買い物で何故か過剰に頼られるラムリーザ

 
 8月21日――
 

 ラムリーザたち一行は、キャンプをするためにリゲルの別荘に向かっていた。

 リゲルの話では、別荘は北のカンダール山地にある湖の傍のコテージであり、湖はクリスタルレイクという名前だそうだ。

 二時間程北に向かい正午になった頃に、田舎町キャンダーに到着した。

 そこにある食料品屋で、これから数日分の食料を買い込むついでに、昼食を取ることにした。

 別荘には生活するための施設は整っているが、普段は誰も住んでおらず、食材は置いていないのでここで買っていく必要があるのだ。

 まずは昼食だ。一同は、小さなレストランに入っていった。人も少ない、のんびりとした雰囲気の店だった。

 

 食事中、リリスは何故かじっとソニアの胸を凝視していた。何か思うところでもあるのだろうか。

 ソニアはその視線に気がついて、かるく睨みつけながら左腕で胸を隠した。「何よ」と文句を言う前に、リリスはソニアに尋ねた。

「ソニア、あなたおっぱい膨らんだ?」

 リリスの問いに、ソニアは一瞬ドキッとする。

「ぶっ、そんなわけないでしょっ! これ以上大きくなってどうするのよ!」

 本当は一メートルに到達するぐらい、この春から比べて大きくなっている。ただ、リリスに知られたくないので黙っているだけなのだ。多少声が上ずっているし、不自然に噛んでいる所が怪しいとも取れるが。

「大きくなりたければ、豊乳丸……。あ、なんてことでしょう、忘れてきましたわ……」

「あんなおぞましい薬飲まなくていいから!」

「でもソニアのおっぱい、気持ち大きくなっているような気がするけど……」

「全然気持ち大きくなってないってば!」

 ソニアは明らかに狼狽している。ラムリーザは、隠したいならそうさせてやろうと思って、おっぱい論議から話題を変えてあげようとした。とりあえず適当に話題を……、と思って口に出したのは、少々変わった話だった。

「そういえばさ、出発前に僕の事最終皇帝にしていたけど、それなら他のみんなは何だい?」

 ひょっとしたら、これも荒れそうな話題かもしれない。しかし、少なくともソニアの胸の話からは、そらせることができたようだ。

「そうねぇ、リゲルさんは軍師ですわね」

「ローザはホーリーオーダー」

「ソニアはフリーメイジ女ってところかしらね、くすっ」

「なんであたしがおばあさんになるのよ!」

 結局リリスが煽って、ソニアが騒ぎ出す結果になったようだ。どうやらラムリーザの助け舟も、結局別の騒動を呼び込んだだけの結果となった。

 

