ジャンとリリス、思い通りにいかないのが以下省略
11月17日――
「文化祭実行会よりお知らせします。キャンプファイヤーは、まもなく開始です。ご用とお急ぎでない方は、校庭へお集まり下さい」
生徒会長ユグドラシル、今は文化祭実行委員も兼任している彼が、後夜祭の始まりを告げる放送を流した。このキャンプファイヤーは、例年行われているものであった。
「それとラムリーザくんたち、去年のようにパーティの演奏をやってもらうので、校庭のステージへと集まってください」
「ぬお?」
ロックンロールメイド喫茶が終わって、部室のソファーでのんびりと休んでいたラムリーザは、突然の呼び出しに驚く。
去年の文化祭の時は、突然音源が壊れたということで、急遽ラムリーザたちの生演奏でその場をしのいだという経緯があった。
しかし、音源から流れる音楽より生演奏の方が受けが良いというわけで、今年は最初から音源の使用は考慮に入れず、ラムリーザたちに任せることにしていたのだ。
かわいそうに音源は、壊れたまま倉庫の奥底で眠っているハメに。
「ああ、そういえばそんな話もあったな」
喫茶店が閉店すると同時に、何も言わずにさっさと制服に着替えたリゲルがつぶやく。メイド服になってステージで演奏したという事実は、彼にとって黒歴史として隠されることとなるであろう。
「とりあえずギターとベースだけでいいけど、折角だから僕もスネアだけ持って参加するよ。メインメロディーは、ユグドラシル先輩がバイオリンで奏でるから」
「なによ、あたしたちバックバンド?」
「今日一日、バックバンドだっただろ」
不満そうにつぶやくソニアをラムリーザは一蹴して、メイド服から着替えに取り掛かった。流石に校庭にあるステージの上で、メイド姿を披露する勇気は無かった。
「あ、着替えた。あたしラムのメイド姿、もっと見ていたかったのに、のに!」
「変なものに興味を持つなよ」
「魔法使いがラムを女の子に変身させても、あたし平気よ。今まで通りきっとラムが好きでいられるから」
「ほ~お、ソニアはそんな趣味があるんだな」
ラムリーザは、ソニアの意見を無視して、さっさと着替えてしまった。
「別に~。あたしはただ一緒に居るだけでいいから」
「じゃ、今まで通りだな。さあみんな、第二ステージに行くぞ! 俺たちの戦いはこれからだ!」
「待てよ、俺はリリスとダンスするから」
しかしラムリーザの意気込みは他所に、ラムリーズから急遽脱退が二人、リードギターとサブギターが抜けてしまった。
「ねー、おにーやん踊ろうよー」
「ぬ、しょうがないな。ロザリーンも行くぞ」
リゲルはきっちり半分ずつロザリーンとミーシャと踊るのだろう。均等に愛する、ハーレムの鑑という存在になっていた。これでリズムギターとピアノ、そしてダンスボーカルが脱退。
「今日みたいなキャンプファイヤーでの音楽って、スキッフル系が合っているの思うんですの。だから私はここに残りますわ。ラムリーザ様も、スネアではなくてウォッシュボードを持っていくべきですの」
「な、なんやそれ?」
スネアにベルトを繋いで肩からつるして準備していたラムリーザは、突然ウォッシュボードとか言われて戸惑う。
「洗濯板、例えばユッコの胸みたいな」
などと、ソニアがまたしても平地に乱を起こすようなことを言う。
「風船おっぱいお化けよりも洗濯板の方が実用的で意味が有りますわ」
とにかく、ユコも脱退してしまった。
「んじゃ俺と踊るか? へっへっへっ」
そこにちゃっかりと、レフトールが誘いを掛けてくる。ユコは、テーブルに広げていた楽譜と、ラムリーザ、ソニア、そしてレフトールと視線をうろうろさせた後で、ごそごそと楽譜を片づけ始めた。
「不良なんかと踊っていたら私のイメージが壊れてしまいますが、レフトールさんがどうしてもって土下座してまでお願いするので、仕方なく付き合ってあげますわ」
