新たなる物語の開幕に乾杯

 
 3月4日――
 

 さて、今日も月初めの週末に実施されている、アンテロック山脈中腹にあるオーバールックホテルでのパーティだ。

 ラムリーザたちは、いつものようにリゲルの運転する車に相乗りして向かうことになった。

 後部座席の真ん中に座っているラムリーザは、左隣にいるユグドラシルに、今更なことを言った。

「そういえばユグドラシルさん、生徒会会長就任おめでとうございます。ほらソニアもおめでとうは?」

「ん、おめでとロザ兄」

 ラムリーザの右側に居るソニアは、あまり興味が無さそうにぼそっと言っただけで、再び窓の外の景色を眺めだした。

 そうは言っても、ラムリーザとユグドラシルが会うのは久しぶりだった。生徒会会長就任は一ヶ月も前の話だが、その間会う事はなかったのだ。

「こっちもいろいろ準備があって忙しかったし、うん、ありがとう。これで楽しい学校にすることができるぞ」

 これには期待が持てそうだとラムリーザは思った。会長選に敗れて副会長になったケルムには悪いけど、ここはユグドラシルが音頭を取った方が楽しそうだ。

「そうそう、ラムリーザ君も生徒会のスタッフにならないかい? ソニア君と一緒がいいなら二人まとめてポストを用意するよ」

 ユグドラシルはラムリーザを生徒会に誘ったが、ラムリーザの答えは決まっていた。

「いや、ダメなのですよ。次の春からは――ってもう一月もないけど、来月から僕は新開地フォレストピアの方で忙しくなるのです。生徒会とかけもちはたぶん難しいんじゃないかな、と思うのです」

「そっかー、ローザも生徒会来ないんだよね」

「はい、私もリゲルさんと一緒にラムリーザさんの手伝いをすることに決めました」

「ん~、このメンバーで生徒会は自分だけかぁ。一人ぐらいメンバーの中に知り合いが欲しいなぁ」

「ニバスさんとかはどうですか?」

「いや、彼はハーレム活動に忙しくて生徒会なんてやってくれないさ」

 ハーレムに忙しいなどと、体よくあしらわれているような気がするが、二バスに生徒会は似合わないだろう。

 ラムリーザの知り合いの中で生徒会をやってくれそうな人は思いつかなかった。リリスは無理だろうし、ユコは居なくなる。レフトールは更生しつつあるが、まだ他の生徒の間では畏怖の対象だろう。

「一年生に知り合いができたら、追加で参加させたらいいと思うよ」

 そういうわけでラムリーザは、あまり当てにできなさそうな提案しか言えなかった。

「ああそうそうラムリーザ君。元生徒メンバーのセディーナさんは今年で卒業だから、軽音楽部の部長を新しく作っておくべきだぞ」

「む、そんな人も居たなぁ」

 三年生のメンバーは揃って生徒会役員だったのでほとんど顔を出していないということもあって、ラムリーザの中では印象に残っていない存在になってしまっているが、これは仕方がない。

 最後に顔を合わせたのは、文化祭の時だったっけ? 残念ながらその程度の認識でしかなかった。

「ソニア、部活の部長やる?」

「ん、めんどくさい」

「そっか、ならリリスにお願いするか」

「むっ、リリスがやるならあたしがやる」

「……二人で話し合って決めなさい」

 ラムリーザとしては、部長はソニアかリリスのやりたい方にやらせるつもりだった。グループのリーダーという立場だが、部活まで面倒を見る気にはならなかった。

 ただこの様子だと、部長争奪戦が実施されるだろうが、こういうことはやりたい人に任せるのが一番だ。

「ところでユグドラシルさんは、作詞作曲とか楽譜作成とかできますか?」

「いや、やったことないなぁ。どうしたんだい?」

「今まで楽譜担当だったユコが転校しちゃうので、今後新しい曲を演奏するのは難しくなりましてね。他のメンバーはそっち方面は得意じゃないし」

「う~ん、ジャレス先輩は楽譜書いていたみたいだけど、もう卒業だからなぁ」

 新開地フォレストピアの計画は順調かもしれないが、残念ながら部活やバンド活動の方はちょっと先細りだ。

 

 パーティ会場に到着すると、いつものようにソニアはご馳走に飛びついている。メイン料理は毎回鶏肉とほちょん鳥という定番メニューなのだが、気にしていないようだ。

 ラムリーザとリゲルは、今回はロザリーンも加えてフォレストピアの状況を聞いていた。

 やはり食糧生産は厳しいようで、そこはユライカナンからの支援頼みだろう。

 その他は建造物の話を聞き、メインストリートとなる一番街は完成したらしい。ほとんど空き家じょうたいではあるが、形は整ったということだ。

 ただし、各施設や通りの名前はまだ決まっていないが、急いで考える必要はない。名前ぐらいなら、住民のアンケートで決めるのもありだろう。

 憩いの場、中央公園もできたがこれも名前はまだ無い。

 いろいろと考えることも多くなりそうだ。これだから生徒会や部長などを兼任している余裕は無い。お遊びとしては、バンドのリーダーとしてジャンとライブの打ち合わせをするぐらいが精々といったところだろう。

