おまくじ

 
 明けて帝国歴79年 1月1日――
 

 今年は新年を、異国の地パタヴィアで迎えることとなった。

 目覚めた場所は、この町ではそろそろ馴染みとなりつつある羽ばたく亀亭の客室だ。大部屋に五人で泊まっている。

「朝っ、そして新年ですのよ! 起きなさーいっ!」

 ユコはこれまでは自宅で迎えていた新年を、こうして仲間たちと一緒に迎えられたことに一人盛り上がっているのか、朝から元気な声でみんなを起こそうとする。

「あっ、新年一番の声はラムのを聞きたかったのにっ!」

 しかしソニアはそれが不満のようだ。別に誰それの声を一番に聞いたからと言って、その年の運勢がどうなるかという話は帝国の風習には無い。

「そんなこと言うんですのね。私もラムリーザ様の声を一番に聞きたかったですわ」

「呪いの人形の声から始まった年は、呪いの年になるんだー」

「風船おっぱいお化けの声から始まった私の年はどうしてくれるんですの?」

「うるせーなてめーらは!」

 そこにレフトールの、ドスの効いた声が続く。

「「二番手が番長になった!」」

 なんだか言葉の順番を気にし始めた二人は、期待していなかった二番手の登場にも不満そうだ。

「あーもー、朝から騒々しいなーっ」

 ラムリーザは、傍で騒いでいるソニアを押しのけて、ベッドから降りて立ち上がった。リリスが居ないから口論はあまり起きないだろうと思っていたのだが、ユコも長年リリスと組んでいて朱に交わったのかどうか知らないが、多少は影響を受けているのだなぁと改めて実感した。

 続いて朝食時――

「ねぇ、今年をフォレストピア歴元年にしようよ」

 バターを塗ったパンにかぶりつきながら、ソニアは突拍子もない提案をした。

「そんな勝手に決めるような物じゃないだろ」

 無視しても良いのだが、ラムリーザは一応反応してやった。

「帝国歴もあるし、ユライカナン歴もあるし、コトゲウメが今年はパタヴィア歴六十八年って言ってたじゃないのよー」

「それはそれぞれの国が成立してからの歴史だろう? フォレストピアは帝国内の一つの町に過ぎないじゃないか。帝国から独立でもしないかぎり、帝国歴でいいよ。えっと、今年は七十九年ね」

「それじゃあ、あたしだけがフォレストピア歴を使う」

「ご自由に」

 ラムリーザが相手をしてしまうので、ソニアの周囲だけおかしな国家が出来上がった。ソニア女爵の治める国は、ソニアの立っている場所のみを領地とする、面積は三平方センチメートルぐらいの世界で最も小さな国となった。ソニア国に幸あれ!

「そんなことよりも、今年は新年のお祭りはどうするんですの?」

 ソニア国に興味のないユコに言われて、ラムリーザは思い出した。エルドラード帝国では、毎年新年のお祭りをテフラウィリス神殿で行っている。今年一年の願いかけや、運勢などを占うイベントなどが有名だ。しかしラムリーザ自身は、それほど敬虔な聖職者でもないので気にしていなかった。

「お前バイトしてたな」

 リゲルは去年のことを思い出して、レフトールを煽りにかかる。

「ラムさんに借りた金を返すためなんだから仕方ねーだろ」

「盗んだ金だろうが」

「くっ、こいつ覚えてやがる」

 まぁ、そんなこともあったねと。

「あたしも新年のお祭り行きたい」

「ソニア国のお祭りに行ってろ。新年であると同時に建国記念日、すげーな」

 ソニアはユコに同調するが、リゲルに突っ込まれてしまった。

「むっ、あたしのお祭りでは、名前にリが付く人が裸踊りすることになってんの。リゲル裸踊りやれっ」

「おいラムリーザ、こいつがお前の裸踊りを所望しているぞ」

「わけわかんない話なんかしてないで、折角だから、この国の新年の祭りを見にいってみようよ」

 ラムリーザは、そう提案した。確かに折角旅行に来ているのだから、見ていくのも悪くはない。しかし、お祭りはどこでやっているのだ?