「どっ、土下座なんてやってねぇっ」
「でもダンスよりも、ゲーセン行きたいですの」
「おっ、それいいな」
などと言いながら、レフトールとユコは部室を出て行ってしまった。
その結果、部室に残されたのは、ラムリーザとソニアだけとなってしまった。
「去年と一緒だな」
ラムリーザはそうつぶやきながら、ソニアと共に校庭に設置されたステージへと向かった。
校庭ステージにて――
ラムリーザとソニアが来た時、丁度組み木に火がつけられるところであった。文化祭実行委員の一人が、松明を掲げ点火する。すると周囲から、わーっという歓声が上がった。
「静粛に静粛にー」
ユグドラシルは、ステージの上からみんなを制する。少しばかり歓声は収まったが、まだまだはしゃいでいる人は多い。
「――って、二人だけ?」
そしてステージのマイクから口を離し、ラムリーザの方を振り返って尋ねる。
「みんなフォークダンス優先しちゃった」
ラムリーザが観客側を示すと、観衆に混ざってジャンやリリス、リゲルやロザリーン、ミーシャの姿が見える。
「バイオリンとべースとスネアだけ? ギター役が……」
ユグドラシルがギターを持ったまま少し困っていると、観衆の中から一人ステージに向かってきた女生徒が居た。彼女は、ステージ脇の階段は使わず、その跳躍のみで飛び上がってしまった。
「私がギター役、引き受けます」
「ソフィリータ?」
ソフィリータはユグドラシルからギターを受け取って構えた。
「あ、ソフィーちゃんなら申し分ないよ。元祖バンドトリオ、真・ラムリーズトリオだ」
ソニアが言うのは、まだこの地方に来る前、帝都で過ごしていた二年前の話だ。ラムリーザ、ソニア、ソフィリータの三人は、帝都の屋敷内でだけ存在したトリオであった。
「それは助かるよ。さすがソフィリータ、それでは――」
ユグドラシルはバイオリンを手に、再びステージのマイクの前に立った。
「――この曲を校庭の熱いカップルに! 心行くまで楽しんでくれ!」
そして合図とともに、演奏が始まった。
軽快な音楽が流れる中、リゲルとミーシャは向き合って腰を振り振り。ラムリーザにとっては、ミーシャが現れる前には想像できないリゲルの姿を披露していた。
「おー、踊り子ちゃんとリゲルのダンス、久々に見たねー」
しかし昔から知っている地元の生徒にとっては、数年前には当たり前の光景だったようだ。誰も違和感を抱くこともなく、二人の乗り乗りのダンスを受け入れている。
一方レフトールのダンスの誘いを受け入れたユコの姿は無かった。
二人はこっそりとダンスパーティを抜け出して、学校を立ち去りそのままゲームセンターへと向かってしまっていた。
レフトールに感化されたのか、ユコの非行化がまっしぐら。ダンスなんて興味は無い、ゲーセンで遊ぼうぜ、といった意思が見え見えだ。というより、元々「ダンスよりも、ゲーセン行きたい」と言っていたような気もする。
紅く染まる空――
軽快な演奏はそのうちゆったりとした音楽へと変わり、踊りも流行りのツイストっぽい激しい物からやがてはチークダンスのような落ち着いた雰囲気へと変わっていった。
ジャンとリリスは、ラムリーザたちの演奏をバックに二人で踊っている。
「去年みたいだな」
ジャンはポツリとつぶやいた。確かに一見すると、去年と同じような光景にも見える。
「そうね」
リリスはそう答えるが、なぜかソワソワした感じだ。
「一年半かな? いや、一年と少しか。リリスと知り合ってから」
ジャンは、リリスの顔をじっと見つめながら言った。
「あなたと知り合えたことに、ラムリーザに感謝しなくちゃね」
そう答えるリリスの視線は、右へ行ったり左へ行ったり。顔色も少し悪いか? そしてラムリーザの名前を挙げてくる辺り、やはりラムリーザの事が頭から離れないのか?
