パルパタとトゲトコとクッパ国とパタヴィア
12月30日――
ソニアとユコがゲームショップなどに行っている頃、ラムリーザとリゲルの二人は、パタヴィア南部図書館に立ち寄っていた。
クッパのを取り戻すだけの目的ではしょうもないし、観光するならまずはこの国について調べてみようという話になったのだ。
「そもそも国なのかどうかもはっきりしていないからな」
リゲルのいう通り、クッパ国という国は主に悪名の方で有名になっている。しかしパタヴィアという国は、ここに来て初めて知ったものだ。元々クッパ国の跡地を目指した旅だった。そこにパタヴィアの町があったのだ。
「その辺りも調べてみようよ」
ラムリーザは、図書館の歴史コーナーへと向かっていった。たいていの場合、そこには国の成り立ちなどを記した書類が展示されているものだ。過去の新聞なども、置いてあるようだ。
「あったぞ、パタヴィア創世。これに書いているはずだ」
リゲルは一冊の本を手に取って、近くの座席に腰かけて早速開いてみる。ラムリーザは、反クッパ同盟についても調べようかなと思ったが、残念ながらそれらしい情報はすぐには見つからないようだ。
「なるほど、成り立ちはわかった。ここは元々クッパ国の中にある町の一つだったんだ」
リゲルは、歴史書の最初の辺りを読んで分かったことを述べた。クッパ国周辺では随一の町だったが、今ではこの辺りで唯一の町となったらしい。
クッパ国は中央の王都を囲むように、周囲にいくつかの町が点在していた。それがクッパ国の崩壊と共に町も衰退していき、民衆は少しずつパタヴィアに集まり、そして今に至る――だそうだ。
現在パタヴィアは、パルパタという者が、長老や総統と呼ばれて全体を取り仕切っている。そして大臣や参謀に該当する者がトゲトコで、これまた長老と呼ばれているという。二人の長老が、協力して治めている国、それがパタヴィアだ。
そして民衆の中には、元々町の一つだったので、今もその感覚が抜けずに国ではなく町だと思っている者も多いらしい。
そこまではすぐにわかった。
「おや、奇遇ですね」
そこに現れたのは、コトゲウメだった。
「コトゲウメさんも勉強ですか?」
「ん~、クッパ国の歴史について、独自の解釈から切り出す書物を作成しようとしているからね。いつも図書館に籠っているようなものですよ」
この辺りの話は、初対面の時に宿屋で聞いた内容だ。彼が考える独自の解釈というのは、クッパ国の暴走は、もっと大きな悪を隠すためではないか? といった類の仮説である。
「へー、学生ですか?」
「うん、パタヴィア大学に通っているよ」
「わお、大学生だった。先輩でしたか」
「君たちは?」
「少し下、まだ高校生です」
コトゲウメは、今年大学一年生。ラムリーザの二つ上、そんなわけでそれほど年が離れている訳ではない。
「ところでコトゲウメさん、先ほど調べたのですが、トゲトコ長老と名前が似ていますが、何か関りがあったりしますか?」
共通点と言えば「トゲ」の二文字、そして「コ」の字も同じように使われている。
「はい、実は僕のじいさまです」
意外なところで意外な人脈ができたものだ。パタヴィア二大長老の片割れの子孫と知り合えるとは、クッパ国やパタヴィアの調査において良い方向に持って行ってくれるだろう。
コトゲウメの話では、元々クッパ国では参謀役や日記係を勤めていたと言う。それが現在ではパタヴィアの参謀であり大臣だ。コトゲウメの学問に対する研究熱心なところもあり、参謀系の家系なのだろう。
ちなみに、総統のパルパタも、クッパ国では軍の司令長官を勤めていたと言う。
「七十年前に滅んだ国の参謀ですか、長生きなのですね」
「はい、今年七十七になりましたが、まだまだ元気ですよ。ちなみに総統のパルパタ爺も同い年です」
「なんだか縁起の良い年ですね」
ラムリーザはそう言うが、別に七が並んでいるだけだ。ラムリーザとコトゲウメは、顔を見合わせて「あはは」と笑い、ここが静かな図書館だったとすぐに思い出して、慌てて口を押える。
「待てよ、おかしいぞ」
そこに異論を唱えたのは、リゲルであった。
「そうかな? コトゲウメさんが二十歳だとして、お父さんが五十五歳、お爺さんが七十歳ぐらいだから、別に年代が合わないことはないぞ」
ラムリーザは、一般的に無理のない年齢で出産したと仮定して答える。
「いや、僕は留年も浪人もしていないから、まだ十九歳だよ」
一歳でも若く見られたいコトゲウメであった。
「四捨五入したら二十歳だね」
「切り捨てしたら十歳だよ」
自説を貫きたいラムリーザと、小学生に戻りたいコトゲウメなのか?
