クッパ国跡地にて その二
1月2日――
今日は、コトゲウメの案内で、再びクッパ国の跡地へ向かうこととなった。案内が居てくれた方が助かるというものだ。
人数が増えたため、リゲルの車だけでは一杯なので、コトゲウメも車を出してくれる話になった。そちら側に、ラムリーザとソニアが乗り込んでいる。
「それではこれから跡地に向かいますが、目的の確認をしてみましょうか?」
運転しているコトゲウメは、改めて問いかけた。観光と言えば観光なのだが、
「クッパからクッパのを取り返す!」
ソニアの目的は、やはり「クッパの」関連の話であった。
「クッパ王は、もう亡くなってから十年以上経っていますよ」
「でも取られたもん!」
何度目のやり取りになるだろうか。ソニアは諦めていないので、「クッパの」についての話となると、話がループするばかりである。だが、取られたのは事実っぽいし、それならクッパが実は隠れ生きている可能性もゼロではない。観光ついでに、その辺りも調査するのだ。
「クッパのかぁ――」
息巻くソニアから目をそらし、正面を向いてコトゲウメはつぶやいた。
「クッパタが売れすぎて自分の物を確保できないので、『クッパの』と少し名を変えて、自分専用の物を作った。これが定説」
コトゲウメは、運転しながら定説を述べる。ここまでは分かっていることだが、事実かどうかまでは確証は取れていない。とにかく「クッパの」自体が、謎に包まれている。
「自分専用の物をわざわざ店で売るな! 自分で作って自分で持ってろ!」
ソニアが言うのももっともだ。店で売って他の客が買うと奪うのだから質が悪い。
「中身はクッパタと同じ。カップに書かれている『タ』の字の上から『の』の字が書かれたシールを張っただけだったとの説もある」
「せこいクッパ!」
「クッピンゲリアだよ」
「どうでもいい!」
「まぁシールで隠すのはよくある手だからね。例えば君はバンドをやっているって聞いたけど、レコードを出したとしてそのジャケット写真に君が子供の首を切り落としているといったものを使われたらどうする?」
コトゲウメは、なんだか物騒なたとえ話を持ち出した。
「そんな気味の悪いレコード売らせない。上から普通の写真を貼って出しなおす」
「ほら、シールで隠したね。ま、そんなレコード出したら、ひょっしとたら後の世でレアアイテムになるかもしれないよ」
「むー」
コトゲウメとソニアが、実りがあるのかどうか分からない妙な会話をしているうちに、車はクッパ国の跡地に到着した。後からついてきていたリゲルの車も並んで止まり、一同は再びクッパ国跡地の地面を踏んだ。
「さて、どこに行ってみたいですか?」
やはり案内人が居るのと居ないのとでは全然違う。行ってみたい場所を指定するだけで、迷わずに連れて行ってもらえるものだ。
「玉座って残っているのかな? お城だから謁見の間」
「城跡ですね、それでは行きましょう」
コトゲウメは、跡地の中央に見える城へと向かいだした。
「行きましょう~――」
ソニアも同じことを復唱しながら、ユコの耳元へと口を近づけていく。そして、
「――わっ!」
突然大声を出すのであった。
「なっ、何ですのっ?!」
「どうだ参ったか。でも反応が違う、うえぉーうってびっくりしなくちゃ」
「嫌ですの!」
ソニアはどこでも、なんだかよく分からないことをやっている。行きましょうと油断させておいて、突然大声で脅かす。テレビで見た芸人の誰かのネタだったような気もする。