「ラムリィのことねぇ……」
ジャンは、ちらりとステージ上のラムリーザに目をやる。ラムリーザはソニアと二人で、踊るように身体を寄せ合いながら、それぞれスネアとギターを演奏している。
「あの二人、仲が良いよなぁ」
ジャンはリリスにそう言った。まるでラムリーザに対する未練を断ち切らせるかのように。それを聞いたリリスは、一瞬顔をしかめる。せそ汁のことを思い出したのだ。
以前ソニアとの勝負でユライカナン産せそ汁の味比べをやったとき、審査員のラムリーザについてよく知らなかったリリスは、ソニアにその特性を突かれて敗北していた。
ソニアはラムリーザのことをよく知っている。そしてラムリーザもソニアのことをよく知っている。誰が見ても、二人の間に割り込む隙間はほぼ無いと言っても良いほど二人は結びあっていた。
例えリリスが色目を使っても、ケルムが権力を使っても。
「なんだか、自信ないわ」
リリスはつぶやいた。会話になっていないようだが、リリス自体、今現在戸惑っているのも事実だ。
「そういうわけでさ――あいや、というわけでもないけど、俺ってどうよ?」
「どうって、何がかしら?」
ジャンは、ゆったりとしたダンスをしながら、さらにリリスの方へと顔を近づける。
バイオリンの奏でるゆったりとしたムードサウンド。キャンプファイヤーの周りでのフォークダンス。舞台は整った、とでも言えるような雰囲気。
「リリス、俺はな――」
ジャンは、リリスに微笑みかけながら――
「お前のことが――」
「待って!」
――告げられなかった。
リリスは、左手の人差し指を、ジャンの口に押し当てる。まるでその先の言葉を遮るように。
ジャンは、この最高の舞台で、絶好のタイミングでリリスに好きだと告げようとしたのだ。
文化祭の後夜祭、フォークダンスの時に告白すると上手くいく、そういった伝説も学校によってはあるかもしれない。
しかしリリスは、先の言葉を言わせようとしない。
「でもリリス俺は――」
しかしジャンは諦めていない。
次の瞬間、リリスは身をひるがえしてジャンから離れた。近くで踊っていたカップルが、ちらりと不審そうな視線を向けたが、すぐに二人の世界へと戻っていった。
「リリス――?」
ジャンから一歩離れるリリスに手を伸ばす。ジャンからしたら、伝説を作ってやろうとした所に水をかけられたようなものだ。
「ジャン、おしゃべりしてないで、踊りましょうよ」
リリスは、離れた位置からひらひらと手を振っている。
「リリス!」
ジャンは少し強めに呼びかける。
「何かしら?」
「君は何故いつも、曖昧な態度ばかり取るんだ?!」
リリスは何も答えない。ただじっとジャンを見つめている。
しかしその瞳には、いつもの誘うような、誘惑するような妖艶さはたたえていない。ただそこには、戸惑いや動揺が浮かび上がっているだけだ。いや、それは恐怖か?
「そんなにラムリィが諦められないか?」
「違うわ……」
「だったら何故?」
ジャンにも戸惑いが生まれ始めていた。この娘は一体何を考えているのだろうか、と。
「私なんかが、いいはずは、ないわ。これは、何かの冗談、でしょう?」
とぎれとぎれに語るリリス。ジャンはほとんど忘れかけていたが、そのリリスの態度や表情は、初めて出会った頃の様だった。
それは人の視線にさらされた時の恐怖、リリスが恐怖を感じている時の仕草と同じなのだ。
「そんなことはない。俺はリリスが魅力的だと思っている。だから俺は、そのリリスのことが、好きだ」
多少グダグダになってしまった舞台だったが、それでもジャンは自分の想いを自分の口から告げた。しかし――
「あまりそういう言葉は、信じられない」
リリスはさらにジャンから一歩離れた。そして真顔のまま、ジャンに背を向けて立ち去って行った。ジャンは絶句して固まったまま、リリスがダンス会場となっている校庭から立ち去る後姿を、ぼんやりと見送っていた。
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