作詞家になろうリトライ2
12月19日――
ジャンの店、フォレストピア・ナイトフィーバーにて――
その建物内の一角にある音楽スタジオ、今ではここが軽音楽部の部室と化していた。
今日集まったのは、ラムリーザとソニアとユコ、そして後輩の二人の五人だ。その五人で、降竜祭で披露することとなっている新しい曲――ただしオリジナルではない――の練習をしていた。
ジャンとリリスは降竜祭の準備、リゲルとロザリーンは天文部の活動へ行った。レフトールに期待してはいけない。
とりあえず、ドラムとベースがしっかりできていたら、あとはソフィリータのギターとユコのキーボードで形としては仕上がるだろう。
ミーシャは、踊りながらタンバリンを叩いているだけだ。リゲルの踊り子ちゃんは、相変わらず楽器の腕はいまいちであった。
そんな感じに、一応活動は続けていた。
「ねぇ、何か作詞してくださいの」
演奏の合間、休憩時間にユコが懇願してくる。
「無理」
しかしラムリーザは、あっさりと答えた。これまでに何度か作詞に挑戦していたが、まともな歌詞が仕上がった試しがない。
「そろそろオリジナルの曲が作りたいんですの」
「そんなこと言ったって、無理だろ? もし作詞できるなら、既に五十曲は新曲が誕生しているって」
「フィーリングでいいから、何か考えてよ」
「いった私のフィーリン?」
「フィーリングですの!」
ラムリーザとソニアは、顔を見合わせて首を捻った。しかしどれだけ捻ったところで、作詞の神は舞い降りてこない。
スタジオ――いや、部室は、ソフィリータのギターの音と、それに合わせて踊っているミーシャのタンバリンの音だけが響いていた。
「しょうがないなぁ」
ラムリーザは、ミーシャのリズムに自分の叩くドラムの音を重ねていった。そして、思うがままに自作の歌を考えながら口ずさんでみるのだった。
♪おっぱい~――っぱつぶっ放せ~え、ラッパぁ~一発ぶっ放せ~え! 僕らはおへそに力を込~めて、大きなラッパを吹き鳴らせ~えっと!
ラムリーザは、出だしの部分でソニアに睨まれたため、強引に軌道修正させた。その結果、なんだかよく分からない歌になってしまったのである。
いや、睨まれてないとしても、おっぱいがどうのこうのでまともな歌になるはずがない。結局のところ、おっぱいがラッパになっただけで、歌として意味のあるものではない。
「なんですのそれは、変な歌ですね」
「とりあえず歌ったから、次、ソニアの番」
「あたしー?」
ソニアも、ラムリーザの時と同じように、ミーシャのタンバリンに合わせてベースをつまみだした。
♪ぴっちゃかぽっちゃかは、しっちゃかめっちゃか、ちゃ~かちゃかなんてなんてなんて、なんとナンセンス!
♪ぴっちゃぽっちゃ君のぴっちゃんが~、小さなお目目でウインクしたら、宇っ宙と地っ球~びっくり仰~天~。海のヒトデがは~じけて飛んで、夜空~でキラリ、キラリ、お星様!
――って威張ってるってこと、おわかり~?!
