新たな刺客? 客引き?
1月3日――
コトゲウメの案内でクッパ国の跡地、主に城内を見てきた翌日、今日はパタヴィアの町でのんびりとしていた。一日置きに跡地の調査と、町で休憩する日を繰り返すことに決めたのだ。
「毎日遺跡探検していたら疲れますの」
主にそれほど体力に自信の無いユコの要望などからである。それに反クッパ同盟のような荒くれが出てくるのでは、気も休まらないというものだ。
「あーあ、反クッパ同盟が居なければ、もっと安心していろいろ見て回れるのになぁ」
「コトゲウメさんの話では、クッパ国跡地に出没するらしいけど?」
「嘘! あたしたちに町で絡んできた!」
そんなわけで、今日は全員で移動。先述の通り反クッパ同盟を警戒してのことだ。コトゲウメの話ではクッパ国跡地で旅人狩りをしているというが、ソニアやユコの話では、町の中にも出現したというのである。そんな場所に、ソニアとユコを二人にしておくのは危ないというわけだ。
「しかしなぜだろうね? 跡地を訪れた旅人しか襲わないと言うのに、町で襲ってくるとは」
「顔を覚えられていたんだろう。こいつらアホみたいな顔しているから、すごく覚えやすいからな」
なんだかさらりとリゲルは二人の娘を煽った。確かにリゲルより勉強はできないけど、アホみたいな顔は無いだろう。真面目なロザリーンと比べられたら、そう評価されるのも仕方がないのかもしれないが。
「やっぱり最初に遭遇した時、ソニアたちだけ覚えられていたか」
「おう、覚えているぞ!」
ラムリーザが呟いた時、背後から威勢の良い声が響いた。
「誰だ?!」
振り返るとそこには、赤いのと青いのが二人。
「またお前らかよ」
ラムリーザを軸にしてズィっと前に出てくるレフトールに、ササっと後ろに隠れるソニアとユコ。リゲルはそのままラムリーザの隣だ。まるでレフトールを頂点にした、五角形のような陣形になった。
レフトールは、「レフトールの前は、ラムさんが守る」などと意気込んでいて、すかさずリゲルが「逆だろ馬鹿が」と突っ込んでくる。
「何ぶつぶつ言ってんだよ!」
なんとも余裕を見せているラムリーザたちに、赤い方モートンが大声を張り上げた。
「だってさぁ――、君たちも懲りないね」
「何だと?!」
「これまで二回やってきて、二回とも迎撃しているよ」
そう、これがラムリーザたちの見せる余裕の根源だ。ソニアやユコは怖がっているが、それは相手が荒くれだから仕方がない。
「俺は三回迎撃している――というより俺が迎撃した時以外は、轟音にこいつら逃げていっただけじゃん」
「うっ……」
レフトールの指摘に、ラムリーザは思わず呻いた。要するに、ブランダーバスの弾丸を命中できなかったということだから。
「ええい黙れ! 今日はマンハーの兄貴に来てもらったから、お前らも今回こそは雪辱を!」
「また雪辱かコラ! 昨日もそんなこと言ってたなコラ!」
反クッパ同盟とレフトールのやり取りを聞いていると、まるでツッパリ同士の抗争だ。いや、レフトールはツッパリの番長だから、自然とそうなるのであろうが。
「黙れ黙れ! 兄貴! 出番ですぜ!」
モートンは叫びながら右に一歩移動し、ハナマも合わせて左に一歩動く。その間から現れたのは――
「待たせたな! 俺の可愛い弟分をいじめるのは誰だー?!」
なんだか軽薄そうな見た目のにいちゃんだ。そこらでナンパか客引きでもやっていそうな雰囲気だ。
「へっへっへっ、マンハーの兄貴は強いぞー」
どうやらマンハーという名前らしい。そして赤と青の言い分では、強いらしいがはてさて。色で分けるとしたら、髪の色が明るい茶色ぐらいとしか表現のしようがない。それ以外の特徴と言えば、薄桃色のシャツに紫っぽいスーツを羽織り、首筋には黄色いリボン――やはり客引き?
