ソニアの誘惑ごっこ

 
 4月19日――

 

 この日の体育の授業が終わった後、ラムリーザとソニアの二人は後片付けを任されていた。授業で使ったバスケットボールをかごに集めて、用具室に運んで行くといったものである。

 別に日直だったとか、そういった理由は無かった。何を思ったか、ソニアの方から後片付けに立候補し、あろうことかラムリーザを手伝いに指名したのだ。

 運び終えた後でふぅと息をついて二人は目を合わせる。

 その時何を思ったか、ソニアはにこっと笑うと用具室に置いてあった跳び箱に飛び乗り、ラムリーザを手招きする。

 その誘うような動作にラムリーザは眉をひそめて言う。

「なんやね、今度は何のイベントを模倣しているんだ?」

 そう、ソニアがまたゲームのイベントシーンを再現させようとしていると思ったわけだ。

「違うよー、ほら、学校じゃ二人きりになれることなんてほとんど無いからさあ」

 つまり、この機会を利用して誘っているわけだ。むしろ、二人きりになる機会を作り出すために、後片付けを引き受けたというものがあったのだろう。

 ラムリーザは下宿している屋敷でいくらでも二人きりになれるのだがと思うが、ソニアの方は学校でのこのシチュエーションを楽しんでいるのである。

 ソニアは腕を胸の下に回して、その大きな胸を抱えあげて見せる。するとその胸が体操着を持ち上げて、大きなふくらみを作り上げるのだ。

 いや、わざわざ腕を使って強調しなくても、その胸はロケットのようにつんと尖っていて、存在感抜群であるのだが。

 それでもなんだかんだでソニアは自分の胸が武器になるということを理解しているようだ。普段は嫌がっている癖に、こういう時は遠慮なく使ってくる。むろん、ラムリーザにしか見せない行動ではあるのだが。

 しょうがないな、乗ってやるかと考え、ラムリーザはソニアの胸に手を伸ばし、ゆっくりと指を押し込んでみた。

「んふっ……」

 ソニアは小さくあえぐ。ラムリーザの指先に柔らかい感触が伝わってきて、そのまま胸にめり込んでいく。

 ラムリーザは、この前の休日の夜を思い出していた。

 あの時は、二人の関係を一歩進めるために一線を越えたが、今日はまたこの場所で何かを、それにしてもやわらかい……。付き合う前までは足しか見ていなかったが、こうして触ってみると胸もなかなか……。

 ……と考えた所で我に返る。

「いやいや待て待て、これはダメだろ」

 ギリギリのところで理性が勝り――といいつつ既に手を出してしまっているが、そこは気にせずにサッと手を引っ込めながら言う。

「何がダメなのよー」

「こういうのは、家に帰ってからやろうね」

 胸での誘惑に失敗したソニアは次の手段に出た。

 ふとももの半ばまで丈のある靴下を、両足とも足首のところまでずり下げる。そして剥き出しになった脚をラムリーザに見せ付ける。ブルマから伸びる脚が美しい。ソニアは自分の脚線美も武器になることを理解しているようだ。そしてラムリーザも、むしろこちらの方が気になっていた。

