新しい移動手段
1月11日――
学校の休み時間にて、パタちゃんクエストの雑談が一段落したところだ。
「いよいよまたクッパ国ですのね」
何も知らないユコは、週末の休みを前に浮かれている。クッパのはクッパの、旅行は旅行、切り分けて考えているのだろう。
ラムリーザは、ユコが嬉しそうなのを見て、ますます言い出せなくなった。そして、リゲルが言ってくれるだろうと考えていた。
「リリスは次行くのん?」
ソニアの問いに、リリスは首を横に振る。
「いいえ、私はトラックの運転の方が大事よ」
「なんでトラックなのよ」
リリスは怪しげな微笑を浮かべただけだった。リリスにとって自動車の教習所通いは別にトラックが第一ではない。ジャンとのデート代わりになっているのだ。メインは、ジャンの自動車運転免許獲得である。
「そういうことだ。ま、クッパ国でクッパのを集めてきてくれ。あと次はあのゲーム機、俺たちにも土産でな。俺たちは教習所でデートしてるから」
「それ、デートになるのか?」
ラムリーザは、ジャンに問う。自分はソニアと教習所デートをやりたいとは思わない。
「俺だけ車の運転ができんのが癪だからだ」
「素直でよろしい」
要するに、リリスはジャンの付き添いだ。
「あら? それは何かしら?」
そこでリリスは、ラムリーザの腰を指して問う。腰にぶら下がっている筒状のアイテムに気がついたようだ。
「ああこれ、護身具。ブランダーバスっていうんだ」
リリスはラムリーザの練習風景も見ていないし、パタヴィア旅行にも参加していない。これまで気にも留めていなかったが、今初めて気になった様だ。
「へー、見せてもらえないかしら」
「いいよ」
ラムリーザはブランダーバスを机の上に置いた。ラムリーザは気にならないが、ちょっとばかし重い。置いた時に、ゴトリと音がする。
リリスはそれを手に取り、ぐるぐる回しながら観察している。先端の筒の先を覗いているが、これは危ない行為である。
「それ、大きな音がするんですのよ」
少しばかり実物を知っているユコは、リリスに説明する。しかしやはり、音がするだけの道具になっている。ゲームセンターでも轟音を轟かせたばかりだ。恐らくリリスは、そこで存在を知ったのだろう。
「ふーん」
リリスは好き勝手いじっているが、今は弾薬を入れていないから安全なはずだ。それに、弾薬が装填されていたとしても、暴発させない仕組みは施してある。リリスはそれを使いこなせないはずだ。なぜなら――
「動かないわね」
リリスは引き金に気がついて、そこを動かそうとした。しかし、どれだけ力を込めてもその引き金は、ピクリとも動かなかった。
今度はユコが手に取った。同じように構えて、引き金を引こうとする。
「動きませんわね」
だが、結果は同じだった。
「ラムじゃないと動かせないもーん」
ソニアのいう通り、以前ソニアが暴発させて危ない目にあった時、引き金を細工して重くしてやったのだ。その結果、ラムリーザ程の力がなければ扱えない道具となってしまった。
さらにジャンも試してみたが、動かない。それを見て、ラムリーザは安心した。この護身具は、ラムリーザ専用である。
「それで、今日はいつ出発ですの? 学校終わったらすぐ? それとも明日の朝?」
「それなんだけどね……」
ラムリーザは、ユコの問いに答えかけて口ごもる。やはり言い出しにくい。明らかにここの空気は、次の旅行を楽しみにしているものだ。そんな中、行けないなんて言えない。
「リゲルすまん、たのむ」
ラムリーザはすぐ後ろの座席にいるリゲルを頼った。リゲルは、大事なことであれば汚れ役を拒否しない傾向にあるのがラムリーザにとって頼りがいがあった。もっともリゲル自身が、三馬鹿トリオに対して辛辣なことを言うのを楽しんでいる感もあるのだが。
リゲルは、ユコたちに昨日ラムリーザに話したことを述べた。フォレストピアからパタヴィアまでの距離、そして移動に丸一日かかること。冬の長期休暇だったから、一日を移動日に当てられたので旅行できたが、週末の二日では行って帰ってくるだけで時間のほとんどを潰してしまうことを。