 昼食が終わり、今度は食料の買出しだ。

 三泊四日を計画しているので、今晩から最終日の朝までとなると、少なくとも八食分は必要になってくる。

 そこでラムリーザは、ある問題に気がついた。このキャンプに料理人は居るのかと。

「えーと、別荘での食事は誰が作るのかな? リゲルとか?」

「いや、俺は簡単なものしか作れない。目玉焼きとか……」

「でも海に行った時、魚料理を振舞ってくれたじゃないか」

「あれはくしに刺して焼いただけだ。あの程度ならだれでもできる」

「そっか……、それじゃあ保存食でも買うか。干肉とか乾パンがあればいいかな?」

「なんだかサバイバルチックね」

「おもしろそう」

 ソニアとリリスも、ラムリーザの提案した保存食に異論は無いようだ。早速干肉を手に取って、ショッピングカートに乗せたかごの中に追加しようとした。

「ちょっと待ってよ、もう……」

 そこにロザリーンが話に割り込んできた。

「リゲルさん、別荘には調理器具は揃ってあるのですか?」

「あったはずだ」

 リゲルが昔、家族で別荘に泊まった時は、同行した料理人が料理していた記憶があった。だから鍋やフライパンは置いてあるはずだ。

「それでしたら、料理は任せてください。他に料理できる方居ますか?」

 ロザリーン以外の五人は、それぞれ顔を見合わせる。やがて、ソニアとリリスとユコの視線はラムリーザに集中することになった。

「なっ、何だ君たちは。期待するような目を僕に向けて」

「いえ、ハーレム物のアニメの主人公って、料理が得意な人がちらほら居るので、ラムリーザ様もできるのかな? と思いまして」

「勝手に人をハーレムアニメの主人公にしないでください、ほんとに……」

「ラムズハーレムだろ、こいつらは」

 すかさずリゲルが突っ込んでくる。そういえばそんな感じになっている気がするが、それでいいのだろうか。いや、そういうことじゃなくて……。

「いらんこと言うな。リゲル、君にもハーレムが形成される呪いを、たった今かけておいた。楽しみに待っているんだな」

「俺はお前みたいな軟派な男じゃないから、ありえんな。ふっ」

「誰が軟派だ、誰がいつそうなった?!」

「それで、料理できるのかしら?」

 リリスは、さらに期待するようなまなざしを向けて、いや、誘ってるだろうその視線は。

「り、りんごジュースなら、作れるよ?」

 ラムリーザは、期待を裏切る気にもなれず、しかし料理などやったこともないのも事実だから、以前遊びで作ったことがある物を、苦し紛れに提示した。

 リリスは、「本当?」とソニアの方を振り返って確認してみた。

「ラムのりんごジュース? 作り方は荒っぽいけど飲んだことあるよ」

「それじゃあ期待するわね」

 リリスは、山積みになっているりんごを四つほど手に取って、かごの中に追加した。

「それはいいけど、六人分なら四つじゃ少ないよ」

 リリスは「それならば」と言って、さらに四つ取って追加した。

「りんごジュース、楽しみにしてますわ」

「お、おう……」

「ところでさぁ、りんご味のおし――」

「こほん――」

 ソニアが何かを言いかけたところでロザリーンの素早い咳払いでその言葉を止め、一同は買い物の手を止めて振り返った。

「料理ができる人って聞いたのに、あなたたちは何勝手に話を進めているのですか、全く……」

「ああ、ごめん。こいつらが僕にすがってくるということは、こっちで用意できる料理は僕のりんごジュースと、リゲルの目玉焼きぐらいかな」

「わかりました」

 ロザリーンはとくにがっかりしたような素振りは見せずに、鞄からメモ帳を取り出した。それから何やらぶつぶつ言いながら書き込みし始める。

「ええと、昼はバーベキューするとして二回、あとは朝三回夜三回、六人分……っと。ああ、そうそう、予算はどのくらい?」

 再び一同は顔を見合わせて、その後またしてもラムリーザに視線が集中する。

「え? また僕?」

 ラムリーザはみんなに促された形になって、自分の腰にぶら下げている貨幣入れの袋を確認した。中に入っている金貨を取り出して、手のひらの上で数える。

「十、十二、十五……。あー、金貨はまだ二十八枚あるから大丈夫だよ。今月はリリスのプレゼントでギターにたくさん使ったけど、まだあるよ」

「金貨二十八枚って、そんなに要りません」

 金貨一枚が銀貨百枚、缶ジュース一本が銀貨一枚といったところである。

 とりあえず予算は問題ないということになったので、ロザリーンは八回分のメニューを考えながら、食材を選び始めた。その間、他の人は各自お菓子など、好きなものを取ってきてはかごに追加している。

「誰だ? 豆乳を入れた奴は。俺はあまり好きじゃないぞ」

「あ、それたぶんソニア。あいつ豆乳好きだから、部屋の冷蔵庫にいつも入ってる。僕もあまり好きじゃないんだけどね」

「なるほどねぇ」

 その話を聞いて、ユコは何やら納得したような顔をして頷いた。

「ここに一つ、爆乳形成要因ありですわ」

 そう意味深なことを呟き続けるのだった。

 

 

 食料の買出しが終わり、買ったものはすべて車に詰め込んだ。その後で、リリスはリゲルに尋ねた。

「ねぇリゲル、ここから別荘まであとどのくらいかしら?」

「うむ、ここまで半分って所だから、あと二時間ぐらいだな」

「それならここからは私が運転するわ」

 リリスは運転の交代を提案した。ずっとリゲルに運転させるのも大変だろう。もっともその提案の裏には、自分も運転してみたいというのもあったようだが。

 そんなリリスの思惑はどうでもいいかのように、リゲルはいつものようにそっけなく「好きにしろ」と言って、さっさと後部座席に乗り込んでいった。

「えーと、助手席は――」

 リリスは運転席の窓からラムリーザを見つめて、微笑を浮かべた。間違いなくこれはラムリーザを誘っている。

 だがラムリーザは、自分がリリスの隣に座ることになると、ソニアが騒ぎ出すのが目に見えていたので、リゲルの後を追ってさっさと後部座席に逃げ込んだ。

 一方ソニアも、自分が助手席に座ると、ユコが後ろでラムリーザと何をするかわかったものじゃないので、ラムリーザの後を追って後部座席に潜り込んだ。

 結局運転手はリリス、助手席にユコ。その後ろにソニアとロザリーン、最後尾にラムリーザとリゲルという席順で落ち着いた。

 というわけで、クリスタルレイク目指して再出発。

 

 ラムリーザは、暇つぶしに車の後部に乗せてあった荷物から、アコースティックギターを取り出すと、ジャランと鳴らしてみた。

「ギターできるのか?」

 リゲルの質問に、ラムリーザは「忘れた」と答えた。

「最初はソニアと一緒に弾いていたけど、ドラムに転向させられてからは、まともに弾いたこと無いよ」

「それなら思い出してみよう」

 暇つぶしに過ぎないが、ラムリーザはリゲルのギター講習を受けることになった。

 一方車内の前方では、リリスの運転で何やら盛り上がっている。四人の女性たちは、声を合わせて歌を歌っていた。

 

 思い出の歌 目に浮かぶわ

 あの星空 思い出の町

 そう歌って あの日の歌を

 月がかがやく 行こう手をつないで

 あなたと二人 そういつの日も

 あの歌のように

 

 車は山道に差し掛かり、辺りから建物が無くなり、風景は草原から木々の茂った林へと変わっていく。

 クリスタルレイクまでもう少し、六人を乗せた車は、賑やかに山道を登っていったのである。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き