ロックンロールメイド喫茶
11月17日――
今日は文化祭当日。校門辺りから飾り付けされており、運動場、校舎と場所を選ばずに露店が並んでいた。
「なるほど、この門を潜ると文化祭がいよいよ文化祭というわけか」
レフトールは校門前から中に入らず、大勢の生徒と一般客でごった煮のようになっていて大騒ぎの校内を眺めながら言った。
「別にレフが潜らなくても文化祭は文化祭だけどな」
子分第一号、レフトールとは付き合いの長いマックスウェルが、いつものようにのんびりと答える。
「だまれプロレス野郎。てめーのプロレス部は何か出し物すんのか?」
「まだ同好会だよ。それに部員もまだ四人だし、まだ試合って話にはならんかったよ」
「タッグマッチでも、シングル二本でもできるじゃねーか」
「部員の一人はあのジャンって奴だぞ。あいつは今日はクラスの出し物で演奏だし」
「なんやつまらんのぉ」
「来年部員が増えて、部に昇格したら文化祭の目玉イベントにする――って部長誰だっけ? あいつ言ってたぞ。プロレス同好会の部長って誰だっけ?」
プロレス同好会の部長はベイオ・オレクサンダー。しかしマックスウェルは、参加はしたが、それほど真面目には活動していない模様。
「聞かれたって知るか。ピートお前部活は?」
レフトールは、今日連れてきたもう一人の子分に問う。
「しゃぶしゃ部」と答えたのは、子分第二号のピート。レフトールにとっては、マックスウェルの次に交友が深い。副将マックスウェルと、その他大勢の子分筆頭のピートと言ったところか。
「で、文化祭をいよいよ文化祭にするために、門を潜るのか?」
「帰ろうか。こんな日はなんか俺のガラって感じじゃ――ってしゃぶしゃ部って何だ?」
レフトールは校門から一歩下がりかけたが、ピートが軽く答えた謎の部活を聞き逃していなかった。
「肉や野菜を鍋で沸かした湯にさらっと浸して食べるやつさ」
「馬鹿野郎、それはしゃぶしゃぶじゃねーか」
「ん、しゃぶしゃ部」
「…………」
レフトールはそんな部活は聞いたことがない。いや、他の誰も知らないことだろう。ピートが勝手に言っているだけだ。
「せっかくここまで来たんだからさ、レフの部室行ってみたらいいじゃん」
マックスウェルは、レフトールをカラオケ喫茶に誘ってみた。マックスウェル自身も、学生の祭りにそんなに乗り気ではないのだが、その名前が興味を引いていた。
「ロックンロールメイド喫茶か……」
レフトールは腕組みをして考え込む。
「メイド喫茶? 行こうぜ行こうぜ」
あまり実情を知らないピートは、やたらと行きたがる。マックスウェルと違ってクラスメイトではないので、ピートはその名前だけでかなり興味を引いたようだ。
「女装と男装だぜ――ってまあいいか、行ってやるか」
校門まで来ておいて今更引き返すのも格好悪い。メイド喫茶の実情を知っているレフトールだが、ロックンロールには興味があったのだ。
ロックンロールメイド喫茶――。
ラムリーザのクラスでは、今年の出し物としてこの少し騒々しい喫茶店の模擬店を開いていた。
場所は軽音楽室の部室。簡易ステージでリストにある曲をリクエストしたら、ラムリーザたちが演奏して、その生演奏をバックにカラオケできるといった、ある意味レアな体験ができるというものだった。
演奏を聞いている客も、喫茶店をもじった場所で、クロトムガやロザリーンの作った軽食やケーキを食べることができていた。
「げっ、すっげー人数」
部室に辿りついたレフトールが顔をしかめたのも無理はない。今年のカラオケ喫茶も、午前中から大盛況のようであった。
テーブル席でケーキを食べている者、ステージ前で曲に合わせ拍手したり踊っている者、カラオケの順番待ちの者など様々だ。
