進路希望は何ですか? 嫁になってくれ?

 
 7月29日――
 

 この日は昼から天気が崩れて、どんよりどよどよ。

 まだ雨は降ってはいないが、いつ降り出してもおかしくないので、ラムリーザたちは外で遊ばずにコテージの広間に集まっていた。

「そういえば去年は夏休みに入る前に、進路調査の話があったよなぁ」

 一同は火のついていない暖炉の周囲にあるソファーに集まって、適当に駄弁っていた。全員が集合すると、なかなかの大所帯だ。

「そんなのがあったのか? リリスは何にした?」

 ジャンは、早速リリスの将来について尋ねた。

「何にしてたっけ、クラブ歌手だっけ? モデルとか書いていたよな」

 リリスは思い出せないみたいだったので、ラムリーザが記憶の隅を突きだして答えた。確かそんなことを書いていたはずだ。

「すげー似合ってるよ、俺のクラブハウスで一番にしてやるよ」

 ジャンには、リリスの希望は願ったり叶ったりの希望だったようだ。しかしソニアは余計な事を覚えていた。

「この黒魔女は、最初はラムの愛人になるとかふざけた事書いてた」

 そんなこともあったな。ソニア、リリス、ユコの三人は、最初はとんでもない進路を書いていてロザリーンに注意されたっけ。

「夢が叶わなかった時は、ラムリーザの愛人になったほうが将来安泰だと思うのよ」

 リリスは何のためらいも無く言ってのける。この件に関しては、今も変わらず開き直っているようだ。

「俺がリリス、お前には不自由させないぞ」

 ジャンも負けていない。そしてそれだけの力もあった。

「私のことはいいわ、それよりもジャンの進路は何かしら?」

 自分の事ばかり突っ込まれるので、リリスはその矛先をジャンに誘導させた。

「そうだね、去年は居なかったから聞いてみたいね」

 ラムリーザも同意する。するとジャンは、すぐに答えた。

「医者、弁護士、モデル――」

 みんなが「えっ?」となったところで、すかさず言葉を続ける。

「――この辺りをソニアが書いただろう」

 リリスなどはそれを聞いて、ぶふっと吹き出す。

「なっ、何よっ、何になってもあたしの勝手でしょ?!」

 ソニアは慌てたような感じになって文句を言ってくるが、リリスはさらに追い討ちをかけてくる。

「ラムリーザと結婚する、それ以外は死ぬ」

 良く覚えているものだ。それを勉強に生かせば、平均点超えも夢ではないはずなのに……

「なんだそのヤンデレは、ラムリーザも大変だな」

 ジャンは、妙に納得したような感じで答え、ラムリーザを慰めるのだった。

「そんなことどうでもいいからジャンのを言ってよ!」

 何故か自分に矛先が向かってきたソニアは、一人憤慨しているようだ。やはりこのメンバーの中では、一番からかい甲斐があるのはソニアだ。

「大体エルのモデルがあるか――っと、そうだなぁ……。進路と言われても、俺は既に一流クラブのオーナーだし決まっているようなものだよな。それを言ったらラムリーザも決まっているようなものだろ? 何にした?」