「だから、春休みまで行けない」
最後に、こう締めた。
「そんな、ひどい。パタヴィアに連れて行ってくださいますね?」
「いいえ」
「そんな、ひどい。パタヴィアに連れて行ってくださいますね?」
「いいえ」
「そんな、ひどい。パタヴィアに連れて行ってくださいますね?」
「いいえ」
「何をやっているんだ?」
リゲルとユコが同じことしか言わなくなったので、ラムリーザは心配して口を挟んだ。
「リゲルさんがはいと言うまで話は進めませんの」
「ふっ」
リゲルは小さく笑うと、頭の後ろで手を組んで背もたれに大きくもたれてユコたちから距離を取った。言うことは言ったから、もう後は知らないってことだろう。
「何よそれ、あたしクッパのを取られたままで居ろってこと?」
ソニアもリゲルの言ったことをようやく理解して、文句を言いだした。ここまではラムリーザの予想通りの展開だ。これをラムリーザが言っていたら、非難の矛先はラムリーザに向いていただろう。しかし今回はリゲルが言ったので、非難の矛先が物理的距離に邪魔されて届かない。
「しょうがないよ。クッパタを買ってやるから諦めよう」
「そんなのやだ! クッパのが欲しい!」
どうもソニアの目的が違ってきているように見えるが、丁度その時、授業開始のチャイムが鳴ったので、口論は一旦終了となった。
次の休み時間、ラムリーザの前の席に居るユコは振り返ってこない。パタヴィアに行けないと知って、意気消沈しているのが丸わかりだ。
ユコが動かないと、リリスも机に突っ伏して寝ているだけだ。ジャンがいろいろと話しかけているようだが、「ふーん」だの「ほーん」だの――リリスはパタヴィア旅行には関係ないが、こういった面もいつも通りである。その内、ソニアをやり込める方法を思いついては、振り返って攻撃してくるのがいつものパターン。
そして前の席に居る二人が動かなければ、ソニアも練り消しで遊んでいるだけ。こうなると静かでいいが、寂しくもある。
しかしこの休み時間では、ソニアはいつものようにラムリーザに引っ付いた。
「ねぇラム、あたしさっきの授業中ずっと考えていたんだけど」
「いや、勉強しようね」
――などと、昨日勉強に手がつかずに醜態を見せたラムリーザが突っ込む。
「勉強よりクッパのの方が大事!」
食いしん坊らしいソニアの論だが、それは無いだろう。
「どうするんだい?」
「車以外の早い乗り物で行けばいいと思うの」
それはラムリーザも思った。しかし、フォレストピアとパタヴィアの間には国交はほとんどなく、周辺国との国交ではようやく隣国のユライカナンと国交を結んで鉄道が敷かれたばかりだ。
「汽車も車とそれほど速度は変わらないよ」
「汽車なら寝ている間に移動できるけど、そんなのじゃないの」
「それならな何だい?」
「夏休み最後の花火大会の日、ラム兄が帝都から乗ってきたもの」
ソニアの一言に、ラムリーザは一瞬周囲が明るく光ったように見えた。どうしてどうしてソニアは、こういった窮地にひょんなところから閃きを見せるのだろうか。夏休みにも、石板の解読で進展を見せたのも、ソニアの考えからだった。
「そうか、飛空艇があったか。リゲル、行けるかもしれないぞ」
ラムリーザは、後ろを振り返ってリゲルに報告する。
「そうなのか?」
「いい方法があった、飛空艇だ」
「ああ、そういうのもあったな。しかしあれは民間には全く出回ってないぞ」
「兄さんに頼めば、なんとかなるかもしれないよ。これしか方法が無いから、それで無理だったら諦めよう」
未来にちょっとした見通しが立った瞬間であった。
昼休み、ラムリーザは帝都へと長距離電話をかけた。と言っても、普通に携帯端末キュリオを使っただけであり、特に普通の通話と変わらない。
「兄さん、お久っ! いま大丈夫?」
相手はラムリーザの兄であるラムリアース。普段は帝都の城勤めで、長期休暇の時ぐらいしか会うことがない。電話を掛けたのを昼休みにしたのも、その時間なら城勤めでも休憩時間だろうと踏んだからだ。そして思った通り、ラムリアースは今は大丈夫と言った。
