リリス、居なくなった
11月18日――
「リリスが部屋に帰ってきていない」
ラムリーザがジャンからそういった内容の連絡を受けた時、時刻はそろそろ夜の八時を過ぎようとしている頃だった。
ジャンの話では、リリスが全然姿を見せないので部屋の様子を見に行ったが、そこはもぬけの殻。帰ってきている様子は全くなかった。
「どこかに出かけているだけでは?」
そう言いながらも、ラムリーザは不安を感じていた。少なくともこれまでは、リリスもユコも夜遊びをしていたという話は聞かない。
ジャンの店でのライブが終わるのは夜の九時頃。それ以降は深夜も大丈夫なグループにバトンタッチして学生であるラムリーザたちは帰宅していた。
とりあえず九時までは様子を見てみる。この時点でのジャンとの通話は、この辺りで終わった。九時までならまだ許容範囲内だ。
「リリスから?」
通話が終わると、すかさずソニアが聞いてくる。相変わらずラムリーザがリリスと通話するのに制限をかけてくる娘だ。
「それだったらよかったかな」
ラムリーザは思わずそう答えていた。リリスからの連絡だったら、彼女が無事だと知ることができる。しかし現在、彼女は失踪してしまった可能性があるのだ。
「なんでよ!」
「おっとー」
しかしソニアに対しては、望ましくない返事だったようだ。怒ったソニアは、リリスに対して怒りのメールを送りつけてから、ラムリーザの方にどや顔を向けた。
いつもならすぐに返ってくる反撃。しかしこの日は、返事が戻ってくることはなかった。
ソニアは、リリスからの反応がないのでもう一度メールを送ろうとする。しかしラムリーザは素早くソニアの携帯端末を取り上げた。
「なによー」
「格闘ゲームの対戦をしてやるよ、あの古いので」
ラムリーザは、リリスが失踪したかもしれないということは、今の時点ではソニアに黙っておこうとした。
一度目の返事が戻ってこない時点で、リリスに何かあったのは間違いない。あまり刺激させない方が良いかもしれないとも考えたのだ。
リリスが何事もなく帰ってくればよいが、もしも帰ってこなければ? 何か事件に巻き込まれているのでは?
そして九時になるまで、ラムリーザはソニアの操るキャラが繰り出すサイコ投げとダブルニーはめに耐えきったのであった。
いや、実は耐えていない。リリスの安否を考えると、ソニアのハメ攻撃など大した問題ではなかったのだ。
ひょっとしたら、夜通し捜索になるのかな? 画面端でガードしたまま固められながら、そんなことを考えていた。
ジャンだけに任せるのは気の毒だろうか、憲兵――作ってなかったな忘れていた。自警団をそのままきちんとした組織にして、それをここの憲兵隊にしたらいいかかな、などと考えながらほとんどキャラクターは操作していなかった。
ただし、本気で操作しようとしても、下手くそなわけだが。
ソニアはラムリーザをチラチラ見ながらプレイしている。ラムリーザの表情から、ソニアでも何かただ事ではない事態が起きていることを察しているようだ。
「リリスに何かあったの?」
「む……」
ラムリーザは返事に困る。
「あったのね、リリスに電話かけてみたら? いや、あたしがかける」
ソニアはプレイを中断して、自分の携帯端末を手に取った。
「さっきのジャンからの連絡では、リリスが帰ってきていないのだってさ」
ラムリーザは、ソニアに察せられたようなので、正直に答えることにした。風邪ひいて寝込んでいるのなら、部屋に留まったままのはず。それが部屋に居ないのだから、どこかに出て行ってしまったということだ。
「もー、出てよ」
「は?」
「リリスが出ない」
「ん~……」
先ほどのソニアの煽りメールにも反応が無かった。電話にも出んわということなら、やはり何らかの事件に……?