「わかんないですの!」
歌の最後の締めで、得意げなどや顔をユコに向けるソニアだったが、残念ながら高名な作曲家は一蹴してしまった。
「ソニアって、独特な世界観持っているよな」
ラムリーザも、ソニアの創り出した世界をうまく再現できずにいて苦労していた。まずぴっちゃんって誰のことだろうか? しとしとぴっちゃんかな? ――ってそれも誰だよってなる。また、ヒトデが空に舞い上がって星になる部分は、メルヘンチックなのかナンセンスなのか、よくわからない。
「何よ! 文句ばっかり言ってないで、ユコも歌ってみてよ!」
「それだと私がソロでシンガーソングライターになりますよ」
「それでいいから歌を創ってみてから言ってよ!」
ソニアはベースギターを床に置くと、キーボードの前に立っているユコに詰め寄って言った。確かに、他人に要求することが自分にできるかやってみろ、というのも一理ある。
ユコは、少しの間タンバリンの音に耳を傾けていたが、その内キーボードで和音を奏でながら歌いだした。
♪ボクはぬいぐるみ~、クッションじゃないよ~、帽子を被った~、ぬいぐるみなのさ~
「なんやそれ」
ラムリーザは、クッションとかぬいぐるみとか言う単語に不安を覚えながら、ユコに尋ねてみた。なぜその二つに不安を感じるのかは、流石に謎としか言いようがない。しかし最近のラムリーザからしたら、そう感じてしまうのも仕方ないだろう。
「ココちゃんリサイタルの歌ですの」
ユコの一言を聞いて、ラムリーザはやはりな――と思った。
「ココちゃんはぬいぐるみじゃなくクッション!」
♪ボクはクッションじゃないよ~、ぬいぐるみだよ~、ぷにぷにした~、ぬいぐるみなのさ~
どうでもいいが、ラムリーザは昨日ソニアから『クッション規則、ココちゃん拡張版』なるものを聞かされていた。ソニアはそれをユコと一緒に考えたと言っていたが、それに沿えば「第四条」に違反してないか? などと考える。
しかし、あれは確か『ラムリーザの』という一言が添えられていた気がする。つまり、ラムリーザ以外はココちゃんをぬいぐるみと呼んでもよいのだ。そして、なんで条約を覚えているのだ? と自分に突っ込むのであった。
「その歌、誓約違反してないか?」
それでも、ついつい口にしてしまう。
「これはココちゃんが自分の心情を述べた歌ですの。だからココちゃんが勝手に言っているだけで、私が誓約違反したことにはなりません」
ユコは、もっともなような、しかしちょっと考えたら悪用できそうな理論で言い返してくる。
「だったら僕がさ、ユコがソニアの服を剥ぎ取っておっぱいにかぶりついた、って言ったらどうなる?」
「何よラムの変態!」
当然のごとく、ソニアはラムリーザに噛みついた。
「違うよ、ユコがやったことを述べたのであって、僕が嫌らしいことをやったわけじゃないよ」
「ユコの変態! いじわる!」
「なんでそうなるんですの!」
まぁ、そういうことになるわけで。
「だいたいココちゃんはぬいぐるみにしては、はげ坊主過ぎるからクッションにしか見え無い!」
ソニアの指摘もなんのその、ユコは続けて三番を歌いだした。
♪ボクはぬいぐるみ~、はげ坊主じゃないよ~、帽子を被った~、ぬいぐるみなのさ~
「帽子被ってないだろ」
ラムリーザは、またしても思わず突っ込んでいた。
ソニアが最初に母親からプレゼントされた一体目のココちゃんは、帽子を被っていた。しかしそれは、市販されている一般的な帽子を与えられていただけで、ココちゃんのオプションではなかった。
