なぜ弾が当たらないのだろう
1月6日――
ドウン!
フォレスター亭にある庭園アンブロシアに響き渡る轟音。
今日もラムリーザは、朝からいつもの射撃訓練場でブランダーバスの練習をしていた。訓練場と言ってもそんなに大げさなものでなく、発射場所と的があるだけだ。
ラムリーザはいつもの発射場所に立って、的に狙いを定めて引き金を引いた。三発の轟音が続き、的を確認すると全部当たり。
「おかしいな……」
練習では、このように命中できる。しかしパタヴィアの町やクッパ国跡地での実戦では、かすりもしなかった。
ターゲットにしている紙がボロボロになったので、外して新しい物を設置する。最初はただ円を描いただけの的だったが、最近では人の上半身を描いた絵を的にしていた。
ブランダーバス自体には、殺傷力はそれほどない。ただし当たり所が悪ければ、重傷も引き起こすだろうが、よっぽど急所に命中しないかぎりそんなことはない。ただ、弾丸の威力は格闘のプロが思いっきり殴ったぐらい以上の破壊力はある。遠距離から格闘家が殴ったり蹴ったりしてくるようなものだ。さしずめ腕が伸びたり脚が伸びたりして攻撃してくる――なんだかソニアが対戦を挑んでくる格闘ゲームに、そんなキャラが居たような気がするが、それはまぁ特にどうでもよい。
ラムリーザは、的を設置しなおしていつもの場所に戻る。そして発射、当たーりー。
最初は的に命中すらできなかったが、今ではここまで上達している。それなのに、実戦では役に立たない。訓練と実戦、そこまで違う物なのだろうか?
もう一度弾を込めて三連射、全て的に描かれた身体に命中した。実戦訓練をやりたいところだが、実際に人に当てるわけにはいかない。犯罪を犯して憲兵隊に捕まった罪人が、例えば鞭打ち十回の刑となった時、代わりにブランダーバス十発の刑などに変えてもらえないだろうか? ――とは言うものの、鞭打ちと違って辺りどころが悪ければ重傷、運が悪ければ死なせてしまうのが難点だ。では死刑囚で訓練を積むか――?
「ラム~」
――などと考えていると、起きてからずっと一緒に居たソニアが口を開いた。ソニアは起きたばかりでまだ眠かったのか、何もしゃべらずずっとぼんやりと見ているだけだった。
「危ないから触らせないよ」
ソニアはブランダーバスを勝手にいじって暴発させたこともあった。もっとも今では、引き金を重くして、ラムリーザほどの握力が無いとなともに引けないようにしているので、ソニアが持ったところで撃てないから安全ではある。
「違うよ~、ラムっていつも同じところから同じ的にしか撃たないのねって思ったの」
「そりゃそうだよ。ここが発射位置、そしてあそこが的。最初に決めて、なんとかまともに命中できるようになったんじゃないか」
「こっち来てよ。少しは場所を変えて撃ってみたら?」
「ぬ……」
ラムリーザは、ソニアの何気ない提案に、ふと思う所を感じた。そこで発射位置から離れて、ソニアの傍に向かった。ラムリーザが傍に来たので、ソニアは甘えたように鼻を鳴らしながら腕にしがみついた。
ソニアを左腕にしがみつかせたまま、ラムリーザは再び弾を込める。そして、これまで練習していた発射場所から幾分左側に移動した場所から、的に武器を向ける。ここから見ると、的は少し左向きになっている。
まずは一発目、ドウン!
