し前に、ごんにゃの店主からリョーメン屋第二号の話を聞いていた。今日は、そのリョーメン屋の仮店舗を大倉庫の一角に作り、いつものメンバーで品定めをするといった具合なのだ。これが好評なら、フォレストピアに第二のリョーメン屋が生まれることとなる。
名前はスワキリョーメン。ラムリーザとソニアの二人は、夏休みのユライカナンツアーの時に、イシュトの案内で食べた事があったので、今日はそれ以外のメンバーに公開という形である。リョーメンの種類の一つである、パンパンメンというものが主流になっているリョーメン屋だ。
パンパンメンとは、辛みを効かせたリョーメンのことを指している。本来パンパンメンは汁無しの物が主流であったが、今ではリョーメンに似せて作られている事が多くなっている。むろん汁無しに近いものを注文することもできる。せそリョーメンとかそょうゆリョーメンなどがあったように、パンパンメンも含めてリョーメンにはいろいろな種類があるということだ。ちなみにごんにゃは、鶏がらスープがメインなのである。
今日のメンバーは、いつものフォレストピア組みに加えてリゲルとユグドラシル、ロザリーンとミーシャを加えた十人。これもいつものメンバーと言えば、いつものメンバーである。
レフトールは、子分がファルクリース学園の誰それにやられたので、その報復に乗り込むとか言ってフライクリークの町へと赴いていた。そんなことをやるのをラムリーザたちが認めるわけが無いが、負けないのならやってもよいという条件で、レフトールの好きにやらせることにしたのだ。レフトールは「勝って当たり前だのクラッカー」などと謎の返事をしたのだが、それはまぁどうでもよい。ラムリーザはその後ソニアにせがまれて、お菓子のクラッカーを買ってやるハメになったが、さらにどうでもよい。
ちなみにファルクリース学園と言えば、ジャンの店でラムリーズと共に演奏している学生バンド、ローリングスターズリーダーであるリゲルの中学時代の友人レグルスなどが通う学校である。
仮店舗の前には旗が立てかけられていた。その旗には丸が二つ重なりかけた幾何学模様が描かれており、その中にスワキリョーメンと書かれていた。
ラムリーザが先頭に立って入ると、中から「へいらっしゃい! 何にする?」と威勢のよい声が響いた。
「えっと、何にしようかな」
「はよ決めや」
「は?」
突然ぶっきらぼうな言葉を浴びせかけられ、ラムリーザはびっくりして店主の顔を見つめる。しかし店主の顔は、言葉使いとは裏腹に笑顔なのだった。
「冗談冗談、ヒミツには先を越されたが、スワキもよろしく頼むよ!」
一瞬怖い店かと思ったが、単なるジョークだったようである。
「ヒミツっていいましたが、ごんにゃの店主の知り合いですか?」
問いかけてからラムリーザは、先日ごんにゃ店主から「おっちゃんの友人」と言っていたのを思い出していた。
「ヒミツとはリョーメン学校の同級生でな、よくリョーメンの味について喧嘩したものだ」
「麺の味というより、スープの味ですよね?」
「おおっ? よく知っているじゃんかボウズ。いや、領主様だったな、ごめんごめん」
「まだ正式に領主になっていないので、ボウズでもいいですよ」
またしても言ってから、17にもなってボウズと呼ばれるのもどうよ? などと思うのであった。
いつもの組み合わせでそれぞれ席に着く。二人差し向かい席にソフィリータとミーシャ、四人掛けボックス席にソニアとリリスとユコとロザリーン、カウンター席にラムリーザとリゲルとジャンとユグドラシルが並ぶ。
「何にする?」
「冷たいのある?」
