まだ生きていたのか……

 
 1月4日――
 

 朝食後、今日は午前中早くから宿を引き払って出発した。

 季節が冬真っただ中ということと、帝国よりもずっと北にある国と言うことで、朝は結構冷え込んでいる。しかし、寒いのを我慢してクッパ国の跡地へと向かう。

「ひとまずは、今日の午前中でクッパ国の調査は一旦終わりだからね」

 移動中の車の中で、ラムリーザは一同にこれからの予定を語った。

「なんでー、まだクッパを見つけてないし、クッパのも取り返してないよー」

 ソニアは不満そうだ。旅行気分のラムリーザなどと違って、ソニアとユコは、奪われた「クッパの」を取り返すという大義名分があった。

「これまでの情報だと、クッパ王は十年以上も前に亡くなっている」

「でもあたしクッパにクッパの取られた! 絶対ここに居るよ!」

「それじゃ、午前中の間に探すのだね」

 ソニアは納得できないといった感じだが、仕方がない。

 明日は新年初めての週末。毎月最初の週末に実施しているフォレストピア首脳陣パーティが開かれる日だ。昨夜の母親からの通話は、その会があるから帰ってきなさいというものだった。今年の初めてと言うのもあり、絶対にサボるのは許せませんといった内容だった。

 思い返せば一週間近くパタヴィアに滞在している。同時に、一週間近く家から離れているのだ。成人となればともかく、まだ未成年で親の保護下にある身としては異例のことだった。

 それに、週末が開けると学校も始まる。

 そんなわけで、ラムリーザはここらが一旦潮時だと判断したのであった。また来る機会はあるだろう。

 そんな話をしている内に、車はクッパ国の跡地へ到着する。よく見ると、昨日見た治安部隊マッポの車も止まっていた。昨日の今日なので、反クッパ同盟への警戒を強めているのだろう。それならそれでよい、調査もやりやすいといったものだ。

 

 今日は城跡のすぐそばにあった、大きめの建物を覗いてみた。その中には、見慣れない物が設置されているのだ。

 建物の内部は四角形で、その中央には土が少し盛り上がっている。それを取り囲むように、周囲に座席が並んでいた。何かの儀式場だろうか?

 中央の盛り上がった土は、多少崩れているが、元々は正方形に整えられていたものらしい。その中央には、二本の線が引いてあり、それを囲むように円形の線が入っている。

 正方形の大きさは、歩いて十歩ぐらいか? その内側にある縁の大きさは直径が歩いて八歩ぐらいかな? 中央の二本の線は、歩幅ぐらいの大きさだろうか。

「なんかハッキョイのリングみたい」

 ハッキョイとは格闘技の一種で、丸いリングから押し出されたり、転ばされたりしたら負けとなる競技だ。前述のとおり、夏休みのキャンプでソニアたちはリーグ戦大会をやっていた。

「ユコも上がってきてよ、勝負しよ」

「嫌ですの。一人でやってて」

 ソニアは中央の線の前に立ってユコを招くが、彼女は応じない。夏休みのキャンプで、ミーシャと共に白星配給役にさせられた苦い思いでは忘れられないといったところか。

「じゃあラムと勝負する」

「またぁ? もう、飽き飽き……」

「ラムとやったことはない!」

 仕方がないので、ラムリーザもリングの上に上がる。正直めんどくさいだけなのだ。

 ソニアはラムリーザと勝負する時に、ハンデを要求しない。体格差が大きいのに、普通にラムリーザと勝負をしたがる。

 まぁ、プロの試合では、巨漢相手に小兵がうまく立ち回って勝利を収めることもあるので、問題があるというわけではない。

「ハッキョーイ、ノコリッ!」

 掛け声を上げてソニアはラムリーザにぶつかってくるが、むろんラムリーザはビクとも動かない。ラムリーザがやろうと思えば、投げ飛ばさずともソニアを抱きかかえてリングの外に運ぶだけで、怪我させることなく勝負を終えられる。

「勝負は一回だからな」

 ラムリーザはそう言って、ソニアの腰に手をまわして持ち上げようとする。だがミニスカートなので、ズボンのように掴んで持ち上げられない。そこで作戦変更、ソニアの両肩を両手で挟むように抱えて持ち上げて、そのままリングの外まで運ぼうと決めた。

 ガシッと肩を掴んで――

「こりゃっ! ドヒョーに女が上がるでないっ!」

 突然素っ頓狂な声が、荒れ果てた建物の中に響き渡った。誰だ?