「それよりもお前どうしたんだよ、今年の年末年始、どこにも居なかったじゃないか。ソニアも居なかったぞ?」
「ちょっとクッパ国に遊びに行っててね。家族で集まれなくてごめんよ、ちょっとソニアがトラブルを起こした――のかなぁ?」
「クッパ国だぁ? もう滅びたんじゃなかったか?」
「うん、近くにパタヴィアって国ができていたんだ」
「そこでトラブルと言うことは、パタヴィアと戦争か?」
「違う違う、調査だよ。えーと、クッパ国が滅びた理由をもっと調べてみようかなってね」
ラムリーザは、とっさの思い付きで理由を作り上げた。ま、これも間違いではないが、ソニアがインスタントリョーメン取られたから取り返しに行くなどと言う理由ではマヌケすぎる。
そこにラムリアースから、なんでまたクッパ国に興味を向けたんだ? などと問われたので、こうなるとソニアの話を持ち出すしかない。
リョーメンの話はぼかして、ソニアが雑貨屋である物を買ったら、クッパ王らしき人物が現れて奪われたという話にした。そこでクッパ王を探してクッパ国に行ってみようという話になったのだと。
「なんだか不可解な話だな。つまりクッパ王は、我々に挑発行為を仕掛けてきたわけだ」
「違うと思う。クッパ王は既に死んでいたんだよ」
「死人が現れたのか? なんだかよくわからんぞ」
「そう、よく分からないから、真相を求めてクッパ国やパタヴィアの調査をしているんだ」
「なるほど、真相解明はよいことだ。何か手伝えることがあったら言ってくれ」
丁度いい具合に向こうから切り出してくれた。そこでラムリーザは、重要な援助を申し入れた。
「兄さん、帝国の飛空艇を貸してくれないかな」
「飛空艇だぁ? お前やっぱりパタヴィアに攻撃仕掛けるんじゃないか」
ラムリアースがそう言うのも無理はない。帝国の飛空艇は、軍事用に作られたものがほとんどなのだ。
「いや戦争はしないよ、――ってか戦艦を借りたいわけじゃないし。移動に使うだけ、ちょっと遠いんだよ」
「なるほどねー、移動か」
「借りられないかなー?」
「今はどことも戦争やっていないから空いてるけど、勝手に艦隊を動かしちゃまずいよな」
「いや、艦隊とか要らないって。花火大会の時に兄さん乗ってきたじゃないか、ああいうのでいいから」
「あれでいいのか? あれは新型が開発されたので実戦ではもう使わなくなった、古い型の巡航艦だぞ。戦力よりも速度重視がだいいのか?」
「速度重視で丁度いいよ。古くなったってのが気になるけど、老朽艦?」
「んや、まだ全然動く。予備に回されたはずだから、ちょっと借りても問題ないはず。よし、持って行ってやろう」
「ありがとう、恩に着るよ」
「礼はいずれ形のあるものでな」
「はいはい」
どうやら思い通りに事が進んだようであった。速度重視の巡航艦であれば、汽車や車の数倍は速いので、パタヴィアまで簡単に辿りつけられるだろう。ソニアもよく覚えていたものだ。
「しかし待てよ」
電話の向こうでは、ラムリアースが何かを思いついたように言っている。
「何か問題あるん?」
「なぁ、フォレスター家に専用の飛空艇があっても良いと思わないか?」
それは、壮大な計画であった。しかし今のラムリーザには、まだそのような物は必要ない。専用でなくとも、必要な時に貸してもらえたらそれで助かるのだ。そもそも飛空艇は、基本的に軍事用に使うものであり、民間には出回っていない。そんなものを家に置くとは大それたことだった。
「それは――まぁ追々考えるとして、その巡航艦マジで貸してよ」
「わかった。そっちの学校の時間が終わる頃に合わせて到着するように向かわせる」
「ありがとう、恩に着るよ」
「それは既出だ」
ラムリーザは指摘されて気がついた、会話がループしている。だから、言葉を変えてみた。
「ありがとう兄さん、愛してる」
「やめい! じゃあな」
最後はなんだか妙な雰囲気になったが、こうして飛空艇を借りられることとなった。飛空艇なら、車や汽車よりもずっと早いのだ。パタヴィアまでの行程が大幅に短縮できるであろう。
ラムリーザは席に戻ると、元気のないユコを安心させるために言うのであった。