だから、その後二十体以上のココちゃんは、帽子を被っていない。最初の帽子も、今ではココちゃんではなく帽子掛けに掛かっていた。
「帽子!」
ラムリーザの突っ込みに、ユコは一言で反論する。反論になっているかどうかは分からない。
「何よ、ココちゃん帽子だったの?」
ソニアの突っ込みは、微妙におかしい。
「帽子!」
形勢不利なユコは、もう「帽子」としか答えない。ラムリーザとソニアの二人に問い詰められて、返事に困っている。というよりも、最初から歌の内容自体がおかしい。
「ココちゃんは帽子には見えない! クッションにしか見えん!」
ソニアも何故だか一人で怒っている。ココちゃんは居たら居たでソニアを奇行に走らせ、居なければ居ないで口論の種となる。
気がつけば、タンバリンの音が止んでいた。ずっと踊り続けていたミーシャも、いい加減疲れたというわけか。
ミーシャのバンドでの役割は、バックダンサーではなく、主にフロントダンサーという目立ったものであった。バンドの演奏や歌よりも目立つ場合があるので、いつも主役争奪戦という口論の種となっている。
ミーシャは、上級生のソニアやリリスに押されてなかなかリードボーカルの機会を与えられない。それなら歌よりも躍りで目立ってやれと考えたのか、歌っているソニアたちよりも目立っている。ある意味一つの反撃であった。
そんなことをされたら、ソニアも黙っていない。後輩のミーシャが歌う時は、いつもよりもベースを目立たせて張り切ってみせるのだった。
ミーシャの歌は、ベースラインがメロディアスでかっこいいねという感想まで挙がっているのだから、お互いがお互いを攻撃し合っているラムリーズの三本柱であった。
「あたらしい歌できたのー? ミーシャ、聞いてみたいなぁ」
ミーシャは無邪気に尋ねてくるが、ラムリーザとソニアとユコの三人は、困ったように顔を見合わせる。それでもミーシャがしつこく頼んでくるので、仕方なく一回だけ披露することにした。
「ラッパ~一発――」「ぴっちゃかぽっちゃか――」「ボクはぬいぐるみ~」
当然のごとく、ミーシャの感想は「変なの」であった。
「ちょっと待っててね、ミーシャ考えてみるから」
ミーシャはスタジオの隅にあるテーブル席に向かうと、ノートを広げて何かを書き始めた。
「ではソフィリータ、あなたにお願いしますわ」
「私ですか?!」
ミーシャの行動を目で追っていたユコは、その目をミーシャがテーブルに着くと離して、その後もう一人の後輩へと向けられた。
「変なのって偉そうに言うのなら、自分でやってみたらいいんですわ」
「わっ、私は言ってません」
「ソフィーちゃん創って!」
「う~ん……」
言いがかりを付けられたら、ソニアに命じられたらソフィリータは行動してみせるしかなかった。うるさい雑音など、自分の行動で弾き返すのがいい――はずだ。
ソフィリータは、ギターを奏でながら少し考え、思うままといった感じに歌いだした。
♪鳥、鳥、鳥なのよ、鳥を追ってるの。どこから追ってきた? 港町アントニオ・ベイから追ってきた。何を持って追ってきた? 柴を抜いてカヤ抜いてきた。スズメ! スズメ! すはどり立ちやかれ。ホンヤラホンヤラ、ホーイホイ――
「なんですのそれは!」
「わっ、わかりませ~んっ!」
ユコはキーボードにノートを叩きつけて立ち上がり、ソフィリータは縮こまってしまった。
ソニアと同じように、即興で思いついたことをそのまま文章にしてみただけで、そのうち頭が付いてこなくなり、最後の方はスキャットになってしまった。そんなところか?
