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それで、結局握力はどのくらいあるの?

 

 休み時間――。

 最近では、レフトール事件はすっかり鎮火して、今までどおりの雰囲気に戻っていた。

 今日は、ラムリーザの握力についての話題が繰り広げられていた。

 グループの配置はいつもどおり、ラムリーザの前の席のリリスとユコは振り返り、ソニアはラムリーザに引っ付いてきている。それで空いた場所に後ろからロザリーンが移動してきて座り、尋ねてきたのだ。

「ソニアさん、あなたはラムリーザさんの手は怖くないのですか?」

 ロザリーンは、夏休みのキャンプでの出来事以来、ラムリーザの手、主に握力を怖がっていたりしている。

 ロザリーンにとって、りんごを素手で握り潰すことなどありえない事だった。

「怖いなんて考えたこと無いよ」

 ソニアにとっては、すごく身近なラムリーザの手だ。この手に抱かれて、この手で頭を撫でられて、この手で胸を……、こほん。とにかくソニアにとっては、なんでもない事なのだった。

「論より証拠です、ありえないから」

 ロザリーンはそう言って、机の上に握力系をトンと置いた。

「どこから持ってきたんですの? こんなもの……」

「体育倉庫から借りてきました。放課後に返しに行きます。ほら、計ってみてくださいな」

 ロザリーンに急かされて、ソニアは握力系を手に取ると、思いっきり握りこんだ。

 結果は38kg、まぁ女の子ならこんなものだろう。

「いいこと思いついたわ」

 リリスはソニアの方へ身体を乗り出して言った。

「次のボーカル、握力が強い方がやりましょう」

 これは、リリスにとって賭けでもあった。握力ではソニアに勝てるかどうかはわからない。だが、勝負ネタが最近思い浮かばないのも事実だったりする。

「いいよ、タッグマッチね。あたしはラムと組むからその合計で。リリスはユコとでも組んで合計で競ってきたらいいと思うの」

「何を言っているのかしら。私とソニアの勝負に外野を呼び込まないで」

 そう言って、リリスはソニアから握力計を奪い取る。左手で思い切り握り、記録は38kg。まぁこんなところか、ソニアと同じ結果だった。

「さあ、勝負はそれぞれのタッグパートナー、ラムとユコの勝負にゆだねられることになりましたーあっ!」

 ソニアは、是が非でもラムリーザを利用するつもりだ。

 しかし普通にやって勝負になるわけが無い。

「それなら!」

 リリスは語気を強めて言った。これもある意味賭けになるが、当人同士の対決が引き分けだった以上、リリスはこうするしかないと考えたのだ。

「ラムリーザの結果は半分ということで。ラムリーザは男なのだから、このくらいのハンデは有ってもいいでしょ?」

「ハンデ有りで勝って嬉しいの? あたしはラムと勝負する時は、ハンデなんてつけないよ?」

 ゲームはともかく、以前懸垂の勝負をやったことがあるが、ソニアはラムリーザにハンデ無しで挑んできたものだ。

 だがリリスは平然と言ってのける。

「ハンデを必要としているのは私じゃなくてユコ。ユコはあなたと違って繊細だから、ハンデに頼らないとダメなのよ。だからラムリーザの記録は半分ということで」

「むー……」

 とは言え、普通にやったのではラムリーザが勝つのは当たり前だ。そういうわけで、ソニアはしぶしぶそのハンデを受け入れることにしたのだった。

 しかしリリスは計算高かった。幼少時からピアノをやっているユコは、それなりの握力が有ることは知っていて、しかも自分より強いということも知っていたのだ。

「全く、勝手に勝負を始めて……。私はただラムリーザさんの握力を調べたかっただけなのに」

 ロザリーンは一人ため息を吐いて、盛り上がっている三人を眺めているだけだった。ちなみにラムリーザも興味なさそうに、母親譲りの恍惚としたトロンとした目でソニア達を眺めている。

 そこでユコは、リリスの期待を背負って握力計を手に取る。

「まぁユコなら30kgぐらいかなぁ」

「四十『五』はいくわ」

 リリスは、意味有りげに「五」の部分だけ語気を強めて言った。その目線はソニアの胸に注がれている。

「何が五だ!」

 ソニアは胸を手で隠しながら怒鳴りつけた。リリスは平然と、不敵な笑みを浮かべているだけだった。

 ユコが握力計を握ると、その針は46kgを指して止まった。この結果にはソニアも驚く。

「えっ、何で? ユコってそんなに力あったっけ? 運痴なのに……」

「何がウンチですの!」

「ふふふっ、ユコはずっとピアノやってきていたから、指の力だけはあるのよねぇ」

「くっ……」

 リリスの言うように、ユコは現在はシンセサイザー担当だが、元はロザリーンと同じようにピアノを弾いていたのだ。シンセサイザーの練習、というよりも音で遊んでいるのだが、その実験の合間に今でもピアノは弾いている。むろん、ソニアは知らないことだ。

