文化祭前夜祭
11月16日――
文化祭本番をいよいよ明日に控えた今日この日。
学校は休みで、最後の一日。準備の残りをするもよし、明日の予定を立てるもよし。
大抵の出し物は昨日のうちに仕上げているもので、今日は予備日のようなものであった。この予備日という概念のおかげで、当日になっていきなり何々が足りない、何々ができないなどといったトラブルは少なくなっていた。
この日、ラムリーザのクラスで朝から学校に来たのは実行委員のメンバーのみ。ラムリーザとソニア、そしてクロトムガとチロジャルの幼なじみカップル二組。そしてリーダーのレルフィーナと、ロザリーンがフィルクルと交代という形で加わっていた。
そして暇だからという理由で、フォレストピアからリリスとユコがラムリーザに付いてきた。リリスが行くなら俺も行くという形でジャンもついてくる。
その反対にリゲルなどは、ロザリーンが実行委員で登校ということを利用して、この日はミーシャとデートの日にするという徹底ぶり。公認の二股というよりは、平等に愛するということを器用にこなしているらしい。
レフトールなどは、来るわけがない。
というわけで、今日のメンバーはこの九名となっていた。
この日にやる事と言えば、特に急いでやる物はない。
昨日の作業で、大掛かりな作業となるテーブルも並べたし、準備のややこしい簡易キッチンなど準備は終わっている。
残った大きな仕事と言えば、クロトムガとロザリーンのキッチン組が、明日に向けての喫茶店の出し物としてのケーキなどの下準備をしているぐらいだ。
レルフィーナとチロジャルは、折り紙を切って輪を作っている。その輪を繋げて天井に張り巡らせる飾りにするのだとか。これは有っても無くてもよいもので、それほど重要ではない。
ユコも同じテーブル席で、カラオケのできるナンバーをリストアップして表にする準備をしていた。
「ユッコさん、実行委員のメンバーでもないのにわざわざごめんね」
折り紙の作業をやりながら、レルフィーナはぽつりとつぶやく。
「いいんですの、どうせ家に居ても暇ですし、こうして集まって遊ぶ方が楽しいです」
「そう言ってくれるとありがとうでし」
残るラムリーザとソニアとリリスの三人は、ギターとベースとドラムの組み合わせで即興演奏をしている。そして珍しくジャンがリードボーカルを担当していた。背景音楽としてはちょっと賑やかな音楽を奏でていた。
「フィルクルさん、あの日から結局一度も文化祭の準備にこなかったなぁ」
再びレルフィーナはつぶやく。
「誰ですの?」
ユコは、フィルクルとほとんど面識はない。ラムリーザを避けるフィルクルが、ラムリーザとよく一緒にいるユコと遭遇する可能性は低い。
「ほらあの転校生」
「ああ、そう言えばそんな人も居ましたわね」
「そんなにラムリーザって嫌な人かな? チロジャルはどう思う」
「えっ、あっ……」
突然レルフィーナに話を振られて、黙々と折り紙細工をしていたチロジャルは戸惑う。
「……その、ラムリーザさんよりソニアさんの方が――」
少し迷った後にそう言いかけて、ふいに口をつぐむ。チロジャルは、その先を言うと危険だと勝手に判断していた。要するにチロジャルにとっては、ラムリーザよりもソニアの方が怖いのである。
その内、部室内に甘ったるい匂いが立ち込めだした。ケーキの下準備としてのスポンジ部分が焼きあがったのだ。
その瞬間、背景音楽から突然ギターとベースの音が止まり、ジャンのボーカルとドラムの音だけになってしまった。
ソニアとリリスは、持っていた楽器をその場に置くと、簡易キッチンへと勝手に向かって行った。食いしん坊のソニアと、彼女と同程度の精神であるリリスは、ケーキの匂いに引き寄せられてしまったのだ。
「なんですか?」
物欲しそうな顔でやってきた二人を、ロザリーンが押し戻す。
「ケーキ食べたい」
ソニアは何も飾らずに、要求をそのまま述べる。
「ダメですよ、これは明日お客さんに出すのですから」
当然のごとく、ロザリーンはソニアの要求を突っぱねる。
ソニアとは別に、すぐに行動に移したリリスは、焼きあがったスポンジに手を伸ばそうとする。しかしその行為は、クロトムガの手によってあっさりと阻止された。
クロトムガは素早く台とリリスの間に入り込み、その身体で壁を作る。そして手早くスポンジをラップでくるみ、ビニール袋に入れて片づけてしまった。
「はいそこの食いしん坊たち集まってー」
ケーキの下準備ができたところで、ちょっと休憩と言うことでレルフィーナはテーブルにメンバーを集めた。一つのテーブルでは狭かったので、二つのテーブルを並べて広くする。この位の配置換えならば、すぐに元に戻せるから大丈夫。
ここに集まったのは、実行委員のメンバーと楽譜作成中のユコ。ジャンとリリスは二人だけ簡易ステージに残って、ギターと歌だけの静かな曲、所謂フォークソングという分類の曲を奏でていた。
「さて、よくぞ生き残った、我が精鋭たちよ!」
レルフィーナは一同を見回して、得意げに言ったものだ。
