文化祭前日
11月15日――
文化祭当日まであと二日と迫った今日は、準備の最終日。
明日は前夜祭、そして明後日が本番だ。明日の夜までに、残った準備を全て済ませて文化祭に挑むこととなる。
文化祭の一般公開は世間一般での休日に行われ、生徒だけでなく他所の学生、一般人までいろいろやってくる。
この日の放課後、ラムリーザたちは準備と言うことでクラスメイト込みで軽音楽部の部室へと集まっていた。
演奏メンバーは部室内に備え付けられている簡易ステージで練習中、レルフィーナたちはクラスメイトたちとテーブルを並べていた。演奏会ではなくカラオケ喫茶、このテーブルが喫茶店を作り上げるのだ。
ラムリーザのクラスでは、去年に引き続きカラオケ喫茶を出し物としていた。そこに付加要素が加わり、メイド執事喫茶ということになっていた。
ただし、ただのメイドと執事ではない。男子がメイドの格好をして、女子が執事の格好をするというあべこべなルールが盛り込まれてしまっていた。
「看板が仕上がったぞ」
実行委員の一人、クロトムガが大きな看板をレルフィーナに差し出す。そこには大きく「ロックンロールメイド喫茶」と書かれていた。
去年と内容が同じだと思われないように、名前を変えたのである。やっていることは喫茶店とカラオケ、同じことなのだけどね。
「ラムリーザ、ロックをメインでよろしくね」
レルフィーナは、ステージに上がってきてそう伝えた。方針はほとんどレルフィーナが決めている。
「ロックメインと言われてもなぁ?」
ラムリーザは、曲の管理をしているユコの方を向く。ロックは結構テンポの早い曲がほとんどで、ドラムを連打していると疲れてくる。指にまめができる程ではないが……
「例えばあれですわ、お金の歌」
「ああ、あれか。後半はほとんど金くれ金くれ叫んでいるだけじゃないか」
「金くれ」
そういってソニアは、ラムリーザの方へと右手を差し出した。
「昨日あげた」
「足りん」
「それじゃあ一曲練習したら、百エルド銀貨を一枚あげよう」
「聞きましたか? やりますよ」
なぜかユコが嬉しそうに言っている。こうして一曲練習する毎に、ラムリーザはソニアたちに小銭を渡すことになってしまったのである。
ロック限定にされたとしても、去年から一年が経ち曲のレパートリーは倍以上になっていた。その中からロックンロールをピックアップするのはユコに任せるとして、お金の歌とかソニアが叫んでいるだけのルシアとか、ああいうのがメインになるわけだ。
「うるさい文化祭になりそうだな」
ラムリーザは練習の始まった曲でドラムを激しくたたきながらそう考えるのであった。
ただ一つ気がかりなことがある。
あの日以来、フィルクルは文化祭の準備に姿を現さなかった。結果的に追い出した形になってしまい、その原因にラムリーザも関わっていると考えると、あまりいい気分ではなかった。
「フィルクルさん、結局全然来なかったね」
ラムリーザは、ジャンに小さな声で聞いた。自分に責任があるのかどうかよくわからないが、なんとなく気まずいのも事実だ。
「無理だよ。あそこまでラムリィに嫌悪感を持たれたら、こっちとしてもどうしようもないだろ?」
最初はツンツンした娘をデレさせろ、などとよく分からないことを言ってラムリーザをけしかけていたジャンだが、何時頃からかツンと嫌悪は違うと言い出して、これ以上言ってくることは無くなっていた。
「フィルクル? 困っちゃったなーだけど、別にあちきはフィルクルの保護者じゃないからね。彼女が交わろうとしないのなら、その意思を尊重するだけかな」
そう言ったのはレルフィーナ。最初に転校してきたばかりのフィルクルを仲間に加えようとしたのは彼女だ。
でもなぜかラムリーザを嫌い、そしてラムリーザと仲良くする者を腰巾着と称して同様に嫌う。
これでは取り付く島もないわけだ。ラムリーザと全然関係ない所で、誰かと仲良くしていれば幸いだ、としか言えない。
「それよりもさ、あいつらなんとかしてよ」
レルフィーナがラムリーザの所に来ていたのは、フィルクルの話題が挙がったからではない。彼女は、部室の中央辺りに設置されているソファーセットを指さした。ソファーは重たいからラムリーザも手伝え、ということか?