さっきから三十分が経過した。しかしジャンから連絡は無い。
そこでラムリーザは、駅に連絡してみた。今日リリスは見かけなかったかと、駅長に尋ねてみる。
具体的な特徴を伝えてみたが、駅からの連絡では見ていないとのことだった。それならば、見かけたら保護してくれとだけ伝えておいた。これで駅は封鎖、もしもリリスがまだフォレストピアに留まっているのなら、出ていくことはできない。
リリスは車を持っていないから、まさか歩いて山越えしてフォレストピアから出ていくとは考えにくい。
次に、フォレストピアに点在する店に、一つずつ連絡してみる。ごんにゃ、バクハングジム、カラオケミュルミデオン、ゲームセンターペパーランド等々。もちろんジャンもやっているのだろうが、念のため。しかし、どこにも見当たらないとのことだった。
「だめだよー、全然リリス出ない」
ソニアもリリス個人に対する連絡も諦めたようだ。
九時になった時、ラムリーザの携帯端末に通話連絡があった。ジャンからだ。
「どうだ? リリス見つかった?」
ラムリーザの問いに対する答えは「否」であった。
「まいったな、一度会おう」
ラムリーザはジャンと直接会って、これからのことを考えようとした。
部屋から出ようとすると、ソニアがついてこようとする。もう遅いから残れ、あたしも行くと、部屋の前で少しの間押し問答が続く。そこに、メイドのナンシーがやってきた。
「何をやっているのですか?」
「あ、お母さん」
ソニアはラムリーザを押しているのを止めた。しかしナンシーから見たら逆に見える。
ラムリーザの部屋の中からソニアは出ようとしていて、ラムリーザは部屋に押し戻そうとしていた。夜遅くにラムリーザの部屋に入ってこようとしたソニアを押し返しているならば、立ち位置が逆のはずだ。
ラムリーザも部屋に押し戻そうとするのを止めた。すかさずソニアも部屋から飛び出してきて、そのまま隣の自室へと飛び込んでいった。
「何でもないですよ」
そのまま出かけようとしたが、もう遅いということでラムリーザも外出を止められてしまった。仕方がないので、再度連絡してジャンの方から出向いてもらうことにした。
約十五分後、ジャンはラムリーザの住む屋敷に姿を現した。そのまま部屋へと招き入れる。ナンシーが部屋の前から居なくなった後に、ソニアもしっかりと戻ってきていた。
「ジャン、大丈夫か?」
「俺は大丈夫。しかしリリス、どこにも居ないよ。隠れているのかな?」
「リリスに一体何をしたのだよ?」
ラムリーザは、改めてジャンに尋ねる。昼間はソニアがおしっこがどうのこうのと妙なことを言い出してうやむやになったが、今度はそうはさせない。
「フォークダンスの夜、リリスと踊りながら、出会った時のことから語り、好きだと言おうとしたら邪魔されて――」
「要するに、フラれたんでしょ?」
遠慮なくソニアが問いかけてくる。
「それが、妙なんだ……」
ジャンは怒るでもなく、考え込むような感じで話を続ける。
「吸血鬼だから妙なのは自然――っ、むーっ、むーっ」
しかしソニアは要らんことを言ってくるので、ラムリーザはまたいつものように口を塞いでくる。
「信じられないとか言われたんだよなぁ」
「信じられない?」
口を塞がれたソニアに代わって、ラムリーザが問う。
「うん、俺がリリスのことを好きだと言うのが信じられないんだとさ」
「適当な告白を――っ、むーっ」
ソニアはもがいてラムリーザの腕から逃れようとして、少しだけ話すことができた。
「適当かどうかは相手の受け取り方次第だけど、リリスは『私なんかがいいはずがない、これは何かの冗談』って言ったんだよ。うん、確かにそう言った、俺の聞き間違いじゃない」
「なんだか変な話だな……」
ラムリーザ自身も、リリスのことは掴みかねている。いつもただソニアとふざけ合っているぐらいにしか捉えられない。
「リリスって、謎だな」
「確かに、謎なところがある」
誘惑をしてくる仕草は割と大人っぽいが、ソニアが絡むと突然ガキっぽくなる。
「わかった、リリスってAB型だ」
突然ソニアは、血液型の話をしてくる。
「なんで?」
「二重人格でクールだから」
「だったらお前はB型だな」