 一同が振り返ると、建物の入り口の所に見慣れない人――老人?――が立っていた。

「じじい? 奴も反クッパ同盟か?」

 すぐにレフトールが反応し、入り口とリングの間に立ち塞がる。これで新たな侵入者は、レフトールを突破しないとラムリーザの居るリングには到達できない。

 新たな侵入者は建物の中に入ってきて――やはり老人だった――レフトールの近くまでやってきた。レフトール越しに、険しい目つきでリング上のソニアを睨みつけている。

「おじいさん、こんにちは。反クッパ同盟ですか?」

 ラムリーザはソニアを持ち上げたまま挨拶してみて、妙な気分になった。もしも反クッパ同盟の一味ならば、なぜフレンドリーに接しようとしているのだろうか。

「わしは反クッパ同盟などではない。それよりもその女、ドヒョーから降りろ! 神聖なるパタズモウの舞台を汚すでない!」

「あたし汚れてない!」

 ラムリーザに持ち上げられてジタバタしながら、ソニアは文句を言う。

「パタズモウの舞台は女人禁制じゃ!」

「ふっ、しきたりか」

 老人の理論を、リゲルは瞬時に理解していた。確かに帝国にも、女人禁制や男人禁制のしきたりはいくつかある。例えば男子厨房に入らず――というのは無い。ラムリーザも団子を作ってみたこともあり、家の厨房に何度も入っている。

「しきたりなら仕方ないね。おかしいと思っても、他の国の文化は尊重しないとね」

 ラムリーザはそう言って、ソニアを抱えたままリング――老人はドヒョーと呼んでいる――の下へと降りていった。ソニアがリングから降りると、老人の表情もいくぶん和らいだ感じになった。

 改めてラムリーザは、その老人を観察する。反クッパ同盟と違って敵対しているわけではない。頭はすっかり禿げ上がってしまっているが、太い眉毛はくっきりとしていて眼力だけは強そうだ。

「パタズモウとは何か?」

 ラムリーザが何も言わずにいると、代わりにリゲルが質問を投げかける。確かに先ほど、この老人は「パタズモウ」と口にした。あとは「ドヒョー」だったか?

 老人は、一同をぐるりと見まわしてから語りだした。

「パタズモウとは、クッパ様が開催したスポーツ大会。毎年奇数の月に、十五試合行っておったのじゃ」

 そう説明しながら、老人はどこか遠いところを見つめているような目つきになっていた。今ここはすっかり荒れているため、思い出話の類なのだろう。

「どんなスポーツだ? このリングを使うのか?」

 今日は完全にリゲルが主導権を握って話を進めている。

「リングではない、ドヒョーじゃ。このドヒョーから突き落とされたり、転んだりしたら負けじゃ」

「何それ、ハッキョイと同じじゃない」

 ソニアの指摘通り、確かにそのルールだと内容は同じっぽく聞こえる。

「ああ、南の方の国ではそう呼ばれておるらしいの。だがこのクッパ国ではパタズモウじゃ――ってこりゃ、女は上がっちゃイカンと言っただろうがっ!」

 ユコがドヒョーと呼ばれているリングに上がろうとしたのを目ざとく見つけた老人は、すぐにまた素っ頓狂な大声を張り上げた。

 なんてことない、呼び方の違いだけであった。ユライカナンのリョーメンも、ここではらうめんだった。国によって呼称が違う場合は多々あることだ。

「ラムさん、勝負しようぜ」

 ドヒョーの上からレフトールが呼んでいる。レフトールは男子なので、老人も文句を言わないようだ。

「番長なんかあたしが退治してやる。ラムが出るまでもない!」

「こりゃーっ!」

 とまぁ、こんな具合であった。古い人間は、かくも頑固な傾向になりがちなのである。

「それで、老人はここで何をしているのか? まさかこのドヒョーとやらに、女が登らんよう監視しているだけってことではあるまい」

「わしか? わしはここに住んでおる」

「ここ? ここってクッパ国その町の跡地ですよ?!」

 思わずラムリーザは問い直す。しかし老人の返事は、頑固そのものであった。

「わしにとって、クッパ様は何よりも愛する方。例えクッパ国が無くなっても、わしはここに住み続けなければならないのだ」

 過去の栄光を忘れられない系か? しかしクッパ国の最後は、汚名に満ちたものであるし、クッパ王も褒められたものではない。だがそこは人それぞれ、凶悪犯罪を犯して死刑囚となった者と獄中結婚するような奇特な女性も居ることもあるから、どんな人が居ても不思議ではない。

