ボーリング大会
- 公開日:2021年4月25日
7月28日――
「そろそろ海で泳ぐのも飽きてきたわね」
そろそろ二週間近く、南の島マトゥールで過ごしている。流石にマンネリ化してきたのか、リリスはそうつぶやいてきた。
「何か別のことをするのはどうですか?」
ロザリーンのアドバイスで、リリスはソニア達を交えて全く新しい遊びを考えあうのであった。
この日男性陣は、ラムリアースの運転するボートで沖に出て、船釣りに興じていた。ラムリーザもたまには釣りでもしてみるかと同行するのであった。
それで女性陣は砂浜に残り、何をしようかと駄弁っていたところだ。
「そうだわ、ボーリング大会をしましょう」
今日もリリスが新しい遊びを提案した。先日のハッキョイで酷い目にあったソニアは警戒する。リリスのことだから、また何か良からぬ企みがあるのではないかと。
「それはボールを転がしてピンを倒して、その数を競い合うゲームですか?」
ロザリーンはリリスに確認を取る。しかしリリスは首を横に振って答えた。
「いいえ、それはボウリング。これからやるのはボーリング」
「何が違うんですの?」
ユコには違いが分からなかった。言葉にして聞くと、ほんの少しの発音の違いがあるだけだ。
「ボーとボウよ」
リリスは説明するが、ソニアも「わかんない」と言ってきた。そこでリリスは、木の棒で砂浜に文字を書く。ボーリング、ボウリングと。そしてボーリングを指差しながら「これよ」と説明するのだった。
「いや、ボーリングって穴掘り……」
それなりに学びのあるロザリーンは、一番にその意味を汲み取って不審そうな視線をリリスに向ける。
「それじゃあボーリングに使う道具を探してくるから待ってるのよ」
そう言い残して、リリスはコテージの離れにある倉庫へと一人向かっていった。
残されたメンバーは、遠ざかっていくリリスに怪訝な視線を向けていた。
「穴掘り大会って楽しいんですの?」
ユコは不安そうに尋ねる。するとミーシャが代案を提示してきた。
「それならゾンビごっこしよーよ!」
「なんですのそれは!」
ゾンビという言葉にユコは拒絶反応を示す。
「ゾンビ役に噛まれないように逃げ回るの。噛まれたらその人もゾンビ役になって、全員がゾンビになるまで続くの」
「噛み付くのですか? 普通の鬼ごっこでよくありませんか?」
常識人ロザリーンは、人に噛み付くという行為に抵抗があるようだ。
「タッチでもいいよ。でも鬼ごっこと違う点が一つ、ゾンビ役は走っちゃダメなの。全力疾走するゾンビって、それゾンビである必要ないよね。走るゾンビを出すぐらいなら、ミーシャは狼男にするなぁ」
ミーシャなりのゾンビ論を展開しながら、不気味なゲームのルールが語られていく。
「吸血狼男は?」
ソニアは狼男という単語が出てきたので、いつもリリスに言っている言葉を尋ねてみた。
「レイプで生まれた子が成長したらなるの」
ミーシャの答えに、ソニアは「ふふっ」と笑った。どうせ後でリリスをレイプで生まれた娘にしてしまうのだろう、単純な事だ。
「それじゃあミーシャさん、ゾンビやってみてごらん」
ロザリーンは、リリスが戻ってくるまで暇なので、ミーシャのゾンビを見て暇つぶしをしようと考えた。もっともリリスが戻ってきても、ボーリング大会では盛り上がるかどうかはいまいち不明だが。
「の~みそをくれ~」
ミーシャは、ロザリーンの方へ両手を伸ばしながらよたよたと近寄っていった。
「何故脳みそなのですか?!」
ロザリーンは素早く後方へ飛び下がりながら尋ねる。いくら可愛らしいミーシャでも、アヘ顔でよたよたと接近されては気持ちが悪い。
「脳みそを食べると、死人の苦しみがほんの少しだけ和らぐの」
ミーシャは真顔になって、ロザリーンに解説した。
「気持ち悪いですわね!」
その設定にユコは憤慨するが、ミーシャは今度はユコを標的に「の~みそ」と迫ってきた。
ユコは逃げ、ソニアも「なんかやだ! 脳みそなんておいしくない!」と言い張る。
「冷えた猿の脳みそとか如何ですか? 遥か西の国で、高級品として出されているみたいですよ」
「そんなの要らない!」
「では羊の脳みそはどう」
「ローザの脳みそ食べて賢くなる!」
ソニアとロザリーンの会話を他所に、ミーシャはユコをよたよたと追い回す。ユコは運動は得意ではないが、よたよた近寄ってくるだけなので逃げ回ることができていた。
「うーん、ソフィーたんも手伝ってよぉ」
ミーシャはソフィリータに援軍を要請した。よたよた追いかけるのがルールでは、ソフィリータが加わったところでその俊敏さは生かされないと思うが如何だろうか?