「んんっ?」
立ち位置を変えて撃った弾は、的にかすりもしなかった。
続けて残りの二発も撃ったが、結局一発も当たらなかった。
「こ、これは……?」
「当たらないね」
「――そういうことか」
これまでラムリーザは、同じ位置から同じ位置に置いた的を撃っていた。それを何度も何度も繰り返して、ようやく命中できるようになってきた。その場所から、同じ位置の的に。
つまり、もしも反クッパ同盟が、同じ高さ、同じ角度、同じ距離に立っていたら命中していたかもしれない。
「そういうことか……」
ラムリーザは、手に持ったブランダーバスを見つめながら、同じことを呟いた。
確かに何度も繰り返すことで、決まったパターンでは確実に感覚を掴んできていた。しかし、的と違い敵は動くもの。そして自分も場合によっては動きながら撃たなければならないケースも生まれるだろう。
まだまだ訓練の道は長いなと思い、ラムリーザはふと天を仰いだ。
「あたしが使うことにする」
ソニアはぼんやりとしているラムリーザからブランダーバスを奪うと、ラムリーザの決めた発射位置に立たず、適当な場所で狙いを定めた。そして引き金を――動かなかった。
安全装置は効いている。ソニア程度の指の力では、引き金を動かせられない。これで暴発を避けると同時に、ラムリーザ以外には使えないようになっている。
「ふっふっふっ、ソニアが扱うと危ないから、引き金を重くしたのを忘れたかな」
「なによもう、つまんないの」
ソニアはブランダーバスをその場に投げ捨てた。それをラムリーザはすぐには拾わない。使えない護身具には、特に必要ないかも……
ラムリーザは、傍に立っている木の根元に座り込むと、頭の後ろで手を組んでぼんやりとソニアの行動を眺めていた。
ソニアは手ぶらになった後、しばらく的の傍に行ったり離れたりを繰り返している。特に意味のある行動では無さそうだ。でもそんなソニアを見ているだけで、ラムリーザは可愛いなと思うのであった。
「お困りの様ですかな?」
そこに、ふいに声を掛けられる。見回りに来た、暫定的騎士団長のメトンだ。今日はジェラルドは一緒ではないようだ。
「困ってるの――かなぁ? ブランダーバスだけど、どうもいまいまち弾を命中させられなくてね」
ラムリーザは、ここまでの経緯をメトンに語った。同じ場所から同じ的になら当てられるけど、それ以外の環境になると全くダメなこと。同じ環境でしか使い物にならないことなど。
そしてメトンは、投げ捨てられたブランダーバスと、それを拾おうとしないラムリーザ、そしてうろうろしているソニアを見て声をかけた――わけではなかった。
「そうなのです。発射の反動にも負けずに使っていた人たちも残っていましたが、今度はどうやってもうまく的に命中できないという問題が発生しましてな」
「ふーん、やっぱり使い物にならないのかなぁ」
一応轟音で威嚇用に役立っている。しかし同じ相手だと、そのうち慣れられてしまうのも欠点だ。反クッパ同盟には、もう轟音は通用しないだろう。次に対峙する時までになんとかしないと、これはもう使い道がない。
「安心してください。画期的な開発がありまして、命中率に関して向上するかもしれませんよ」
「本当ですか? そんなことができるんだ」
ラムリーザは、転がっているブランダーバスを拾い上げて、メトンに手渡した。メトンは、そのことを知らせるためにやってきたのだ。
「しばらくお待ちください。そうですな、二時間もあれば仕上がると思います」
「宜しく頼むよ」
メトンに任せることで弾の命中率が改善するのなら、何でも試してみようというものだ。少なくとも今のままではどうしようもない。
そのままメトンは、技師のカリポスの所へと向かっていった。
暇になったラムリーザは、同じく暇そうにしているソニアと一緒に、二時間ほど町をぶらぶらしてこようかなと考えた。ひょっとしたら、クッパのが見つかるかもしれない。そう考えて、雑貨屋などに入って時間を潰していた。
残念ながら、この日はクッパのは見つからなかった。良いことなのか良くないことなのかわからないが、やはりソニアの見間違い――と言ってもユコも被害者だし、やはりラムリーザにはよく分からなかった。
むしろ今のラムリーザには、クッパのよりもブランダーバスを使いこなすことだけに集中していた。次に反クッパ同盟と対峙した時には、絶対に当ててやる、と。
町をぐるりと回って、再び屋敷の庭園アンブロシアに戻った時、そろそろ二時間が経過しようとしていた。そして良いタイミングで、メトンが戻ってきた。
「できましたぞ。これを試してみなさい」
メトンはラムリーザに、手を加えたブランダーバスを手渡した。特に変わったところは見受けられないようだが……?