 いらんことを言いかけたジャンだが、ソニアに睨まれて話を修正する。ジャンの将来も、ラムリーザ同様決まっているようなものだ。

「あたしの嫁になるってラムは書いた!」

 どうやらラムリーザの進路は、ソニアの手で上書きされたようだ。

「何で嫁になるのだ、意味わからんわ。そうだな――よし、俺の店を世界一のクラブハウスにするにしておこう」

「おー、でも進路じゃなくて野望だねそれは」

「二つ目は?」

 ソニアはぶすっとした顔で言う。突っ込みどころを探っている感丸出しだ。

「二つ目? リリスを嫁にすること。嫁になってくれる?」

「どうかしら」

 ジャンは臆することなく、衆人環視の中でリリスにプロポーズ紛いのことをしてくる。しかしあっさりとリリスには受け流されていた。

「くっ、まだ時期尚早だったか。それじゃあバンドグループのリーダーとして盛り上げるにしておこう」

「ラムリーズのリーダーはラムリーザ様ですの」

 ソニアではなくユコが突っ込んでくるが、ジャンは落ち着いていた。

「J&Rの方だ。三つ目はラムリーザがもしも帝国宰相とかになれば、その補佐官として宮勤めでもするさ」

 突然希望の規模が大きくなった。一地方の夢が突然国の中枢部の夢に進化したのだ。

「帝国宰相は、自分が継ぐことになる前に兄が継ぐだろうね。それだから僕にはフォレストピアを与えたと言っていたし」

「そっか、俺の進路希望はこれでいい。どうだ、堅実だろう? ソニアと違って」

 一言ソニアを煽るのが余計だ。わざわざ平地に乱を起こす。

「何よ! あたしも堅実! ジャンの店を邪魔して、潰してやるんだから!」

 簡単に挑発に乗るソニアは、すぐに噛み付いてくる。

「こいつ牢屋に入れとけ。地下四万メートルにある独房に監禁な」

「そんな深さにある独房は、温度が100℃以上になるぞ」

 ジャンの適当な物言いに対して、リゲルが注釈を加えてくる。

「じゃあソニアは蒸し焼きの刑」

「むぎゃおーっ! ――むぐむぐっ……」

 ソニアが発狂しかけたところで、ラムリーザに捕まり抱きしめられてもがく事になった。

「そうだ、レフトールは去年別のクラスだったから聞けなかったけど、何って書いたんだ?」

 ラムリーザはソニアを抱きかかえたまま、話題を平穏な方向へと誘導していった。

「進路希望? そんなのあったっけ?」

 どうやらレフトールは、サボって書いていなかったようだ。

 これは十分にありうること、ラムリーザと親密になる前のレフトールは、ただの半グレだった。

「それじゃあ今の希望を聞いてみようか?」

「決まってるじゃんかよ、ラムさんを守る騎士だ。少年よ大志を抱け、老人よ墓石を抱けってなー」

「白植木鉢足騎士、献血してパワー減らして――むぐむぐ」

「二つ目は?」

 またソニアが騒ぎ出そうとするのを押さえ込みなおして、話を先に進める。この調子だと、去年のクリスタルレイクキャンプの時みたいに、興奮したソニアを落ち着かせるために別室に避難して、落ち着かないことをやって落ち着かせるしかなくなる。

 するとレフトールは、少し真剣な表情になって答えた。

「あいつ……、レイジィだっけか? あいつみたいなのになりたいかな、むしろ騎士より……。今もどこか近くで目を光らせているのだろ?」

 レフトールは、コテージの窓を一つ一つ見つめていた。しかしどこにもレイジィの姿は無い。しかしどこかで監視というか、警護をしているはずだ。

「同じだよ、周辺警護という意味では。公か私の違い、公が騎士なら、私的なのがレイジィ」

「あいつぐらい強くなりてぇな。そして三つ目だが――」

 レフトールはそこで何故かユコの方をチラッとみるが、その視線に誰も気が付かなかった。

 そしてすぐに目を逸らし、「今は無しだ」と答えた。

「まあいいか。ところで一年生の二人は、つい最近リアルタイムで進路希望書いたよね?」

「うん、ミーシャ書いたよ。結婚できてもできなくてもいいから、リゲルおにーやんのために尽くす。メイドなり侍女なりで」

「こほん!」

 突然のミーシャの宣言に、リゲルは咳払いで答えた。しかしその進路に納得いかないのがユコだ。

「私はフォレスター家メイドって書いたらダメ出し食らいましたの。それが通るわけありません!」

 そういえばそんなことも書いていたな、ラムリーザはめんどくさかったことを思い出していた。

「嘘。一番は、トップダンサー。S&Mを世界的に有名にするのー」

 踊り子ちゃんの面目躍如的な進路希望だった。小柄な体格から、運動の苦手なユコと並んで体を張った勝負事には負け続きだが、ダンスの才能だけは突出しているのがミーシャだ。