今、簡易ステージで演奏しているのは「おお、快なり!」である。ラムリーザはソニアのカセットノイズ騒動の時から練習を重ね、今では変則的なドラムパターンを綺麗にマスターしていた。それを含めて、去年よりもレパートリー数は二倍弱ぐらいになっていた。
「い、いらっしゃいま――あっ、レフトールさんっ」
「なんじゃい!」
「ごっ、ごめんなさーいっ」
執事の格好をした接客担当のチロジャルが出迎えたが、相手がレフトール一味だと気がつくと逃げ出してしまった。ウェイトレス――いや、今日は男装だからチロジャルでもウェイターが逃げ出す喫茶店とは如何なものか。
それも仕方がない。
レフトールが怖くないのは、ラムリーザやその仲間たちぐらい。世間一般では、悪の双璧の片割れレフトールのままなのだ。
そしてそのラムリーザたちは演奏中であり、レフトールに構っていられない。
客も徐々にレフトール一味が来ていることに気がつきだし、部室の入り口付近にちょっとした空間が生まれつつある。
入り口に屯しているものだから、客は外に出ることができず、また新たな客は中に入ることができなかった。それでいて、誰もが「すいませんどいてください」の一言が怖くて言えない。
「ちょっと、あれマズいよ」
レフトールから逃げてきたチロジャルは、リーダーのレルフィーナに入り口を指さす――のは怖くてできないので、チラチラと視線を入り口に向けながら伝えた。
「えー、なんで来たのよー。やだ、あちき怖い」
そこでレルフィーナは、演奏の邪魔にならないように簡易ステージに上がり、演奏しているリゲルに不満そうな顔を向けた後でラムリーザの傍へとやってきた。
「ちょっとラムリーザお願いがあるんだけど」
「いや、見たらわかるだろ、無理だって」
当然のごとく、ラムリーザはドラムの演奏中だ。
「あれだと商売上がったりだよー。レフトールが入り口を塞き止めてる」
レルフィーナは困っているが、ラムリーザは今動くことはできない。というよりも、何度目だろうか? レフトールは居るだけで迷惑をかける節がある。
丁度そこで、今演奏している曲が終わった。次のリクエストは「チャボテンの花」というものだった。
「あ、ロックンロール喫茶には合ってないけど、これチャンスよ」
レルフィーナはラムリーザを引っ張って立たせようとする。この曲はギター中心の曲で、ドラムはそれほど重要ではない。
こんな~、大きな~、出来事で~、鯛は傷ついて売り物にならなくなった~♪
リゲルの奏でるアルペジオを軸に、しっとりと歌い上げている。
「ちょっとリゲル、真面目にやってよ」
「黙れ」
リゲルの演奏はバッチリなのだが、今日はその態度に問題が――
「まあいいや、早くアレなんとかしてよ」
「しょうがないなぁ」
ラムリーザは立ち上がり、その時自分の格好を思い出してしまった。
「――っと、やっぱりやめとくよ」
「行って!」
レルフィーナはきつく言ってラムリーザを促す。
ラムリーザは別にレフトールをどかせることに抵抗は無かった。
しかし今日はロックンロールメイド喫茶、しかも男装女装バージョンだ。それゆえにラムリーザは、まるでソニアの母親のようにメイドの格好をしていた。
ステージの奥で、座ったままドラムを叩いているだけでよいので、目立たないから別にいいや、と思っていたのだが、こうして客間に出て行くとなると話は別だ。
「この曲の間がチャンスなのだから行ってよ、入り口に屯しているレフトールをどかして。あそこに立たれていたのでは、客が怖がって出ることも入ることもできないよっ」
「はぁ、わかったよ」
ラムリーザは意を決して立ち上がると、メイドの格好のまま簡易ステージを降りて行った。
「おー、ラムさんメイドだ」
部室の入り口前にて、メイド姿のラムリーザを見てレフトールはニヤニヤする。
「やかまし、ここに居たらお客さんの邪魔になるからこっちにこい」