「何だ何だ? 倒したら次から次へと上が出てきて、戦闘能力がインフレする系か?」
モートンとハナマ二人相手にも全く引けを取らなかったレフトールは、今更もう一人増えたところで全然脅威に思っていないようだ。それに三人ならこちらにまだラムリーザとリゲルが控えている分、人数的に言っても同じになっただけだ。
しかし赤いの、モートンも負けていない。
「それもこれもここで終わりさ。マンハー兄貴、そいつをやつけたら、次はあっちの金髪の方の男をお願いしまっせ。そいつは脚癖悪いのと、あっちのは妙な妖術使うから気を付けるんだ」
マンハーは前に進み出て、レフトールと対峙する。代理戦争みたいな感じで、ラムリーザ陣営と反クッパ同盟の戦いが再び始まった、ただし町中で。
「待てよ、貴様見覚えがあるぞ」
マンハーを前にして、レフトールは眉をひそめた。後方のラムリーザ陣営でも、ラムリーザとリゲル、ソニアとユコがひそひそと話し合っている。
「レフトールの言う通り、何だか初めて見る顔じゃないんだよね」
「俺もそう思った。あの客引きみたいな奴、どこかで――」
「何だかムカムカしますわ。腹が立つような、変ですの」
「あっ、わかった! 客引きだ!」
ソニアは気がついたようだ。
「あっ、そうだてめーっ!」
ソニアの一言で、レフトールも思い出していた。
「あ――、やあやあや、いらっしゃい!」
レフトールが凄むのを見て、マンハーは突然営業を始めた。そう、この男、パタヴィア南部のキャバクラみたいな店、猫目石の竜宮城の入り口前に居た客引きその者であった。
「ちっ、何がいらっしゃいだてめーっ!」
「お客さん、そう言うなって。前に遊んでってくれた時には、たまたま変な女に当たっただけさ」
「ほほう、そんな言い方をすると『いい女』が居るように聞こえるぜ」
なんだかよくわからないが、一触即発の危機っぽい展開だったのが、突然繁華街ではよく見られる光景へと早変わりしていた。ここが猫目石の竜宮城の入り口前だったら、何の違和感もない。
「うちのナンバーワンの子はすっごい美人だぜ。あんな奇麗な子、めったに居ないよ」
「ふっ、てめー舌が二枚あるだろ?」
「ちぇっ、信用ねぇな。本当のことなのに」
「で、その美人の女の子って、なんて名前?」
レフトールとマンハーが、客と客引きの対応をしている隙に、ラムリーザは腰に吊るしていたブランダーバスを手に取り、銃身を開けてみて弾薬が残っているのを確認する。弾薬は一個で三発撃てる。昨日の戦いで弾薬を詰めたので、あと二発は残っているはずだ。当たれば二人は撃退できる、当たれば。
「源氏名は『レア』ちゃんだよ。指名すればその子が来るから、絶対にハズす事はないよ」
「もっと早く言えよ、やっぱり俺の一万返せ! リョーコっての呼んだらババアが出てきやがったぞ!」
「お客さん、その子は熟女好きにとってはナンバーワンですよ」
「俺はババア好きじゃねぇ!」
レフトールはマンハーに殴りかかり、モートンとハナマもラムリーザたちを狙いに一歩踏み出した。
ようやく元の雰囲気に戻ったところで――
ドウン!
ガシャーン!
激しい轟音と、ガラス窓の砕ける音が、周囲に響き渡った。
ブランダーバスを構えて固まっているラムリーザと、それを見つめる十四の瞳。
そしてここまで見て見ぬふりをしていた他の町人も、立ち止まって周囲をキョロキョロしていた。
シーンと静まり返っていた空間が、次第にザワザワし始める。突然の轟音に、町の人たちは不思議がる者、不安そうな顔をする者と様々であった。
「当たらないね」
ソニアがぽつりと呟いた。割れたガラス窓は、右側に立つモートンから少し右にそれた場所にあった。
ラムリーザは自身の顔が引きつっているのを感じていた。武器として使えると思って持ってきたブランダーバス。わざわざ護身具として、肌身離さず持ち続けてきたブランダーバス。
しかしこうして実戦に持ち込んで見たところ、まるで役に立っていない。自身の練習不足を悔やんでも仕方がないが、どうしたものか。
「でかい音が響くだけで、ただのこけおどしだな」
しかも、三度とも音が出るだけで何も起きていないのに、とうとう反クッパ同盟も気がついてしまった。
初めて轟音を目の当たりにしたマンハーは固まっているが、三度目のモートンとハナマはこちらに向かって来ようとしている。
しかしこちらも同じ状況だ。三度目のレフトールは、すぐに二人の行動に反応する。
「おいっ、マンハーの兄貴、あの妖術師は轟音で俺たちを脅かしているだけだ。構うこと無いぜ、やっちまおう」
ラムリーザはギリリと歯を鳴らす。敵に舐められてしまったのと、命中させられない自分の腕に腹が立った。
三人がかりでレフトールに襲い掛かってこようとしたその時――
フォーンフォーンフォーン!