しばらく歩き、城の入り口へと到着。門をくぐると、先日反クッパ同盟とにらみ合ったホールに辿りつく。ラムリーザが撃ち落とせなかったシャンデリアも、天井にしっかりと残っている。当たらない武器は、ただの飾りである。
「二階はこっちです。ごちゃごちゃしているので、足元に気を付けてください」
コトゲウメのいう通り、城内の荒れた廊下は、ガラクタやレンガの破片などが散らばっていた。リリスなどが居たら、彼女はこんなところにもヒールのブーツでやってくるから困っていただろう。
二階に上がると、そこは広い空間。部屋の奥にはがっしりとした玉座が一つ。確かにここは玉座で謁見の間だ。
「約七十年間、ここは時間が止まったままなのです」
コトゲウメはつぶやく。
実際に時間が停止しているわけではなく、城が放棄されていてから何も変わっていないという意味である。もしも物理的に時間が止まっているのなら、まだクッパ王が止まったまま残っている可能性もあるが、そんな異次元チックな現象は発生していない。
「ここのどこかにクッパが隠れているはず!」
ソニアは、玉座目掛けて駆けだした。
「隠し通路は玉座の後ろですの!」
台詞の根拠は不明だが、ユコは玉座の後ろに回り込んで、その辺りの地面をトントンと踏んで調べている。
一方ソニアは、玉座の前を行ったり来たりしているだけだ。
「玉座の前は危ないから近寄らないように」
そこにコトゲウメの注意が飛んできた。
「なんでよ?!」
「玉座の前に落とし穴が仕掛けられているのですよ」
「うわっ」
ソニアは慌てて玉座の前から飛びのいた。歩いている分には何の変哲もない床だったが、案内役に指摘されると警戒するものである。
「玉座の前に穴ですの? 隠し通路は玉座の後ろが定番のはずなのに」
ユコはなんだか不満そう。定番の隠し通路とは何か? 定番なら、隠れていないのでは? そんな突っ込みはやめといてあげよう。
「落とし穴の先はどうなっているのですか?」
「そのまま牢獄になっているって話さ」
「まさか例の――?」
ラムリーザは、クッパ王と牢屋についてちらっと聞いたことを尋ね直してみる。
「そうです。定説によれば、クッパ王の息子であったラギーとイリーは、よくこの玉座の前で寝転がっていたと言います。それを見ていたクッパ王は、腹が立つと言ってその場所に落とし穴を作り、ある日二人の息子を落としてしまったとされています」
「ひでー……。それが親のやることか?」
「パルパタ少年やトゲトコ少年を寵愛するのに、実の息子が邪魔なだけだったのかもしれません」
改めてその話を聞かされてしまうと、どうしても黙り込んでしまう。暴君も、いろいろなタイプが居たということか。その犠牲者が実の息子だったりクリボーだったりするわけで。
「もっとも今では、牢屋の壁も崩れて牢屋として機能していませんが」
そのようなことは、この際どうでもいい。ラムリーザは、クッパ王の実態を聞くにつれて、得体のしれない恐怖心を感じていた。
「また会ったな」
その時、一同の背後からどこかで聞いたことのある声が聞こえた。
「誰だ?!」
レフトールが威勢よく振り返る。
「ハナマとモートン……。反クッパ同盟ですよ」
コトゲウメが小さくつぶやく。そう、反クッパ同盟の二人組であった。どうやら案内役が居ても、敵の出現を抑制するには到らないようだ。
「なんだまたてめーらか!」
「あっ、お前! ここで会ったが百年目! 先日の雪辱を!」
レフトールと二人はいきり立っている。しかし、ラムリーザには何のことだかわからない。前回の遭遇では、ブランダーバスを放ったらその轟音に驚いて逃げ出しただけではなかったか?