「さぁーて、厳しくなってきました。ユコは二倍のハンデが有るから、46×2の92kg以上出さないとソニアの負けね、くすっ」

「なんだとっ、ラムなら200kgは出すんだ!」

「それなんてチンパン……、じゃなくて、遊んでないでラムリーザさんお願いしますね」

 ロザリーンは、ユコから握力計を取り上げてラムリーザの方へ差し出す。ラムリーザが受け取ろうかどうか考えていると、後ろからリゲルが乗り出してくるのだった。

「なんね?」

 すぐ横にリゲルの気配を感じてラムリーザは振り返る。

「いや、俺も気になるから」

「そうか、ならばリゲルどうぞ」

「92kgも出るかよ。まぁソニアが負けるのなら、それはそれで良いのだがな」

「ダメ! ラムがやって!」

 ソニアは文句を言うし、ロザリーンはさらにラムリーザの方へ握力計を突き出してくる。仕方ないので、ラムリーザは大人しく握力計を受け取ることにした。

「しょうがなぃなあ……。それじゃあ約束、どんな結果が出ても怯えたりしたらダメ。あ、怒るのも文句言うのも落ち込むのもダメだからね」

 とりあえず、ロザリーンとソニアに釘を刺しておく。

 別に絶対にソニアを勝たせたいわけではないが、みんなの視線が集中する中、ラムリーザは右手で思い切り握力計を握り締めた。

 この時、レフトールの拳を潰したことや、顔面を掴み上げたことを思い出して、少し嫌な気分になったりもしていた。

「はいどうぞ」

 ラムリーザは握力計に一通り力を込めると、そのまま結果を見ずにロザリーンに返す。そのまま両肘を机について手を組み、甲に頬を乗せて視線を窓の外へやった。ラムリーザは、レフトールの件以来、握力を鍛えすぎたことに少し嫌気が差していたのだ。

「やった、84kg。私の勝ちだわ」

 握力計を覗き込んだリリスは嬉しそうな声をあげ、机に当たるぎりぎりの低さに頭を持っていく。さらにわざとらしげにリリスは頭をソニアの胸に押し付けるようにして、ソニアの顔を下から覗き上げた。

 リリスの行動はなんだかよくわからないが、ソニアにとって屈辱を与えるには十分な行為だった。

「リードボーカルまいど。今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」

 ソニアが手を振り上げると、リリスはさっと頭を引く。そうすると、ソニアは振り上げた拳を下ろす場所を失ってしまうのだ。

 どうもリードボーカル争奪戦を始めてから、リリスが歌う曲が多くなりがちだ。それだけリリスは、自分が有利な勝負を挑み続けているのだった。

「84kgでも十分すごいです」

 ロザリーンは呆れたようにつぶやき、リゲルも「80kgあればりんご潰せるって言うしな」と納得したような感じだ。

「それで、最新の仕上がった曲は何かしら?」

 リリスはユコに新曲――と言ってもコピー曲だが――が何かを尋ねると、ユコは鞄から楽譜を取り出そうと身体を傾けた。

 その時だ。

「ヒッ!」

 突然ロザリーンの悲鳴が上がり、その直後、ガコンと何か硬い物が机にぶつかる音が教室に響き渡った。

「何ですの! 突然握力計を机にぶつけないでくださいまし、びっくりするじゃないですか!」

 机の下の鞄に手を伸ばすために、ユコは机に頭を引っ付けていたので、その衝撃が直接脳に響いたのだ。

「……で、ロザリーン、何かしら?」

 ロザリーンは、落としてしまった握力計を指差して、少し興奮気味に言った。若干声が裏返っているか?

「何が84kgよ、よく見てみなさい。94kgじゃありませんか!」

「えっ?」

 慌ててリリスは握力計を見直すが、確かにその針は94kgを指している。

「なによ、それだったら92以上であたしの勝ちじゃないの。やったーっ!」

 ソニアは椅子の上に立って大喜び。だから不思議な踊りはやめなさい。

 リリスは、苦虫を噛み潰したような顔で、椅子の上ではしゃいでいるソニアを睨みつけている。

「ねぇねぇ、次の歌は何々?」

 ソニアは、椅子から降りることも無くユコに顔を近づける。椅子の上に立ったまま、身体を折り曲げているものだから、後ろの席にいるリゲルからは下着が丸見え状態だったりする。

「汚いケツをこっちに向けるな」

 リゲルは、ペンの先をソニアの尻に突き刺しながら言い放った。

「なっ、何すんのよ。この変態乳牛!」

「何が変態乳牛だ、それはお前だろが」

 尻を突き刺されて狼狽したためか、思わずリリスの台詞がソニアの口から飛び出す。

「いいから座りなさい」

 ラムリーザに手を引っ張られて、ソニアは不満そうな顔をリゲルに向けたまま元の席に座った。

 丁度その時、ユコは鞄から楽譜を取り出してきた。

「はい、こんにゃくのエンディングテーマですわ」

「あれか……」

 ユコの台詞にリゲルは頷き、「ソニアが泣きながら歌うのを期待する」と言葉を続ける。

「なによそれ、意味わからない」

「ってか、エロゲソングじゃないの。ソニアでいいわ」

 ソニアはよくわからないようだが、リリスは何かを察して大人しく身を引いたりする。

「何ですの?! また文句を言うのなら、もうリリスの曲は書いてあげません。以後私の書いた楽譜の歌は、全部メインボーカルソニアということで!」

「エロゲは全部ソニアでいいわ」

「リリスの馬鹿!」

 なんだかよくわからないが、また口喧嘩が始まってしまったようだ。

 やっぱりこいつらは、こう賑やかなのが一番だ。湿った空気は似合わない。

 ラムリーザは、口喧嘩を始めたリリス達を、微笑を浮かべたまま眺めているのだった。

 

 休み時間の終了を告げるチャイムが鳴り、ロザリーンはぼんやりした顔でリゲルの隣の自分の席へと戻った。

「まったく、口喧嘩している場合じゃないのに……。何が94kgですか、全く……」

「そりゃあ拳潰すわ、顔面えぐるわな」

 ロザリーンはため息をつき、リゲルは面白い奴だとばかりにつぶやくのだった。

 
 
 
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