「領主様は冷やしピリゴマ、他は?」
「スワキのオリジナルで」
「それじゃあピリゴマリョーメンだな」
そんな感じにあっさりと注文を決め、リョーメンが出来上がるまでしばらく待つこととなった。
「そう言えば年末の少し前に、学校で大きなイベントを新しく作ろうとしているんだ」
待ち時間に、ユグドラシルが言った。生徒会長として新しいイベントを考えているようだ。
「またユライカナン系ですか?」
「いや、独自に考えるんだ。ラムリーザ君は、竜神テフラウィリスが誕生した日を知っているかい?」
「そんな設定あったかな?」
ラムリーザは、竜神殿について少しは学んだ事がある。しかし、竜神誕生の日まで知っているわけではない。
「設定が無いから、新しく作ってその日を誕生日にしてしまうんだよ」
ユグドラシルは、いろいろと独創性を持った人のようだ。学校行事でユライカナンの文化を真似てみるというのから始まって、今度は国教の設定まで新しく創り上げようとしている。
「そんなことをして、神殿関係者の人怒らないかな?」
「大丈夫、名前を借りるだけだから。降竜祭、どうかな?」
「コウリュウサイ?」
「一年に一度、その日だけ竜神様がこの地に降臨なさるという設定さ」
「ミルキーウェイ・フェスティバルみたいだね」
「な……、なんてこったい!」
ラムリーザの何気ない指摘に、ユグドラシルは唖然とした表情を浮かべる。
確かユライカナンのお祭りであるミルキーウェイ・フェスティバルでは、一年に一度だけ織星と彦姫の二人が会うといった設定だったはずだ。
「あいや、なんでもないよ。新しいお祭りを創るのも有りだと思う。ユグドラシル先輩の思うように創ったらいいんですよ。僕は先輩の意見を支持する、どこかからパクりだという声が挙がったら、こっちがオリジナルだと言い張ってあげるよ」
ラムリーザは慌ててユグドラシルを庇うが、結構無茶な提案であった。ジャンはふふっと笑い、リゲルも多少呆れ顔だ。
「そ、それならこの案のまま進めようか……」
ユグドラシルはそう言うが、多少顔色が悪い。
「うん、僕が支持するんだから――」
「ほらっ、できたぞ冷やしピリゴマにピリゴマリョーメン」
そんな話をしているうちにリョーメンの準備が終わり、手伝いの手によってそれぞれの前にどんぶりが運ばれていった。
ラムリーザは、目の前に置かれたどんぶりに目をやった。ごんにゃで食べたえーぶんと比べて、やたらとスープの量が少ない。隣のジャンが食べているピリゴマリョーメンを見てみたが、そちらはごんにゃのと同じぐらいのスープの量だった。
冷やしピリゴマはスープが少なめで、その代わり具が多めだ。少ないスープにリョーメンは沈んでおり、その上にはリョーメンと同じぐらいの量のモヤシが乗っていて、それを取り囲むように半熟気味の卵を二つに割ったもの、レタス、トウモロコシ、キュウリを細く切った物が時計回りに並んでいた。そして中央には山を作っているように、ひき肉に味を付けた物が乗っかっていた。
まずはスープを少し飲んでみる。全然熱くなくて水のようなものだったが、ラムリーザにとってはこの方が合っていた。そしてやたらとドロッとしていて、味が濃くて脂っこい。そして少しピリッと辛みを感じた。この辺りがピリゴマという名前に繋がっているのだろう。脂っこいのはゴマの油というところか。
「少し辛いね」
「トーガラシが利いているからね」
「トーガラシ……」
ラムリーザはその素材を聞いて、ギュードン屋での出来事を思い出した。それは、騒ぎを引き起こしたシチミの主成分ではなかっただろうか?
