くっぱの
12月21日――
この日の夕方、学校の部室にて。
今日は休日だが、降竜祭に向けた練習ということで、ジャンとリリスを除くメンバーが集まって、当日に披露する曲の練習をしていた。これは全校生徒で歌おうという企画なので、主に演奏の練習が主目的である。
今は楽器を部室に置いているので、練習をする場所はこことなる。降竜祭が終われば、もっと設備の良いジャンの店にあるスタジオへと移ることに決まっていた。
しかし一人、怒っていて文句ばかり言っている人が居る。ソニアだ。彼女は、取られた取られたとしきりに騒いでいた。
「取られたって何がですか?」
このメンバーの中で、一番面倒見の良いロザリーンがなだめている。
ここはラムリーザがなだめるべきと考える人も多いだろうが、ラムリーザはソニアが騒ぐのは日常茶飯事となっているので、よっぽど重大な事故でも起きていない限りそのままにする傾向があった。例えば今日みたいに「取られた」では動きようがない。
「カップリョーメン取られた!」
これだからラムリーザは動かない。
ごんにゃ店主がユライカナンから持ち込んだ、インスタントリョーメン。カップに乾麺が入っていて、お湯を入れて三分で出来上がる即席リョーメンだ。これはソニアが言っているように、カップリョーメンと略されている。
そんなもの取られたからと言って、いちいち騒いでいたらきりがない。これが例えば金塊とかなると、んん? となるが、リョーメン程度ではラムリーザは動じない。
「盗まれたのですか?」
カップリョーメンを盗むようなセコい泥棒も珍しいが、フォレストピアにはそこまで貧困に陥った人は住んでいない。
「違う、取られた!」
「ひったくりですか?」
カップリョーメンをピンポイントでひったくる者もめずらしい。ソニアの持っている鞄や財布などは無事なのだから。
「違う! 取られたの!」
「わかったからこっちこい」
ソニアの言うことは要領を得ないので、仕方なくラムリーザは動いて押さえることにした。こう騒がれたのでは練習にならない。
それでもソニアは怒ったままなので、少し落ち着かせてから話を聞いてみるのだった。
ソニアの話では、学校に来る途中にお腹がすいたのでごんにゃでココちゃんをもらおうとした――この時点で話は少しおかしい――けど、キャンペーンが終わっていたので、仕方なく雑貨屋の勇者店でカップリョーメンを購入しようとしたのだ。お湯は学校にある給湯室でもらえるので、部室で食べようとしたわけだ。くいしんぼうソニア。
ソニアは勇者店でカップリョーメン、一番有名な「クッパタ」を手に取った。
ちなみにクッパタは「せそリョーメン」、メットゲは「そょうゆリョーメン」、ゲップクは「塩リョーメン」である。
一番売れているのはクッパタ、それにメットゲとゲップクが続き、逆に栗入りリョーメンのクリジュゲはあまり売れていない。
しかしこの日、ソニアはクッパタのすぐ隣に「クッパの」というカップリョーメンが置いてあることに気がついた。
名前が微妙に違うだけだが、今日初めて見る物だった。これなんだろうと思って手に取ると、周囲がシーンと静かなのに気付く。普段は雑貨屋の中はざわざわとしているものだが、急に物音ひとつ聞こえなくなったのだ。そういえば、店の中に居るのはいつの間にか自分だけになっていたと言う。
ソニアは再びカップリョーメンのコーナーを見る。クッパタ、メットゲ、ゲップク、クリジュゲ、見慣れたもので何度か買っている。しかし、一個だけ「クッパの」というものが混ざっていたのだ。それを今、ソニアは手に取っていた。
ミスプリントか? レアアイテムか? 新発売の爆売れで最後の一つか?
好奇心旺盛なソニアは、たった一つだ存在するカップリョーメンを選んだのである。そして、周囲がシーンとする中、レジに持っていって購入したわけだ。
雑貨屋の勇者店から出た後も、周囲がシンとしたままなのが不自然だったけど、気にせずに駅へ向かおうとしたところ、不意に声を掛けられたのだと言う。
「ちょっと待ってもらおうか?」
ソニアにとって初めて聞く声、知らない人だったが、見知らぬ男性にそう言って呼び止められた。
「なぁに? というか誰?」
「わしはクッパじゃ」
ソニアが言うには、相手はクッパと名乗ったというのだ。ソニアはカバみたいな名前だね、と思ったけど、相手が次に言ったことは、ソニアも想像していないことだった。
「そんなことよりも、さっき何を買った?」
「何って、カップリョーメン?」
「見せてみろ」
ソニアは自分が買ったものを、見知らぬ人に見せるのも変だなと思ったが、なぜかその人に逆らってはいけないような気がして、店でもらった袋からカップリョーメンを取り出した。
有名な「クッパタ」ではない、唯一の売れ残り「クッパの」だ。
「それ何だ?」
クッパと名乗った見知らぬ男性は、さらに尋ねてくる。
「クッパの?」
「わしのか、返せ」
そこで突然、ソニアは持っていたカップリョーメンを、見知らぬ男性に奪われてしまった。
「なっ、何すんのよ泥棒!」
ソニアは怒って怒鳴り返す。シーンとした周囲の中、ソニアの声だけが大きく響き渡った。というより、そんなことをされているのに、周囲には誰もいないのだ。
「泥棒? 聞き捨てならんな。わしはクッパじゃ」
「それが何よ!」
「これは何だ?」
クッパは、ソニアから取り上げたカップリョーメンを指さして言った。