今度はジャンがソニアの血液型を決めつけてしまった。
「なんでよ」
「ちゃらんぽらんだから」
「まっ――、なっ――」
ラムリーザにやりこめられた時と同じように、ソニアは絶句する。実はソニアの血液型は、ジャンの指摘通りに合っている。
「でも今回の件は、リリスが悪いな。ジャンが気に入らないのなら、はっきりと嫌だと言えばいいのに、返事せずに失踪するなんてよくわからないよ」
「いや、フラれたわけではないから」
ジャンは、まだ諦めてはいないようだ。
「エロトピアだからフラれたんだ」
そこに、ラムリーザの手から逃れたソニアがまた要らんことを言う。
「だからフラれてねーって」
「何を言ったのよ、同じようにあたしに告白してみてよ」
ソニアは告白のやり方が良くなかったとでも言いたそうな感じで、ジャンにその時の再現を求めた。ジャンは一瞬めんどくさそうな顔をするが、ふいにニヤッと笑みを浮かべると、
「ソニア――」
と、真顔になってつぶやいた。
「何かしら?」
ソニアは、リリスの口調を真似て答える。
「お前のことが嫌いだ」
一瞬の間だけ、周囲が冷え込んだ錯覚に捕らわれる。
「まっ――、なっ――! あたしもジャンなんか大っ嫌い!」
「何の茶番劇だよ」
すぐにソニアが爆発してくれて、その場は暖かくなるのであった。今は暖かいが、そのうち冷え込むだろう。ま、何が起きるか待ってみようか。
結局リリスの居場所は掴めないまま、時刻は夜の十時を回ってしまった。
駅だけでなく自警団にも連絡して、フォレストピア中を調べてもらったのだが、夜も遅いし隅々まで捜索できるわけではない。
ただし、駅には表れていないので、今のところ移動はしていないようだ。しかし、捜索開始前に移動されていたのでは意味がないという問題もあった。
「どうする? ひょっとしたら店に戻ってきているかもしれないぞ」
「ん~、店の使用人に戻ってきたら連絡するよう伝えていたけど、連絡ないからどうだか」
「リリスは吸血鬼だから、覚られずにこっそり帰っているんだ」
ジャンは、最後まで煽ってくるソニアの巨大な胸を去り際に一揉みしてから、ふえぇの台詞を後ろに聞きながらラムリーザの部屋を出て帰った。
部屋に残ったラムリーザとソニアは、お互いに顔を見合わせる。二人とも、何とも言えない表情になっているに違いなかった。
失踪とか神隠しとか、伝承の中での出来事でしかないとこれまで思っていたことが、現実に身近な所で起きてしまったのだ。
「やれやれ、文化祭でジャンとリリスがめでたくカップルとなりました、と思っていたのになぁ……」
「やっぱりリリスはラムを狙っているんだ、諦めの悪い吸血鬼め」
「それも少しばかりはありうる――、けどそれなら失踪するかね?」
「ジャンが諦めるまで隠れているつもりなんだ」
「何年隠れればよいものやら」
なんだかんだやっていると、夜の十一時を回っている。ちょっと寝るには早いけど、リリスのことを考えると今からまだ遊ぼうとは思えなかった。
今日はソニアも、すぐにラムリーザを追ってベッドに入ってくる。
「僕的に言うと、ジャンを嫌と言うのはもったいないと思うんだけどな」
「ジャンってエロトピアじゃん」
「そんなの大したことないさ。酷い貴族になると、女を自分の所有する玩具のように扱う――」
そこまで言いかけて、ラムリーザはふいに口をつぐむ。とある女生徒の顔が頭に浮かんだのだ。
「フィルクルみたいな?」
「ああ、ソニアも聞いていたっけ?」
フィルクルがラムリーザを――というより貴族を嫌うのは、過去に酷いことをされた――というのは彼女の言い分だけだが、ほぼそういうことなのだろう。
「あいつ、あたし嫌い」
「別に世界中の全員を好きになる必要は無いさ。逆に、全員から好かれる必要も無いからね」
「あたしはラムだけ好きだし好かれていたい」
「ヤンデレ入っているぞ。んじゃ寝るか、リリスのことが気になるから、おっぱい揉みながら寝るから、ソニアもそれを我慢しながら寝よう」
「やだ! ラムもエロトピア化してる! あたしを玩具のように扱っている!」
それでもソニアは逃げようとせずに、逆にラムリーザの身体にしがみついて胸を押し付けることで、揉まれるのを回避するのであった。