「あ、皆さんおはよう」

 そこにやってきたのは、同じ宿に宿泊しているコトゲウメであった。丁度いい機会かもしれない、新年の祭りについて尋ねてみよう。

「この辺りでの新年の祭りはどこでやっているのかな?」

「ああ、朝食が終わったら行こうかなと思っていたところです。よければ案内しますよ」

「宜しくお願いします」

 そんなわけで、無事に新年の祭りに参加ができそうになったのである。

 朝食後、支度をして宿を出る。外は結構冷えるが、服屋のフクフクでかったヌクヌクのコートで丁度いい。

 コトゲウメの案内で、パタヴィアの南西地区へと徒歩で向かう。西地区と南地区の境目辺りにあるガンダレ聖堂と呼ばれている場所、そこが住民の間では聖域と呼ばれている場所であった。そこが、新年の祭りを行っている場所だ。

「はいっ、ここがガンダレ聖堂。ゆっくりと見て回ってくださいな」

 コトゲウメは振り返り、奥にある大きな塔を手で指し示して説明した。入り口から見て真っすぐに石畳の通路が続いていて、その先に大きな塔が一つ。その塔が聖堂で、聖域であるらしい。

 人通りはまぁ多い方で、それほどぎゅうぎゅうではない。人々は皆、その塔を目指して歩いている。

 ラムリーザたちも、はぐれないように注意しながら、人ごみに乗って奥にある塔へと向かっていった。

 塔の中には、黒くて巨大な狼のような神獣が祀られていた。帝国やユライカナンで祀られている竜神とは大きく異なるものだ。帝国とは大きく隔てられた場所にある国なので、文化も独特なのだろう。

「あれが神、神獣ですか?」

「そうです。パタヴィアの守り神で、火をつかさどると言われている炎魔獣です」

 炎魔獣と呼ばれたその神獣は、最初の見た目である狼そっくりで、長い牙が特徴だ。

「火だけの神なの? 水とか風とか大地とかありそうだけど」

 ソニアの意見は、やはりどこかゲームっぽいところがある。

「ええ、国の中心から見て南西部にあるのが炎魔獣の塔です。北西、北東、南東と、国を取り囲むように四神が祀られております」

「四神――演劇――」

 ラムリーザは四神と聞いて、ソニアたちのネットゲーム中毒を思い出してしまっていた。

「ま、どこへお参りに行ってもよいのだけど、丁度宿屋から一番近いのがここなので、今年はここにしてみました。ところでこの炎魔獣には言い伝えがあるのをご存じですか?」

「炎魔獣自体初めて聞いたのに、言い伝えなど」

「はっはっ、そうですな。それでは話は後にして、まずはお参りを」

 コトゲウメは炎魔獣に向かって手を合わせる。ラムリーザたちも横一列に並んで、コトゲウメに倣った。

 その後、塔の側面へと移動して、少し静かなところでコトゲウメの炎魔獣談義が始まった。

「えー、こほん。炎魔獣はかつて動いていたと言われています」

「またまたー」

 だが、宗教の話ではよくある話だ。帝国やユライカナンの竜神テフラウィリス伝も、この世界は竜神の見ている夢だとか、万物は竜神の卵から生まれたものだとか、いろいろと逸話はある。