「クッパの……」
「クッパのだったら、わしのじゃないか。クッパのだからわしのもの、違うか?」
「何でそうなるのよ……」
クッパの言う妙な理屈に、ソニアは元気が無くなっていた。
「クッパがクッパのを返してもらった。わしがわしのを返してもらった。どこが間違っている?」
「…………」
ソニアは何も答えられずに黙ったままで居たが、気がついたらクッパはどこかに消えていた。そして「クッパの」も手元から消えていた。
――以上が、ソニアから聞いた話であった。
「あいつむかつく。何がクッパよ、カバみたいな顔していた癖に」
ソニアは勇者店の店主にも文句を言ったが、窃盗は憲兵にという話で取り合ってくれなかった。まぁそうだろう。
「クッパ? そんな人、フォレストピアに住んでいたかな?」
一応フォレストピアでは、住民の管理はしっかりとやっている。
そこでラムリーザは、携帯端末キュリオを取り出して、フォレストピアのデータベースを検証してみた。住民登録の項目を検索にかけて、クッパという人物を探そうとした。
「そんな人、住んでいないよ」
「じゃあ浮浪者?」
「ん~、その辺りはしっかりと管理しているはずだけど……」
そもそも帝国では、臣民全てが最低限の生活の保障を受けているので、浮浪者が発生するはずがない。もしもそんな人が現れたとなると、他の国からの不法入国者である。臣民以外のよくわからない住民を手厚く保護する保証は、帝国には全く無い。
ごんにゃ店主や勇者店の店主は、ユライカナンからの移民であって臣民ではないが、正式に入国と居住が認められた者なので居住権などはしっかりと保証されている。
もしも仮に彼らが帝国でやっていけなくなったら、生活を保護するのではなくて、まずは国に帰ってもらうことが先決となるのである。
帝国では、そのあたりはきっちりと管理されていた。
もしも帝国での保護だけを求めて不法に入国していた者がバレたら、その末路は――ノーコメントである。世の中には知らない方がよいこともあるわけで。
だから、ソニアの言うような人物は、不法入国者以外に考えられない。
「とにかく、そんな人はフォレストピアには住んでいないよ」
「でもあたし、変な人にカップリョーメン取られた!」
変な人とは何か?
ラムリーザはソニアにクッパという人物についての見た目を尋ねてみた。しかしその答えは、カバみたいな顔をしていたと、いまいちよくわからないものであった。
「取られた時、他の人に見られなかったのか?」
「誰もいなかった!」
「それも妙だな……」
ソニアは、ラムリーザと一緒に屋敷から学校へと向かっていた。二人で確かに雑貨屋の勇者店に寄った。
ラムリーザから見て、ソニアは勇者店から出てからは大人しかった。駅で汽車に乗って、ポッターズ・ブラフについてから騒ぎ出したのだ。
つまりラムリーザは、ソニアがカップリョーメンを取られた現場を見ていないのだ。もっと言えば、買ったところも見ていない。
二人で一緒に店に入ったが、店の中でもずっとべったりしているわけではない。出た後に再度合流してから駅に向かったというのだ。
「何がわしはクッパだ! ただの泥棒じゃないの!」
「まぁ落ち着け、後で買ってあげるよ」
「あんな変なのに強引に取られたのが腹が立つ!」
「う~ん……。でも、クッパという人がクッパのを返してもらうってのも理屈にあっているような」
ラムリーザがソニアをなだめていると、ロザリーンは何だか納得したように頷いていた。
「リリスに借りたリリスの何かをリリスに返すんですのね」
それにユコも同意する。
「ところで、『クッパの』って何だ?」
本質を突いたもっともな質問だ。みんなは『クッパタ』は知っているけど、『クッパの』など見たことも聞いたことも無い。
「ソニアの見間違い? いや、そもそも何も買っていないとか?」
「お小遣い減ってる!」
「じゃあ今夜勇者店の売り上げをしっかりと確認してもらおう」
この場は、ひとまずはこのような形で終わった。いつまでも「取られた取られた」では話が進まない。
「それでは降竜祭主題歌、竜神が降りてくる夜、スタート!」
ジャンの合図で、演奏が始まった。
♪クッパはカバ! 人の物を取るせこいやつ、泥棒! クッパはカバ! 人のリョーメン取る! クッパはカバ! ひなこ!
ソニアはマイクを独占すると、勝手に替え歌を歌い始めた。ひたすらクッパという者を罵倒しているだけだ。
だがラムリーザはあえて勝手に歌わせていた。
今回は、演奏することが目的である。ラムリーズの演奏をバックに、全校生徒で歌う。それが降竜祭におけるイベントの一つなわけで、別にこの場は誰がボーカルでもよいし、演奏さえ出来ていれば歌詞は別に何でもいいのだ。
変な歌。
それでもソニアに気が済むまで悪態をつかせることで、「クッパの」に関する怒りをとりあえずは収められたのであった。
ちなみに勇者店の売り上げと在庫は、何も乱れていることは無かった。
店主もソニアが入店したことは覚えている。しかし、何も買わずにいつの間にか居なくなっていたというのだった。つまり、出ていくところは見ていないのだと言う。
変な話。
しかしこれは、クッパにまつわる物語の序章に過ぎなかったということは、今の時点では誰も知る由は無かった――
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