「ふえっくし、ふぇっくし、――ふえっくしょん!」
しかしそれは、ソニアの発したくしゃみ三連発によって、よく分からないものと化してしまった。
突っ込み待ちだったレルフィーナは、空気を読まないような行動――といっても生理現象を責めてはいけないが――をやったソニアに不満そうな視線を向けつつも、
「今年もカラオケ喫茶――いや、ロックンロールメイド喫茶を盛り上げていくぞ。みんなもあちきに続いて目標の発表! まずはラムリーザ!」
ラムリーザを名指しして、みんなの意見を聞き始めた。
「そうだね、今年も指にまめができるまで休みなく叩き続けてやろう」
「よっしゃ、次クロトムガ!」
「俺は調理担当だ。美味い飲み物と美味い料理を披露する。美味い物を食べると美味い物が飲みたくなる。美味い物を飲むと、また美味い料理が食いたくなるというからな」
「なんか中毒みたいだけどよっしゃ! 次チロジャル!」
「わ、わたしっ、こぼさないように料理や飲み物をお客さんに届けますっ」
こうして、テーブルに並んだ順にぐるりと回りながら一人一人聞いて回る。
「がんばってね、次ロザリーン!」
「私は、クロトムガさんのサポートに徹します」
「よろしい。最後ソニア!」
「あたしは最後まで休みなく歌い続けますっ!」
「いやそれダメだから、あなた伴奏役だから」
「なんであたしだけダメだしすんのよ!」
「あんたが間違ったことを言っているからでしょーがっ!」
「ちょっとラム! こいつ酷いよ! あたしにだけいじわるする!」
「知らん!」
ラムリーザは正しいことと間違っていることの判断がつくので、一言だけ述べてここは介入しない。
ソニアが間違っていることを責めない分だけ優しいのか、放置なのか微妙ではあるが。
「この実行委員はいじわるだ。おいしそうなものを作っておきながら分けてくれないしむーっむーっ!」
でもうるさいので、頭を抱えて黙らせる。
「でもごめんね、軽音楽部って普通は体育館のステージとかで演奏するのが定番だし、それが一番の華なのに部室に閉じ込めちゃって」
レルフィーナはすまなさそうに言った。
確かに一昨年まではステージライブでそれなりに盛り上げていたという歴史があるのだが、去年からはその場面が無くなり体育館での出し物の目玉が一つ減っていた。
「まあいいんじゃないかな? 去年もカラオケ喫茶は出し物の中で一番人気があったらしいし、僕たちならジャンの店でいつも演奏しているからね。別に体育館で演奏できないからと言って残念じゃないよ」
ラムリーザはそんなレルフィーナをなだめる。
「そうですのよ。体育館ステージだと精々二、三曲でしょう? でもこのカラオケ喫茶だとずーっと演奏できますの」
ユコは、自分が楽譜起こしした曲を、全部演奏できる方が楽しいのだ。
「あたしは歌う方がいいっむーっむーっ!」
ラムリーザに抑え込まれながらも、ソニアはその隙間をかいくぐって自己主張しようとした。
「それならよかったよ。ところでさ、みんなの夢を聞いてみたいのだけど、いいかな?」
レルフィーナは安心したようで、次の話題へと転換させた。
「夢かぁ……」
ラムリーザは、自分に押さえつけられていてもがいているソニアを見てつぶやいた。
「ラムリーザぐらいの人になると、どんな夢があるのかあちき聞いてみたい。よし、ラムリーザからどうぞ」
「ん~、聞かせるような無いようじゃないけど、僕はソニアに幸せになってもらいたいから、ソニアを幸せにするのが夢だよ」
これは今思いついたことではない。ずいぶん昔から考えている、ラムリーザのソニアに対する想いである。
「そこまでソニアのこと想っているなんて、ソニアうらやましいわー。んじゃ次はそのソニア」
レルフィーナは、順番を変えて今度はソニアに振った。しかしラムリーザは、ソニアの口を塞いだまま離さない。何を言い出すか不安というものがあった。ある程度予想はついていたが……
「あたしはラムとけっ――むーっ、むーっ」
少し手を外してやると、すぐにソニアは夢を語り始めたが、少し話したところでラムリーザは再び口を塞ぐ。予想通りの事を言いそうになっていた。
「結婚はゴールじゃなくて、スタートなのにねー。それを夢にしてしまうと、その先が思いやられるよ。はい次クロトムガ」
レルフィーナは、ソニアが言おうとしたことを察したようだ。だが軽く流しただけで、次へと進めた。
「俺かぁ、そうだなぁ……。やっぱり一流のコックかな?」
「コック? 世界最強のコックでも目指してテロリストと戦うの?」
「お前の世界観がよくわからん!」
ラムリーザの押さえつけをかいくぐって、ソニアはクロトムガに尋ねてくる。しかしその内容は、クロトムガの突っ込み通り、よくわからない。
「別に世界最強じゃなくてもいいさ。一つの街でいい、俺の料理を楽しんでくれる人が集まって、素朴なレストランでも作るかな」
「てんぷらは? だんごはどうですの?」
そこにユコが口を挟んでくる。それを睨みつけるソニア。心当たりがあるのか?