今度はハナマとモートンは、慎重にレフトールとの間合いを取りながら、ジリジリと横移動している。
「あれが反クッパ同盟ですか」
ラムリーザは、コトゲウメに確認を取る。
「そうです。このクッパ国跡地を根城にし、旅人を襲っては金品を巻き上げるならず者の集団です。ただし――」
「ただし?」
「パタヴィアの民には手を出しません。あくまで旅人狙いです。クッパ国の二の舞いを避けるため、パタヴィアでは治安に力を入れてますので」
しかしラムリーザには、まだ別の疑問があった。
「もうクッパ王は亡くなり、国も崩壊して廃墟になっているのに、まだクッパ王に反抗しているのですか?」
「気がついてはいけないところに気がつきましたね。昔ならともかく、今は何も意味を成していません」
時代は移り変わったが、名前だけはそのまま残っているというわけのようだ。
「何を和んどるか」
気がついたら、ラムリーザとコトゲウメの前に、青い髪と青い服の男が近づいていた。ハナマとかいう奴だ。レフトールは赤い方、モートンと一騎打ちをやっている。
「あいつの護衛もいまいちだな。一人相手にしかできないらしい」
次はリゲルがラムリーザを守ろうと前に出てくる。一対一なら、リゲルも関節を極めるといったテクニックを持っている。
一方ソニアとユコは、反クッパ同盟の二人が現れるや否や、玉座の後ろに隠れてしまっていた。見つかっていなければ、その方が安全だからそのまま隠れていてもらおう。
「しょうがないなぁ」
ラムリーザは、腰にぶら下げていたブランダーバスを手に取った。そのまま筒の先をハナマに向ける。
「なんだそれは?」
ハナマは、まだ前回の轟音と今突きつけられている物が一致していないようだ。
ラムリーザは迷わず引き金を引く。
カチリ
ブランダーバスの撃鉄が、周囲に小さいが乾いた音を響かせた。
「あっ、ちょっと待ってろっ」
ラムリーザは、慌ててポケットから弾薬を取り出した。
「何をやってんだ?」
「そこで待っていろ!」
ラムリーザは、玉座の前から離れるように距離を取りながら大声で威嚇してハナマの動きを牽制しつつ、慌てずに銃身に弾薬をはめ込んだ。
折角珍しい武器を手にしているのに、前回も今回もいまいち様にならない。この武器を支給された貴族たちが、次々に扱いきれなくて返納しているのが実態だ。ここでラムリーザが使いこなせないと、ブランダーバスは歴史の表舞台から消えるかもしれないのだ。
ハナマが一歩踏み出したところで――
ドウン!
クッパ城二階、玉座の間に轟音が響き渡った。天井から、少しだけ砂が降ってきた。
そして、まるで時間が止まったかのように、全員の動きが止まった。レフトールとモートンも、二人の戦いを中断してラムリーザの方を見ている。
「あの時の音はそれか?!」
モートンは、素早くレフトールから離れてハナマの近くに移動する。一番警戒すべきはラムリーザ――の持っている謎の武器、ということになったようだ。
一方のラムリーザは、決まりが悪すぎて少し顔を引きつらせ気味だ。前回はシャンデリアの根元に命中せず、今回もハナマには当たらなかった。
玉座の前に固まったモートンとハナマは、ラムリーザの持つ武器を凝視していた。
リゲルとレフトールは、轟音に一瞬驚いたものの、気を取り直して二人を囲みこむ。反クッパ同盟は、ラムリーザたち三人に囲まれて、玉座の前から動けなくなった。
「今だ!」
玉座のすぐ傍に立っていたコトゲウメが、玉座の横辺りに手を伸ばした。するとガコンと大きな音を立てて、玉座の前の床が真っ二つに割れたのだ。
「あらまーっ!」
丁度上に立っていたモートンとハナマは、落とし穴の底へと滑り落ちていってしまった。
その後、ゆっくりと床が持ち上がってきて、何事も無かったかのように玉座の間に静寂が戻ってきた。
「腹が立つ――っと」
コトゲウメは、小さくつぶやいた。それはまるで、七十年ほど前に起きた光景と同じだったかもしれない。
「あー、怖かった」
「ふう、居なくなりました」
ソニアは、ようやく玉座の後ろから顔を出した。ユコも一緒に出てくる。
敵を追い払い、ようやく平穏が訪れた中、ラムリーザだけがブランダーバスを構えたまま硬直している。
「相変わらず凄い音。いきなり使われたら誰だってびっくりするよ」
事実、ラムリーザの武器は、威嚇にのみ利用されている。
「どうしたんですの? ラムリーザ様、怖そうな顔をして」
「ま、まぁな……」
ラムリーザとユコの会話は、いまいち成り立っていない。当たらなかったとは言えないのだ。もっと練習が必要だな、とラムリーザは考えていた。
「さて、邪魔者は牢屋に放り込んだところで、クッパ国講座行くよ。クッパはある場所に勤めていた、わかるかな?」
落ち着いたところで、コトゲウメのクッパ国ツアーが再開された。
「あ、誰かが何か言ってたな」
ソニアは何かを覚えていたようだが、すぐには出てこない。
「国王が勤めるのは城だろ?」
レフトールの答えはもっともだが、何か違う場所で働いていたと教えてくれたのはごんにゃ店主だったか?