「住んでいたにしては、初めて出てきたな」

「わしは見ておったよ、そなたらが反クッパ同盟と揉めておるのを。二度もやりあっておったの」

「見ていたのなら――」

 そこでリゲルは言葉を切った。こんな老人に助けに出てもらうのも酷な話だ。巻き込まれないように隠れているのが筋というものだ。

「その反クッパ同盟は、この跡地で暴れているって話だけど、ここに住んでいて危なくないですか?」

 だから、代わりにラムリーザが質問を続ける。

「やつらはわしには手を出さん」

「やっぱり仲間じゃねーのか?」

 これには、レフトールが凄む。子分たちと群れる者は、仲間内でのやり取りに敏感だ。

「わしを襲って、何を奪えるのだ?」

 しかし、それに対する老人の返答は、すぐには理解できなかった。

「え~と――」

 ラムリーザは、どう言ったものか言葉に困っていた。そこにリゲルが耳元に寄ってきて、老人に聞こえないよう小声でアドバイスする。

「あまり関わらない方がよいだろう。この廃墟に住んでいる浮浪者の類だ」

「ぬぅ……」

 確かによく考えてみると、廃墟に住んでいる以上、まともな住民とは言えない。

「おじいちゃん、クッパってまだ生きているでしょ? どこに隠れているか知らない?」

 ラムリーザとリゲルが老人と語るのを止めたら、今度はソニアが質問を投げかける。クッパ国跡地に来ることとなった当初の目的、クッパを探すという目的に向けた質問だ。

「こりゃ、クッパ様と呼べ」

「む~、クッパ様はどこ?」

 ソニアは細かい指摘を何とかこらえて、質問を繰り返した。

「クッパ様か……、逝去されてからもう二十年になるのぉ……」

 逝去、つまり亡くなってから二十年。この事実だけは覆らないようだ。そう言う老人は、また遠い目をしていた。

「やっぱりそうだよ。クッパのは諦めよう。取られたのも気のせいだよ」

 ラムリーザはそうソニアを諭すが、そんなことで簡単に納得するような娘ではない。

「あたしちゃんと取られたもん、クッパに!」

「私もクッパの取られましたの!」

 ソニアとユコが騒ぎ出す。この旅行中、何度も繰り返されたパターンだ。ソニアだけなら奇行の多い娘、作り話と言う線も僅かに発生するが、ユコも一緒だから完全に否定できないのが厄介なところだ。

「クッパのか、そんなものもあったのぉ……」

 二人の「クッパの」という単語に、老人も反応したようだ。

「クッパの、知ってるの?!」

 ソニアは期待を込めて老人に尋ねるが、語ってくれたことは既に知っている内容だった。

 要するに、クッパタを欲しがるクッパが、手に入らないので中身は同じで名前だけクッパのに変えて売り出したというもの。そしてそれを買おうとした者は、ソニアやユコと同じ目に合ったというものだ。

 しかしここまで人の話や見解が一致するということは、これは事実であると見るべきだろう。クッパのは存在する。それをクッパ以外が手に入れようとすると、どこからともなく現れたクッパに奪われる、と。

 最終的に残った問題は、それがなぜ現代に、二十年前に亡くなったはずのクッパが現れて奪っていくのか、といったところである。

 

 そんなことをやっているうちに、そろそろ日も高くなってきた。明日までにはフォレストピアに帰らなければならないので、そろそろ出発をしなければならない。

 一同は建物を出て車へと向かう。そして老人も暇なのだろう、車のところまでついてきたのだ。

 ラムリーザはそんな老人を見て、ふと、ある仮説を浮かび上がらせた。

 クッパ王は二十年ぐらい前に亡くなったと聞く。これもパタヴィアで聞いても誰もが答えるので事実だろう。しかしそれが、全ての住民が結託して作り上げた虚実だとしたら?

 そして反クッパ同盟、クッパが亡くなったというのにまだ反抗している。そしてその活動場所は、主にクッパ国の跡地。観光などで訪れた旅人を脅しては金品を巻き上げているらしいが、それがもしも仮の姿ならば? クッパ王がまだ生きていて、未だに狙い続けているとすれば?

 大きな悪、すなわちクッパ王打倒を隠すためには小さな悪、すなわち旅人を襲う野盗的行動を広めよという理論に沿って動いているとすれば?

 そしてこの老人、確かにこの跡地にずっと住んでいるという。まるで何かから隠れるかのように、反クッパ同盟とか。

 もしもクッパ王が、何かを隠すために今も生きていて、隠者を装っているとしたら?

 そこでラムリーザは、別れ際に最後の質問を投げかけた。

「老人、名前を聞いていませんでしたが、ひょっとしてあなたはクッパ王ではないのですか?」

 ラムリーザは、この老人が隠遁生活を送っているクッパ王ではないのかという仮説を立ててみたのだ。

 その質問を聞いた時、老人がラムリーザを見る視線はともかく、ソニアとユコは老人に鋭い視線を向けた。

 一瞬だけ強い風が吹き、砂ぼこりとソニアのミニスカートを巻き上げた。

 そして老人は、ぽつりとつぶやいた。

 

「わしは、クリボーじゃ……」
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き