そこにはソファーテーブルを囲むように、レフトールとマックスウェル、そしてクラスメイトになっていた子分二人ほどと囲んで、カードゲームに興じている姿が確認できた。そのテーブルの上には、銅貨が積まれている。そして「コール」とかなんとか言っている。
レルフィーナはソファーもどけてテーブル席にしてしまいたいのだが、レフトールが怖くて「どいて」と言い出せない。それでラムリーザの所へやってきたわけだ。そんなことが以前もあったような、なかったような……
「ねー、あれなんとかしてよー。なんで今年はクラスメイトになっているのよー」
「レフトールかぁ……」
「なぁに? 番長が怖いの?」
そこにソニアが混ざってくる。番長をナメている筆頭は、ソニアかもしれない。
「怖いよもー、やだ」
それでも一般人のレルフィーナは普通に怖がる。ソニアは普通でなく特別な人? そう、人とは違う特別な変な娘だ。
「大したことないよ、番長って言ってやればいいんだ」
「そうなの?」
レルフィーナはソニアに言われて、そろりそろりとソファーの傍へと近寄った。レフトールは彼女に気がついたが、じろりと一瞥しただけで再びカードへと目を戻した。
「ちょっと、番長?」
恐る恐る声を掛けてみる。名前を呼ぶのは怖いので、ソニアの言うように番長と声を掛ける。レフトールは名前を呼んではいけないあの人なのだろうか?
「なんぞ?」
レフトールはカードから目を離さずに、ぶっきらぼうに答えた。
「あ、あのさぁ……、今みんなで――」
「あぁ?」
レルフィーナが何か言いかけたところで、レフトールはカードから目を上げて彼女を睨みつける。残りの三人も、じっと彼女を凝視している。
「やだーっ、やっぱり怖いっ!」
レルフィーナは逃げ出した。たぶん以前にもあったと思う、相変わらずレフトールは恐れられていた。
「レフトールさんっ!」
そこに声を掛けたのはユコだった。
「なんぞ?」
レフトールは、めんどくさそうにキーボードの前にいるユコを振り返る。
「レフトールさんも部員なのだから練習しなければダメですの」
「む……」
「練習しないなら退部にするとラムリーザ様が言ってますよ」
「それは――困らんけど困る。お前らも来い」
どっちなのかよくわからないが、レフトールはソファーを立ち上がってラムリーザの傍へとやってきた。その瞬間、ソファー席がガラ空きとなった。
「レルフィーナ、今ですのよ」
「あっ、ほんとだっ」
急いでレルフィーナは手の空いているクラスメイトを集めて、ソファーを部室の端へと移動させてしまった。
こうして日が暮れる前に、なんとかテーブルを全て並べ終わり、部室はなんとなく喫茶店に見えなくもない雰囲気になっていた。
天井からクロトムガの作った看板をぶら下げて、形だけは仕上がった。あとは当日を待つだけだ。
「そうだ、カラオケのテストもしておこうよ」
手の空いたレルフィーナは、簡易ステージに上がってきてラムリーザに近づく。
「歌いたいだけだろ?」
ラムリーザの一言に、レルフィーナは頭を掻きながら「ばれたかー」と答えた。
「でもさ、全部仕上げたのだからご褒美で歌わせてーなー」
どっちみち我を押し通すようである。しょうがないな、というわけで、一曲だけ歌わせてやることにした。
「あっ、メイドさんの歌がある。これお願いね」
なんでこんな歌がエントリーされているのか分からないが、ユコが選曲するのだから仕方がない。レルフィーナはノリノリで「私はメイド♪ あなたのメイド♪」などと歌っている。
一方部室に持ち込んだ簡易キッチンでは、クロトムガとロザリーンが最終チェックをやっていた。
「喫茶店で出す料理とか決まっているのか?」
そこにジャンがひょいと顔を出す。ジャンはカラオケに向けたバンドの練習はそこそこに、いろいろとあちこち見て回っているようだ。
「ケーキは定番すぎるからロザリーンに任せて、俺はパップラドンカルメでも作るかな?」
クロトムガは未確認お菓子物体と呼ばれている珍品に挑戦するようだ。
「同じじゃないか、ケーキみたいな味がするんだろ?」
「いや、プリンみたいな味がするんだぞ」
ジャンとクロトムガのやり取りは続く。
「俺はメロンケーキの味がすると聞いているのだが?」