「そして、世界を作るといった役目を終えた時、この場所で永い眠りについたとされています。わかりますか?」

「うん、よくある話だね」

「いえ、観点はそこではありません。この炎魔獣は、ここで眠っているだけなのです。つまり――」

「つまり?」

「いずれはまた動き出すでしょう」

「なるほど、あれは偶像ではなく本物だと言いたいわけだ」

 リゲルの指摘に、コトゲウメは「そのとおり」と答えた。

「どうやったら起こせるの? 目覚まし時計みたいなの鳴らすの?」

 一方ソニアの質問は、妙に生活感のある神様となるものだった。

「はい。神の力が必要となった時、炎魔獣に慈しみの心を与えると、その心が魂となり、再び動き出すでしょう」

「ほへー、なんだかすごいね」

 ラムリーザは、素直に感心して見せる。見た目は動物だが、そのエネルギー源が慈しみの心とは、見た目と違って優しそうな神様ではないか。

「慈しみの心ってなぁに?」

 あまり慈しみの心に縁の無さそうなソニアが尋ねてくる。

「簡単に言えば、相手を想う心、大切にする心、幸せを願う心などを指すのだよ。さあ、皆も慈しみの心を炎魔獣に向けましょう」

 そして、コトゲウメは再び炎魔獣に向かって手を合わせた。

 ラムリーザもまた倣う。ソニアを幸せにしてあげられますように、と祈りながら。

「ソニアも人を慈しむ心を磨きましょうね」

 リリスではなく、ユコが煽る。

「何よ! 呪いの人形も慈しみの心で浄化されるべき」

「そういう言い方が、慈しんでないんですの」

「うるさいなー」

 慈しみの心が少ない二人が、なんだか騒いでいた。

 

 お参りが終わると、塔から出て、後は屋台を楽しむもよし、もう帰ってもよしだ。

「おまくじを見ていきませんか?」

 そこでコトゲウメは、次のイベントを提案するために、ある場所に案内した。

「おまくじ?」

「まー分かりやすく言えば、今年の運勢を占うようなものですよ。良い結果を信じて幸せになるもよし、悪い結果を警戒してやり過ごすもよしです」

「なるほど、竜神のお告げみたいなものだね。去年は散々だったけど、今年は新しい場所で気分を入れ替えてみよう」

 ラムリーザはコトゲウメの提案を飲んで、その「おまくじ」とやらに挑戦してみようと考えた。竜神のお告げならず、炎魔獣のお告げと言ったところか。願わくば、慈しまれる結果でありますように。

 一番手にソニアが挑戦。木の筒を抱えて振ると、何やら細い棒が出た。その棒の先に番号が書いてあり、コトゲウメの案内でその番号に沿った紙を手に入れたのだ。

「大喬って書いてるよ、何だろう」

 ソニアは、初めて見る単語に不思議がる。

「あちゃー、災厄が出ちゃいましたか」

 それを聞いたコトゲウメは、苦笑いを浮かべて頭をかいた。

「ええっ?! ディザスターなの?! なんでまた今年も!」

 そう、去年引いたディザスター、竜後で災厄を意味するものと同じだったようだ。

「一応読んでみて」

 ラムリーザに促されて、ソニアは不満そうに言い放った。

「我を通しすぎて、出会いとなった物を失うであろう」

「何? 出会い?」

 一同は、顔を見合わせてその意味を考える。

「何よ! ラムが居るのにこれ以上の出会いなんて要らない!」

「失うって書いてあるよ」

「余計な出会いを失うの、そんなの無くていい! これはフォーチュネイト、幸運!」

「出会ったラムリーザ様を失うんですの」

 ぼそっとつぶやいたユコの言葉に、ソニアは「うっ」と呻く。

「僕がソニアを捨てるわけが無いだろう。じゃあ二番手は僕が行くよ」

 あまり深く突っ込むとまたソニアが騒ぎ出しそうになるので、ラムリーザは自ら二番手を引き受けて話を先へと進めた。筒を振って棒を出し、番号くじを受け取って開く。

「大喬! ――って大きいのは良い――じゃないぞ? またこのパターンか?!」

 一瞬大の文字で喜んだが、それは災厄だとコトゲウメに教わったのを思い出して顔をしかめる。

「内容は何だ?」

「内容は無いよう」

「つまらんこと言ってないで、言えよ」

 リゲルに冗談は通じなかった。

「えーと、何々――親友に嵌められて敗北を喫するであろう。むむむ――」

 ラムリーザはリゲルとレフトールの顔を順に見る。親友と言えば、この二人に後はジャン。ユコやリリスも女性だが親友と――言えるのかな? ソニアは親友ではなく恋人だから、この際マークしなくてもよいだろう。