「二つ目は、ラムリーズの主力リードボーカリストなのー」

「「それはダメ!」」

 相変わらずこんな時だけ息の合う、ソニアとリリスであった。

「でもそう書いたもーん。でね、三つ目は天文学者っ」

 これにはリゲルも唸った。しかし実際の所、これまでにミーシャが天文学部を訪れたことは無かった。するとその目的は?

「星のことは全然わからないけど、リゲルおにーやんを手伝ってあげたいの。雑用でもドサ回りでもなんでもやるよ」

「ミーシャ……」

 リゲルは複雑な表情を浮かべ、ロザリーンもまた困ったような顔をするのであった。

「やい媚び媚び娘っ」

「なぁに? ふえぇちゃん」

 ソニアとミーシャが、お互いに分かる人にしか分からない呼び方をする。

「星のことを知りたければ、『星を見る人』ってゲームをクリアしたらよくわかるよ。だから最低三周はクリアするべしっ」

「こらっ、ミーシャにクソゲーつかませるな」

 リゲルはすぐにソニアの勧めを否定する。

「ふんっ、リゲルなんか、かりう食らって病気になればいいんだっ――ひゃんっ!」

「ソフィリータの進路希望も聞いてみようっ」

 ラムリーザはソニアを後ろから抱えて、胸にある大きな果実を揉みながらソフィリータに言った。

「私ですか? リザ兄様のお手伝いができたら幸いですが、ポッターズ・ブラフ地方の首長さんのお手伝いになると思われます」

「あの地方の首長って、ローザのお父さんだっけ?」

 そこで話に入ってきたのがユグドラシルだ。

「その話だけど、自分は将来ポッターズ・ブラフ地方の首長になるって決まっているんだ。そこでローザ、ロザリーンをフォレストピア地方の首長に任命したらどうだろうか?」

 ユグドラシルは確かに首長の長男で、後を継ぐ可能性は非常に高い。そこでロザリーンの行く末も提案したのだろうが、フォレストピアに首長はそういえば設定していなかった。唐突と言えば、唐突な話題だ。

 各地方には、それぞれの地方を一括管理する領主が居る。だが領主が独占的に地方を動かすのではなく、町単位での取り仕切りは任命された首長が取り仕切っている。

 フォレストピアではラムリーザ一家が領主だが、町の経営や運営は民衆自身に任せている。今現在首長に近いことをやっているのはジャンなのか?

「そんな人事をしたら、近辺の首長を一族で独占することになるね。ハーシェル家の力が強くなるよ」

「まぁ自分にもそれなりに野望はあるということで。それに隣の地方の首長夫人に、領主となる君の妹が嫁ぐかもしれないんだぞ?」

「ん、ああ、そういうことになっちゃうか」

 ラムリーザの妹ソフィリータは、現在ユグドラシルと恋仲に発展しつつある。このまま何も問題が起きずに進めば、ユグドラシルの言うとおりになるだろう。

「それにだ、ロザリーンなら十分任せられないかい?」

 ユグドラシルの主張に、ラムリーザは反論できなかった。むしろ参謀長リゲルと一緒に手元に置いておき、例えば副参謀長として扱いたかったりもする。いまのままではソニアがあまり役に立たないから仕方が無い。ソニアの成長も期待したいところではあるが……