「いや、俺が知っているのはバナナプリンの味だ」
「それはプリンと言うのか? プリンと言えば卵プリンだろ?」
「まあいいや、一個試しに作ってみろよ」
ジャンに促されて、クロトムガはキッチンの試運転ついでにそのお菓子を作ってみることにした。
出来上がったものは、ピンク色で楕円形をしたマカロンのようなものだった。
「それがパップラドンカルメか? マカロンみたいだが? パップラは真っ白で四角い形をしているんじゃないのか?」
「いや、これがパップラドンカルメだ」
「ん~……」
ジャンは腑に落ちないようだが、作り手のクロトムガがそういうのなら従うしかなかった。
「ちょっと待ってろよ」
クロトムガは、作り上げたピンク色のお菓子に、砂糖に色を付けて溶かしたもので何やら描き始めた。
出来上がったものは顔? マカロンのクリームを挟みこんだ部分を口に見立てて歯の模様を描き、上の部分に目玉を描いたのだ。
「なんだこの物体は?」
「これが未確認お菓子物体の正体さ。マカロンとは違う」
「な、なるほど」
ジャンは、顔つきマカロン――パップラドンカルメをしげしげと見つめながらつぶやいた。
その頃レルフィーナの締めのカラオケも終わり、部室内は久しぶりに静かになっていた。
ラムリーザたちは、喫茶店を模倣したように並べられたテーブルの一角を陣取って、演奏疲れを癒すために休憩していた。
「番長さー、去年の文化祭何してたん?」
もはやレフトールを恐れないソニアは、全く遠慮しない様子で尋ねてくる。
「家で寝てた」
「なにそれー、もったいないなー。事実だと一層くだらんとか、そういう類だよー」
「番長に祭りは似合わないぜ、へっへっへっ」
ソニアに何度も呼ばれるうちに、レフトールは自分を番長と名乗るのが普通になっている。意味は合っているのだから、特に問題は無い。
「今年はどうするの?」
「そうさなぁ、ユコはゲーセン行かんのか?」
「私はカラオケの演奏がありますの。番長も演奏に参加してください」
「俺が?! ふざけんなよ?! おお、ボーカルならやってやるぜ」
「ダメ!」「ダメ!」
相変わらずここだけ息の合うソニアとリリス。
「パーカッションがあります。例えば『俺と俺の猿以外みんな何か秘密を持っている』って曲では、ひたすらハンドベルを鳴らしてくださいですの」
「なんだよその雑用は!」
レフトールが怒鳴りつけたところで、部室と入り口が開いて担任の教師が顔を出した。
「おーい、もう夜遅いから、そろそろ切り上げて帰りなさい」
「はーいっ」
一人アカペラで未練がましく歌っていたレルフィーナは、すぐに片付けへと移行した。しかし先生が姿を消すと、片付けを中断してラムリーザのところにやってくる。
「ねぇ、前夜祭の前夜祭やらない?」
「なんやそれ?」
「明日は明後日の文化祭に向けて前夜祭するでしょ? だから今夜はその前夜祭の前夜祭」
「それって、後夜祭をやってその翌日に後夜祭の後夜祭とか言って延々と続けないか?」
「あ、ラムリーザ頭いい、なんであちき気がつかなかったんだろう。昨日も前夜祭の前夜祭の前夜祭やればよかった」
「帰ります」
ラムリーザはそれだけ言ってテーブル席から立ち上がった。毎日がお祭りではやってられない。
「ちょっと待ってよー、ねぇソニアならやるでしょ? 前夜祭の前夜祭」
「あたし野菜よりお肉が食べたい」
「は?」
食いしん坊のソニアには、前夜祭が膳野菜に聞こえたようだ。
「てんぷらソニア」とリリス。
「ぎんなんソニア」とユコ。
「ぐぬぬ……」とソニア。
しかしレルフィーナにとっては、初めて聞くものだった。
「てんぷら? ぎんなん? 何それ?」
「ソニアの大好物。いつも食べてばかりなのよ、くすっ」
「そんなに食べてない!」
いつも通りリリスの煽りに完全に乗せられているソニアであった。毎度のことながら、ワンパターンな彼女たちだ。
とりあえず今日は、ひとまずここらでお開き。
ラムリーザはレルフィーナを、てんぷら屋のカブト、ギンナンを出してくれるごんにゃに後日連れていくという話でおわったのである。
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