 それともう一つラムリーザは決めていた。

 今後は新開地フォレストピアの打ち合わせがもっと重要になるだろう。そういうわけで、このパーティとは別の場所で打ち合わせる場を作ろうと考えていた。

「あ、ラムリーザ君、次のパーティまでにやっておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

 打ち合わせが終わったラムリーザは、ソニアが夢中になっているご馳走の前に戻った時に、同じくニバスとの挨拶を終えたユグドラシルに声をかけられた。

 そこでラムリーザは、決めていたことを話した。

「ああごめん。突然になって申し訳ないけど、僕はこのパーティは今回を最後にして、次回からは出ないことにしたのですよ」

「ええっ? 社交界に出ないのか?」

「元々伴侶探しの名目で、母親から参加するよう言われていましたが、よく考えたら伴侶はソニアで決めているから別にいいかな……というのは建前で、本音は新開地フォレストピアで、僕主催――まぁ当分は母の主催となるでしょうが、そっちで場所を設けようと思っているのです。このパーティで最近身のある話題と言えば、フォレストピアの打ち合わせだから、それならわざわざここでやらなくても良いのではないかな、ってね。貴族の集まりより、もっと現場の話を聞きたいし」

 ラムリーザの考えに、ユグドラシルも賛成したようだ。うんうんと頷きながら返事する。

「なるほど、それはいい。すごくいい、むしろそっちの方がいい。それなら自分も次はラムリーザ君主催のそっちに参加しようかな。どうせローザもそっちに出るんだろう?」

「はい、そうします」

「ユグドラシルさんは、ここに出なくてもいいのですか?」

「いや、演説で言っていただろう?」

「校庭に遊具の話ですか?」

「いやいや、そうじゃなくて、学校の行事にユライカナンの文化を取り入れてみようと。そのためのネタを入手しに行きたいのさ。そっかぁ、それならやっておきたいことは、次に開催される新しいパーティの時に話をしようか」

 ラムリーザは、リゲルにも今後の意志を語った。リゲルも気前良く了承してくれたものだ。

「ソニアもいいよね?」

「ご馳走が出るならいいよ。あとロザ兄、校庭に遊具を設置してくれないの?」

 ソニアは、骨付き肉をほおばりながらユグドラシルに問いかけた。そういえば、生徒会演説の際に、校庭に遊具を設置して欲しい要望を出したのはソニアだった。

「あいや、あれは演説にユーモアを取り入れるためのネタだったじゃないか? まさか本気で遊具が欲しいわけじゃなかったよね?」

 ユグトラシルは、冗談でしょ? といった顔つきでソニアを見つめている。だがソニアは、真顔で答えた。

「え~、遊具で遊びた~い」

 本気なのか冗談なのかわからないところが、ソニアの困った点だ。まさかこの歳になって、遊具で遊びたいとでも言うのだろうか?

 そういえば、帝都の思い出の公園に行った時、遊具で楽しそうに遊んでいたっけ?

「ラムリーザ君!」

「あ、はい」

 ソニアの猛攻をスルーして、突然真面目な顔になったユグドラシルは、ラムリーザの顔を正面から見据えた。とりあえず、ソニアが変なこと言ってごめんなさいと誤るべきか?

「君にとって、この一年はどんな年だったかな?」

 ラムリーザの予想とは違って、ユグドラシルの問いはすごくまともで、どっちかと言えば哲学的な質問だった。

「そうだなぁ、強いて言うなら準備期間かな。これからが本番だと思っています」

 だから、真面目に答えてみる。ラムリーザは、これからのために準備を一年間やってきたつもりだった。

「準備期間ね、物語で言えば『起』の部分だね」

「そうなるかな。じゃあこれからフォレストピアでの生活が始まるってのは、『承』の部分になるわけですか」

 ラムリーザは、自分の人生を物語りに例えてみておかしく感じたが、そうなるとこれから「転」の部分はどうなるかわからない。しかし、りっぱな街を作り上げることができました、めでたしめでたし、結、といった具合に大団円を迎えたいな、などと思っていた。

「その割には、結構遊んでいなかったかい?」

 ユグドラシルに指摘されて、ラムリーザは思わず苦笑する。確かに遊んで楽しかった記憶の方が多い。

「いいのです、仕事ばかりで遊ばないラムリーザは、今に気が狂う……ってなったらユグドラシルさんも困るでしょう?」

「はっは、それもそうだ。じゃあ今度はソニア君はどうだったかい? この一年は」

 急に話題を振られたソニアは、焼きとうもろこしにかぶりついたまま一瞬固まった。ここまでのラムリーザとユグドラシルの会話を聞いていなかったということは、結局、遊具の話はそんなに重要ではなかったようだ。

 だがすぐに、口をもごもごとさせて何かをつぶやいた。

「たふあっふぁお」

「ん?」

 ソニアは、無理やりごくんと飲み込んで「楽しかったよ」と言い直した。ラムリーザはそれを聞いて、まあそうだろうなと思った。

 ソニアは、ラムリーザの保護の下、幸せに過ごしていたはずだ。ラムリーザ以外に誰も知らないという心細い状態からスタートしたが、友達や知り合いはたくさんできた。

 リリスともいいコンビになった。ユコが居なくなっても、リリスはソニアと仲良くしていけば問題ないはずだ。

 ラムリーザやソニアだけではない。

 リゲルも、去年まで付き合っていた恋人と無理やり引き離されるという悲劇から始まったらしいが、今ではロザリーンという新しい恋人を作ることができた。リゲルにとっても、フォレストピアは楽しみなはずだ。彼もまた、始まったばかりだろう。

 もちろん、ロザリーンも同様だ。リゲルと共に、新しい世界を築いていけるはずだ。

「新たなる物語の開幕に、みんなで乾杯しようよ」

 ラムリーザは、仲間たちに飲み物の入ったグラスを手渡すと、みんなで一斉に高く掲げて声を揃えて言った。

 

 月見で一杯!

 

 物語は今、始まった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き