「周囲の仲間に注意せよということかなぁ?」

「待て、俺はお前を嵌めようとは思わんぞ」

「それだとジャンか?」

 どうも身内に疑心暗鬼を生み出してしまう厄介な結果だ。だから災厄だとも言える。

「リゲルが一番嵌めそう。あたし何度か嵌められた!」

「帝国は女爵の国と戦争中だから仕方がない。お前が勝手に諜報戦に引っかかっただけだ」

 なんだか話が飛躍しているが、リゲルがソニアを嵌めたのは、オークション事件とかそういった話のことである。

「んじゃ、今度は俺が引いてやるよ」

 筒を振って棒を出して番号くじを受け取って開いて――

「中喬! ――って何だ?」

「中くらい、可もなく不可もなく普通です」

「ということは俺は無難な所だな。どれどれ――進むべき道が見つかるかもしれぬ、か。俺の道? ラムさんの騎士一直線だぞ?」

 レフトールはいつもそう公言しているので、当たり前と言えば当たり前。特に大きな変化もなく、普通の結果が出たのだろう。いや、このおまくじというものの神通力がどの程度なのかは分からないし、所詮は運試しだからゲームのような物だけど。

「あ、でも去年から災厄続きだった結果に変化が生まれたね」

 ラムリーザはふと気がついた。去年は竜神殿にお参りに行った六人は全員災厄だったし、今年もラムリーザまで二人、つまり八連続災厄だったのが、ようやくレフトールで普通の結果が生まれたのだ。

「俺は普段の行いが良いから、お前らと違ってくじの結果も良いのだ」

 なんだか番長は上機嫌だ。

「じゃあ次は普段の行いが一番悪そうなリゲルが引いてよ」

 ソニアに促され、他のメンバーの視線まで受け、リゲルは「しょーもないことだが付き合ってやろう」などと口走ってから、同じ行為を繰り返す。

「ほら、中喬だ」

「それ間違ってる! リゲルなんかが普通なわけが無い!」

 その結果に、ソニアは不満そうに騒ぎ出した。

「えーと、二兎追えば二兎得るであろう、か」

「ふんっ、二股リゲル! 一兎も得ずで大喬になればよかったのに!」

「ま、俺はロザリーンとミーシャを大事にするからな」

 とまぁそんな感じに、今年の運勢は去年と違って一部は無難なところに落ち着いているようだ。

「それじゃあ最後はユッコね。きっちり大喬引いて締めてよ」

「なんで私が災厄ですの?!」

 ソニアと言い合いをしながら、ユコも同じ行為を繰り返した。そして出てきたのは?!

「小喬! あっ、これって?!」

「おめでとう、幸運ですね」

 コトゲウメに説明されて、一人喜んでいるユコだった。反対に、ソニアは面白く無さそうだ。

「え~と、運命の人現る! やりましたの、ラムリーザ様!」

「なんね?」

「私の運命の人は、ラムリーザ様だけですの!」

「寝取るな呪いの人形! ユッコの運命の人はクッパなんだ! 城跡に住んでいるはずだから、さっさと会ってこいっ!」

「ソニアはラムリーザ様との出会いの場所を失い、私の運命の人になるんですの」

「あ、わかった! ラムが親友に敗北を喫するってユッコに嵌められてあたしを失って負けるんだ!」

 ただの運試しイベントなのに、どうしてこう大騒ぎになるのだろうか。リリスが居なくても関係ない、ソニアが居れば騒がしくなる。

 ラムリーザは「なんだか今年も、波乱万丈な一年になるな――」と、去年も別に波乱万丈ではなかったけど、なんとなくそう考えてみたらドラマチックでかっこいいだろう? などと、騒がしい娘たちから目をそらして空を見上げ、一人つぶやいてみせるのだった。

 なぜそうしたのかだって?

 なんだか物語の始まりを告げる風に感じられるからだろう?

 こうして、新しい一年が始まった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き