ソフィリータは仕方なく、恐る恐る脳みそ料理とそれを否定の会話を繰り返しているロザリーンとソニアのところへと近づいていった。
「どうしたのですか?」
ロザリーンの問いに、ソフィリータは丁寧に答えた。
「えっと、あのぉ……、まことに恐縮ですが、もしよろしければ脳みそを頂けませんでしょうか?」
ロザリーンはプッと吹き出して、ミーシャは「そんなゾンビが居るかぁ!」と叫ぶのであった。
丁度そこへ、リリスが戻ってきた。
その手には、直径10cm程の鉄球が握られていた。結構重さがありそうだが、大砲の弾だろうか?
「の~みそをくれ~」
ミーシャはリリスにもよたよたと詰め寄るが、リリスはミーシャに鉄球を押し付けて弾き返した。殴られたわけではないが、重たい鉄球で押されたミーシャは後ろに尻餅をついて倒れてしまった。
「その玉でボウリングをするのですか?」
ロザリーンは鉄球を見て尋ねるが、リリスは「ボーリング」とだけ答えた。あくまでボーリングをやるらしい。ルールは分からないが。
リリスはそのままおもむろに振りかぶると、鉄球を砂浜めがけて叩き付けた。鉄球は砂浜にめり込んだ。再び鉄球を拾い上げると、同じ場所に叩きつける。少しずつ穴は深くなっていく。五回ほど砂浜に叩きつけたところで、リリスは鉄球を拾い上げて一同を振り返った。
「こうして五回鉄球を砂浜にぶつけて、誰が一番深く穴を掘る事ができるか競うのよ。これがボーリング、勝負しましょう」
「確かにボーリングしていますね……」
ロザリーンは妙に納得していた。楽しいかどうかは置いておいて、理屈は通っている。
「勝負と言うけど、負けた人はどうなるんですの?」
運動が苦手なユコは、不安そうに訪ねる。罰ゲームとか用意されたらたまった物じゃない。
しかしリリスは、くすっと笑いながら意味不明な罰ゲームを提案してくるのだった。
「一番負けた人は、今日一日この鉄球をパンツの中に入れて過ごしてもらうわ」
「なにその変態!」
ソニアはすぐにリリスの提案に噛み付いてくる。リリスの作戦だと、なんらかの手段を用いてソニアを最下位にしてしまおうと考えていることは、ソニアにも分かっていた。
「負けなければいいのよ、ほら次はユコの番」
リリスは、重そうな鉄球をユコに手渡す。鉄球を受け取ったユコは、鉄球を抱えて前のめりになってしまうのだった。
「何これ、ほんとうに重いですの!」
「重い鉄球を使って思い出を作る。ほら、あなたの思い(重い)をぶつけなさい」
「なんなんですのもう……」
ユコはなんとか鉄球を持ち上げて、砂浜に落とした。流石にリリスのように叩き付ける力は無かったようだ。しかし鉄球は、自然落下だけでも十分に砂浜にめり込む。それでもユコは、なんとか五回鉄球を拾い上げて同じ場所に落とすことができたのであった。
「う~ん、深さはどうやって測ろうかしら」
リリスは、砂浜にできた二つの穴を見つめながらつぶやいた。
「次は誰ですの?」
ユコは少し汗ばんだ顔で振り返った。鉄球は砂浜に埋まったままだ。
「あたしがやる!」
ソニアは鉄球を砂浜から取り出して持ち上げた。リリス並みに力のあるソニアは、鉄球をなんとか普通に持ち上げられるようだ。そしてリリスの動きを警戒しながら、鉄球を砂浜に叩きつける。
「ラムだったらこの鉄球も握りつぶしちゃうかも」
「それは流石に人間じゃありませんの!」
ゴム鞠ですら握りつぶされると怖いのに、鉄球なんて握りつぶされたなんて、とユコは本気で怖がっている。
「はい、五回叩きつけて穴を開けたよ。これが何なの?」
「これがボーリング」
リリスはすまし顔で答える。本気で楽しいと思っているのだろうか?