「馬鹿な事を言ってるんじゃない。クッパ国が滅びたのは、七十年前だと言ったよな?」
仲の良さげな二人に対して、リゲルは冷静であった。さすがラムリーザに参謀長として頼られているだけはある。
「はい――、あー、気がつきましたね」
コトゲウメは、すぐにリゲルが言わんとすることを理解したようだ。
つまり、コトゲウメの祖父は現在七十七歳で、クッパ国では参謀役。そしてクッパ国が滅びたのは七十年前。つまり――
「クッパ国が滅びた時点では、パルパタもトゲトコも、七歳ということにならないか?」
リゲルの気がついた不自然な点は、そこであった。七歳の参謀長や司令長官が居るか? 少年兵か?
「はい、その通りです……」
「えっ? 子供を?」
ラムリーザは、すぐにはピンと来なかった。あまりにも不自然すぎる話のため、理解が追い付かない。
「パルパタ爺と祖父がクッパ王に取り立てられたのは、滅亡から二年前、五歳の時でした」
「…………」
リゲルは何も言えず、ラムリーザもここでようやくリゲルの指摘した点とコトゲウメの説明を理解した。
「えっと、パルパタさんは、クッパ王の子供とかで、幼少の時から英才教育をとかそう言った意味で?」
それでもラムリーザは、なんとかまともな方向へと話を持っていこうと努力した。自分自身も、去年十六歳であったが、まだ未成年のうちに領主としての教育みたいなものが始まったようなものだ。
「いえ、他人の子供です。クッパ王にはラギーとイリーという二人の十代の実子が別にいました」
「…………」
ますます意味が分からない。実子ならともかく、他人の子供を要職に就けるか? 優秀な人材として身内以外を登用することもある。しかし五歳とは……?
「すっごい天才だったのでしょうか?」
「いえ、そこまでは分かりません」
「二人の実子は不満を言わなかったのですか?」
「言ったのでしょうか? ただ文献では、クッパ王が『腹が立つ』との理由で二人を投獄したのです」
「なぜ?!」
「そこまではわかりません……。ただ、クッパ王はパルパタ爺――当時のパルパタ少年を寵愛したのです」
リゲルはずっと一言も発せず、ラムリーザもここまで来たら何も言えなくなってしまった。
しばらくの間、三人は黙ったままになってしまった。それほどまでに、コトゲウメからもたらされた情報は、飛びぬけて異様なものであったのだ。
「要するに、その時から既にクッパ王はおかしかったと言うわけだな」
ようやく口を開いたのはリゲルだった。パルパタ重用以前は知らないが、確かにそうとも取れる。
「はい、これが滅亡の二年前。ここからクリボー責任論が始まります」
「ああ、それは知っている」
そこから先は、クッパ国の滅亡という書物で詳しく書かれている。ただ、パルパタやトゲトコのような、少年重用は知らなかった。
「しかしなぜクッパ王は、小学校にすら通う前の少年を国の要所に据えたのでしょうか?」
ラムリーザは、もっともな質問をしてみた。クッパ王本人に聞くのがベストだが、既に二十年前に没しているので今更聞きようがない。
「そうですねぇ――、僕が立てた仮説や、これまでに上がった通説などいくつかありますが、通説から行くと、クッパ王はただのショタコンだったと」
「コトゲウメさんの仮説はどうなのですか?」
「えーと、クッパ王は、大人を信用できなかったのではないでしょうか? それで子供を重用したと。理由は――そうですねぇ、クッパ王は古いしきたりを嫌い、古い考えを持つ大人を遠ざけようとしたのではないでしょうか? そして、まだ何色にも染まっていない純粋無垢な子供を取り入れることで、国の中枢をクッパ王の色に染め上げようとしたのではないでしょうか?」
「なるほど、クッパは絶対的な権力を我が物に、いや、ほとんど神のように扱われたかったのだろうね」
コトゲウメの仮説を、ラムリーザは否定しなかった。いや、ここまでの話を聞いた限りでは、どんな仮説をもってきたとしても信じられるだろう。
「識者はどんどん国外に逃げ出しましたね」
「粛清されたのですか?」
「いえ、普通に自分の意思で逃亡しました。普通の考えができる人間なら、この国の未来は無いとすぐに理解できます。逃亡しなかった者は、国の指導力低下を見越して、泥棒や略奪に手を染めましたね」
「他の子どもは?」
「パルパタ四天王などと、どんどん取り入られていましたよ」
「…………」
話を聞けば聞くほど、絶句してしまう。クッパ国、闇が深すぎるような気がしてくる。
「まともな人材は居なくなる、犯罪はどんどん増える、警察は力を失い検挙率は下がる。その結果、クッパ王が取った行動は――」
そこでコトゲウメは言葉を止めた。後は犯罪歴史学の教科書にも乗っていることだ。クッパ国は、滅亡すべく滅亡したのだ。
「ところで、このパタヴィアは、クッパ国からの難民が集まってできた国になるのかな?」