そこでチラッとソニアたちの方へと視線を向ける。四人は何も問題ないようで、仲良く談笑しながらリョーメンを味わっていた。特に変なことを始めようとしているそぶりは見えない。
とりあえず安心して、再びリョーメンに挑む。レタスやキュウリのイメージが強くて、一見サラダのようにも感じる。ドロッとしたスープが、ドレッシングのように作用して合っている。
結論から言って、スープが独特のドロッとした感じ、それでいて少しピリッと辛い、そんなリョーメンだった。他のみんなが食べている普通の物も、同じような感じだろうとラムリーザは勝手に想像していた。
汁なしの物が主流だったと言われているパンパンメン。そういった観点から見ると、スープの少ない冷やしピリゴマが、そのルーツに近いものがあるのかもしれない。ラムリーザはこれはこれで美味いと感じていた。ひょっとしたらごんにゃのリョーメンよりも好きかも、と。
ラムリーザ以外のメンバーからも悪くないという意見が挙がり、スワキは店舗を本格的に出すことを認められた。こうしてフォレストピアに二軒目のリョーメン屋が誕生することとなったのである。
リリスは、リョーメンを食べ終わった後のスープに、トーガラシのサヤが残ったのを気にしていた。箸でつまんで持ち上げては、スープに落とすを繰り返していた。これも食べるべきだろうか、などと考えながら。
「それ、食べるんですの?」
リリスの隣に居るユコが尋ねた。リリスは二回ほどトウガラシとユコの顔の間に視線を往復させる。そしてまるで悟ったかのように語った。
「出たものは全部食べないとね」
そしてトーガラシを箸でつまみあげて少しかじる。
辛い――っ! 少しだけかじっただけなのに、非常に辛い。以前のシチミよりも辛いかもしれない。
リリスは、表情に出ないようにがんばった。その時、リリスの頭の中に、いつものようにイタズラ心が生まれたのである。
「ソニア、トーガラシが残っているよ」
リリスはあくまで普通に、いつもの誘惑モードに近い落ち着いたトーンで誘うようにソニアに語りかける。心情を表に出さないように、目を細めて睨みつけるようにソニアを見つめていた。
「これ食べるの? 飾りじゃないの?」
「飾りなんてあるわけないわ。出されたものは全て食べないと、作った人に失礼だって言われなかったのかしら? くすっ」
リリスの語る理論は、間違いではない。ただし、その使い方が陰湿なだけだ。
リリスはそう言って、自分のトウガラシを口に運んだ。そして茎の手前で噛み切って、身の部分は味わわずすぐに飲み込んでしまった。噛み切った歯を舐めると辛い、のどがひりひりする。しかしそれだけだ。
「ほら、私は食べたわよ。ソニアも食べなさい」
ソニアは、リリスが自分にしか勧めてこないということに気がつくべきであった。ロザリーンもユコも残しているが、別に食べようとしていない。
そこまで洞察力のないソニアは、リリスに言われるがままにトウガラシを箸でつまんで、口へ持っていった。そしてモグモグとじっくりと――
「ふっ、ふえぇっ! 辛いっ!!」
途端にソニアは、苦悶の表情を浮かべて叫んだ。
「がんばれっ! それがおいしいのよ!」
してやったりのリリスは、さらに追い討ちをかける。心の中で爆笑しながら、表情だけは真剣そのものだ。
「辛い! 痛いよ!!」
ソニアは口を大きく開けて、涙を流している。
「がんばれふえぇちゃん!」
「ふえぇっ!」
リリスの応援に応えるソニアは、テーブルをバンバン叩きながら暴れだした。舌を出して荒い息をついている。
ソニアの悲鳴を聞いて、ラムリーザはカウンター席から振り返った。そこには舌を突き出して悶絶しているソニアの姿があった。
「また今度は何をやらかした?!」
ラムリーザは慌ててソニアのそばに駆け寄る。
「出された物を全て食べきっただけよ」
リリスは悪びれる様子もなく、すまし顔で説明した。むろん心の中では爆笑中である。
「辛いよう! 痛いよう!」
ソニアは泣きながらそう言うのが精一杯だった。
「また何か辛い物を無理に食べたな」
ラムリーザは、水を持ってきてソニアに手渡す。ソニアはひったくるようにコップを奪うと、まるで自棄酒を煽るように荒々しく水を飲み込んだ。
「トーガラシは辛いから残してもいいぞ。食べるなら、少しずつかじって麺と一緒に食べたりするといいからな」
スワキの店主が説明をしてくれた。それを聞いて、ラムリーザはどこかで聞いたような台詞だなと感じていた。
「リリスがトーガラシを食べろと言った!」
しばらくして少し落ち着いてきたソニアは、リリスを糾弾する。しかしリリスも落ち着いたものだ。
「私は出された物を全て食べるべきと言っただけよ。トーガラシを食べろとは一言も言ってないわ」
ソニアはすごい剣幕で迫るが、リリスはすまし顔のまんまだ。
「その中にトーガラシも入ってる!」
「知らないわ。というか、トーガラシなら私も食べたわ。あなた何一人で騒いでいるのかしら?」
ラムリーザはこのやり取りで瞬時に理解した。またしてもソニアはリリスに一杯食わされたわけだ。リリスもトーガラシを食べたと言うのが気になるが、ソニアはリリスの策略に引っかかってトーガラシを丸のまま食べたわけだ。
こんな事はこの先何度やられることになるのだろうか? とラムリーザは考えた。