「いや、俺は演奏は――」
「やってもらいますの」
そこに、執事姿のユコもやってきた。その手にはハンドベルが握られている。
「『俺と俺の猿以外みんな何か秘密を持っている』がリクエストされましたわ。はい、レフトールさんはこれ」
ユコはハンドベルをレフトールに差し出す。
「めんどくさいなー」
「それなら君がドラムをやればいい。教えてあげたから少しはできるだろう?」
「俺がか?」
「そうだ」
ラムリーザは、レフトールを引っ張っていって簡易ステージに連れていく。そしてそのままドラムセットの前に座らせた。
「いいか、どちたちどどたちを忘れるな。えーと、リズムはリゲル、ギターで仕切ってくれ」
「うむ」
今日のリゲルは傍から見ると不真面目に見えるが、リズム担当として引き受けてくれた。
「いいかレフトール、リゲルのリズムギターに合わせてどちたちどどたちやるんだ」
「わかったよ、やってみっか」
ラムリーザはレフトールに任せることにより、休憩を取ることができた。そして代わりにハンドベルを鳴らす作業に回った。
「あたしラムが叩かないと弾かないよ!」
当然のごとく、ソニアは我がままを言ってくる。
「あーもー、しょうがないな。ジャン、代わりにベース頼む」
こうして、少しメンバー編成が入れ替わって、次の曲が始まった。カモンカモン!
ラムリーザがドラムを叩かないバンドには用は無い、などと言わんばかりにソニアは簡易ステージを降りてしまった。そのまま部室の一角に作られた、簡易キッチンへと向かって行く。
そこでは、ちょうど焼きあがったクレープに飾り付けをしたものを、チロジャルが注文した客のところへ運んでいくところだった。
「あ、メイドのクロトムガと執事のロザリーンだ」
メイド姿でフライパンを操っているクロトムガを見て、ソニアはそう言う。ロザリーンは、オーブンの前で焼き上がりを待っているようだ。
「半分乳のはみ出した執事が何を言っとるか」
クロトムガは、一瞬だけソニアの身体の一点に視線を動かし、そしてすぐにフライパンへと戻した。
ソニアは男装と言うことで執事の格好をしている。
しかし、特注サイズを用意することはできず、他の生徒と同じサイズの服を着ることとなった。身体に合ったサイズの服はあったが、胸の大きさに合わせたものは無い。
今現在の制服は、ソニアの極端な体形に合わせた特注品。しかしコスプレ用に揃えた量産品の執事服に、そんなものは無い。その結果、去年までの制服姿のように、胸のボタンが第二ボタンまで留まらないという懐かしの格好を晒しだしていた。
「大きすぎるのよソニアは」
キッチンに戻ってきていたレルフィーナは、ソニアの爆発寸前の風船をつつく。
「つつくな!」
「ジャンがエルとか言っていたけど、エルサイズなの?」
「知らないわよ!」
ソニアは怒って、調理台に並んでいたイチゴジャムを包んだクレープを一つ取った。そしてそのまま口へと運び込む。止める間もない一瞬の出来事であった。
「こらっ! 商品を勝手に食うな!」
「うるさいっ! 文句ばっかり言うな!」
去年の冬、焼肉パーティの時もそうだったが、ソニアの邪魔をする才能だけは無駄に優れている。
「もー、ソニアはキッチン出入り禁止!」
そう言いながらレルフィーナは、ソニアを外へと追い出す。
「なんでよ! あたしも食べる!」
「あなたは演奏してなさい!」
「やだ! ラムがドラム叩かない曲なんか、演奏してやるもんか!」
「もーちょっとラムリーザ!」
揉め事の仲裁に呼び出されるラムリーザ。ハンドベルを鳴らしながら、簡易ステージを降りてキッチン前へとやってくる。メイド姿に女装して、キッチン前でハンドベルを鳴らす行為は、ある意味奇妙なものであった。
「演奏はいいから、ソニアなんとかして」