 だからラムリーザはそれを見て、思わずソニアのふとももに手が伸びる。

「ん……」

 スベスベで、それでいて肉付きのいい感触が手のひらに伝わってくる。これまでにもう何度も揉んできたが、こうして改めて揉んでみると、やわらかい……。

 ……じゃない。

「いや、待て待て、だからダメだってば」

「一瞬触ったじゃん、心は正直みたいだよ」

 ソニアは少し赤くなった顔でニヤニヤしながらラムリーザを見る。今日のソニアは誘惑モードに突入中、普段は、というよりもこれまでは見せてこなかった一面だ。

「だから学校でやっちゃダメだってば」

 屋敷の自室ならともかく、学校ではキス程度に……いや、キスもちょっとまずい。せめて抱きしめるぐらいのほうがいいかもしれない。いや、それもマズいかもしれない。

「人が見ている所ならやらないよ。でも今ここだと誰も見てないし二人きりでしょ?」

「もう一度聞く、これは何のイベントだ?」

「だからー、イベントじゃないってば! あのゲームはもうやってないじゃない!」

 ちょっと怒り気味に言うソニアを見て、それなら本気なのか……腕組みをしたまま口に手を当ててラムリーザは考える。

 欲望のままにソニアに飛び掛るか、理性的になるか。そもそも拒む道理は無い。お互いの親も認めている結婚を前提とした付き合いをしているわけだし。

 ラムリーザは、親公認という所で確か母と、「清い交際をする」という話をしたことを、ふと思い出した。すでにその話は反故にしているではないか……と。

 それはもう過ぎたこととして置いておくとして、こんなところを誰かに見られたら大騒ぎになるかもしれない。

「ほら、あたしがこんなに分かりやすいフラグ立てているのに、なんで気がつかないかな?」

「フラグ? 今フラグと言った?」

 その言葉でラムリーザは理性的な考えが蘇った。やっぱりゲームじゃないか。

 

・ソニアの誘いに乗る

・ソニアの誘いを断る

 

 つまりこういうことだ。

 今現状をゲーム的な考えで行くと、既にソニアルートには入っている。というより、ゲームによってはエンディングを終わらせているとも言えるだろう。例えば先日までソニアがプレイしていたドキドキパラダイスなどではそうなる。

 だからここは、あえて真逆の選択肢を選ぶことにする。

「残念ながら、そのフラグは叩き折ることにした。今は誘いには乗らないぞ、俺様は忙しいのだ」

 ラムリーザはニヤッと笑って、腕組みをして一歩下がる。なんだかキャラが変わっていたような気がするが、誘惑ソニアもキャラが変わっているので態度は十分これでよい。

「ちっ、テンプテーション失敗」

「見切りスキルを持っていたようだな」

「むー、そんなにあたしは魅力無い?」

「魅力の無い女の子を選ぶほど僕は物好きじゃないね」

 ラムリーザの返答にソニアは嬉しそうな表情を浮かべるが、魅力の有る無しの話ではない、何事も時と所と場所をわきまえなければならない。

「ほら、こんなところで道草を食っていたら休み時間が終わるよ。早く教室に戻って着替えないと」

「そっかー、そうだね」

 そこで、ようやくソニアは無理にやらなくてもいい誘惑を諦めたようだ。

 腰掛けていた跳び箱からぴょんと飛び降りると、スタスタと用具室を出て行く。ラムリーザも用具室の扉を閉めて後を追った。

 

 体育館から校舎に通じる渡り廊下を、ソニアの後について歩いていたラムリーザはあることに気がついた。

「そういや、ソニア」

「なぁに?」

 先を歩きながら顔だけ振り返るソニア。

「なんつーか、その靴下直していた方がいいと思うぞ」

 先程ずり落としたままで、足首の所でモコッとなっている。昔はそんなことなかったのだが、最近のソニアは服装に無頓着なところがあったのだ。もっとも、普段着でソニアが靴下を履いているのは、最近では見かけたことがなかったのだが。

「んー、いいの。あたしもこの方がいいし、ラムもあたしの生足を見ることができてうれしいでしょ?」

「うれし――じゃなくて、そういう問題ではないんだけどな……」

 ラムリーザは、ソニアがそう思っているのならとやかく言うのはやめにした。ソニアの言う通り、生足を見ることができて「うれしラムリーザ(謎)」と返してしまうのも事実になってしまうのだから。

 しかし、ボタンが留まらないからだとは言え、リボンを付けることもできずに制服の着こなしは乱れている。

 これ以上服装の乱れが目立つのはあまりよくないことなんじゃないのかな……と思いながら、ソニアの後を追って教室に戻っていった。

 それでも、今日はこれ以上ソニアが誘惑してくることもなく、平穏に一日が終わったのであった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き