ミーシャ、ソフィリータと続き、最後にロザリーンが挑戦することになった。
「新しい遊びとは、偉い人が暇を弄んでいて暇つぶしに始めた物が定着したものだと言われてますが、このボーリングは――」
リリスは、砂浜に鉄球を叩きつけるロザリーンを凝視していた。先日のハッキョイでは、試合表に細工を施したもののロザリーンの運動能力を過小評価していたために自分の思い通りにはならなかったという経験がある。今回の勝負も、ソニアに負けるのだけは許せないが、それ以上にロザリーンを警戒していた。
こうして六人全員が鉄球を叩きつけ終わると、砂浜には六つの穴が開いていた。後はこの穴の深さを調べて、誰が一番深いか、一番浅いかで勝負がつく。
しかし、鉄球を叩きつける力よりも鉄球自体の重さの方が強く影響したらしく、どの穴も同じぐらいの深さになっていた。
「これは、ものさしを使わないと分からないわね」
リリスはしゃがんで間近で穴を見つめながらつぶやいた。
「一番負けた人は変態行動しなくちゃならないんですのよね……」
ユコは、自分が最下位になったら逃げることにしていた。リリスの言うような、変態的な罰ゲームを受ける気にはなれない。
「どう? ボーリングは楽しんでいただけたかしら?」
リリスは立ち上がり、皆の方を振り返って言った。
「あんまりおもしろくなーい」
真っ先に答えたのはミーシャだった。ユコよりも力の無いミーシャは、一生懸命持ち上げて落としただけ。そう評価するのも仕方がないだろう。
「疲れただけですの」
負けた時のことを考えて、リリスから少し距離を取ってユコは答えた。
「えっと、進化の途中って言いますか、いろいろと改良して行けばもっと良くなると思います」
ソフィリータの意見は、オブラートに包んでかなり遠まわしに言っているが、要はつまらないとのことである。
「普通にボウリングしませんか?」
ロザリーンは割りとストレートに言ってくる。ボーリングを評価していない事には変わらない。
「ダメダメ、ボウリングをボーリングって間違える人が居るから、その間違えた先の方をもっとメジャーで面白い遊びにしてしまうのよ。そうすれば間違えたからといって馬鹿にされることは無くなるわ」
リリスはあくまでボーリングを流行らせたいらしい。しかしソニアはより辛辣な事を放ってきた。
「根暗のリリスが考える事は暗いことばかりだから、リリスという人間がどれだけ考えても面白い遊びなんて生まれない。このボーリングも全然つまらないから、絶対に流行らない」
むっとした顔を見せるリリスと、言い負かせてやったとドヤ顔のソニアが対照的だ。
「それではあなたが責任を取りなさい」
リリスはそう言い残して、鉄球を倉庫に片付けに向かった――
――かの様に見えたが、ソニアとすれ違う瞬間に、素早い手つきでソニアのパンツの中に鉄球を忍び込ませたのだった。いつもの際どい丈のミニスカートなので、入れるのもたやすかった。
鉄球の重みで、ソニアのパンツは足首までストーンとずり落ちた。
「なっ、なっ?!」
ソニアは突然パンツがずり落ちたので、慌てて引き上げる。しかし鉄球が入っているので手を離すと再び足首の所まで落ちてしまった。
「ふっ、ふえぇっ……、パンツが落ちる!」
「鉄球を取り出せばいいのに……」
その様子を見たロザリーンは、飽きれた様に言った。しかしリリスはすぐに「お静かに」と言って、ロザリーンを黙らせた。
その間にも、ソニアはパンツを持ち上げては落ちてを繰り返しているし、罰ゲームを免れたミーシャやユコは大笑いだ。
「パンツが落ちないように、しっかりと手で持ってたらいいんじゃないかしら?」
リリスもニヤニヤしながら、ソニアにアドバイスのようなものを送ったりしている。
ソニアはものすごく慌てた表情で、ずり落ちて仕方が無いパンツを両手でしっかりと掴んでいた。数分後、鉄球が入っている事に気がつくまで――
馬鹿だねホント。
Sponsored Links
前の話へ/目次に戻る/次の話へ