「会社、クッパのパという株式会社です」
「なんで国王が他所の会社で働くんだよ、そんなに暇なのか? 国王って」
「その会社で、クッパのなどクッパ王専用の品物を作っていたと聞きます」
「個人事業ってやつだな」
リゲルの感想を聞くと、国王が勤めていたとしても納得できそうだ。個人事業なら誰がやっても不思議ではない。
「しかし名前がクッパのパか、安直すぎるね」
町の施設に妙な名前を付けられているラムリーザはそう述べた。
「ソニアの会社でしたら、ソニアのアですの?」
「何よ! ユコのコ、呪いの人形館!」
またソニアはつまらぬことで騒ぎ出す。煽りに乗りやすいその性格、なんとかしてもらいたいものだ。
「ソニアのアは、バルーンショップですの」
「ユコのコは相手が誰だか分からない子供! 父親はたぶんクリボー!」
「えーい、喧嘩止めーいっ!」
リリスが居なくても、ユコでも質が悪かった。ユコもソニアで遊ぶので、結局ラムリーザが仲裁するハメとなる。実はリリスだけでなく、ユコも幼稚なところがある似た者同士なのだろうか?
「その話は聞いたことがあるような気がするので、他にクッパ王について知っている情報はありませんか?」
話を進めないとソニアが騒ぐので、ラムリーザはコトゲウメに次を促す。
「う~ん……」
「何でもいいですよ」
「それでは、写真を取るのが趣味だったと言えば、クッパ王秘話としてどうでしょうか?」
「まともで普通な趣味だね」
写真ならエロ関係に走らなければ、堂々と人に話せる趣味だ。
「他人の泣き顔を集めていた、と言えばどうなりますかな?」
「…………」
やはりクッパ王は、変な人だった。
「あとは、ん~、クッパタ七番かなぁ」
「一番から六番は?」
「いろいろならうめんでしたよ、塩とか豚骨とか。ただし七番は、はなく人形プレゼントで民衆を混乱させたことがあるのです」
「人形?」
ソニアはチラッとユコを見る。ソニア曰く、ユコは人形みたいとのことだった。可愛い人形だと癪なので、呪いの人形と呼んでいる。
「それも何だか聞いたような、リリスだったかな言っていたのは。帰ったらリリスに聞いてみよう」
「リリスと言えば、凝尿とか気持ち悪いこと言ってたよ」
ソニアが覚えていたのは、別の物だった。リリスは雑談でよく「〇〇は知っているかしら?」と不思議な物を提示してくる。その中に凝尿もあれば、はなく人形もあったような気がする。
「凝尿はクリボーです」
しかしコトゲウメは、情報の誤りであったことを示した。
一同は、コトゲウメの解説を聞きながら、クッパ城を回っていた。少し歩いたところで、一つの部屋に辿り着いた。
「ここがパルパタ少年が住んでいた部屋です」
「子供部屋みたいだね――って五歳の子供か」
またその話である。クッパ王が当時何を考えていたのかしっかり考察しようとすると、気持ちが悪くなる。権力者は、時に不可解な行動に走るものだ。
ラムリーザは、自分は奇行に走らないよう善処するぞ、と改めて自分を戒めるのであった。
その後も荒れた城内をいろいろ回ったが、それ程重要な情報は出てこなかった。
そしてそろそろ日も西に傾き始めたので、夜が来る前にパタヴィアに帰ろうという話になった。反クッパ同盟もうろついているし、この廃墟で夜を過ごすのは勧められたものではなかったのだ。
そして今日も、城跡から出ていく一同の後姿を、寂れた城内の奥の通路先から、じっと見つめている二つの目があった。
前の話へ/目次に戻る/次の話へ