「できたよー」
そこにミーシャが戻ってきた。
「なによ媚び媚び娘、どうせリゲルに対する愛の歌でしょ、この物好き!」
「う~ん、それに近いかなぁ」
♪リゲル、リゲル、冷たいリゲル。媚び媚び娘を見たらニヤニヤきんもー
「そんな露骨なのじゃないよー」
「じゃあ歌ってみてよ」
「う~ん、作詞はできたけど、作曲はまだだなぁ」
「それは私にお任せですの」
まともな作詞さえできれば、ユコがそれに曲をつけてくれるというのは事実っぽい。
ユコは優れた編曲家である。例えば、既存の曲がギター二人、ベース、ドラムの編成だったとして、そこにギターを増やしたり、キーボードやピアノ、さらにはバイオリンの音も違和感なく追加させてしまう才能を持っていた。
そんなのだから、おそらく作曲家としての才能もあるにちがいない。
「ならばとりあえず読んでみろよ」
ソニアが場を仕切っていたのでは話が進まないので、ラムリーザはソニアを黙らせてミーシャに促した。
ミーシャはこほんと一つ咳ばらいをしてから、得意げに胸を張って歌詞を朗読し始めた。
こんなに近くに見えているのに
触れることもできやしない
こんなに近くにいるはずなのに
話すこともできやしない
貴方と私の間にあるのは
高い硬い壁がひとつ
とっても難しいけど
諦めないで信じていてね
少しの勇気が導く奇跡を
貴方と私の明るい未来を
読み終えると、ミーシャは得意げに一同を振り返った。
スタジオは、シーンと静まり返っている。
「えっ?」
最初に口を開いたのは、ソニアだった。疑問と言うより、驚きの声だ。
「えっ?」
さらにユコが続く。これも同じような感じ。
「どう、こんな感じかな? 歌」
ミーシャは、反応が無いので首をかしげながら尋ねる。
「なんかすごく普通によくできてると思う。詩みたいだね」
ありきたりな感想を述べるラムリーザ。確かに歌詞というより詩であった。しかし本来は、詩を曲に乗せたのが歌になるはずだから、ミーシャの創ったような感じになるのが普通だ。
「素晴らしいですの! それ採用、ソニアのぴっちゃんぽっちゃんより、よっぽどデキが良いですわ」
「何よ! クッションソング歌ってた人に言われたくない!」
また場の空気が変になりかけるが、ユコはミーシャの書いた詩――歌詞を預かって、キーボードを使って早速作曲に取り掛かった。
「曲ができたら、ミーシャが歌うよ」
「それはダメ!」
「ミーシャが創ったの!」
早速リードボーカル争奪戦が始まっている。他人の書いた曲を奪おうとするソニアは、厚かましいというかなんというか……。
「ラムリーズでは、オリジナル曲は書いた人が歌うというルールにしよう」
だからラムリーザは、ソニアの行動に釘を刺しておく。
このまま行くと、オリジナル曲第一号は、ミーシャということになりそうだ。
楽器の演奏がいまいちで、歌うか踊っているだけのミーシャ。しかし、ひょっとしたら二枚看板から、ミーシャの一人ボーカルが確立されるかもしれない。
その場合、ミーシャの雰囲気からして、これまでとは全然雰囲気の違うグループにはなりそうではある。
「それじゃあぴっちゃかぽっちゃかも歌う!」
「ナンセンス! ソロで発表してください」
ユコは、ミーシャの歌詞という宝を手に入れたので、ソニアに対して扱いが適当になっている。ミーシャのマジモード炸裂、主導権は完全にミーシャの手に移っていた。
「僕のラッパは?」
「勝手に吹いていてくださいですの」
それはラムリーザとて例外ではない。ユコは、ミーシャの書いた歌詞に当てる曲を考える作業に熱中していた。
「む~、ラム! ちょっと協力して!」
ソニアはユコの態度に憤慨して、ラムリーザを動かして二人で演奏を始めた。
♪ぴっちゃかぽっちゃかわ!
そして先程よりも大きな声で、謎の歌を再び歌いだした。
「ちょっと静かにしてください!」
ユコが文句を言うと、ソニアはベースのボリュームを上げ、ラムリーザもより強く叩きだすのであった。
その雰囲気にのまれて、ソフィリータも自然と参加してくる。ミーシャもユコが自分の曲を作ってくれているというのも気にせず、その邪魔をするために演奏に参加するのであった。今度はタンバリンでなく、鈴で。
「やかましいですの!」
ユコは楽譜と歌詞カードをかき集めて鞄に入れると、そのままスタジオを飛び出して帰ってしまった。
「やったぁ、ざまーみろ」
ソニアは、自分に賛同しない者を追い払って得意顔。ユコは自宅に帰って静かな環境で作曲するために帰ったということまでは、頭が回らないようだ。
そんな感じで、今日の部活は終了。