クッパ国の話ばかりしていると気が変になりそうになるので、ラムリーザは話題を変更させた。少しパタヴィアの話をして一休みだ。
「それもあるけど、爺さん――トゲトコ氏がクッパ国がおかしな方向に進んでいるのを見て、パルパタ氏の生まれた町、つまりパタヴィアね。そちらの町に資産を流して育てていたらしいんだ。クッパ国の王都は近いうちに破綻する。だから、パタヴィアだけは守ろうと」
「五歳の少年が?」
「パルパタ氏はまあいいとして、トゲトコ氏は天才児でした。クッパ王のパルパタ寵愛を利用して、資金の横流しをしてどんどんパタヴィアを発展させました」
「それは良いことなのか、悪いことなのか……」
ラムリーザは少し考えたが、クッパ国が国王の暴走で滅亡する流れが確定しているとすれば、トゲトコのやったことは正しいのだろう。
「次にクッパ国跡地に行くときは、いろいろ案内してあげますよ」
「助かります」
こうしていろいろと図書館で調べた、というよりコトゲウメから話を聞いている方が多かったが、いろいろと知った後に図書館から出ると、そろそろ夕方になりそうな時間になっていた。
「クッパ国――というよりクッパ王がよくわからなくなってきたよ」
「クッピンゲリアか。老いて妙になるってのはたまに聞くが、七十年前に国が滅んだときは四十ぐらい。老人だったってわけでもないのだな。俺も何だかわからん。わからんようなのが国を治めていたから滅んだと言えるのだがな」
「フォレストピアの重要な役職、例えば騎士団の総司令官に五歳の少年を据えたら滅びるだろうねぇ」
ラムリーザは、一つ年下の、ちょっと頼りない未来の騎士団長を思い浮かべながらつぶやいた。ジェラルドは今年十六、現在は見習い騎士だ。五歳の頃と言えば――ソニアがプールでラムネと間違えて塩素消毒剤を食べて病院送りになった時だったかな?
「正気の沙汰じゃないな。クリボーがどうのこうの言う前に、勝手に滅んでいたろうな」
ラムリーザとリゲルの二人は、コトゲウメから聞いた話について語りながら宿に向かって歩いて行った。
その時突然――
「さあ、入った入った、さあさあさあ、いらっしゃいませいっ!!」
二人は通りで声を掛けられた。ラムリーザが振り返ると、あれれ? 変なにいちゃんがいるな。
「そこの若いにーさん、遊べるのは若い時だけだよっ!! 中年になってから遊びだすと、ロクなもんにならないよっ!」
「そんなものですかねぇ?」
「相手にするな、ただの客引きだ――って、これはこれは……」
客引きっぽいにいちゃんと話をするラムリーザと、それを止めさせようとするリゲルだが、そのにいちゃんが引き込もうとしている店を見てニヤリと笑った。
そこは、昼過ぎに見かけた「猫目石の竜宮城」だった。リゲル曰くキャバレーとかクラブの類だそうだが、確かにそんな感じがしている。
「うちのシステムだったら、若いおにいさんでも、安心して遊べるよ。さあ、入った入った」
この辺りの台詞は、レフトールに言ったのと同じようなものだ。
ラムリーザとリゲルが顔を見合わせた時、反対側から別の声を掛けられた。
「あーっ、ラムも入るんだ!」
猫目石の竜宮城に入ったレフトールと別れた後、しばらくその周辺をブラブラしていたソニアとユコが現れた。
「はっ、入らんよ。レフトールは?」
ラムリーザはレフトールとは違う。ソニアが居るのに、この手の店に入る必要性が無い。
「あのスケベニンゲンは、ここに入りましたの!」
怒ったように答えたのは、ユコであった。
「あれー、そうだったのかー」
ラムリーザはレフトールのことを考えると、半分納得し、半分考えた。レフトールはユコとそんな仲に進んでいるのかもしれないと思っていたのだが、どうやらそんなことはないらしい。本当に、ただのゲーセン仲間だったわけか、と。
「ラムリーザ様も入るんですの?!」
「いや、僕は入らんよ。リゲルは分からんけど」
「愚か者が、入るか」
どうやらリゲルも遊び人ではなかった。いや、こっちは最初から――いや、修学旅行で「ぱふりんこ」には入ったか。
「そんなこと言って、後からこっそり入るんだ!」
「入ってほしいん?」
「ラムの馬鹿!」
「入らんって、怒るなよ」
ラムリーザは、ソニアの手を取って猫目石の竜宮城前から離れる。こんな場所に居るから喧嘩になるんだ。
「じゃあゲーム機買って!」
「なんだよ藪から棒に……」
ソニアが言うのは、パタヴィア産のゲーム機のことだ。ラムリーザたちが図書館で歴史勉強をしている間、ゲームショップで見つけていたものであった。
その後、ゲームショップの何という名前だっけ? 確かナイスなゲームがズラリという店に連れていかれ、ソニアとユコの分、それとリリスへの土産へと、三台のゲーム機と、一番人気の「パタちゃんクエスト」を買わされましたとさ、おしまい。