レルフィーナは、ラムリーザからハンドベルを取り上げて、すかさずそれでソニアの頭を小突いた。カンッと景気の良い音が響く。
「なっ、何すんのよ!」
「ラムリーザ、こいつねー、勝手に商品食べるのよ」
ソニアの文句は無視して、ラムリーザに訴えかけるレルフィーナ。
「は?」
「さっきいきなりクレープ食べた。あなたの恋人でしょ? ちゃんと管理してよー」
「ソニアお前――?」
ラムリーザは、驚いた顔でソニアを見つめる。しかしソニアも負けていない。
「だってこいつらいじわるだもん!」
「何をやった?」
「あうんー」
レルフィーナは返事に困った。そう言えば、ソニアが怒ったのはレルフィーナが胸をつついたからだ。よく考えたらレルフィーナにも非がある。
「あちきがソニアの胸のことをからかったのは悪かったと思う。でもだからといって商品を勝手に食べるなんて何よ?」
「なっ、また?」
ラムリーザは、またしてもソニアの食いしん坊が発動したかと悩む。しかし、お月様のお供え物を遠慮なく食べる罰当たりな娘だ。文化祭の出展を食べるぐらい普通にやりかねない。しかし――
「ソニア、商品を食べたらダメだろうが」
からかいも良くないが、ソニアの行為はもっと良くない。
「わかったよ、お金払えばいいんでしょ」
ソニアは、先ほど食べたクレープが乗っていた皿を、レルフィーナに差し出す。その時に、皿の上に銀貨を一枚乗せてから言った。
「お腹が減っていたので食べてしまいました、ふんっ」
「いや、会計前に食べた時点で犯罪だからね。ってか、模擬店の邪魔しないでよね」
レルフィーナは、ソニアの差し出した皿は受け取らない。もちろん会計をすれば済むといった話ではないのだ。
「あちきも歌いたいの我慢しているのだから、ソニアも食べたいのがまんして!」
「むー、わかったわよ」
とりあえずこの場はソニアに謝罪させて、以後模擬店開催中は、ソニアはキッチン出入り禁止という形で決着がついた。
「リゲルおにーやーん、ミーシャも歌いに来たよー」
「む……」
そこに甘ったるい声で叫びながらステージに近づいてくる客がやってきた。
ミーシャとソフィリータは、一通り展示物を見て回って、ついでに撮影した後にここへきたのだ。他のは全部見たので、後はここで過ごすらしい。
しかしリゲルは、あまり反応しない。黙々と演奏しつづけているだけだ。
「あれー? リゲルおにーやん、なんで後ろ向きに演奏しているのー? しかもサングラスなんかかけてー」
ミーシャが不思議そうに尋ねる。
そう、リゲルは今日の舞台が始まってから、ずっと客側に背を向けて、つまり後ろ向きで演奏を続けている。しかも普段は使ったことのないサングラスで顔を隠して。
つまりこれが、レルフィーナなどに突っ込まれた態度の悪さなのだ。
「下手なのがばれないようにごまかしているだけよ、くすっ」
「だまれリリス」
実際のところは、メイドの格好がダメなだけなのだ。以前もリゲル自身が語ったように、後ろの方で座っているだけのラムリーザと違い、リゲルは立っていなければならない。
女装姿を観客に晒されているということをごまかすために、後ろ向きで壁に向かい、さらにサングラスで顔を隠すことで精一杯の抵抗をしているだけなのだ。
一方ジャンは、女装にノリノリになっているから妙なものだ。
こうして、メイド喫茶とカラオケ喫茶を合体させた、ロックンロールメイド喫茶は今年も大勢の客で賑わいを見せたのだった。
ラムリーズのメンバーたちは、今年もかなり忙しい一日を過ごし、営業終了の17時頃までずっと演奏し続けていたのだった。
しかし残念ながら、フィルクルは結局一度も文化祭に顔を見せずじまいだった。ま、仕方ないか。
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