遠くからサイレンのような音がする。
「やべっ、マッポのお出ましだ!」
「運がよかったな、今日は時間切れのようだ」
モートンとハナマは、マンハーを引っ張ってどこかに逃げてしまった。これでレフトールにとって一勝三追い払い、他のラムリーザたちにとっては三度とも追い払いで決着がついたのである。
そこにやってきたのは、白と黒で色分けされた車、天井には青いライトがついていてクルクル回っている。
車から降りてきた人を見て、ソニアは「あ、憲兵隊が来た」と言った。どうやら騒ぎを聞きつけて、治安部隊がやってきたようだ。
「先ほどここで轟音が響いたという通報を受けてきたのだが、何か見ていないかね?」
憲兵隊みたいな治安部隊は、ラムリーザたちに問うた。ラムリーザは、自然を装ってブランダーバスを腰に戻す。この武器は帝国で開発されたばかりで、他の国には広まっていない。だから治安部隊の目にもただの飾りとしか理解できなかったようだ。
「えっと、憲兵隊の方々ですか?」
一応ラムリーザは尋ねてみる。ここは他の国なのだ、確証の取れない相手には滅多なことを口にできない。
「マッポという治安維持組織です。ずっと南のエルドラード帝国では憲兵と呼ばれているみたいですね。帝国からの旅行者ですか?」
「そうです――」
答えかけたラムリーザを押しのけるようにして、リゲルが前面に立った。
「先ほどの轟音は、反クッパ同盟に絡まれて、その時の騒ぎだ」
リゲルは機転を利かせて、責任を全て反クッパ同盟に押し付けてやろうと試みた。
「やはりまた反クッパ同盟ですか」
憲兵隊のパタヴィア版、マッポの隊員はため息をつきながら答えた。どうやら反クッパ同盟は、この国では広く知れ渡っている厄介者集団と認識されているようだ。旅人であるはずのリゲルの言葉に対しても、何の疑いもなく認めている。
結局この町中での轟音事件は、またしても反クッパ同盟による迷惑行為で片づけられたようだ。
「ふ~む、クッパ国滅亡で語られている『クリボー責任論』みたいに、現代ではなんだか反クッパ同盟に問題事を押し付けているような気がするな」
治安維持部隊マッポが去った後、リゲルはそう呟いた。
「でもクリボーと違って、反クッパ同盟は本当に悪さしているのだから、彼らの判断も間違いないよ」
などと、轟音を発生させたラムリーザがマッポを庇う。
「でも弾丸を当てないと、そろそろあいつら轟音にも慣れてきているよ」
「くっ――」
ラムリーザはソニアに痛い指摘をされて、思わず手を伸ばしてソニアの巨大な胸のてっぺんをつねってやった。
「ふえぇ――」
その夜、再び羽ばたく亀亭の客室に戻ったラムリーザは、持ってきた携帯端末で自宅からの連絡を受けたのであった。珍しく、母親のソフィアからラムリーザに通話が入ったのだ。
「あー、そんなこともあったねー」
その話を聞いた時、ラムリーザはのんびりと外国旅行を楽しんでばかりは居られないということを思い出した。明後日が週末なので、明日には帰る準備をして故郷に帰らなければならない。
パタヴィア巡りもいろいろと中途半端だが、ラムリーザはそれはそれで良いかもと考えた。
なにしろブランダーバスで放った弾丸を当てられないのだ。次に戦う時までに、なんとか命中させられるようにならないと、先ほどのソニアの指摘で痛いところを突かれたように、轟音だけでは敵を追い払うのに限界が来ている。
「一旦仕切り直しだなぁ」
ラムリーザはベッドに寝転がり、ブランダーバスを取り出して眺める。
なぜ当たらないのだろう――とまぁ、練習不足というのは間違いない。せめて的の真ん中に三連発当てられるようにならないと、実戦では役に立たないというのだろう。
ラムリーザの知らぬところであったが、実はこの辺りも帝国全体でこの護身具が流行らなかった理由になっていた。とにかく当たらないのだ。
ただし、轟音で相手を脅かせる防犯ブザー的なものとしては使えるということだが、そう扱うには重すぎるし大きすぎる。
これまたラムリーザの知らぬところであるが、ブランダーバスが実用化できるかどうかは、ここでラムリーザが使いこなせるかにかかっている部分があるのだ。
というわけで、自宅からの連絡があった外せない用事で、この旅行は明日で一旦仕切り直しということになったのである。
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