「てんぷら? 聞いたこと無いなぁ」
残念ながら、ユライカナン産のてんぷらは、フォレストピアに来たことがないクロトムガにはわからないものであった。
それでもクロトムガは、今回のカラオケ喫茶で料理役を買って出ただけあって、料理の腕はそれなりのものらしかった。部室の隅に作られた簡易キッチンでは、カセットコンロがいくつか並べられていて、自由にいろいろな軽食が調理できそうだ。
「料理なんかラムだってできるもん」
再びソニアは、ラムリーザの手をかいくぐって余計なことを言ってくる。自分ではラムリーザというところがポイントである。
「お、本当か? 何ができる?」
でもクロトムガは、ごく普通に受け止める。料理仲間だと思ったのか、ラムリーザへ期待のまなざしを向けた。
「いやいや……」
「りんごジュース作ってくれるよ」
ラムリーザは一瞬言葉に困ったが、ソニアの助け舟――というよりソニアが勝手に言っているだけだが、それを聞いて「あ、それか」と一人納得していた。
「そんなの誰でも作れるさ、たいした技術は必要ないからな。飲み物としてエントリーしているぞ、おろし金もちゃんと用意している」
「そんなのラムは使わないもん」
「いやです、止めてください」
その後の展開を察したユコが、嫌がってしまった。ユコは今でもラムリーザがゴムまりを破裂させてしまうのが苦手だった。
それでもソニアは、クロトムガが簡易冷蔵庫から取ってきたりんごを手に取ると、ラムリーザに押し付けた。ラムリーザは何も言わず、受け取ったりんごをソニアの頭にゴンとぶつけた。
「な、なんでー?」
ラムリーザは、これ以上人を脅かす気は無かった。これまでの経験上、慣れっこのソニア以外は、みんなりんご潰しを見ると怯えだす。怯えの輪を広げる必要は、全く無い。無いのである。
「まあいいよ、これにて準備完了。後は様子見て決めるので、えーと、一旦解散にしまーす」
レルフィーナの宣言で、今日この場は解散となった。
しかしクロトムガとロザリーンは、もうちょっと明日の準備をしておこうとキッチンに向かい、レルフィーナはステージに向かって行き、カラオケ曲のリストを見始めた。
「さてと、それじゃ今日は帰るか」
「てんぷら食べたい」
「そんな食いしん坊なこと言うからリリスに『てんぷらソニア』と言われるんだよ」
などと会話しながらラムリーザとソニアが帰り支度をしていると、
「あっ、これは新しい曲の『おお、快なり!』があるじゃないのよー」
レルフィーナは、カラオケリストの中から比較的新しい曲を発見した。もちろん新曲と言ってもオリジナルではない。ユコがコピーして楽譜を書いたものだ。
「でももう帰るよ」
ラムリーザはそう言うが、レルフィーナは「お願い、一回だけ」とせがんできた。
その曲を演奏すると、どうしてもあの夜の出来事を思い出してしまう。ラムリーザが割と複雑なドラムパターンを練習している時、ソニアがしでかしたこと。マイコンの記憶媒体であるカセットテープをステレオで再生して、耳障りなノイズを発した事件。あの音を思い出してしまうのであった。
今日はリゲルが居ないので、ジャンが代わりにリズムギターを担当。こうして、一回だけのレルフィーナリサイタルが始まった。
しかし演奏が始まると、すぐにレルフィーナは「ちょっと待って待って」と止めてしまった。
「なんね?」
「イントロのあの音が入ってないよ」
「は?」
ユコの楽譜には、イントロのあの音というものは入っていない。
「ベースの音じゃないのかしら?」とリリスが言うので、ソニアは楽譜を見直して、確かに最初に一音鳴らすよう書いてあったので、軽く弦をはじく。
部室に「ボーン」という低い音が鳴ったが、レルフィーナは「違う」と言う。
「おーいユコ、なんか注文が入っているぞ。コピー間違えた?」
ラムリーザは、まだテーブル席で楽譜を見ながらリストを作っているユコに問いかけた。
「ソニアがベースを鳴らした後、リリスはギターをアンプに近づけてくださいですの」
ユコはリストを見たまま顔も上げずに、淡々と答えた。
リリスは首をかしげながらも、ユコに言われたとおりしてみた。
ボーン――ぎゅわわわーーーーん!
なんとも形容しがたい不思議な音が、部室内に響き渡った。
「そう、それそれ!」
レルフィーナは興奮気味に言っている。しかしリリスは、「これ面白い」などと言いながら、ギターをアンプに近づけたり離したりしながら遊びだしてしまった。
「ちょっと、遊んでないで演奏してよー」
結局この日は、日が暮れるまで部室で遊び続けるのであった。結局前夜祭になったというところであろう。
いよいよ明日は文化祭当日。今年は何が起きるか? また出し物大賞で一番を取れるだろうか?