「ええと、何が変わったのですか?」
「照準器――とでも言っておきましょうか。まだ正式名称は確定してませんが、それを利用すれば命中率がかなり飛躍しますぞ。先端部分と後方部分を見てみなされ」
メトンに示された部分をよく見ると、銃の先端辺りに突起が追加されていた。前方の突起は尖った台形型だ。さらに、持ち手となる部分の上側にも、別の形をした突起が追加されていた。後方の突起も台形型だが、その中央はくぼんでいる。
「これをどう使うのですか?」
「後方の照準器についてあるくぼみから覗き込んで、先端の照準器が丁度真ん中にくるようにして撃ってみてください」
ラムリーザは、メトンに言われた通りにしてみた。いつもの発射場所でなく、メトンと話している傍から的を照準器越しに見る。手前のくぼみから覗き、先端の突起が真ん中に来るように合わせて引き金を引く。ドウン!
「あっ、当たった」
別の場所から見ていたソニアは、弾が的に命中したのを確認したようだ。
「何っ? これは本当か?」
ラムリーザは数歩移動して、また別の場所に立つ。そこから照準器を覗いて的を見て、ドウン!
以前のように同じ場所から撃てば、結構真ん中の方に当たっていた。今回はとりあえず的に当たったが、場所はバラバラだ。しかし、とにかくどこからでも当てられるようにはなったものだ。
念のために今度は数歩下がる。いつもの場所から距離が離れた状態だ。そこから同じように、照準器越しに的を見て撃った。
「当たってるよー」
「マジかいっ?!」
ラムリーザは気分が高揚していた。メトンの用意した照準器とやらはかなり効果があるらしく、命中率は飛躍的に上昇したようだ。
「如何でしょうか?」
「すごいですねこれは。これなら実戦でも役に立ててみせますよ」
「おめでとうございます。しかし実戦とな?」
「あ、いや、こっちの話ですよ。ははっ」
パタヴィアで反クッパ同盟に襲われた、などとは言えない。言えば大騒ぎになること間違いなしだ。しかも護衛がちゃんとついている。その護衛が騒がないということは――
それに、実戦で外してばかりだったことも言えないでいた。そんな恥ずかしいこと言えるか、というものだ。
「パタヴィアでは一度もかすりさえしなかった件ですか?」
「えっ? なんで?!」
「いえ、護衛の者から聞きましてな。もっと早くこの照準器を開発しておれば、領主さんに恥をかかせずに済んだものを……、遅れて済みませぬ」
「あ、ああ、そうですか」
要するに、しっかりと護衛の者は見ていてくれたというわけだ。普段はラムリーザたちの行動に影響が出ないよう潜んでいる。そういえば今は護衛の者も少なく、騎士団予定のメンバーが何人か同行していたはずだ。そこから漏れたのだろう。
「次の戦いでは期待できますな」
「任せておけ」
ラムリーザはなんとも言えない気持ちで、そう答えるしかなかった。
メトンが立ち去った後、ラムリーザは撃つ場所をコロコロと変えながら練習を続けていた。照準器の性能はすばらしく、どの位置から撃っても、悪くても的をかするようにはなったのであった。
また、命中させられる距離も伸ばせそうだ。一回弾薬を込めると三発撃てるので、敵が接近してくるまでに三回攻撃ができることになる。これはかなり有利な状況ではないだろうか? 例えば足などを狙い撃ちにできてダメージを与えられたら、その後の戦いを有利に持っていける。
「ラム~、おなかすいた」
その時ラムリーザの練習を見ているだけのソニアは飽きたのか、本当にお腹がすいたのかわからないが、ラムリーザにしがみつくように引っ付いた。単に食いしん坊なだけだというのもある。
しかし朝起きてから練習を続けていて、途中二時間ほど町をぶらぶらしてきたのだ。そろそろ昼食の時間でもあった。
「わかったよ、戻ろうか」
ラムリーザはブランダーバスを腰に戻すと、ソニアの肩に手をまわして屋敷の方へと向かった。
本当に、次の戦いが楽しみだな。