「ロザリーンがリゲルと結びついたら、首長と運輸が繋がるね」

「領主、首長、運輸、この辺りを身内で独占できる、すごいことだと思わないかい?」

「その方が、意思疎通もしやすいし、便利だろうねぇ」

 徐々に、フォレストピア地方の基盤が、ラムリーザとその仲間たちで固められて行きそうな展開となっていた。

「あたしも何か位が欲しいっ」

「赤軍曹じゃなかったっけ?」

 成長してくれなければ要所を任せられないソニアには、ありもしない架空の役職に就けているのが無難だ。

「戦争なんてやだ」

 だがソニアは否定する。安心したまえ、戦争は軍曹の仕事。赤軍曹は意味不明な役職であり、戦争に行くとは限らない。

「おっぱいちゃんは、おっぱい発足委員長とかでよくね?」

 そこにレフトールが口を挟み、ソニアを煽ってくる。キャンプで顔を合わせることが増えてからというもの、最近ではリリスだけでなくレフトールやラムリーザの兄ラムリアースもソニアをからかってくる。

「何よそれ! 番長は顔面潰され族長!」

「なんだその蹴られ族みたいな部族は?」

 ソニアが絡むとすぐこうなる。これがどういった成長を見せてくれるのか、これまた将来に希望!

「しかしあれだな」

 リゲルは、ユグドラシルとソフィリータを交互に見ながら言った。

「二人の関係を知らん奴から見たら、普通に政略結婚だな」

「リゲル、お前とロザリーンも似たようなものだろ」

 そう言ったのはジャンだ。それも一理ある。

「僕の妹の旦那がユグドラシル先輩、その妹の旦那がリゲルかぁ……」

 ラムリーザは四人の関係をよく考えると、すごく繋がっている事に気が付いた。

「何々? リゲルはあたしの旦那の妹の旦那の妹の旦那? 親戚になるの?」

 ソニアの言うことは、未来形ではあるものの間違いではない。しかしややこしい。

「親等が何ぼになるかわからんが、ソニアが親戚に入るのは、シュバルツシルト家にとって問題があるな」

 リゲルは苦笑いを浮かべるが、これにソニアが噛み付かないわけがない。

「何よ! あたしはプロポーズいいから八頭身なのよ!」

「プロポーションな」

 ラムリーザはすぐにソニアの間違いを正す。しかし今度はジャンが要らんことを言う。

「ソニアは三頭身にしか見えんぞ?」

「なんでよ!」

「頭で一つ、おっぱいで一つ、下半身で一つ」

「何その宇宙人!」

 ソニアは当然の如く怒るが、おっぱいの大きさと顔の大きさが近いというのは事実だった。そこに今度はリゲルが理屈をこねてくる。

「ここにいる全員は、この宇宙に浮かぶネレウテリアに住む人間、つまり宇宙人なのだ。まぁソニアは異星人だがな」

 しかし理屈の最後にソニアを煽る事は忘れない。

 ラムリーザは、憤慨して暴れるソニアを抱き止めておくのが大変だ。自分の足の上に座らせて後ろから抱きかかえているが、左右に暴れて仕方が無い。そしてこう考えた、次に誰かが「おっぱい星人」と言う、と。

「ソニアだけ人間じゃないよな、おっぱい星からやってきたおっぱいちゃんだしな」

 ラムリーザの予想は、レフトールによって成就されたのである。

「ふえぇ星からやってきたふえぇちゃんは?」

 予想外の事を言ったのはリリス。ふえぇちゃんが、新たなワードとして定着しつつあり。

「魔女の星から、彗星に乗って来た宇宙吸血鬼は黙ってろっ」

「あっ、魔女姉ちゃんは、相手の顔から生命エネルギーを吸い取るんだ」

 ソニアのリリスに対する反撃に、珍しくミーシャが同調した。どうでもいいことだが、ミーシャから見てリリスは「魔女姉ちゃん」ってことになっているらしい。

 ま、なんだかんだで話題の中心に居るのはいつもソニアだった。反応が良いのでいじり甲斐というか、からかい甲斐がある。

 ソニアからしたら、四方八方から要らん言葉が飛んでくるので迎撃するのに大変だが、それだけ皆に愛されている――のかな?

 この日も夜遅くまで、賑やかな宴が繰り広げられたのだった。
 
 
 
 




 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 一介の物書き